学位論文要旨



No 123714
著者(漢字) 網谷,英介
著者(英字)
著者(カナ) アミヤ,エイスケ
標題(和) アンジオテンシンIIとコレステロールは血管内皮機能障害において同調的に作用する
標題(洋) Angiotensin II and Cholesterol Synergitically Induce Endothelial Dysfunction.
報告番号 123714
報告番号 甲23714
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3053号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 生殖・発達・加齢医学教授 大内,尉義
 東京大学 病因・病理学教授 宮園,浩平
 東京大学 内科学教授 藤田,敏郎
 東京大学 内科学特任教授 山崎,力
 東京大学 外科学准教授 宮田,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

Angiotensin II(Ang II)は動脈硬化を引き起こす原因として重要であるが、その機序として活性酸素産生やeNOSのbioavavailabilityの低下により内皮機能障害を引き起こすことがあげられる。また、高コレステロール血症も重要な動脈硬化のrisk factorであるが、動脈硬化の引き起こす原因の一つとして内皮機能の障害が注目されており、LDLコレステロールと内皮機能障害の報告は数多い。しかし、Ang IIとコレステロールにおける相互作用についてはあまり明らかになっていない。Free cholesterol (FC)は細胞膜の重要な構成成分であるが、Lipid raftと呼ばれるFCやスフィンゴ脂質の多く占める膜部分に存在する。Lipid raftはシグナル伝達やendocytosisにおいて極めて重要なはたらきをもつことが知られている。また最近Lipid raftとの関連で、例えば赤血球膜のFCの総量が虚血性心疾患のイベント発生に関わるなど、FCの細胞機能に与える影響の報告が出てきている。我々はこのLipid raftの観点からAng IIのシグナル伝達とコレステロールの関係について内皮細胞にて検討を行った。

コレステロール負荷の方法としてはmethyl-beta cyclodextrin (MBCD)をキレート剤として用い、FCとMBCDの化合物を使用した。この化合物を用いた場合、15分後より細胞内のFC濃度が上昇し、FC量としては約8倍程度まで上昇、コレステロールの総量としては約2.5倍程度まで上昇をみる。コレステロールの上昇の程度は文献におけるLDLの効果とほぼ同等である。

Ang IIを内皮細胞に負荷した場合、eNOSのリン酸化やdimer形成を障害し、eNOSのbioavailability及びNO産生能を低下させる。コレステロールを負荷し、細胞内コレステロール濃度が上昇した状態でAng II刺激をすると、eNOSのbioavailabilityの障害は強く増強された。

密度勾配法によってlocalizationを見てみると、Ang II負荷によってeNOSがdetergent resistant membrane (DRM)へ移行するのが認められたが、コレステロール負荷によってeNOSはDRMの中でもより軽い層 (DRM-L)へ移行するのが認められた。密度勾配で分離した各層ごとのコレステロール濃度を測定すると外部より投与したコレステロールはFCの形でDRM-Lに強く限局することが示され、eNOSの移行は外部より投与したFCと強く関係して起きていることが示唆された。DRM-Lへの移行はAng II type1 receptor及びAng II type2 receptorの拮抗薬を用いて抑制することができた。これら拮抗薬を用いてDRM-Lへの移行を抑制した際に、eNOSリン酸化のAng II及びコレステロール負荷による障害は部分的に改善をみた。またeNOSの活性型であるリン酸化されたeNOS及び二量化されたeNOSは密度勾配法によってDRMには存在せず、より密度の重い層に集積した。以上よりeNOSのDRM-Lへの移行がeNOSの活性調節に深く関与していることが示唆された。

次に細胞免疫染色にて各々の局在を検討したところ、まず外部より投与したFCは細胞膜、細胞質及び核周囲に存在し、細胞質に存在するFCはvesicle様の形態をとっていることが示された。ここにAng IIを負荷すると、核周囲にFCの強い集合を認めた。eNOSの細胞免疫染色においても同様に、コレステロール負荷後のAng II刺激によってeNOSは核周囲に集積し、そしてそれらはvesicle様の構造をとっていることが認められた。

一方コレステロール負荷によって細胞の外観は大幅には変化しないものの、細胞質における顆粒状の構造物の増加を認めたため、脂肪滴染色を試みた。BODIPYではコントロールとコレステロール負荷との差異化をはかる事はできなかったが、oil red O染色を試みたところコレステロール負荷によって著明にlipid-rich vesicleの増加が認められ、またこれは蛍光顕微鏡においてより精密に観察することができた。FCに結合する蛍光プローブのfilipinを用いて共染色すると、oil red Oで染色されたlipid-rich vesicleと共在することが認められ、染色されたvesicleはFCを密に含むことが示唆された。Nile red染色でも同様にvesicleがコレステロール負荷によって著明に増加するのを認めた。次にAng IIのvesicleに対する作用を検討したところ、AngII負荷後ではこのlipid-rich vesicleが核周囲に集積するのを認めた。以上より内皮細胞においてFC負荷はFC richなvesicle形成をひきおこし、AngIIはこれらのvesicleのtranslocationに何らかの影響を与えていることが示唆された。

Lipid raftのマーカーの一つとして糖鎖のGM1が有名であるが、これに特異的に結合するCholera Toxin Subunit B (CTxB)を用いて、GM1の局在を見ることができる。コレステロール負荷状態においてAng IIの刺激を加えたところ、蛍光ラベルしたCTxBは核周囲への集積をみ、FCと同様の挙動を示した。

次にvesicleとeNOSの関係について共染色を試みたところ、Ang II投与後に核周囲に集積したvesicleの周囲にeNOSがとりまき、それがvesicle状に見えていることが判明した。文献的にはFCに関連する蛋白は密度勾配法によってもっとも上層に来ることが知られているが、eNOSも同様の動きを認めており、コレステロール負荷後のAng II刺激によってeNOSはlipid-rich vesicle周辺へ集積することが示された。電顕にてFC負荷後の細胞内の変化を検討したところ、multivesicular bodyが増加しているのを認めた。Multivesicular bodyは一般的にearly endosomeとlate endosomeの中間に位置するvesicleであり、次にlate endosomeのmarkerであるlysosomal associated membrane protein (LAMP) - 1とeNOS、flipin、CTxBの共染色を行ったところ、FC richな状況下にAng IIを負荷することでこれらは核周囲へ集積し、LAMP-1にてlabelされるendosome内にeNOS、filipin、CTxBがきれいに集積するのを認めた。

Caveolin-2 (Cav-2)はDRMに存在する蛋白の一つであるが、HepG2細胞においてある条件下に脂肪滴へ限局することが報告されている。次にCav-2が内皮細胞においても同様な動向をたどるか検討した。まず細胞免疫染色による検討では、Ang II刺激において細胞膜および細胞質に存在したCav-2が核周囲に集積をみた。コレステロール負荷条件におけるAng II刺激ではこの核周囲の集積が強く増強をみた。また密度勾配法ではコレステロール負荷によってCav-2はより密度が軽い方向へ移動したが、Ang IIを加えることでさらにその移動は増強し、DRM-Lに限局するのをみた。

Racはsmall GTPaseの一つであるが、これは細胞膜のLipid raftと結合し、Lipid raftのinternalizationに深く関与しているとされている。またその際にはリン酸化されたCaveolin-1 (Cav-1)も強く関係すると報告されている。これらの分子においても密度勾配法及び細胞免疫染色にて局在の検討を行った。Racは通常はdetergent soluble fraction中心に存在するが、Ang IIの刺激によってDRM-Hへ移行する。コレステロール負荷の状態でAng II刺激を行うとRacはDRM-Lへ移行する。また細胞免疫染色でも同条件の際に核周囲に集合するのが認められる。リン酸化されたCav-1においてもコレステロール負荷状態におけるAng IIの刺激にて同様の所見を得た。

以上よりGM1、Cav-2、Rac、リン酸化Cav-1、リン酸化Srcと同様の所見をえたことより、これらの分子の核周囲への集積においてはDRMのinternalizationが深く関与していることが示唆された。

以上をまとめると、コレステロール負荷状態においてAng IIの刺激をくわえると、核周囲にeNOS、FC、Lipid raft、lipid-rich veiscleの集積が認められた。この集積は細胞膜のLipid raftの膜成分のinternalizationに由来することが示唆された。またこのときeNOSはvesicleと強く関係していることが認められた。一方コレステロール負荷状態ではAngII刺激によってeNOSのリン酸化およびdimer形成が強く障害されることを認めたが、この障害はeNOSのvesicleへのtranslocationと関係することが示唆された。高コレステロール血症の早期の段階において、血管内皮下に修飾し変性したリポ蛋白が認められ、これはModified Reassembled Lipoproteins (MLPs)と呼ばれるが、今回内皮細胞において描出化したlipid-rich endosomeはMLPsと類似した構造を持っている。今回高コレステロール血症の際にAng IIの内皮機能障害が大幅に増強される一つのメカニズムを提示したが、そのメカニズムは動脈硬化病巣における早期の病的変化に関連した現象を見ている可能性がある

審査要旨 要旨を表示する

本研究はヒトの動脈硬化発症において重要な役割を果たしていると考えられるアンギオテンシンIIとコレステロールについて、ヒト大動脈血管内皮細胞における相互作用の検討を行い、Lipid Raftsの概念を用いて説明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.eNOSの活性型であるphosphorylation やdimerizationはアンギオテンシンIIやコレステロールの単独刺激ではそれほど変化をみないが、二つが同時に存在すると共調的にはたらき、eNOSの活性が著しく低下をみる。

アンギオテンシンIIとコレステロールが相互に作用した際のeNOSの低下は、密度勾配法によって示されるeNOSの局在の変化と関係しており、lipid raftの分画の中でも最も軽い層にeNOSは移行する。

3. コレステロールを負荷した際、内皮細胞にはoil red Oにて描出されるlipid-rich vesicleが形成された。これは電子顕微鏡にて観察されるmultivesicular bodyと同様のものであることが示された。

4. アンギオテンシンIIとコレステロールが相互に作用した際、eNOSやコレステロールは核の周囲に顆粒状の形態を呈して集積する。この顆粒状の集積はlate endosomeのマーカーであるlysosome associated membrane protein-1 (LAMP-1)と非常に良く共在する。

5. アンギオテンシンIIとコレステロールの刺激後にeNOSと同様の挙動を示す蛋白を検討したところ、Caveolin-2、Rac、phospho Caveolin-1、phospho Srcなどを認めた。これらはlipid raftのinternalizationと深く関係する因子であり、よってアンギオテンシンIIとコレステロールの相互作用によるeNOSの機能低下にはlipid raftのinternalizationが関与していることが示唆される。

以上、本論文はヒト大動脈血管内皮細胞において、動脈硬化の促進因子として知られているアンギオテンシンIIとコレステロールが相乗的に作用し、内皮機能の重要なkey factorであるeNOSの活性を著しく低下させ、その反応がlipid raftに関係することを明らかにした。動脈硬化の最も初期の段階においては内皮機能の障害が重要な原因として考えられているが、今回の研究はその初期の変化と同様の現象を捉えている可能性があり、今後の動脈硬化学において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考える。

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