学位論文要旨



No 123716
著者(漢字) 伊東,伸朗
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ノブアキ
標題(和) 線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor: FGF)23の産生、及び血中濃度調節機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 123716
報告番号 甲23716
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3055号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 客員准教授 山内,敏正
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 講師 赤羽,正章
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

線維芽細胞増殖因子 (fibroblast growth factor: FGF)23は、FGFファミリーの一員として同定された蛋白である。FGF23は常染色体優性低リン血症性くる病/骨軟化症 (autosomal dominant hypophosphatemic rickets/osteomalacia: ADHR)の原因遺伝子として同定され、腫瘍性くる病/骨軟化症 (tumor-induced rickets/osteomalacia: TIO)における低リン血症惹起液性因子であることも報告された。FGF23は腎近位尿細管における2a、2c型ナトリウム-リン共輸送体の発現抑制と25-水酸化ビタミンD-1α-水酸化酵素発現を低下させることにより、血中リン濃度を低下させる。一部のFGF23蛋白は不活性なフラグメントに切断される。またFGF23ノックアウトマウスが著明な高リン血症を起こすことや、正常健常人において高リン負荷や低リン食で、FGF23血中濃度がそれぞれ上昇、低下することから、FGF23は血中リン濃度の生理的調節因子と考えられる。このFGF23の測定系には、活性を持つ全長FGF23のみを測定する全長FGF23測定キットと、全長FGF23と共にプロセッシングを受けた活性をもたないC端フラグメントも測り込むと考えられるC端FGF23測定キットが利用可能である。

- リン代謝異常とFGF23 -

ADHRやTIOに加え、X染色体優性低リン血症性くる病/骨軟化症 (X-linked hypophosphatemic rickets/osteomalacia: XLH)や常染色体劣性低リン血症性くる病/骨軟化症 (autosomal recessive hypophosphatemic rickets/osteomalacia: ARHR)などの疾患も過剰なFGF23活性により惹起されることが報告された。逆に、尿細管でのリン再吸収亢進による高リン血症と、高1,25 (OH)2D血症、異所性石灰化を特徴とし、ADHRやARHR、XLHと鏡像をなす疾患として、家族性腫瘍状石灰沈着症 (familial tumoral calcinosis: FTC)が知られている。FTCの原因遺伝子としてはFGF23遺伝子と、蛋白のムチン型O型糖鎖付加を媒介する酵素であるUDP-N-acetyl-α-D-galactosamine:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase3 (ppGaNTase-T3)をコードするUDP-N-acetyl-alpha-D-galactosamine:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase3 (GALNT3)遺伝子が報告されている。

- FGF23の産生調節 -

FGF23の血中濃度調節機構に関しては、前述の正常健常人における高リン負荷、低リン食の報告がある。これに加え慢性腎不全などの慢性高リン血症状態でも、FGF23が上昇すると報告されている。さらに動物モデルにおいても、経口リン負荷や、1,25 (OH)2D3負荷によりFGF23が上昇することが知られている。またFGF23のリンの変動に対する反応時間に関しては、数日単位であることが報告されている。一方In vitroでは、リンや1,25 (OH)2D3の刺激により、マウスFGF23のプロモーター活性が上昇するという報告が散見される。

[目的]

しかし、各種リン代謝異常症患者の血中FGF23濃度測定の意義や測定法の相違、GALNT3遺伝子変異によるFTCの発症におけるFGF23の関与、更には血中FGF23の濃度調節、産生調節機序は明らかでない。そこで下記の点を明らかにするために以下の検討を行った。

1. 低リン血症性疾患 (XLH、TIO)、および高リン血症性疾患 (FTC (FGF23、GALNT3遺伝子変異))患者におけるFGF23濃度測定の意義、測定法の相違を明らかにする。

2. GALNT3遺伝子変異によるFTC発症機序を明らかにする。

3. 血中FGF23濃度がリンにより直接制御されているかどうかを、in vivoおよびin vitroで検討する。

[方法]

ヒトでの検討は、東京大学倫理委員会の承認のもと、インフォームドコンセントを得て行った。

- XLH、TIO、FTC患者の血中FGF23濃度 -

全長及びC端FGF23測定キットを用いて、TIO患者13名とXLH患者29名、及び3名の既にFGF23、GALNT3遺伝子変異が判明しているFTC患者の血清FGF23を測定した。

- HOS TE-85細胞におけるGALNT3遺伝子siRNAのFGF23切断に対する影響 -

ヒト骨芽細胞様細胞HOS TE-85に、GALNT3遺伝子に対するsiRNAとFGF23発現ベクターをトランスフェクトした。細胞内のppGaNTase-T3の発現と、培養上清中の全長FGF23とFGF23 C端フラグメントをウェスタンブロッティングで確認するとともに、培養上清中のFGF23を2種類のキットで測定した。

- 急激な高リン、低リン負荷による血中FGF23濃度の変化 -

健常成人男性4名にリン負荷としてリン酸二カリウム液の持続静注 (10mEq/hour)を4時間施行した。同様に4名が150gの炭水化物を経口摂取し、それぞれ0~6時間の血清リン、FGF23を前値と1時間ごとに全長FGF23測定キットで測定した。

- 培養上清中のリン濃度調節によるHOS TE-85細胞内のシグナル伝達の変化 -

HOS-TE85で、培養上清中のリン濃度を0、1、5 mMに変化させ、0、30、60分後の細胞融解液におけるERK (Extracellular signal-regulated protein kinase)1/2、p-ERK (phosphor-ERK)1/2の発現の比率をウェスタンブロッティングにより確認した。

- FGF23遺伝子プロモーター領域の解析 -

各種の長さのヒトFGF23遺伝子のプロモーター領域をルシフェラーゼベクターに導入した。これらのプロモーターベクターをHOS-TE85にトランスフェクトし、プロモーター活性を検討した。またプロモーターベクターをトランスフェクトした4時間後に、メディウム中のリン濃度を1、5、10 mMに変更してプロモーター活性を比較した。

[結果]

- 各種疾患におけるFGF23濃度 -

XLH患者の血清FGF23値は全長FGF23測定キットでは29例中24例 (82.8 %)、C端FGF23測定キットでは29例中13例 (44.8 %)が基準値上限以上であった。

TIO患者の血清FGF23濃度は、全長FGF23アッセイでは全例が、C端FGF23測定キットでは13例中10例 (76.9 %)が基準値上限以上であった。FGF23遺伝子変異によるFTC患者では、全長FGF23の値は11.0 pg/mlと基準値内低値であったのに対し、C端FGF23の値は2948 RU/mlと異常高値であった。またGALNT3遺伝子変異によるFTC患者2例でも、全長FGF23の値は12.1、7.0 pg/mlと基準値内低値、または低値であったのに対して、C端FGF23の値は4700、1478 RU/mlと異常高値であった。

- FTCの発症機序 -

GALNT3遺伝子に対するsiRNAによりppGaNTase-T3の発現は抑制された。ppGaNTase-T3の抑制により全長FGF23が減少したのに対して、C端フラグメントは増加 (124.3 %)した。また培養上清中のFGF23濃度でも、全長アッセイでは60.9 %に減少していたにもかかわらず、C端アッセイでは有意な変化を認めなかった。

- FGF23産生調節 -

リン酸二カリウム液静注負荷により、血清リンは3時間目で前値の186 %まで有意に上昇した。炭水化物経口摂取負荷では、血清リンは2時間目で前値の81 %と有意な低下を認めた。しかしいずれの実験においても、血中FGF23の有意な変動は認められなかった。

HOS-TE85の培養上清中のリン濃度を5 mMに上昇させた場合、細胞内のERKのリン酸化の亢進が認められた。

コントロールと比較し、FGF23のプロモーターベクターは何れも有意な活性の上昇を示した。また1826 bpにてコントロールの9.1倍と最も高い活性を示した。培養上清中のリン濃度を1、5、10 mMに変更しても、FGF23遺伝子プロモーター活性の有意な変化は認められなかった。

[考察]

XLH患者とTIO患者の血中FGF23の測定により、全長アッセイの方が、XLH、TIOの診断に感度が高いことが示唆された。

FGF23、GALNT3遺伝子変異によるFTC患者血清では、いずれも全長FGF23測定キットでの測定値が低値を示し、C端FGF23測定キットでの測定値が著明に増加していた。このことから、全長アッセイとC端アッセイによるFGF23測定値は、疾患によっては乖離し、これらの測定法の意義は異なることが示された。またこれらの患者血中では、全長FGF23は存在したとしてもごくわずかであるのに対し、C端フラグメントは著明に増加していることが考えられる。このことは、これらの疾患ではFGF23蛋白のプロセッシングの亢進から全長FGF23が低下し、全長FGF23作用不全による高リン血症、もしくは高1,25 (OH)2D血症などによりFGF23の産生が促進されるためであると想定される。これらの結果から、FGF23遺伝子やGALNT3遺伝子変異によるFTCの診断には、全長、C端FGF23測定キットの併用が有用と考えられた。

更にin vitroの実験で、FGF23蛋白へのO型糖鎖付加には、FGF23を切断酵素による切断から保護する作用があることが示唆された。

急激な高リン、低リン負荷による実験の結果から、血清リン濃度の急激な変動に対して、血清FGF23は6時間までの範囲では変化を示さないことが示された。

ヒトFGF23遺伝子のプロモーターの検討では、血清中のリン濃度の変化は、HOS-TE85によって感知されるものの、FGF23の産生を直接には変化させない可能性が示された。ただし、株化された細胞でFGF23を十分発現する細胞が存在しないこと、生体のリン感知機構が不明であることもあり、本検討ではリンのFGF23産生における作用を解明することはできなかった。

[結語]

今回の検討により、血中FGF23の測定はリン代謝異常症の病態の把握に有用であること、XLHとTIOにおいては、全長FGF23測定キットの方がC端FGF23測定キットより、診断感度が優れていることが示された。また2種類のFGF23測定法の臨床的意義は異なり、FTCでは、両測定キットの併用が診断に有用であることが判明した。さらにFGF23及びGALNT3遺伝子変異によるFTCの病因が、FGF23蛋白のプロセッシングの亢進にあることが明らかとなり、GALNT3遺伝子変異が、おそらくO型糖鎖付加の障害を介して、FGF23蛋白の易切断性を惹起していることも確認できた。

一方FGF23濃度や産生調節については、急激な血中リン濃度の変化は、6時間以内には血中のFGF23濃度を変化させないことが明らかとなった。またin vitroの実験系では、細胞外リン濃度の上昇により細胞内情報伝達系に変化は認められたが、FGF23遺伝子のプロモーター活性は変化しなかった。

今後は、FGF23が関与する低リン、高リン血症性疾患の治療法の開発のためにも、FGF23産生調節機構の更なる解明が必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は生理的なリン代謝調節液性因子であると報告されている、fibroblast growth factor (FGF)23の産生調節機構を明らかにするため、(1)各種リン代謝疾患患者での実際の血中FGF23濃度の検討、(2)FGF23関連高リン血症性疾患と報告されているfamilial tumoral calcinosis (FTC)の原因遺伝子の一つであるUDP-N-acetyl-alpha-D-galactosamine:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase3 (GALNT3)遺伝子を、in vitroにてノックダウンした際の、FGF23蛋白の発現の検討、(3)健常成人で血中リン濃度を急激に変化させた時の血中FGF23濃度変化の検討と、ヒトFGF23遺伝子プロモーター領域のリン濃度変化に対する転写活性の変化の検討を試み、下記の結果を得ている。

1.FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症と報告されているX-linked hypophosphatemic rickets/osteomalacia (XLH)患者の血清FGF23値は全長FGF23測定キットでは29例中24例 (82.8 %)、C端FGF23測定キットでは29例中13例 (44.8 %)が基準値上限以上であった。tumor-induced rickets/osteomalacia (TIO)患者の血清FGF23濃度は、全長FGF23アッセイでは全例が、C端FGF23測定キットでは13例中10例 (76.9 %)が基準値上限以上であった。FGF23遺伝子変異によるFTC患者では、全長FGF23の値は11.0 pg/mlと基準値内低値であったのに対し、C端FGF23の値は2948 RU/mlと異常高値であった。またGALNT3遺伝子変異によるFTC患者2例でも、全長FGF23の値は12.1、7.0 pg/mlと基準値内低値、または低値であったのに対して、C端FGF23の値は4700、1478 RU/mlと異常高値であった。

2.GALNT3遺伝子に対するsiRNAによりppGaNTase-T3の発現は抑制された。ppGaNTase-T3の抑制により全長FGF23が減少したのに対して、C端フラグメントは増加 (124.3 %)した。また培養上清中のFGF23濃度でも、全長アッセイでは60.9 %に減少していたにもかかわらず、C端アッセイでは有意な変化を認めなかった。

3.リン酸二カリウム液静注負荷により、血清リンは3時間目で前値の186 %まで有意に上昇した。炭水化物経口摂取負荷では、血清リンは2時間目で前値の81 %と有意な低下を認めた。しかしいずれの実験においても、血中FGF23の有意な変動は認められなかった。HOS-TE85の培養上清中のリン濃度を5 mMに上昇させた場合、細胞内のERKのリン酸化の亢進が認められた。コントロールと比較し、FGF23のプロモーターベクターは何れも有意な活性の上昇を示した。また1826 bpにてコントロールの9.1倍と最も高い活性を示した。培養上清中のリン濃度を1、5、10 mMに変更しても、FGF23遺伝子プロモーター活性の有意な変化は認められなかった。

以上、本論文により血中FGF23の測定はリン代謝異常症の病態の把握に有用であることを示した。さらにFGF23及びGALNT3遺伝子変異によるFTCの病因が、FGF23蛋白のプロセッシングの亢進にあることが明らかとなり、さらにはGALNT3遺伝子変異が、おそらくO型糖鎖付加の障害を介してFGF23蛋白の易切断性を惹起していることも確認できた。本一連の検討により、一見無関係と思われる糖鎖修飾を媒介する酵素であるppGaNTase-T3とFGF23蛋白との関係性が明らかとなり、また糖鎖修飾による蛋白プロセッシングの調節が、血中FGF23濃度の調節機序の一部を担っているという興味深い結果が得られた。GALNT3遺伝子変異による腫瘍状石灰沈着症は、現在知られている唯一のムチン型O型糖鎖付加の異常による疾患である。従ってこれらの結果は、ムチン型O型糖鎖付加異常によるタンパクプロセッシングの亢進からの疾患の発症という、疾病の新たな発症機序を明らかにしたことになる。本研究結果は、今後のリン代謝異常症の診断や病態の把握に重要な貢献をなすと考えられること、また本研究により新たな疾病の発症機序を明らかにしたことから、学位の授与に値するものと考えられる。

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