学位論文要旨



No 123718
著者(漢字) 今村,充
著者(英字)
著者(カナ) イマムラ,ミツル
標題(和) 気道アレルギー性炎症に及ぼすスタチンの抑制効果の実験的研究
標題(洋)
報告番号 123718
報告番号 甲23718
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3057号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 講師 高見澤,勝
内容要旨 要旨を表示する

スタチンは高脂血症に広く用いられる薬剤である。近年、疾患モデルの解析などを通じて、スタチンが抗原提示細胞、T細胞、単球、マクロファージ、血管内皮細胞など、様々な免疫担当細胞に対して、免疫修飾作用を有することが明らかになってきた。特にT細胞に対する作用として、スタチンは in vitroにて naive CD4陽性T細胞からのTh2分化を促進し、Th1分化を抑制することが知られている。また実験的自己免疫性脳脊髄炎(Experimental autoimmune encephalomyelitis;EAE), コラーゲン反応性関節炎(collagen-induced arthritis; CIA)などのTh1型に偏移した動物疾患モデルにおいて、スタチンは疾患の重症度を改善し、Th1からTh2型にサイトカイン産生を変化させる。

一方、気管支喘息はTh2型の免疫応答によって起こされる典型的な疾患の一つである。スタチンがTh2型の免疫応答を優位にすることから、アレルギー性気道炎症を増悪させる可能性が考えられる。だが実際には、これまでスタチンがTh2型のアレルギー性気道炎症を改善させる、という報告が数例ある。しかし、スタチンがアレルギー性の免疫応答を抑制する詳細な機序については、まだ十分に解明されていない。

また近年、免疫応答におけるIL-17の役割に注目が集まっているが、スタチンがIL-17産生に及ぼす影響についてはこれまで報告がない。また炎症局所の抗原提示細胞に対するスタチンの効果についても報告が少ない。

そこで本研究では、気道アレルギー性炎症におけるプラバスタチンの効果について、IL-17産生や肺抗原提示細胞に対する影響に焦点を当て、検討した。

まず初めに、BALB/cマウスを卵白アルブミン(ovalbumin;OVA)で感作後に脾細胞を取り出し、OVAで再刺激するex vivo及び in vitroの系を用いて、抗原特異的免疫応答の初期(感作期)におけるスタチンの効果について検討した。

脾細胞をOVAでin vitroで再刺激した際に誘導される細胞増殖は、全身感作のみのマウス由来脾細胞(OVA)と比較し、プラバスタチン投与群由来脾細胞(PR)で、有意に抑制された(図1A)。すなわち、OVA全身感作後 in vitroでのOVA再刺激で誘導されるT細胞増殖反応が、プラバスタチン投与群では有意に抑制された。更に、OVA群で誘導されるTh2サイトカインであるIL-5(図1B)の産生は、プラバスタチン群で有意に抑制された。一方、Th1サイトカインであるIFN-γの産生は抑制されなかった。興味深いことに、IL-17及びIL-10((図1C-D)の産生も抑制された。以上から、感作期からプラバスタチンを投与すると、抗原によって誘導されるTh2型の免疫応答が、IL-17産生の抑制と共に抑制されることが示された。

次に、OVA/alumで全身感作したマウス由来脾細胞をOVAで再刺激した際、培養上清中にプラバスタチンを添加し、その効果を検討した。脾細胞の増殖及びIL-5の産生は濃度依存性にプラバスタチンによって抑制された(図2A-B)。プラバスタチン10μMの添加により、IL-10、IL-17の産生も抑制された(図2C-D)が、IFN-γ産生は変化しなかった。プラバスタチンの代わりにシンバスタチン1μMの添加によっても同様の増殖抑制、サイトカイン産生抑制が認められ、これらはスタチンに共通の作用であることが示唆された。

以上から、ex vivo またはin vitroでのスタチンの投与が、全身感作したマウス由来の脾細胞の抗原による免疫応答を抑制することが示された。これらの脾細胞の中でも、抗原に反応し増殖している主な細胞として、CD4+ T細胞が挙げられる。そこで次に、CD4+ T細胞に対するスタチンの直接的作用を検討した。CD4+ T細胞に対する抗CD3抗体刺激による細胞増殖反応、IL-4、IL-10、IL-17、IFN-γ産生は、いずれもプラバスタチンにより抑制された。以上の結果から、CD3(T細胞受容体)を介したCD4+ T細胞の活性化を、プラバスタチンが直接抑制することが示唆された。

次に、抗原吸入期のプラバスタチン投与が抗原感作後、抗原吸入により誘導される好酸球性気道炎症に与える効果について検討した。BALF中の総細胞数、好酸球数は、プラバスタチン群で有意に抑制された(図3A)。組織所見では、気道周囲の好酸球浸潤は、プラバスタチン群で抑制傾向を示した(図3B)。BALF中のIL-13濃度、TGF-β濃度も、プラバスタチン群で有意に抑制された(図3C-D)。即ち、抗原吸入期のプラバスタチン投与により、気道内におけるTh2型の免疫応答が抑制された。また、血清の総IgE、OVA特異的IgE、OVA特異的IgG1も、プラバスタチン群で有意に抑制された(図3E-F)が、総IgG、OVA特異的IgGは抑制されなかった。血清のコレステロール値は、各群間で差を認めず、プラバスタチンのアレルギー性免疫応答の抑制効果は、コレステロール低下を介さないことが示された。以上の様に、抗原吸入期のプラバスタチン投与により、アレルギー性の気道炎症と、全身性のIgE、IgG1産生が抑制されることが確認された。

次に、胸腔リンパ節細胞のin vitroでの抗原再刺激に対する免疫応答を検討した。プラバスタチン群ではOVA群に比べ、IL-5およびIL-17の産生が低下した(図4A-B)。即ち、抗原吸入期のプラバスタチン投与により、胸腔リンパ節において、抗原により誘導されるTh2型の免疫応答が抑制されると共に、IL-17産生も抑制された。

次に、肺局所における抗原提示細胞の中で、CD11c陽性細胞(主に樹状細胞と考えられる)に対するスタチンの効果を検討した。in vivoでのプラバスタチン投与は肺のCD11c陽性細胞の抗原提示能を抑制した(図5)。一方、肺抗原提示細胞のリンパ節への移動に対して、プラバスタチンは影響を及ぼさなかった。これらの結果から、プラバスタチンによるアレルギー性気道炎症の抑制効果の少なくとも一部は、肺樹状細胞の抗原提示能抑制によるものと考えられた。

本研究において、プラバスタチンはOVA抗原による感作を抑制し、同時にIL-17産生を抑制した。また、プラバスタチンは気道における免疫応答、肺局所におけるCD11c陽性細胞に対する抗原提示能を抑制した。検索した範囲では、本研究はIL-17産生および肺局所における抗原提示細胞に対するスタチンの影響を示した初めての研究である。

IL-17は、従来のTh1/Th2細胞とは独立した、Th17細胞と呼ばれるCD4+T細胞によって主に産生されると考えられている。IL-17はグラム陰性桿菌や真菌、抗酸菌など様々な病原体の除去に重要と考えられ、好中球の遊出やCXCケモカインの発現に重要な役割を果たしている。喘息患者の喀痰中ではIL-17濃度が上昇しており、その濃度が喘息の重症度と相関することが報告されている。本研究では、プラバスタチンは抗原刺激により誘導される脾細胞のIL-17産生を ex vivo及び in vitroの投与により、共に抑制した(図1-2)。

IL-17欠損マウスやIL-17受容体欠損マウスを用いた報告から、感作期においては、IL-17が抗原感作に必須の役割を果たしていると考えられている。本研究では、感作期のプラバスタチン投与は脾細胞からのTh2型サイトカインの産生抑制に加えてIL-17の抑制効果も示したが(図1)、これはアレルギー性炎症の発症予防に有用な効果と考えられる。

一方、抗原吸入期において、気道局所では、IL-17は好酸球性炎症を改善させる可能性が報告されている。本研究では、抗原吸入期のプラバスタチン投与は、リンパ節におけるIL-17産生を抑制すると共に、IL-5産生も抑制した(図4)。IL-17により誘導される免疫応答と、Th1あるいはTh2型免疫応答との関係は、現時点では十分に解明されていない。本研究においても、IL-17の抑制と、Th2型免疫応答の抑制との因果関係は明らかでない。今後、IL-17とTh1/Th2型反応との相互関係の更なる解明が必要である。

今まで、様々な抗原提示細胞に対するスタチンの影響がin vitroで調べられている。これらの研究では、スタチンはMHC classIIや共刺激分子(co-stimulatory molecule)の発現を抑制し、炎症性サイトカイン産生を抑制する。一方、in vivoで抗原提示細胞に対するスタチンの影響を調べた報告はわずかであり、特に肺局所の樹状細胞に対するスタチンの効果を調べた報告はこれまでない。本研究では、プラバスタチンが肺局所の樹状細胞の抗原提示能を抑制することを初めて確認した。

研究と、以前のシンバスタチンを用いた実験的研究から、気管支喘息患者の気道炎症の進行をスタチンが抑制する可能性が考えられる。今までのところ、喘息に対するスタチンの効果を調べた臨床試験はシンバスタチンを用いた一つの報告だけであり、呼気中の一酸化窒素(NO)や喀痰中の好酸球、気道過敏性や呼吸機能などの指標はシンバスタチンにより改善しなかった。今後、スタチンの喘息治療への効果を結論づける為には、更なる臨床研究が必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アレルギー性炎症におけるスタチンの抑制機序を明らかにするため、 マウスを卵白アルブミン(OVA)で感作して惹起されるアレルギー性気道炎症モデルを用いてスタチンの効果の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 抗原感作期にコントロール(生理食塩水) またはプラバスタチン(PR)を腹腔内投与した後、脾臓を取り出し、脾細胞を抗原で再刺激した結果、PRはコントロール群に比べ、抗原特異的な脾細胞の増殖反応やIL-5産生を抑制した。また、抗原感作後に脾細胞を抗原で再刺激する際に、PR及びシンバスタチンを培養上清に添加することで、脾細胞の増殖反応、IL-5産生が同様に抑制された。スタチンが感作期における脾細胞の免疫応答を抑制することが示された。また、PRによりIL-17産生も抑制された。

2. アレルギー性気道炎症モデルに対して、抗原吸入期にコントロール(生理食塩水)またはPRを投与した結果、PR投与群ではコントロール群に比べて気道の好酸球性炎症が抑制され、気管支肺胞洗浄液中のIL-13, TGF-βが抑制された。また、PR投与群では血清IgE、IgG1が抑制された。

3. アレルギー性気道炎症モデルマウスから胸腔リンパ節を取り出し、抗原で再刺激した際に、IL-5・IL-17産生がPR投与群で抑制された。リンパ節細胞における抗原特異的な免疫応答をPRが抑制することが示された。

4. 気道炎症モデルの肺からCD11c陽性細胞を取り出し、OVA特異的に反応するT細胞受容体を持つDO11.10マウスの脾臓由来のCD4陽性T細胞と共に培養した。PR投与群由来の肺CD11c陽性細胞では、コントロール群に比べ、細胞の増殖反応が抑制された。PRが肺局所の抗原提示細胞の抗原提示能を抑制することが示され、気道炎症抑制の一つの機序と考えられた。また表面マーカーによる検討から、肺CD11c陽性細胞は主に樹状細胞と考えられ、PRが肺樹状細胞の抗原提示能を抑制することが示唆された。一方、抗原感作後に蛍光色素が結合した抗原を気管内投与し、その後にリンパ節を蛍光顕微鏡下に観察を行い、リンパ節への抗原提示細胞の移動を評価する実験系で、PR投与群ではコントロール群に比べて効果が明らかでなかった。以上の検討により、スタチンが気管支喘息の治療薬として有用な可能性が示唆された。

以上、本論文はスタチンのマウス気道炎症モデルへの効果の検討から、スタチンの好酸球性気道炎症抑制効果の作用機序の一つとして、感作期における抗原特異的免疫応答を抑制すること、肺樹状細胞の抗原提示能を抑制すること、脾臓、胸腔リンパ節でのIL-17産生を抑制することを明らかにした。本研究はこれまで知られていなかった、アレルギー性疾患に対するスタチンの作用機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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