学位論文要旨



No 123720
著者(漢字) 王,紅
著者(英字) Wang,Hong
著者(カナ) オウ,コウ
標題(和) 酸化ストレス、左室拡張機能障害とミネラロコルチコイド受容体活性化
標題(洋) Oxidative stress, left ventricular diastolic dysfunction and mineralocorticoid receptor activation
報告番号 123720
報告番号 甲23720
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3059号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 准教授 佐田,政隆
 東京大学 准教授 平田,恭信
 東京大学 准教授 安東,克之
内容要旨 要旨を表示する

左室拡張機能障害は高血圧から心不全を来たすプロセスの重要な要素であり,その発症には高血圧以外にも様々なホルモン環境,例えばアンジオテンシンII,酸化ストレスが関与している。さらに大規模臨床試験によりアルドステロン受容体拮抗薬は心不全患者の死亡率と罹病率を減少することが認められたことからアルドステロンの重要性も注目されている。又これら液性因子がお互いに関連し,例えばアンジオテンシンIIは酸化ストレスを介して心肥大と心筋の繊維化をもたらすが,その作用の一部はアルドステロンを介するものであることが報告されている。

本研究ではアンジオテンシンーアルドステロン系と酸化ストレスが左室拡張機能障害,早い段階の心機能障害発症においてどのように関連するかを明らかにするために,我々はSprague-Dawleyラットを用いて低食塩食,高食塩食で内因性アルドステロン濃度を変化させ,さらにアンジオテンシンIIを投与下で,ラットの血圧,血中ステロイドレベル,酸化ストレス産生,左室拡張機能を調べた。

結果: 血中アルドステロン濃度は高食塩投与により抑制された。アンジオテンシンII/高食塩食群は高食塩コントロール群より動脈血圧が上昇し(アンジオテンシンII/高食塩食群平均動脈圧119.67±8.29 mmHg; 高食塩食群100.80±10.45 mmHg, p<0.05),酸化ストレスも各群と比べ高くなった(24時間尿中isoprostane: アンジオテンシンII/高食塩食群552.40±198.65 ng; 高食塩食群363.91±140.17 ng, p<0.05; アンジオテンシンII/低食塩食群251.61±83.11 ng, p<0.01)。特にルシジェニン化学蛍光発光法より,左心室組織におけるNADPH添加時の活性酸素の産生(NADPH oxidase活性)はアンジオテンシンII/高食塩食ラットにおいて(14968.76±2670.86 RLU/g)有意に増大していた( 高食塩食群7708.9±4532.35 RLU/g, p<0.05; アンジオテンシンII/低食塩食群4339.53±2920.52 RLU/g, p<0.01)。心機能は心エコーと左心カテーテルを用いた観血的方法で評価した。アンジオテンシンII/高食塩食群の左室拡張機能障害は高食塩食群と比べ著明(ドップラーエコー/僧帽弁流入波形で得られるE/A ratio: アンジオテンシンII/高食塩食群1.42±0.17,高食塩食群1.78±0.36,p=0.05; 早期流入波減速時間(DcT): アンジオテンシンII/高食塩食群69.29±6.17 ms,高食塩食群59.33±7.27 ms, p<0.05; 左室圧波の-dP/dt: アンジオテンシンII/高食塩食群6.37±1.44 mmHg/s,高食塩食群8.78±1.54 mmHg/s, p<0.05; 等容性拡張期の時定数(T)アンジオテンシンII/高食塩食群17.96±3.14 ms,高食塩食群13.72±2.34 ms, p<0.05)であった。一方,アンジオテンシンII/低食塩食群は血中アルドステロン濃度が上昇したが,酸化ストレスが高くなく,心機能(アンジオテンシンII/高食塩食群と比べ)も障害しなかった(E/A ratio: 1.87±0.38, p<0.05; DcT: 58.68±1.31 ms, p<0.01; -dP/dt: 9.21±1.41 mmHg/s, p<0.05; T: 12.91±1.91 ms, p<0.01)。ミネラロコルチコイド受容体(MR)の発現を調べると各群間差がなかったが,アンジオテンシンII/高食塩食群のNHE-1の発現は著明に上がった。NHE-1はアルドステロン或いはMRのシグナル伝達の下流にある遺伝子の一つであるが,NHE-1の発現や拡張機能障害は酸化ストレスの上昇と関連すること,酸化ストレスはアルドステロン受容体の情報伝達を増強する可能性が報告されていることから,次にMR拮抗薬と抗酸化剤を使う検討をした。MR拮抗薬(eplerenone)と抗酸化剤(tempol)はともに血圧に影響なく,アンジオテンシンII/高食塩食群と比べ心機能を改善し(E/A ratio: eplerenone群1.82±0.31, p<0.01,tempol群1.73±0.25, p<0.05; DcT: eplerenone群58.68±1.31 ms, p<0.05,tempol群51.29±4.57 ms,p<0.01; -dP/dt: eplerenone群8.60±1.53 mmHg/s, p<0.05,tempol群9.68±1.64 mmHg/s, p<0.01; T: eplerenone群12.64±2.19 ms, p<0.01,tempol群10.5±2.19 ms, p<0.01),NHE-1の発現を抑えた。

続いて酸化ストレスによりMRは活性化させることを証明するためにin vitroで検討した。先ず心筋細胞は高糖培養状況下で酸化ストレスを産生しそれは浸透圧非依存性であることを証明した。高糖培養のみではNHE-1の発現の変化が認められなかったが,生理濃度のステロイド(コルチコステロン)と共投与するとNHE-1の発現は著明に上昇した。この発現はグルココルチコイド受容体拮抗薬では変化なし,MR拮抗薬で抑制された。ステロイド添加培養下でGFP-MRプラスミドをトランスフェクションした心筋細胞のMRは細胞質と核両方に存在したが,酸化ストレスが増加するとMRはほぼ核に移動した。

以上のことからアンジオテンシンIIー酸化ストレスーグルココルチコイドのMR活性化による左室拡張機能障害を来たすことが考えられた(図)。生活習慣を見直し,減塩を指導することに加え,抗酸化薬とMR 拮抗薬による心不全発症の有効な予防が期待される。

AngII: アンジオテンシンII

ROS: 活性酸素種

Aldo: アルドステロン

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアンジオテンシンーアルドステロン系と酸化ストレスが左室拡張機能障害,早い段階の心機能障害発症においてどのように関連するかを明らかにするために,SDラットを用いて低食塩食,高食塩食で血中アルドステロン濃度を変化させ,さらにアンジオテンシンIIを投与下で,ラットの血圧,血中ステロイドレベル,酸化ストレス産生,左室拡張機能を調べ,下記の結果を得ている。

1.血中アルドステロン濃度は高食塩投与により抑制されでも,アンジオテンシンII/高食塩食ラットにおいて動脈血圧が上昇し酸化ストレスは高くなった。左室拡張機能障害はアンジオテンシンII/低食塩食群と比べ著明である。アンジオテンシンII/低食塩食群は血中アルドステロン濃度が上昇したが,酸化ストレスが高くなく,心機能も障害しなかったことを示した。

2.NHE-1はアルドステロン或いはミネラロコルチコイド受容体(MR)のシグナル伝達の下流にある遺伝子の一つである。アンジオテンシンII/高食塩食群のNHE-1の発現は著明に上がったことが示された後にMR拮抗薬と抗酸化剤を使う検討をしてMR拮抗薬(eplerenone)と抗酸化剤(tempol)はともに血圧に影響なく,アンジオテンシンII/高食塩食群と比べ心機能を改善しNHE-1の発現を抑えたことを示した。

次に初代培養の心筋細胞を用いて高糖培養状況下で酸化ストレスを産生しそれは浸透圧非依存性であることを証明した。高糖培養のみではNHE-1の発現の変化が認められなかったが,生理濃度のステロイド(コルチコステロン)と共投与するとNHE-1の発現は著明に上昇したことを示した。この発現はグルココルチコイド受容体拮抗薬では変化なし,MR拮抗薬で抑制された。NHE-1の高発現はMR活性化に介することを示した。ステロイド添加培養下でGFP-MRプラスミドをトランスフェクションした心筋細胞のMRは細胞質と核両方に存在したが,酸化ストレスが増加するとMRはほぼ核に移動したことが示された。抗酸化剤でMRの核への移動は部分的に抑制されたことも示した。

以上、本論文はアンジオテンシンIIが心血管直接作用以外に酸化ストレスを介してアルドステロン非依存性的にMRを活性化する機序を明らかにした。小動物の心エコー及び左心カテーテルによる観血的測定の解析から、このMR活性化は心機能障害,高血圧の合併症に関与すると考えられる。減塩生活の指導,高血圧の合併症の予防として抗酸化剤,MR拮抗薬の応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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