学位論文要旨



No 123722
著者(漢字) 小田島,慎也
著者(英字)
著者(カナ) コダシマ,シンヤ
標題(和) 超拡大内視鏡画像を用いた消化管組織診断の検討
標題(洋)
報告番号 123722
報告番号 甲23722
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3061号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 川邊,隆夫
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 森屋,共爾
 東京大学 講師 野村,幸世
 東京大学 講師 今村,宏
内容要旨 要旨を表示する

背景

これまで消化管疾患に対するさまざまな内視鏡診断機器が開発されて診断能向上に寄与しているが、確定診断には生検もしくは切除標本による病理診断が不可欠であった。近年、内視鏡下での確定診断を可能とするため、細胞レベルまでの拡大能を持つ超拡大内視鏡の開発が行われている。その一つであるEndo-Cytoscopy system(ECS)は光学顕微鏡を応用した内視鏡機器で、染色した核・細胞質を直接観察することで病理像に近い画像が得られると報告されている。ECSは病理診断学を応用した「内視鏡下病理診断」を実現しうる機器であると考え、以下の基礎的および臨床的検討を行った。

Endo-Cytoscopy観察に対する最適な染色液の検討(切除臓器での検討)

【目的と方法】

これまでにECSに対する染色液の検討は行われておらず、臨床使用の前に染色条件を設定する必要がある。そこでまず、ブタ切除臓器を使ってECSに対する染色条件の検討を行った。染色液(5%メチレンブルー、1%トルイジンブルー、1%クリスタルバイオレット)、濃度(1, 2, 5倍希釈)、染色液との接触時間(染色時間:10, 30, 60, 90秒)を変えてブタ切除臓器(食道, 胃, 大腸)の正常粘膜を染色し、ECS画像を比較することで最適な染色条件を設定した。さらにブタ切除臓器で設定した染色条件をヒトに応用できるか、ヒト切除臓器(食道、胃、大腸)の正常粘膜を染色し、ECS画像の染色性を確認した。

【結果】

クリスタルバイオレットによる染色ではブタ切除臓器(食道, 胃, 大腸)の正常粘膜は核染色されず、染色液として不適切であった。メチレンブルー、トルイジンブルーによる染色で得られたECS画像を比較した結果、ブタ切除臓器に対する最適な染色条件は、食道では1%メチレンブルー、胃・大腸では0.2%トルイジンブルーで、染色時間は60秒であった。またヒト正常粘膜に対する観察ではブタ切除臓器で設定した染色条件を使用して良好な核・細胞質の染色が得られた。

Endo-Cytoscopy観察に対する最適な染色液の検討(生体内での検討)

【目的と方法】

ブタ、ヒトの切除臓器で定めた染色条件を臨床に応用できるかを確かめるため、生体ビーグル犬を用いて再度染色条件の検討を行った。染色液は5%メチレンブルー、1%トルイジンブルーを使用し、濃度(1, 2, 5倍希釈)、染色時間(10, 30, 60秒)を変えて生体ビーグル犬の食道、胃正常粘膜を染色し、生体内におけるECS観察の最適な染色条件を設定した。さらに設定した染色条件をヒトに応用できるか、ヒトの食道、胃、大腸に対する生体内ECS観察で確認した。

【結果】

生体ビーグル犬の食道に対するECS観察の最適な染色条件は、ブタ切除臓器を用いた検討と同様で、1%メチレンブルーの染色時間60秒であった。胃に対しては粘膜表層に付着した粘液を除去できず、いずれの条件でも核・細胞質は染色されなかった。ヒトに対する生体内観察でも食道は1%メチレンブルーの染色時間60秒で良好な核・細胞質の染色が得られたが、胃は粘液の影響で染色が得られなかった。大腸はブタ、ヒトの切除臓器で定めた0.2%トルイジンブルーの染色時間60秒で良好な核・細胞質の染色が得られた。

Endo-Cytoscopy画像解析による食道正常粘膜と腫瘍性病変の鑑別

【目的と方法】

ECSを内視鏡下組織診断に応用することを目的として、正常粘膜と腫瘍性病変のECS画像比較を行った。10症例の食道癌切除標本から得られた正常扁平上皮、扁平上皮癌のECS画像を解析して、正常・扁平上皮癌の核密度(核総面積/4.0 x 10-2 mm2)を算出し、比較検討した。さらに食道癌患者5症例に対して生体内で撮影したECS画像を用いて正常扁平上皮と扁平上皮癌の核密度の検討を再度行った。画像解析には画像解析ソフト(image J for windows)を用いて行い、核密度の比較にはstudent's T-testを用いた。

【結果】

切除標本による正常扁平上皮のECS画像では、均一で低濃度に染色された核が低密度(6.4 % (3.1-11.3 %))に観察され、扁平上皮癌の画像では径不同で変形を来たした核が不均一にかつ高密度(25.3 % (20.5-34.5 %))に観察された。核密度は各群間で有意差を認め(P<0.001)、かつ各群でオーバーラップすることがなかった。また生体内での観察でも正常扁平上皮の核密度は6.1 % (4.5-8.3 %)、扁平上皮癌では23.3 % (19.5-25.3 %)であり、各群間で有意差を認め(P<0.001)、オーバーラップを認めなかった。

結論

切除臓器、生体内で行った染色液の検討により、ECS観察に最も適した染色条件は、食道では1%メチレンブルー、胃・大腸では0.2%トルイジンブルーの染色時間60秒であると判明した。しかし胃では粘膜表層に付着している粘液の影響が強く、臨床応用には粘液除去方法の確立が必要であると考えられた。一方食道の正常扁平上皮と扁平上皮癌のECS画像上の核密度は有意差を認め、かつオーバーラップがないことから、ECS観察を行うだけで自動的に正常・腫瘍を鑑別できるという、自動診断の可能性も考えられた。今回の検討では食道の正常扁平上皮と扁平上皮癌の鑑別であるが、さらに食道炎症性疾患や異型上皮の鑑別の検討を行うことで、ECSによる内視鏡下組織診断が実現しうると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、超拡大内視鏡の一つであるEndo-cytoscopy system(ECS)を臨床応用するために、ECS観察に最適な染色条件を切除臓器、生体内で検討し、さらにECSによる消化管癌の内視鏡下診断方法を検討したものであり、下記の結果を得ている。

染色液(メチレンブルー、トルイジンブルー、クリスタルバイオレット)、濃度、染色時間を変えてブタ切除臓器粘膜(食道, 胃, 大腸)を染色し、ECS画像を比較した結果、食道では1%メチレンブルーの染色時間60秒、胃・大腸では0.2%トルイジンブルーの染色時間60秒の染色条件で、核・細胞質の染色性、コントラストが良好であることが示された。この結果から得られた染色条件をヒト切除臓器(食道、胃、大腸)に用いた場合も、ブタ切除臓器と同様に染色良好なECS画像が得られた。

染色液(メチレンブルー、トルイジンブルー)、濃度、染色時間を変えて生体ビーグル犬の消化管粘膜(食道、胃)を内視鏡下で染色し、生体内ECS観察画像を比較した結果、食道では1%メチレンブルーの染色時間60秒、大腸の場合は0.2%トルイジンブルーの染色時間60秒の染色条件で、核・細胞質の染色性、コントラストが良好であることが示された。胃ではすべての染色条件で染色性が不十分であり、粘膜に付着している粘液がその原因と考えられた。ヒトの生体内ECS観察での検討においても胃は染色不十分であったが、食道、大腸は1で定めた染色条件で良好なECS画像が得られた。

切除標本のECS画像から正常食道粘膜、扁平上皮癌を鑑別する方法を検討したところ、画像解析を行って画像内の核密度を算出すると、正常食道粘膜の核密度は6.4 % (3.1-11.3 %))、扁平上皮癌は25.3 % (20.5-34.5 %)と有意差を持ち、かつオーバーラップすることがなかった。まだ生体内観察で得られた画像を検討した場合でも、正常食道粘膜の核密度は6.1 % (4.5-8.3 %)、扁平上皮癌は23.3 % (19.5-25.3 %)と、切除臓器と同様の結果が得られた。この結果から、ECSを食道扁平上皮癌の鑑別に利用できる可能性、さらにはECS観察を行うだけで診断できる自動診断の可能性が示された。

以上、本論文は、新しい内視鏡機器であるECSに対して明らかにされていなかった最適な染色条件を明らかにし、さらにECSを利用した食道扁平上皮癌の内視鏡下組織診断の可能性を明らかにしてきた。本研究は、内視鏡診断学の発展および新たな内視鏡診断方法の確立において多大な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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