学位論文要旨



No 123723
著者(漢字) 鹿毛,秀宣
著者(英字)
著者(カナ) カゲ,ヒデノリ
標題(和) アデノ随伴ウイルス血清型2及び5のハイブリッドウイルスベクターを用いたマウス胚由来線維芽細胞へのTgfβ1に対するshort hairpin RNAの導入及び発現抑制
標題(洋)
報告番号 123723
報告番号 甲23723
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3062号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 客員准教授 後藤田,貴也
 東京大学 講師 太田,聡
内容要旨 要旨を表示する

背景

近年,RNA干渉を用いた研究手法が開発され,大きく発展してきた.RNA干渉とは20-30塩基程度の短いRNAが遺伝子のmRNAと相補的に結合をすることによりその遺伝子を抑制する機能のことを呼ぶ.RNA干渉に関わる短いRNAにはsiRNA,miRNA,piRNA/rasiRNAなどがある.生理的なsiRNAはウイルスやレトロトランスポゾン由来のRNAから合成され,細胞の防御機能に関わる.miRNAはゲノムの非翻訳領域より転写され,修飾を受けて産生され,自己の遺伝子の発現抑制に関わる.piRNA/rasiRNAの合成経路および機能はいまだ解明されていないが,生殖細胞の分化に関わると考えられている.これらの生理的なRNA干渉の経路を利用したsiRNAやshort hairpin RNA(shRNA)によりin vitroでは簡単に遺伝子を抑制できるようになった.しかし,in vivoではいまだsiRNAの導入に問題点が多く,これを克服するため,様々な工夫がなされてきた.その手法は大きくウイルスベクターと化学修飾に大別される.siRNAにリガンドやリポソームなどを付加した化学修飾は多くの手法が報告されているが,遺伝子の導入効率と毒性を両立させることが困難である.

これに対し,ウイルスベクターは遺伝子の導入効率も毒性も既に確立しており,魅力的な手段である.現在利用されているウイルスベクターのうち,アデノウイルスは毒性が高い上に遺伝子の発現期間が短く,レトロウイルスは非分裂細胞への遺伝子導入が不可能であり,いずれも利用頻度が減少している.レンチウイルスは非分裂細胞への遺伝子導入が可能で遺伝子の発現期間も長く,手技も簡便なためin vitroでは頻用されるようになってきている.しかし,導入する遺伝子は染色体に組み込まれるため,in vivoでは発癌性を含め,挿入部位での遺伝子の欠損が問題となる.その点,アデノ随伴ウイルス(AAV)は手技が煩雑であるが,毒性が極めて低く,安全性も高いため,in vivoでは第一選択と考える.一方,これまでAAVを含め,ウイルスベクターにshRNAを搭載して呼吸器系の遺伝子を抑制した報告はない.

我々はAAVを用いたsiRNA実験の標的遺伝子としてTGFβ1を選択した.TGFβ1は細胞増殖,細胞分化,アポトーシス,細胞外基質の産生などの機能を持ち,線維化や悪性腫瘍に関わる重要な分子として知られる.従来,遺伝子を抑制する手法として用いられてきたノックアウトマウスはTGFβ1では周産期致死であり,抗体,小分子阻害剤,アンチセンスなどはいずれも効果,特異性,安全性などに問題がある.

今回,我々は肺線維症や悪性腫瘍において重要なTGFβ1をマウスの肺において抑制することを念頭に置き,マウスTgfβ1に対するshRNAをAAVに搭載してマウス線維芽細胞においてTgfβ1の発現抑制に成功した.

結果

まず,我々はTgfβ1を抑制する最適なsiRNA配列を検討した.はじめに公開されているウエブサイトを利用して4配列を比較し,十分な効果を認めたのは1つだけであった.そのため,文献に基づくアルゴリズムを用いてさらに6配列追加し,最適な配列をさらに一つ,選択した.AAVを産生する際に用いるプラスミドにこのshRNAの配列を組込み,マウス胚由来線維芽細胞3T12-3へのtransfectionによりTgfβ1タンパクが約50%抑制されることをWestern blotで確認した.次に,プラスミドよりshRNAを発現させる際に,RNA polymerase III (PolIII) プロモーターと通常のstem-loop型のshRNAを用いるよりも,PolIIプロモーター下にprimary miRNA由来の配列と目的のshRNAを組み込んだ方が高い効果が得られる,とする報告に基づき,我々も同様の手法を試みた.その結果,PolIIプロモーターとprimary miRNAに基づく配列はプラスミドのtransfectionではノックダウン効果を認めず,核内に確実に導入する必要があることが判明した.また,AAVを用いてもPolIIIプロモーターとstem-loop型のshRNAのノックダウン効果が高かった.

最適なsiRNA配列が決定したため,次にAAVの作成に移った.AAVの組織親和性はCapタンパクに規定される血清型に依存し,気道上皮細胞への親和性はAAV5由来のCapが最も高いことが知られている.そのため,我々は市販されているAAV2の配列にCapタンパクのみAAV5由来のものに置き換えたAAV2/5ハイブリッドウイルスベクターを作成した.すなわち,AAV2由来のinverted terminal repeat (ITR) 配列の間にPolIIIプロモーターとshRNAを含むプラスミド,AAV2由来のRepタンパクとAAV5由来のCapタンパクをコードするプラスミド,および増殖に必要なアデノウイルスの遺伝子をコードするプラスミドをリン酸カルシウム法で293細胞にtriple transfectionし,細胞を破砕してウイルスを得た(図1).

精製後,real time PCRで力価を測定し,十分な力価のウイルスを得ていることを確認した.この際,細胞破砕や精製の条件検討を行い,細胞破砕は凍結融解と超音波破砕で大きな違いがなく,精製は市販されているカラム型のキットよりも塩化セシウムを用いた超遠心と透析の方が優れていた.

最後に,Tgfβ1に対するshRNAを搭載したAAV2/5を3T12-3にtransductionしたところ,Tgfβ1タンパクが約40%に抑制された(図2).

Real time PCRでmRNAの発現を確認したところ,mRNAの発現レベルの低下は認められず,我々の系ではsiRNAの配列がmRNAと完全に相補的であったにも関わらず,mRNAが切断されているのではなく,翻訳が抑制されていることが判明した.

結論

以上より,我々はマウスTgfβ1に対するshRNAをAAV2/5に搭載し,3T12-3細胞においてTgfβ1タンパクを抑制することに成功した.AAVを利用して線維芽細胞に遺伝子を導入したことと,shRNAをAAV2/5に搭載して遺伝子を抑制したのはこれが初めてである.我々の系では今後,マウスの気道において任意の遺伝子をノックダウンすることが可能であると考えられる.

図1.AAVの作成方法のシェーマ

図2.Tgfβ1に対するshRNAを搭載したAAV2/5を3T12-3細胞にtransductionした際のTgfβ1タンパクの抑制効果.WT:3T12-3のみ,blank:AAV2/5-shRNA(-),4B:AAV2/5-shTgf4B

審査要旨 要旨を表示する

本研究はマウス肺において任意の遺伝子をノックダウンする系を確立するため,その前段階としてアデノ随伴ウイルス血清型2および5(AAV2/5)にマウスTgfβ1に対するshort hairpin RNA(shRNA)を搭載し,マウス胚由来線維芽細胞3T12-3のTgfβ1の発現を抑制することを試みたものであり,下記の結果を得ている.

1.ウエブサイトで公開されているアルゴリズム,および論文で報告されているアルゴリズムを用いてTgfβ1に対する有効なsiRNA配列を決定した.その際,siRNA配列の決定にはアルゴリズムによる効果予測は不十分で実験的な検証が必要なこと,強制発現された遺伝子と内在性の遺伝子とでは抑制効果が異なること,および用いるプラスミド骨格や細胞株によっても抑制効果が異なることを見出した.

2.RNA polymerase II(PolII)プロモーター下にprimary microRNAに基づく配列とshRNAを組込む方がPolIIIプロモーターと通常型のstem-loop shRNAを用いるよりも効果が高いとする報告を検証した.その結果,我々の系ではPolIIIプロモーターであるU6プロモーターと通常型のstem-loop shRNAの効果が高いことが判明した.また,比較の際にPolIIプロモーター下にprimary microRNAに基づく配列はプラスミドのtransfectionでは効果がなく,核内にshRNAを導入する必要があることを見出した.

3.Tgfβ1に対するshRNAを搭載したAAV2/5を産生した.その際,凍結・融解と超音波破砕による細胞破砕が同等に有効であることを見出し,また,AAV2/5の精製方法として市販のキットは無効で超遠心と透析を組み合わせる必要があることを示した.

4.U6プロモーターとTgfβ1に対するshRNAを搭載したAAV2/5をマウス胚由来線維芽細胞3T12-3に導入し,Western blotでTgfβ1タンパクが40%まで抑制されることを示した.その際,mRNAは抑制されておらず,完全に相補的なsiRNAであってもmRNAの切断ではなく翻訳抑制がおきることがあることを示した.

以上、本論文はマウス胚由来線維芽細胞3T12-3にU6プロモーターとTgfβ1に対するshRNAを搭載したAAV2/5を導入し,マウスTgfβ1の発現抑制に成功した.本研究はAAVを利用して線維芽細胞に遺伝子を導入し,また,AAV2/5にshRNAを搭載して遺伝子の発現を抑制した点が初めてである.本研究は今後,これまで確立されていない肺特異的な遺伝子抑制を可能にすると思われ、学位の授与に値するものと考えられる.

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