No | 123724 | |
著者(漢字) | 川上,貴久 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワカミ,タカヒサ | |
標題(和) | 小胞体ストレスは培養不死化近位尿細管細胞でオートファジーを誘導する | |
標題(洋) | Endoplasmic Reticulum Stress Induces Autophagy in Cultured Immortalized Renal Proximal Tubular Cells | |
報告番号 | 123724 | |
報告番号 | 甲23724 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3063号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | オートファジーとは,酵母から哺乳類までの真核生物細胞で認められる,細胞内の自己分解機構である.これは,マクロオートファジー,ミクロオートファジー,シャペロン介在性オートファジーの3種に分類される.特に,マクロオートファジー(以下,特に断りが無い限りオートファジーと記載)は,この10数年で関与する分子が同定されたこともあり,最近様々な知見が急速に蓄積してきており,注目されている.オートファジーは,細胞内で2重膜が細胞質(細胞内小器官を含むこともある)を包み込み(これをオートファゴソームと呼ぶ),それがリソソームと融合し,中身が分解される機構である.オートファジーは本来,飢餓状態などで細胞構成成分を自ら分解し,その分解産物を必要な同化にリサイクルする機構であるが,その役割は代謝にとどまらず,細胞死,発生,感染防御,神経変性など様々な現象で重要な役割を果たしていることが最近になり解明されてきた. しかし,腎臓のオートファジーに関しては,糸球体上皮細胞のマクロオートファジーについて1報,尿細管上皮細胞のシャペロン介在性オートファジーについて数報の報告があるのみで,種々の腎疾患の病態生理で中心となる尿細管についてのマクロオートファジーの報告は皆無である.そこで我々は,尿細管細胞のオートファジーについて研究することとした. さらに,腎疾患の病態生理の中から,尿細管細胞の小胞体ストレスに注目した.小胞体は,ペプチドのフォールディング,糖鎖修飾,酸化的環境でのジスルフィド結合形成などのタンパクの翻訳後修飾,カルシウムイオンを介する細胞内情報伝達などの生理機能を持つ細胞内小器官であり,また,正常な機能・内部環境維持のためには,多くのエネルギーを必要とする.よって,糖鎖修飾の阻害,カルシウム蓄積の障害,酸化ストレス,低酸素,ブドウ糖欠乏などが小胞体ストレスを惹起する.これらはいずれも小胞体内のミスフォールディング蛋白を増加させる結果となり,Unfolded Protein Response (UPR)と呼ばれる真核細胞に共通する反応が起こる.これにより,蛋白のフォールディングに必要なシャペロン分子の誘導などの適応反応を生じるが,ストレスがその適応反応を上回ると細胞傷害さらには細胞死の転帰をとる. 尿細管細胞の小胞体ストレスは,急性腎不全,慢性腎臓病の進行,腎毒性物質による腎傷害などに関与することが分かっている.しかし,尿細管細胞における小胞体ストレスとオートファジーの関係については明らかでない.最近,酵母や哺乳類細胞で,小胞体ストレスによってオートファジーが誘導されると,数報の報告があった. そこで我々は,ラット近位尿細管不死化培養細胞(Immortalized Rat Proximal Tubular Cell: IRPTC)を用い,小胞体ストレスが近位尿細管細胞でオートファジーを誘導するという仮説を立て,検証した. まず,オートファジーを検出する方法として,我々は特異的な分子マーカーであるLC3のウェスタンブロットを用いた.このウェスタンブロットではLC3-I (16kD),LC3-II (14kD)の2バンドが観察され,後者はオートファゴソーム膜に組み込まれる.よってLC3-IIの量がオートファゴソーム数,ひいてはオートファジーの指標となる. この方法により,オートファジーの代表的刺激である飢餓状態でIRPTCにオートファジーが誘導されることを確認した上で,小胞体ストレスを与える代表的化合物であるtunicamycin (TM) とthapsigargin (TG)で刺激したところ,IRPTCにオートファジーが誘導されることが示された.これは電顕により形態学的にもオートファゴソームの増加として確認された. しかし,LC3-IIの増加はオートファゴソームの増加を示すものの,新たな生成増加と分解抑制のいずれの可能性も考えられ,前者のみが真のオートファジー活性化と言える.その点を検証するため,オートファゴソームとリソソームの融合を阻害することでオートファゴソームの分解を抑制する作用を有するbafilomycin A1を用いた.この薬剤の単独刺激で,LC3-IIの増加を認めた.これは,IRPTCのオートファゴソームが通常分解されていることを示しており,オートファジーが分解という本来の機能を果たしていることが明らかとなった.次に,IRPTCをbafilomycin A1の存在下でTMにより刺激すると,十分な分解抑制下でもLC3-IIの増加を認め,よってTMによるオートファゴソームの増加は分解抑制ではなく,新たな生成の増加によることが示された. 最後に,小胞体ストレスがオートファジーを誘導する機構について探索した.MAPキナーゼには3つの経路があることが知られている.ERK,JNK,p38である.このうち,ERKの上流のMEK 1/2の阻害薬であるU0126を用いて,ERKの関与を調べた.TMでERKの活性型であるリン酸化ERKがウェスタンブロットにて増加することが分かり,U0126はTMによるLC3-IIの増加とリン酸化ERKの増加をほぼ完全に抑制した.つまり,小胞体ストレスによるオートファジー誘導にはERKが必要であることが示された.しかし,JNKの阻害薬であるSP600125,p38阻害薬であるSB203580のいずれもTMによるLC3-IIの増加を抑制せず,JNKとp38はオートファジー誘導に関与していなことが示された. これらの知見から,近位尿細管細胞において,小胞体ストレスはMAPキナーゼであるERKを介して,機能的なオートファジーを誘導することが解明された. | |
審査要旨 | 本研究は,各種腎疾患で傷害の対象となる近位尿細管細胞において,その病態生理の一つである小胞体ストレスと,最近様々な生命現象に関与することが知られているオートファジーという細胞内分解機構との関係を明らかにするため,培養不死化近位尿細管細胞を用いて小胞体ストレスがオートファジーを誘導するか否かの解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.培養細胞はImmortalized Rat Proximal Tubular Cell (IRPTC)を用いた.オートファジー誘導を検出する方法としては,まずオートファジー誘導に関与するAutophagy related gene (Atg) 8のmammalian homologであるLC3のウェスタンブロットを用いた.このウェスタンブロットでは16kDのLC3-Iと14kDのLC3-IIの2つのバンドが得られ,LC3-IIがオートファジーに特徴的な細胞内構造物であるオートファゴソームの膜に組み込まれた状態であり,その増加がオートファジーの誘導を示す.IRPTCをオートファジー誘導の代表的条件である飢餓状態(アミノ酸非含有培地)にしたところ,LC3-IIの増加を認め,この検出系が有効であることを確認した.小胞体ストレスを惹起する代表的薬剤であるtunicamycin,thapsigarginでIRPTCを刺激し,両者とも濃度依存的,時間経過とともにLC3-IIの増加を認め,オートファジーの誘導が示唆された. 2.オートファジー誘導を形態学的にも確認するため,電子顕微鏡による観察を行った.IRPTCを飢餓状態にするとIRPTCの細胞内に,細胞質が膜に包まれたオートファゴソームと呼ばれる構造物が増加し,オートファジー誘導が示唆された.tunicamycin,thapsigarginで小胞体ストレスを惹起しても同様にオートファゴソームの増加が観察された. 3.オートファジーの本態は,オートファゴームが形成され,それがリソソームと融合し,オートファゴソームの内部が分解されることにある.これまでの結果から小胞体ストレスでオートファゴソームが増加することが明らかとなったが,それはオートファゴソームの形成増加と分解抑制のいずれの可能性も考えられる.そこでオートファゴソームとリソソームの融合を阻害し,その後の分解も進まなくなるBafilomycin A1という薬剤を用いた.始めにIRPTCをBafilomycin A1のみで刺激したところ,LC3-IIが増加した.これは通常はLC3-IIが分解されて減少していること,つまりオートファゴソームが分解されていることを示し,IRPTCのオートファジーが細胞質の分解という本来の機能を果たしていることが分かる.次に,Bafilomycin A1存在下で小胞体ストレスを誘導するtunicamycinで共刺激したところ,Bafilomycin A1単独よりもさらにLC3-IIが増加した.これは,オートファゴソーム分解阻害下でも小胞体ストレスがオートファゴソームが増加させたことを示し,小胞体ストレスはオートファゴソームの形成を増加させることが分かった. 4.小胞体ストレスがオートファジーを誘導する情報伝達経路としてMAPキナーゼについて探求した.tunicamycin刺激によりERKの活性型であるリン酸化ERKが増加することがウェスタンブロットにより示され,またERK経路を抑制するU0126を用いると,tunicamycinによるLC3-II増加が抑制された.しかし,JNKを抑制するSP600125,p38を抑制するSB203580,のいずれもtunicamycinによるLC3-IIの増加を抑制しなかった.以上より,小胞体ストレスはERK経路を介してオートファジーを誘導することが示された. 以上,本論文はラット近位尿細管不死化培養細胞IRPTCにおいて,小胞体ストレスがERK経路を介して機能的なオートファジーを誘導することを明らかにした.本研究はこれまで未知に等しかった,尿細管細胞におけるオートファジーの解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる. | |
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