学位論文要旨



No 123725
著者(漢字) 纐纈,力也
著者(英字)
著者(カナ) コウケツ,リキヤ
標題(和) ヒト好塩基球の活性化調節 : サイトカインと抗原の役割に関する考察
標題(洋)
報告番号 123725
報告番号 甲23725
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3064号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 講師 本田,善一郎
 東京大学 講師 高見澤,勝
内容要旨 要旨を表示する

アトピー型喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎などのアレルギー性疾患は、抗原によりマスト細胞・好塩基球表面の特異的IgE抗体が架橋されて起こるI型反応に分類される。I型反応は多く2相性の経過をとり、IgE架橋刺激により直ちに起こる即時相(主にマスト細胞が関与)の後、抗原曝露後4~8時間後に遅発相が出現する。アレルギー疾患患者の検討により、組織に流入した好酸球、好塩基球などの炎症細胞とそれらに由来するメディエーターが遅発相の症状発現に重要な役割を担うと考えられている。近年マウスモデルにおいて遅発相の後にTリンパ球、マスト細胞非依存、好塩基球依存超遅発相も報告され、このような遅発相、超遅発相は、アレルギー疾患の病態に重要な役割を果たす慢性アレルギー性炎症の一局面を示すと考えられる。炎症局所では好酸球、好塩基球、好中球、Th2リンパ球などの炎症細胞の集積が見られ、炎症細胞と組織に常在する細胞とが何らかの関連を形成していると考えられる。近年の分子標的療法の臨床試験の報告では、好酸球を対象とした抗IL-5療法が血液中の好酸球数は激減させるものの喘息症状、気道過敏性の改善には無効と判明した。好中球を対象とした抗TNF療法は、重症喘息における気道過敏性の低下に寄与するが、軽症から重症までの幅広い喘息の中心的治療とは言い難い。一方IgEを中和する抗IgE療法はアレルギー性鼻炎や喘息に有効で欧米では臨床使用されており、この事実は慢性アレルギー性炎症の形成に、IgEが深く関与していることを示している。以上総合すると、IgE、および、慢性アレルギー性炎症において局所に遊走するFc・RI高発現細胞である好塩基球と組織に常在しFc・RIを高発現するマスト細胞が重要な役割を果たしている可能性が推察される。本研究では特に好塩基球に着目し、第1章において、アレルギー性炎症局所で産生の増加が認められ、リモデリングへの関与が指摘されているSCFおよび当研究室で以前報告され、好塩基球に対する独特の活性化パターンがSCFと類似するIGF-Iの示す活性化作用を脱顆粒とCD11b・CD69という代表的な活性化マーカーの点から検討した。第2章では、直接的に好塩基球を活性化させない低濃度の抗FcαRIα鎖モノクローナル抗体(CRA-1抗体)による架橋刺激を行うとそれに引き続く刺激に対する脱顆粒、脂質メディエーターの産生が高まるというpriming作用を検討し、更にヒト臍帯血由来培養マスト細胞との比較も行った。

第1章

<方法>

1.ヒト末梢血から好塩基球を分離した。好塩基球をCa2+,Mg2+を含有するPIPES緩衝液に浮遊させ、SCFおよびIGF-Iの各サイトカインの存在、非存在下で30分間37℃の前処理を行った。その後刺激物質を添加し、45分37℃で刺激を行い、遠心後上清を回収した。好塩基球から上清中に放出されたヒスタミンを測定し脱顆粒を算出した。

2.表面マーカーCD69解析は、SCFおよびIGF-Iを添加して好塩基球を24時間培養した。CD11b表面発現の解析には、好塩基球を37℃30分間刺激した。CD69及びCD11bはflow cytometryにて測定した。

<結果>

1. SCFによる直接の好塩基球脱顆粒は認めなかった。一方、SCF 10 nMで30分間前処理を行うと、その後の抗IgE抗体、抗FcεRIα鎖抗体(CRA-1)、及びTPA刺激による好塩基球脱顆粒は有意に増強された。この増強の程度はSCFの濃度および処理時間に依存した。当研究室より既に報告されているがIGF-Iは、抗IgE抗体、CRA-1抗体、TPAおよびカルシウムイノフォア A23187による好塩基球脱顆粒を有意に増強した。しかしSCFもしくはIGF-I前処理を行っても、ケモカインMCP-1、及びFMLPやC5aによるヒスタミン遊離の増強は認めなかった。以上の結果よりヒスタミン遊離に関しSCF, IGF-I共に比較的高濃度を必要としており、増強を受ける、受けない刺激の種類がSCFとIGF-Iで類似すると考えられた。

2.好塩基球活性化マーカーCD11bに関しては、1-10 nMのSCFとIGF-I単独では有意な発現上昇はなかった。しかしSCF 10nM とIGF-I 10nM同時添加でCD11b発現は有意に増強した。CD69発現においてもSCF 10 nMとIGF-I 10 nM を同時添加にて有意な発現誘導作用を示したが、SCFあるいはIGF-Iの単独では、有意な誘導作用を示さなかった。

3.IL-3によりCD11b, CD69の発現は強く誘導される。IL-3とSCFの間で、CD11bとCD69の発現に協調作用は見られなかった。以上より、SCFは、IGF-Iと協調して、好塩基球の細胞表面活性化マーカー発現を増強するが、IL-3との協調作用は認めない事が示された。

第2章

<方法>

1.好塩基球の分離は、第1章と同じである。ヒト臍帯血由来培養マスト細胞は、ヒト臍帯血よりCD34陽性細胞を分離し、SCFとIL-6の存在下で10週以上培養したマスト細胞(純度99%以上)を用いた。マスト細胞の刺激反応性を高めるため一部の実験ではIL-4 10 ng/ml添加して4日間培養、次いでヒトIgE 1μg/mlで2時間感作したのち、ヒスタミン遊離刺激を行った。

2.CRA-1抗体により好塩基球をまず60分間前処理し、その後洗浄しIL-3 300 pMで37℃15分間前処理した後、第1章と同様に45分間37℃でヒスタミン遊離刺激を行い、上清中に放出されたヒスタミンを測定した。また、上清中のLTC4は、EIAキットで測定した。

<結果>

1.FcεRIα鎖に対するモノクローナル抗体CRA-1は0.1~1.0 μg/mlの濃度で好塩基球に対し最大の脱顆粒を起こす。1 ng/mlという低濃度のCRA-1抗体は、IL-3の存在下でも脱顆粒を引き起こさない。しかし1 ng/ml のCRA-1抗体で前処理を1時間行った好塩基球はMCP-1、FMLPによる脱顆粒は有意に増強していた。またMCP-1、FMLPによる好塩基球脱顆粒は、IL-3により増強される事が知られているが、CRA-1抗体前処理により更に有意に増強した。また、CRA-1前処理を行うことで、MCP-1刺激反応閾値の低下(より低い濃度のMCP-1で脱顆粒が起こる)が見られた。一方、脂質メディエーターLTB4刺激による脱顆粒は、CRA-1 1 ng/ml単独でもIL-3単独でも増強されたが、CRA-1とIL-3両者の前処理による更なる脱顆粒増強は認めなかった。

2.C5a刺激、TPA刺激、カルシウムイオノフォア刺激に関しては、CRA-1 前処理を行うことで、有意と言える遊離増強は認めなかった。

3.CRA-1前処理時の濃度検討で、CRA-1は、10 pg/mlという極めて低濃度から増強作用を示し始め、1 ng/mlにて最大の増強効果を示した。そして、直接的な脱顆粒を示しうる 10 ng/mlの濃度では、逆に増強効果が減少する傾向が見られた。

4.CRA-1 前処理時間について、15分~30分では増強効果は弱いが、60分で十分に増強効果は強まった。

5.CRA-1とIL-3は協調的にpriming作用を発揮しMCP-1による脱顆粒を増強するが、IL-3の代りにIL-5、GM-CSFを用いても協調作用がみられた。

6.脂質メディエーターLTC4産生に関してもCRA-1前処理は増強効果を発揮した。即ち、FMLP刺激によるLTC4産生は、CRA-1及びIL-3両者の前処理を行うことで、飛躍的に高まった。

7.ヒト臍帯血由来培養マスト細胞においては、CRA-1抗体前処理を加えてもA23187やTPA刺激で惹起される脱顆粒の増強は見られなかった。

8.IL-4培養により脱顆粒能を高めた培養ヒトマスト細胞を用いて同様に実験を行ったところ、CRA-1 100 ng/mlの前処理により、TPA 5 ng/ml 及び 10 ng/mlの刺激で惹起されるヒスタミン遊離が軽度ながら有意に増強した。以上より、ヒト臍帯血由来培養マスト細胞では好塩基球と比べて、CRA-1抗体前処理による脱顆粒増強作用は起こり難いと考えられた。

<考察>

本研究の第1章において、慢性アレルギー性炎症の局所においてリモデリングへの関与が指摘されているSCFとIGF-Iが、好塩基球の脱顆粒を増強し、増強を受ける刺激の種類についても独特のレパートリーを示す事が判明した。また、SCF、IGF-IはCD11b, CD69発現を協調して増加させることが示された。第2章においては、当研究室における最近の知見、即ち微量の抗原刺激により、eotaxinに対する好塩基球の遊走活性の増加や、CD69活性化マーカーの発現増加に加えて、本研究では更にケモカインMCP-1や細菌由来ペプチドFMLPに対する脱顆粒も増強する事が示された。慢性的に微量の抗原に曝露されるアレルギー性炎症部位において、炎症局所の微小環境で認められるサイトカインが相互に、そして更に抗原とも協調しつつ好塩基球の活性化増強作用を発揮すると言う事は、慢性炎症の増悪に好塩基球が直接関わっており、その制御機構に複雑なメカニズムが存在する可能性の一端を示すものと考えられる。慢性アレルギー炎症のメカニズムを詳細に解明する事は、アレルギー疾患の治療戦略を考える上でも重要であり、今後さらなる研究の進展が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はアレルギー性疾患の病態において中心的と位置づけされる慢性アレルギー性炎症のメカニズムを明確にすることを目的に、慢性アレルギー性炎症局所での好塩基球の動態制御機構の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.慢性アレルギー性炎症局所組織での産生が報告され、慢性化に関与していると想定される因子のうち、線維芽細胞が主要な産生細胞と考えられているサイトカインSCFとIGF-Iに関して、好塩基球に対する作用を検討した。その結果、両者は好塩基球のanti-IgE抗体、高親和性IgEレセプターFcεRIαに対する抗体であるCRA-1抗体、TPAによる脱顆粒を増強したが、他方、MCP-1、FMLP、C5aによる脱顆粒には影響を及ぼさず、そのレパートリーが共通していた。SCFとIGF-Iの影響を好塩基球活性化マーカーの点から検討したところ、表面活性化マーカーCD11bおよびCD69は、SCFまたはIGF-I単独と比べ、両者の共刺激により明らかな発現増強を認めた。一方、IL-3との協調作用は認めなかった。

2.弱い抗原刺激下でも、慢性アレルギー性炎症の持続が臨床的に観察されるとともに、抗原回避は慢性アレルギー性疾患の治療戦略に置いて常に重要と位置づけられている。しかし、弱い抗原刺激でもアレルギー性炎症の病態に関わっていることを示す基礎的知見は乏しい。そこで、弱い抗原刺激による、好塩基球のメディエーター遊離を、脱顆粒とLTC4産生の観点から解析した。弱いIgE-FceRI依存性刺激後に強いIgE-FceRI依存性刺激を加えると、後者の刺激による脱顆粒が減弱する現象(脱感作)はこれまで知られていたが、その他の点で好塩基球の反応性に興味深い変化が認められた。すなわち、直接的に好塩基球に脱顆粒を引き起こす閾値より低いIgE-FceRI依存性刺激をCRA-1抗体を用いて加えることで、好塩基球が緩徐かつ持続的な活性化を受け、引き続くIgE-FceRI非依存性刺激である菌体由来ペプチドFMLPやケモカインMCP-1による脱顆粒、脂質メディエーター産生を増強した。アレルギー性疾患に関わり、好塩基球以外で抗原特異的IgEを細胞表面に多数有するマスト細胞において弱い抗原刺激による反応性制御機構が存在するかを、ヒト臍帯血由来培養マスト細胞を用いて検討した。その結果、マスト細胞においては、脱感作は認められたが、直接的に脱顆粒を惹起する刺激閾値より低いIgE-FceRI依存性刺激が及ぼすIgE-FceRI非依存性脱顆粒反応の増強は、ごくわずか観察されたのみであった。微量の抗原刺激の影響はマスト細胞より好塩基球に強く作用する可能性が考えられた。

以上、本論文により、アレルギー性炎症局所での産生亢進の認められるSCFやIGF-Iといった線維芽細胞由来のサイトカインは、協調して接着因子CD11bを上昇させ、活性化マーカーCD69も上昇させるなど、好塩基球を明瞭に活性化状態にし、さらには抗原をはじめとする数種類の刺激による脱顆粒を著明に増強することが示された。アレルギー性炎症の慢性化において、組織由来の因子が炎症細胞を遊走・活性化させるとともに好塩基球の刺激反応性を高めるという増悪機序の存在が明らかとなった。また、微弱な抗原刺激によりFMLPやMCP-1による好塩基球脱顆粒を増強する事が示された。これは、脱感作と同時に好塩基球活性化を増強し、しかもその時間的経過が緩徐かつ持続性であるという新しい知見である。このメカニズムにより、微弱な抗原刺激により好塩基球が常に活性化状態に保たれていて、慢性化したアレルギー疾患において、感染等に伴って通常では症状を起こさないような低濃度の抗原刺激であってもアレルギー症状が悪化することの機序と考えられ、慢性アレルギー性炎症の持続および増悪を引き起こす抗原の作用の一端を解明した。今まで慢性アレルギー性の成立、増悪に果たす好塩基球の役割については不明な点が多かったが、本研究は慢性アレルギー性炎症局所に存在する種々の因子による好塩基球の機能調節メカニズムを基礎・臨床両者の視点から解明するのに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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