学位論文要旨



No 123727
著者(漢字) 佐藤,潤一郎
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ジュンイチロウ
標題(和) G蛋白質シグナル系の制御と病態
標題(洋) A human Gsα mutant that causes PHP-Ia/neonatal diarrhea-a potential cell-specific role of the palmitoylation cycle
報告番号 123727
報告番号 甲23767
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3066号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 石井,聡
内容要旨 要旨を表示する

G蛋白質シグナル系は、G蛋白質共役レセプター(G protein-coupled receptor: GPCR)、G蛋白質、エフェクター分子からなり、進化上保存された分子機構により作動するとともに、きわめて多様な情報伝達を担っている。GPCRあるいはG蛋白質の分子異常は、内分泌疾患およびcommon diseaseの原因となることが明らかとなっている。こうした疾患の解析は、G蛋白質シグナル系の分子メカニズムやその制御機構の解明に結びついてきた。

偽性副甲状腺機能低下症Ia型(Pseudohypoparathyroidism Type 1a:PHP-Ia)は、最も古典的なG蛋白質病のひとつであり、1アレルのGsのαサブユニットの機能喪失を原因とし、副甲状腺ホルモンの作用低下と他のGs共役レセプターの作用低下による症状を呈する疾患である。ほとんどの機能喪失性Gsα変異は、Gsα蛋白質の発現そのものを消失させる。一方で、一部の変異体では、蛋白質の発現は保たれているが、シグナル分子としての機能が障害されており、その解析はG蛋白質の作用機構の解析に大いに貢献してきた。

今回の私の研究では、PHP-Iaに新生児期下痢症を合併する家族性発症症例で新たに発見された、Gsα上のグアニンヌクレオチド結合部位に存在するAVDT残基に重複を有するαs-AVDT変異体の解析を行った。解析の結果、(1)αs-AVDTは、不安定であるとともに活性型変異であることが明らかとなった。(2)蛋白質としての不安定性により、機能喪失を生じ、PHP-Iaを生じると推測された。(3)本変異体は、検討した複数の培養細胞でおもに細胞質に存在した。一方で、小腸粘膜上皮由来の2種類の培養細胞では、主に細胞膜に存在し、これに伴って、cAMP産生が増強されていた。この原因は、Gsの活性化にともなうGsα上のパルミチン酸化の低下が、小腸粘膜細胞では抑制されていることによると推測された。(4)脱パルミチン酸化を担うエステラーゼの発現により、小腸粘膜細胞での上記特性は抑制された。

以上から、本症例においてPHP-Iaはαs-AVDTの不安定性を原因とし、合併する下痢症は小腸粘膜細胞での活性化増強の特性によると考えられた。本解析により、パルミチン酸化は、細胞特異的にGsαの局在と活性を制御する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、偽性副甲状腺機能低下症Ia型(Pseudohypoparathyroidism Type-Ia: PHP-Ia)に新生児期下痢症を合併する家族性発症症例で新たに発見された、Gsα上のグアニンヌクレオチド結合部位に存在するAVDT残基に重複を有するαs-AVDT変異体の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. Sf9細胞/バキュロウイルス系を用いて作成した精製G蛋白質による解析の結果、αs-AVDTは、不安定であるとともに活性型変異であることが明らかとなった。そのメカニズムとして、蛋白質の変成失活速度が上昇する一方、GTP結合による活性化の亢進と不活性化の軽度の抑制により活性型変異体となることが示された。

2. 蛋白質としての不安定性により、機能喪失を生じ、PHP-Iaを生じると推測された。Gsを欠損するcyc-細胞に本変異Gsを発現させた安定株では、野生型Gsに比して発現量がきわめて少ないことが明らかとなった。さらに、活性型変異体である特性からわずかなconstitutive activityを示したが、共役するβアドレナリン受容体の刺激によって、活性は増強されず、むしろ抑制されることが明らかとなった。

3. 本変異体は、検討した複数の培養細胞でおもに細胞質に存在した。一方で、小腸粘膜上皮由来の2種類の培養細胞では、主に細胞膜に存在し、これに伴って、cAMP産生が増強されていた。すなわち、コレラと類似のメカニズムによって、新生児期下痢症を惹起する可能性を示唆していた。さらに、この局在の細胞特異性は、他の代表的なGs活性型変異体であるgsp変異体、およびコレラ毒素によって活性化された野生型Gsでも観察された。

4. この細胞特異的な局在の差異の原因は、Gsの活性化にともなう、細胞膜への局在シグナルであるGsαのパルミチン酸化の低下が、小腸粘膜細胞では抑制されていることによると推定された。

5. 事実、脱パルミチン酸化を担うエステラーゼの過剰発現により、小腸粘膜細胞での上記特性は抑制された。

以上、本論文は、偽性副甲状腺機能低下症Ia型に新生児期下痢症を合併する非典型PHP-Ia家系において、PHP-Iaはαs-AVDTの不安定性を原因とし、合併する下痢症は小腸粘膜細胞での活性化増強の特性によると推定されることを明らかにした。まれな内分泌疾患におけるG蛋白質変異体の分子メカニズムを解明した本研究は、病態発現機構の解明に貢献するとともに、G蛋白質を含む蛋白質の細胞膜局在シグナルであるパルミチン酸化が、細胞特異的にGsαの局在と活性を制御する可能性を示し、細胞特異的なシグナル調節機構の解明とパルミチン酸化を標的とする治療法開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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