学位論文要旨



No 123728
著者(漢字) 庄田,宏文
著者(英字)
著者(カナ) ショウダ,ヒロフミ
標題(和) HSP70によるシトルリン化自己抗原への免疫応答誘導と自己免疫性関節炎への関与
標題(洋)
報告番号 123728
報告番号 甲23728
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3067号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 講師 土肥,眞
内容要旨 要旨を表示する

関節リウマチは自己免疫の異常による、持続する炎症性関節炎を特徴とする疾患である。関節リウマチ患者においては、様々な自己抗体が検出されることがわかっているが、特に抗環状シトルリン化ペプチド(CCP)抗体が高い特異度で検出され、HLA-DR4陽性患者で特に陽性率が高い。抗CCP抗体は炎症関節のシトルリン化フィブリンなどのシトルリン化抗原と反応し、炎症を増悪させると考えられている。また抗CCP抗体は関節炎発症前から出現していることが知られており、関節リウマチ患者における自己免疫寛容の破綻は、関節炎発症に先立って生じていると考えられている。また抗CCP抗体は結核患者にも出現することが報告されており、抗CCP抗体出現のひとつの機序として、MHC classIIであるHLA-DR4に提示される結核菌由来の抗原の関与が推定されている。今回の研究ではMycobacterium種から哺乳類全般に極めて相同性の高いheat shock protein (HSP) 70の一種であるBiPに注目し、シトルリン化抗原に対する抗体の出現機序および関節リウマチの病態への関与を研究した。

まず、マウスにおいて、Mycobacterium HSP70 (MycHSP70)の感作による免疫反応、特に自己抗原に対する反応を検討した。C57BL/6マウスにMycHSP70を免疫したところ、抗BiP抗体、抗citrullinated BiP (citBiP)抗体が出現した(図1)。更に抗CCP抗体の出現(図2)、抗シトルリン化フィブリノーゲン抗体の出現も観察され、シトルリン化された自己抗原への免疫応答誘導が観察された。次に抗体産生を助けるCD4陽性T細胞における免疫反応を検討した。MycHSP70免疫後のマウス由来の脾臓CD4陽性T細胞はcitBiPに対する強い増殖反応を示す一方、BiPに対しては増殖を示さなかった(図3)。このことより、MycHSP70の感作により、まずCD4陽性T細胞のcitBiPに対して免疫応答が誘導され、その結果BiPやその他のシトルリン化抗原への抗体産生へと進展する機序が推測された。そこで、MycHSP70免疫によりcitBiPへの免疫反応が生じる機序を明らかにするため、citBiP由来のシトルリン化ペプチドを用意し、CD4陽性T細胞のエピトープを検索した。RAにおいては、HLA-DR4保因者の場合に抗CCP抗体陽性の関節リウマチが発症しやすいことが知られており、HLA-DR4に提示されるシトルリン化エピトープの重要性が示唆されている。HLA-DR4トランスジェニックマウスを用いて、HLA-DR4に提示させるcitBiP由来のシトルシン化ペプチドを検索した。免疫された抗原の一部は樹状細胞内でシトルリン化されて抗原提示されていることが報告されており、BiP, MycHSP70をHLA-DR4トランスジェニックマウスに免疫し、脾臓CD4陽性T細胞のcitBiP由来シトルリン化ペプチドに対する増殖反応を調べたところ、MycHSP70とBiPで比較的相同性の高いC端側のペプチドに対して、両群において強い反応が検出された。またMycHSP70で免疫した場合、C端側においてアルギニンのままのペプチドと比較し、シトルリン化ペプチドに対する反応が強くみられた。この結果から、MycHSP70免疫により、citBiP由来のシトルリン化ペプチドに対するCD4陽性T細胞の反応が誘導されることが改めて証明された。このC端側のシトルリン化ペプチドは、BiPとMycHSP70の相同性が高いことより、MycHSP70の感作による自己抗原へのT細胞反応の誘導には、抗原のシトルリン化による反応の増強に加えて、この領域の分子相同性(molecular mimicry)が関与していることが推測された。またシトルリン化抗原に対する抗体は関節炎を増悪させることが報告されており、MycHSP70免疫による実験的関節炎への影響を検討した。予めMycHSP70を免疫したマウスに、コラーゲン抗体誘発性関節炎を誘導したところ、コントロールと比較して有意な関節炎の増悪が観察された。更に、予めMycHSP70を免疫したマウスに、II型コラーゲンを免疫してコラーゲン誘発性関節炎を誘導したところ、この系においてもMycHSP70の免疫により関節炎が有意に悪化した(図4)。またこれらの関節炎マウスで、血清抗体価を測定したところ、抗CCP抗体価の陽性率の上昇がみられた。これらの結果より、MycHSP70の免疫による関節炎の増悪の機序として、ひとつにはMycHSP70の免疫によって誘導されたシトルリン化自己抗原に対する免疫反応が関与していると考えられた。

次に、関節リウマチ患者において、citBiPに対する免疫反応が観察されるかを検討した。まず、citBiPに対する抗体価を測定したところ、関節リウマチ患者において健常人より有意に抗citBiP抗体価の上昇がみられた(図5)。抗citBiP抗体の関節リウマチ診断における感度は58%, 特異度95%であり、抗BiP抗体と比較して関節リウマチ患者に特異的であった。更に、抗citBiP抗体価は抗CCP抗体価と有意な相関がみられたのに対して、抗BiP抗体価は抗CCP抗体価との相関はみられなかった。実際にヒトBiP由来のシトルリン化ペプチドを作成し、自己抗体のエピトープを検索したところ、アルギニンのままのペプチドに対する抗体価と比較して有意に抗体価が上昇するシトルリン化ペプチドが同定された。次に、抗BiP抗体価および抗citBiP抗体価と、微生物由来のHSP70に対する抗体価との相関を調べたところ、MycHSP70に対する抗体価と抗citBiP抗体価に特に強い相関がみられた(図6)。このことより、ヒトの関節リウマチ患者においても、citBiPに対する自己抗体の出現に、微生物由来のHSP70の感作が関与していることが推測された。

最後に関節リウマチ患者において、HSP70に対するT細胞反応性を検討した。関節リウマチ患者においては抗CCP抗体が高い特異度で出現し、抗CCP抗体陽性の関節リウマチはより重症になることが知られている。抗CCP抗体が出現するためには、その産生を助けるCD4陽性T細胞の存在が推定されており、関節リウマチの病態形成に重要な役割を果たしていると考えられる。そこで、HLA-DR4陽性の関節リウマチ患者の末梢血単核細胞が、citBiPに反応するかを検討した。RA患者のHLA-DRB1を遺伝学的にタイピングし、HLA-DRB1*0405保因者の末梢血単核細胞を分離したうえで、citBiPと培養し増殖反応を調べた。その結果、HLA-DRB1*0405陽性関節リウマチ患者由来の末梢血単核細胞は、BiPおよびcitBiPに対して増殖反応が認められたが、citBiPに対する増殖反応の方が強かった。これより、HLA-DR4陽性の関節リウマチ患者の末梢血中には、シトルリン化自己抗原であるcitBiPに増殖反応を示すCD4陽性T細胞が存在することが示された。一方、HLA-DRB1*0405陰性関節リウマチ患者においては、BiPおよびcitBiPへのT細胞反応は弱く、差も認められなかった。

以上の検討より、関節リウマチ患者の一部において、シトルリン化された自己抗原であるcitBiPに対する免疫反応が、抗原特異的な獲得免疫系を司るT細胞およびB細胞において生じていることが証明された。また、citBiPへの免疫応答が生じる機序としては、微生物由来のMycHSP70に対する強い感作により、citBiPに相同性の高いシトルリン化エピトープが抗原提示され、シトルリン化抗原に反応するCD4陽性T細胞の増殖を誘導するという機序が、マウスモデルによる検討より考えられた。関節リウマチの発症には、遺伝的要因と環境要因の両方が関与していると考えられているが、今回の検討の結果より、環境要因であるMycobacterium種への感作と、抗原のシトルリン化による抗原性の増強が、抗CCP抗体陽性関節リウマチ発症のひとつの要因であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は自己免疫性関節炎である関節リウマチの病態を解明するため、シトルリン化抗原への免疫応答に注目し、マウスおよびヒトにおいてシトルリン化自己抗原への免疫応答誘導の機序を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.マウスにおいて、抗酸菌由来HSP70(MycHSP70)を免疫することで、シトルリン化自己抗原であるcitrullinated BiP (citBiP)への抗体産生およびT細胞増殖反応が誘導された。またその他のシトルリン化自己抗原に反応する抗体産生も確認された。

2.マウスの実験的関節炎において、MycHSP70の免疫を予め行うことで、関節炎スコアが悪化し、病理医学的にも有意な悪化が確認できた。

3.ヒト関節リウマチ患者においては、BiPに対する血清抗体価よりcitBiPに対する血清抗体価が高い症例が多く、抗citBiP抗体価の関節リウマチ診断に対する特異度は90%以上と優れていた。また抗体の認識するシトルリン化エピトープを同定した。

4.ヒト関節リウマチ患者において、血清抗MycHSP70抗体価は抗citBiP抗体価と強い相関を示し、関節リウマチ患者におけるMycHSP70とcitBiPの抗原性の関連が示唆された。

5.ヒト関節リウマチ患者の末梢血単核細胞は、citBiPおよびMycHSP70に対して増殖反応を示した。健常人ではこのような反応は認められなかった。

以上、本論文は微生物由来の外来抗原がシトルリン化された自己抗原への免疫応答を誘導することを明らかにし、自己免疫性関節炎の増悪に関与することを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、関節リウマチ患者におけるシトルリン化抗原への免疫応答の出現機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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