No | 123731 | |
著者(漢字) | 孫,大輔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ソン,ダイスケ | |
標題(和) | 慢性低酸素はCu/Zn-SODの抑制を介して腎障害を悪化させる(プロテオミクス研究) | |
標題(洋) | Chronic hypoxia aggravates renal injury via suppression of Cu/Zn-SOD - a proteomic analysis | |
報告番号 | 123731 | |
報告番号 | 甲23731 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3070号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 腎障害がある域値に達すると、その原因にかかわらず腎機能が悪化し続け、腎不全は不可逆的になる。近年このプロセスにおける「final common pathway」が注目されている。NormanとFineによって提唱された「慢性低酸素仮説」は、末期腎不全におけるfinal common pathwayとして尿細管間質領域の慢性虚血障害を強調している。この仮説に基づき様々な研究が行われているものの、腎障害において低酸素が担う病態生理学的役割の詳細はいまだに明らかになっていない。これまでには、慢性腎不全の早期から低酸素が惹起されていること、低酸素により尿細管細胞のアポトーシスや形質転換、また細胞外基質の増生などが引き起こされることが明らかとなっている。 プロテオミクスは多数のタンパク発現をハイスループットに解析することのできる手法であり、正常と病態間の差異的発現を解析することで病態学的に意義のあるタンパクを探索することが可能である。今回、我々は慢性腎不全における慢性低酸素の病態生理学的意義を調べるためにプロテオミクスを用いて解析することとした。 【方法】 我々は、SDラット(6週齢)の左腎動脈を内径0.23mmの金属クリップで7日間狭窄させる慢性低酸素腎モデルを用いた。正常腎と低酸素腎の皮質をプロテオミクス解析(MALDI-TOF/MS法)によって比較し、著明な増減のあったタンパクを同定した。 減少していたCu/Zn-SODにつき、Western blot解析、real-time PCR解析を行い、発現の低下を確認した。局在を調べるために免疫組織化学法によるCu/Zn-SODの染色を行い、またLCM(laser microdissection)法によって糸球体/尿細管間質領域のmRNA解析を行った。 次に、SOD類似物質のtempolを慢性低酸素腎ラットに投与し、腎障害が軽減するか否かを組織学的に評価した。尿細管間質障害マーカー及び酸化ストレスマーカーによる免疫染色を行った。 さらに、近位尿細管皮質細胞(RPTEC)を用いてCu/Zn-SODの発現を低下させる物質を探索した。TNF-αが関与していたため、モノクローナル抗体のinfliximabを慢性低酸素腎ラットに投与し、Cu/Zn-SODの発現が回復するか否かを評価した。 【結果】 SDラットの片側腎動脈を7日間狭窄させることで著明な尿細管間質障害が惹起され、慢性低酸素性腎障害モデルとして以後の解析に供された。低酸素腎皮質をプロテオミクス解析により正常腎と比較し、著明に増加あるいは減少していたタンパクを8個同定した。その中で抗酸化酵素であるCu/Zn-SODが著明に減少しており、慢性腎障害の進行に関与している可能性を考え、さらに解析を進めた。 低酸素腎組織ではWestern blot法によりCu/Zn-SODタンパクの減少が確認されたが、mRNAの発現も抑制されていることがreal-time PCR解析により明らかになった。 Cu/Zn-SODの局在を調べるために免疫染色を行ったところ遠位尿細管細胞にほぼ一致した染色パターンを認め、またLCM解析によりCu/Zn-SOD mRNAも尿細管間質領域に主に存在することが確認された。 次に、Cu/Zn-SODの相対的減少が虚血性障害に対して腎組織を脆弱にさせているという仮説のもとに、SOD類似物質のtempolを低酸素腎ラットに投与したところ、尿細管間質障害の有意な改善を認め、酸化ストレスマーカーも軽減していた。 さらに、近位尿細管培養細胞(RPTEC)を用いてCu/Zn-SODをmRNAレベルで抑制する物質を探索したところ、TNF-αによって用量依存的な減少が観察されたため、動物を用いて慢性低酸素腎ラットにTNF-αモノクローナル抗体(infliximab)を投与する実験を行った。infliximabを投与した低酸素腎ではvehicleを投与した低酸素腎に比べCu/Zn-SODタンパク発現が有意に回復していた。 【結論】 プロテオミクス解析により、慢性低酸素腎においてCu/Zn-SODの減少を含む様々なタンパク発現の変化を確認できた。Cu/Zn-SODは主に遠位尿細管領域に存在し、慢性低酸素により同領域における減少を認めた。SOD類似物質tempolの投与により、慢性低酸素腎における酸化ストレスとそれに伴う尿細管間質障害の改善を認めた。さらに我々はCu/Zn-SODの抑制におけるTNF-αの関与を証明した。 この研究により、慢性低酸素による腎障害において、TNF-α亢進に関連したCu/Zn-SODの不適応な抑制が示され、これが腎障害における酸化ストレス亢進と尿細管間質障害の悪性サイクルのメディエータとして働いていることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、慢性腎不全における低酸素の果たす病態生理学的役割について明らかにするために慢性低酸素性腎障害モデル動物のプロテオミクス解析を行い、さらに腎障害を悪化させている酸化ストレス亢進を来たす因子について動物及び細胞実験を用いて解析したものであり、下記の結果を得ている。 1.片側腎動脈を7日間狭窄させた慢性低酸素性腎障害モデルラットを用い、腎組織のプロテオミクス解析を行い著明に変化している蛋白を同定したところ、酸化ストレス防御系酵素であるCu/Zn-SODが低下していることが示された。 2.これまで急性腎不全モデルである虚血再灌流障害動物ではCu/Zn-SODの低下が多数報告されていたものの、慢性腎不全モデル動物での報告は少なかった。Cu/Zn-SODの低下は蛋白レベルとともに遺伝子レベルでも抑制されていることがWestern blotting解析とreal-time PCR解析にて示され、慢性低酸素は腎障害の進行において酸化ストレスに対し腎を脆弱にしていることが示唆された。 3.Cu/Zn-SODの局在を調べるために免疫組織化学染色を施行し、またLCM(laser capture microdissection)法を用いて遺伝子局在を解析したところ、いずれも糸球体より尿細管領域に多く存在することが示され、低酸素性腎障害の障害部位と一致していた。 4.慢性低酸素性腎障害ラットに、減少しているSOD類似物質(tempol)を補ったところ腎障害が軽減し酸化ストレスも低下していることが示されたことで、慢性低酸素がCu/Zn-SODの低下を惹起し酸化ストレス防御系の破綻を惹起することで腎障害を増悪させている、という仮説が検証された。 5.慢性低酸素性腎障害において、いかにしてCu/Zn-SODのRNA発現の抑制が引き起こされるのかはこれまで知られていなかった。今回の実験において、近位尿細管培養細胞(RPTEC)を用いて低酸素刺激、angiotensin II刺激、TNF-α刺激などを行ったところ、TNF-αが直接的なCu/Zn-SODのmRNA抑制を惹起することが示された。さらにin vivoでもTNF-αをモノクローナル抗体で阻害することでCu/Zn-SOD蛋白抑制の回復を認め、慢性低酸素によるCu/Zn-SOD抑制の機序にTNF-αが関与していることが証明された。 以上、本論文は慢性腎不全進行機序としての慢性低酸素と酸化ストレス防御系の破綻の関係について、モデル動物におけるプロテオミクス解析また培養細胞実験などの手法を用いて新たな知見を示し、慢性腎不全の病態解明に重要な貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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