学位論文要旨



No 123733
著者(漢字) 高橋,通
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,トオル
標題(和) モノクロタリン誘発性肺高血圧モデルラットに対するナノサイズレチノイドネブライザーの効果
標題(洋)
報告番号 123733
報告番号 甲23733
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3072号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 講師 塚本,和久
 東京大学 講師 江頭,正人
 東京大学 講師 柿沼,誉
内容要旨 要旨を表示する

レチノイド(all-trans retinoic acid: atRA)の抗炎症作用に着目し、ナノサイズのレチノイド(nano-atRA)を用いたネブライザー吸入による肺高血圧予防効果、治療効果について、モノクロタリン(MCT)誘発性肺高血圧モデルラットを使用して検討した。肺循環傷害アルカロイドであるMCT投与により、ラットは肺高血圧症を発症する。MCTは、皮下注射後、肝臓にて肺毒性のある代謝産物となり、肺へ移送され肺傷害を起こす。一方、atRAは、活性化したビタミンAの誘導体であり、細胞の増殖抑制や分化促進などの作用を持っている。培養した大動脈平滑筋細胞を用いた研究では、セロトニン誘導性の細胞増殖を抑制した。最近の研究では、バルーン傷害後のラット頚動脈の新生内膜細胞増殖をatRAが抑制した。また、原発性肺高血圧症患者のatRA血中濃度が低下していることも指摘されている。つまり、atRAは、それ自体のもつ平滑筋細胞の分裂抑制作用により、肺高血圧や肺血管リモデリングに対する治療法としての可能性を持っている。しかし、atRAの全身投与では、肝障害、高中性脂肪血症、高カルシウム血症などの副作用の可能性が高くなるため、今回、ネブライザーという局所投与法を選択した。atRAは脂溶性であり、また、光や熱に対する安定性が悪く、局所での刺激性の問題点もあるため、本研究では、炭酸カルシウムの無機塩の殻でatRAをカプセル化したナノ粒子(nano-atRA)を使用した。このnano-atRAは水溶性であり、また、標的組織にて殻が徐々に崩壊しatRAが放出される。その結果、組織への浸透性が悪く炎症を起こしたatRAそのものよりも局所の炎症や刺激性といった問題点が解決されている。

本研究の方法であるが、実験動物としてSPF(Specific Pathogen Free)の雄のSD(Sprague-Dawley)ラット(9週齢、280g~300g)を用意した。群分けは、まず、生理食塩水の注射のみ行う群はcontrol群とした。一方、MCT 60mg/kgを単回皮下注射し肺高血圧モデルを作成し、MCT注射当日から蒸留水10ccを超音波ネブライザーで30分/日、閉鎖容器内で連日吸入させる群(DW+MCT群)、0.12%の通常のatRAを超音波ネブライザーで同様に連日吸入させる群(0.12% un-modified atRA+MCT群)、nano-atRAを0.06%、0.12%の2種類の濃度で用意し、MCT注射当日から、超音波ネブライザーでそれぞれ10cc、30分/日、それぞれ連日吸入させる群(0.06%, 0.12% nano-atRA+MCT群)に分けた。以上は予防投与群として分類し、更に、治療群として、MCT 60mg/kg単回皮下注射後3週目から0.12% nano-atRAを3週間吸入させる群(nano-recovery群)と、MCT単回皮下注射後6週間蒸留水を吸入させる群(MCT6W群)とを比較した。予防投与群ではMCT単回注射後1,2,3,4週目(1-wk, 2-wk, 3-wk, 4-wk)に、また、治療群ではMCT単回注射後6週目に、それぞれ盲検的に選択したラットを、体重と血圧、脈拍測定後、ジエチルエーテル吸入麻酔下に気管切開し、人工呼吸器で呼吸管理(呼吸回数80回、1回換気量2cc、室内気)を行った。左肋骨を縦切開し、心臓を露出した。圧トランスデューサーに接続しヘパリンで満たした22Gの注射針を右心室に直接穿刺し、右室収縮期圧(RVSP)を測定した。心臓摘出後、右心室自由壁(RV)、左心室+心室中隔(LV+S)に分離し、それぞれ重量を測定した。右室肥大の指標としてRV/(LV+S)を計算した。肺の病理組織にはHematoxylin-eosin(HE)染色を施し、末梢肺動脈壁(中膜)厚を測定した。血管外径50~200μmの楕円形から円形の末梢肺動脈を各群毎に20個ずつ盲検的に選択し、血管壁(中膜)厚(MT)と血管外径(VD)を長径(a)と短径(b)の2方向ずつ計測した。末梢肺動脈中膜肥厚の指標として、%MT= (MTa+MTb)/ (VDa+VDb)/2 x100を計算した。また、抗動脈硬化作用を有する心血管作動物質としての一面を持つatRAの血管内皮機能に及ぼす影響の検討として、Western Blottingを行い、肺のAkt・p-Akt・eNOS・p-eNOSタンパク発現量を評価した。

結果として、まず、予防投与群では、RVSPについては、0.12% nano-atRAの吸入は、MCT単回注射4週間後のRVSPの上昇を有意に抑制した(0.12% nano-atRA+MCT4-wk: 43±6.2mmHg, DW+MCT4-wk: 62±11mmHg, P < 0.01)。また、0.06% nano-atRAの吸入に比べて、0.12% nano-atRAの吸入の方が有意にRVSPの上昇を抑制した(0.06% nano-atRA+MCT4-wk: 65±15.8mmHg, P < 0.01 for 0.06% nano-atRA+MCT4-wk vs. 0.12% nano-atRA+MCT4-wk)。0.12% un-modified atRAの吸入は、RVSPの上昇を有意に抑制できなかった。

右室肥大(RV/(LV+S))については、0.12% nano-atRAの吸入は、MCT単回注射3週間後、4週間後のRV/(LV+S)の上昇を有意に抑制した(DW+MCT3-wk: 0.34±0.05, DW+MCT4-wk: 0.64±0.12, 0.12% nano-atRA+MCT3-wk: 0.25±0.03 and 0.12% nano-atRA+MCT4-wk: 0.37±0.08, P < 0.01 for DW+MCT3-wk vs. 0.12% nano-atRA+MCT3-wk, P < 0.01 for DW+MCT4-wk vs. 0.12% nano-atRA+MCT4-wk)。また、0.06% nano-atRAの吸入4週目に比べて、0.12% nano-atRAの吸入4週目の方が有意にRV/(LV+S)の上昇を抑制した(0.06% nano-atRA+MCT4-wk: 0.52±0.17, P < 0.01 for 0.06% nano-atRA+MCT4-wk vs. 0.12% nano-atRA+MCT4-wk)。0.12% un-modified atRAの吸入はRV/(LV+S)の上昇を有意に抑制できなかった。

末梢肺動脈中膜肥厚(%MT)については、0.12% nano-atRAの吸入はMCT単回注射4週間後の%MTの増加を有意に抑制した(DW+MCT4-wk: 52±2 %, 0.12% nano-atRA+MCT4-wk: 38±4 %, P < 0.01)。同濃度の0.12% un-modified atRAの吸入には、有意な抑制効果が認められなかった。

一方、治療群では、0.12% nano-atRA吸入群において、RVSPと%MTの上昇が有意に抑制された。

RVSP: nano-recovery: 57±4.8mmHg, MCT6W: 74±11mmHg (P < 0.05)

%MT: nano-recovery: 53±1 %, MCT6W: 60±3 % (P < 0.05)

生存率に関しては、予防投与群、治療群ともに、nano-atRA吸入による有意な改善効果は認められなかった。

また、Western Blottingの結果として、nano-atRAは、肺のAktタンパクをより早い段階でリン酸化し、eNOSタンパクのリン酸化も増幅させた。これにより、肺におけるnano-atRAの保護的な役割を、eNOSタンパクの活性化が一部担っていることが示唆された。

atRAの副作用についての検討のため実施した血液検査では、肝障害や高中性脂肪血症、高カルシウム血症は認められず、また、血行動態では、血圧や脈拍にも影響は認められなかった。

以上の研究結果から、nano-atRAのネブライザーによる吸入には、肺高血圧に対する予防法や治療法としての可能性があることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、レチノイド(all-trans retinoic acid: atRA)の抗炎症作用に着目し、ナノテクノロジーを用いたナノサイズのレチノイド(nano-atRA)を、モノクロタリン(MCT)誘発性肺高血圧モデルラットにネブライザー吸入をすることにより、nano-atRAが肺高血圧や肺血管リモデリングを軽減する、という仮説の検討を予防と治療の両面から試みたものであり、下記の結果を得ている。

(1)0.12% nano-atRAの吸入は、MCT注射4週間後の右室収縮期圧(RVSP)上昇、3週間後と4週間後の右室肥大、4週間後の末梢肺動脈中膜肥厚を有意に抑制した。

(2)右室肥大とRVSPに関しては、0.06% nano-atRA吸入群の4週間後と0.12% nano-atRA吸入群の4週間後の比較で、有意差をもって0.12% nano-atRA吸入群にて効果が得られた。

(3)0.12%の通常のatRAの吸入では、MCT注射4週間後のRVSP上昇、右室肥大、末梢肺動脈中膜肥厚に対する有意な抑制効果は得られなかった。

(4)MCT注射後3週目から開始した0.12% nano-atRAの吸入は、6週間後のRVSP上昇と末梢肺動脈中膜肥厚を有意に抑制した。

(5)生存率に関しては、予防投与群、治療群ともに、nano-atRA吸入による有意な改善効果は認められなかった。

(6)MCT注射後の肺のAktタンパクとeNOSタンパクのリン酸化が0.12% nano-atRAの吸入にて増幅したことにより、血管弛緩作用のある一酸化窒素(NO)産生とnano-atRAとの関与が示唆された。肺におけるnano-atRAの保護的な役割を、eNOSタンパクの活性化が一部担っていることが推測された。

以上、本論文は、ナノサイズのatRAを用いたネブライザー吸入により、肺高血圧を予防、また治療できる可能性を示した。本研究は、今後の臨床の場において、肺高血圧治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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