学位論文要旨



No 123735
著者(漢字) 永江,愛
著者(英字)
著者(カナ) ナガエ,アイ
標題(和) 肥満高血圧における中枢性昇圧機序 : 脳内酸化ストレスを介した交感神経活動の関与の検討
標題(洋)
報告番号 123735
報告番号 甲23735
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3074号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 准教授 後藤田,貴也
 東京大学 講師 塚本,和久
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

近年、欧米はもとより本邦においても、過食や運動不足などを反映して肥満が急増し、社会問題になっている。さらに肥満によって生じる高血圧、高脂血症、糖尿病の合併はメタボリックシンドロームと呼ばれ、動脈硬化性疾患のリスクとして注目されている。しかし、メタボリックシンドロームの基盤である内臓肥満によって高血圧を生じる機序については、交感神経活動亢進状態、活性酸素種(ROS)産生増大、インスリン抵抗性に基づく高インスリン血症、レニン-アンジオテンシン系(RAS)の亢進などが挙げられ、互いに関連しあって高血圧以外の病態も含めたメタボリックシンドローム全体を形成していると推測されているが、その詳細は十分には明らかされていない。

これらの病態の中で、私は特に交感神経系と酸化ストレスの役割に注目した。高血圧の発症維持において中枢交感神経系が重要な役割を果たしていることは、私の所属研究室を始めとするいくつかの研究室から肥満以外の高血圧モデルにおいて報告されており、近年になって、脳内酸化ストレス亢進がこの交感神経亢進に重要な役割を果たしている可能性が推測されるようになってきている。しかし、肥満ラットにおける脳内の酸化ストレス亢進に関する報告はわずかであり、さらに交感神経活動と関連付けた報告は皆無である。私は、「肥満ラットの脳内において、NADPH oxidase活性亢進を介してROS産生が上昇しており、それが交感神経系亢進を来たして血圧上昇を引き起こす」という仮説をたてた。本研究では、この仮説を検証する目的で、この仮説を検証する目的で本研究を行なった。

2. 実験方法

4週齢のオスSprague-Dawley (SD)ラットに45%の高脂肪食を負荷して肥満モデルを作成し、普通食(10%脂肪食)を投与したオスSDラットを対照として実験を行なった。高脂肪食負荷の影響をみるために(1)各週で体重、収縮期血圧(SBP)測定、(2)負荷終了時、無麻酔下で大腿動脈カテーテルを用いた観血的な血圧測定、(3)負荷終了後にメタボリックパラメーター(空腹時血糖、インスリン、レプチン、総コレステロール[TC]、中性脂肪[TG]、遊離脂肪酸[FFA])を評価、(4)内臓脂肪重量を測定した。次に肥満高血圧モデルにおいて、交感神経活動亢進の有無を検討する目的で、2週毎に尿中カテコラミン排泄量測定、交感神経節遮断薬であるヘキサメソニウムを経静脈的に投与した際の血圧変化を評価した。さらに、膜透過性superoxide dismutase (SOD)様物質tempolおよびNADPH oxidase阻害剤であるdiphenyleneiodonium(DPI)をウレタン麻酔下かつ人工呼吸下でラットの側脳室内に投与した際の、平均血圧(MAP)、心拍数(HR)、腎交感神経活動(RSNA)の反応の程度を比較検討した。また、lucigenin化学蛍光発光法により、摘出した脳視床下部におけるNADPH添加時の活性酸素の産生(NADPH oxidase活性)を測定した。さらにreal-time polymerase chain reaction (PCR)法にて脳視床下部におけるNADPH oxidaseコンポーネントの発現の定量を行い、2群間で比較検討した。

3. 結果

高脂肪食負荷ラットの体重は、負荷3週目より普通食ラットに比較して有意に高値を示した(P<0.01)最終的には高脂肪食負荷ラットが436.2±5.8g、普通食ラットが391.8±9.0gであった(P<0.01)。またSBPも体重と同様に負荷3週目より有意な上昇を認め(P<0.01)、6週目には普通食ラットの129.0±2.7mmHgに対して高脂肪食負荷ラットは147.8±2.7mmHgと明らかに高値(P<0.01)を示した。同様に観血的測定においても、MAPは高脂肪食負荷ラットで普通食ラットに比較して有意に上昇していた(93.7±7.6 vs. 113.1±1.7mmHg, P<0.05)。高脂肪食負荷ラットの内臓脂肪重量は、精巣上体周囲脂肪(5.3±0.6 vs. 9.0±0.6g, P<0.01)、後腹膜脂肪(6.1±0.9 vs. 12.4±0.8g, P<0.01)、腸間膜脂肪(5.6±0.8 vs. 8.5±0.4g, P<0.01)のすべてが普通食負荷ラットに比し、有意に増大していた。メタボリックパラメーターに対する高脂肪食負荷の影響としては、6週間負荷後の血糖値は高脂肪食負荷ラットでは高い傾向(P=0.06)があったが、有意差はつかなかった。一方、高脂肪食負荷ラットで有意なインスリン値の上昇を認めた(P<0.05)。また、血清レプチン値も高脂肪食負荷ラットで有意に上昇していた(P<0.001)。しかし、TC、TG、FFAについては、両群間で違いはみられなかった。

交感神経活動の指標として測定した尿中エピネフリンおよび尿中ノルエピネフリンは、高脂肪食負荷ラットにおいて、負荷4、6週目において上昇していた。(尿中エピネフリン4週目:0.15±0.02 vs. 0.21±0.02μg/24hour, P<0.05、6週目:0.16±0.02 vs. 0.23±0.01μg/24hour, P<0.05)(尿中ノルエピネフリン 4週目:0.68±0.09 vs. 1.05±0.09μg/24hour, P<0.01、6週目:1.08±0.11 vs. 1.37±0.04μg/24hour, P<0.05)。さらにヘキサメソニウムの静脈内投与による最大の降圧反応は、高脂肪食負荷ラットで普通食負荷ラットに比し有意に大きく(-46±3.5 vs. -62±1.5mmHg, P<0.01)、高脂肪食負荷ラットでSNAが亢進していることが示唆された。

Tempolを10分間かけて脳室内投与したところ、MAP、RSNAおよびHRの低下を認めた。すべてのラットにおいて、tempol脳室内投与によるMAP、RSNAおよびHRの抑制反応は用量依存性であったが、その抑制反応は、高脂肪食負荷ラットで有意に大きかった。それぞれの変化率の平均値を算出すると、高脂肪食負荷ラットにおけるMAP(53μmol/kg:-5.5±2.0 vs. -13.3±2.1%, P<0.05、105μmol/kg:-13.4±2.4 vs. -32.7±3.0%, P<0.01)、RSNA(53μmol/kg:-1.9±0.5 vs. -8.8±2.4%, P<0.05、105μmol/kg:-5.1±1.0 vs. -13.4±1.7%, P<0.01)、ならびにHRの抑制反応(53μmol/kg:-0.8±1.7 vs. -7.9±1.8%, P<0.05、105μmol/kg:-4.5±0.6 vs. -13.4±3.1%, P<0.05)いずれもが普通食負荷ラットに比し有意に大きかった。また、NADPH oxidase阻害剤であるDPIの脳室内投与に対して普通食負荷ラットではMAP、RSNAおよびHRは有意の変化を示さなかったが、高脂肪食負荷ラットではこれらのパラメーターの抑制反応を認めた。実際、DPI脳室内投与によるMAPとRSNAの反応は、両群で有意の差異を認めた(MAP:-0.04±0.15 vs. -22.8±3.82%, P<0.01、RSNA:-0.01±1.71 vs. -7.16±1.06%, P<0.05)。しかし、HRの反応は、高脂肪食負荷ラットで大きい傾向はあるものの、個体差が大きく有意差は認められなかった(-0.62±0.83 vs. -2.32±0.74%)。

視床下部におけるNADPH oxidase活性は、高脂肪食負荷ラットにおいて有意に亢進していた(2.20±0.11 ×106 vs. 3.30±0.18 ×106RLU/10min./g:P<0.01)。

さらに、NADPH oxidase コンポーネントであるp22phox(P<0.05)、p47phox(P<0.05)およびgp91phox(P<0.01)の視床下部におけるmRNA発現は、高脂肪食負荷ラットにおいて有意の上昇を認めた。

4. 考察

高脂肪食を負荷したラットは、肥満と軽度の血圧上昇を認め、血中インスリンとレプチンの上昇を伴い、肥満高血圧モデルと考えられた。さらに、高脂肪食負荷ラットにおいて、尿中エピネフリンおよび尿中ノルエピネフリンの上昇を認め、ヘキサメソニウムの静脈内投与による降圧反応は、高脂肪食負荷ラットで普通食負荷ラットに比し有意に大きかったことより、本実験の肥満高血圧ラットの交感神経活動は亢進していることが示唆された。

また、tempolの脳室内投与により、MAP、HR、RSNAのいずれも、用量依存性に抑制され、その反応の程度は高脂肪食ラットにおいて普通食ラットに比べ有意に大きかった。DPIの脳室内投与に対して普通食負荷ラットでは血圧、RSNAおよびHRは有意の変化を示さなかったが、高脂肪食負荷ラットではこれらのパラメーターの抑制反応を認めた。さらに視床下部における活性酸素産生は、高脂肪食負荷ラットにおいて有意に亢進しており、NADPH oxidase コンポーネントであるp22phox、p47phox、gp91phoxのmRNA発現も高脂肪食ラットで有意な亢進を認めた。

以上の結果より、高脂肪食負荷により内臓肥満を来たしたラットでは、脳内のNADPH oxidase由来の酸化ストレスが上昇し、このため中枢性交感神経活動亢進を生じて高血圧を来たしている可能性が示唆された。このように、肥満高血圧モデルにおいて中枢性血圧調節機構として重要な視床下部における酸化ストレスレベルに注目し交感神経系との関係を明らかにしたのは本研究がはじめてである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は肥満における血圧上昇機序において重要な役割を担っていると考えられる脳内酸化ストレスと中枢性交感神経系を明らかにするため、「肥満ラットの脳内において、NADPH oxidase活性亢進を介してROS産生が上昇しており、それが交感神経系亢進を来たして血圧上昇を引き起こす」という仮説をたてて、Sprague-Dawley(SD)ラットに高脂肪食を6週間負荷して肥満初期のモデルを作成し、脳内酸化ストレス増大と交感神経系亢進が肥満の初期段階で亢進し、高血圧発症の引き金として重要な役割を果たしているか否かを検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.SDラットに高脂肪食を6週間負荷することにより、内臓脂肪蓄積を伴う体重増加と軽度の血圧上昇を呈する初期段階の肥満高血圧モデルを作成した。このモデルは、対象ラットに比較し、有意な血中インスリン値の上昇およびインスリン抵抗性の指標であるHOMA-IR値の著明な上昇を呈した。また、血清レプチン値の有意な上昇を呈した。

2.この肥満高血圧モデルは、尿中エピネフリンおよびノルエピネフリンの排泄量の上昇を呈した。また、交感神経節遮断薬であるヘキサメソニウムを静脈内投与した際の降圧の程度が大きかったことより、全身性に交感神経活動が亢進し、それが高血圧の原因である可能性が示唆された。

3.SOD類似物質であるtempolおよびNADPH oxidase阻害剤diphenyleneiodonium(DPI)を側脳室内に投与した際の血圧、腎交感神経活動(RSNA)の抑制反応は、高脂肪食負荷ラットにおいて有意に増大していた。

4.高脂肪食負荷ラットの視床下部において、lucigenin化学発光法を用いて測定した NADPH oxidase活性が有意に増加していた。また、NADPH oxidaseコンポーネントであるp22phox、p47phox、gp91 phoxのmRNA発現も高脂肪食負荷ラットの視床下部において有意に亢進していた。

以上、本論文はSDラットに高脂肪食を6週間負荷して初期段階の肥満高血圧モデルを作成し、このモデルにおいて、全身性に交感神経活動が亢進していることを確認した。その上で、この初期段階の肥満高血圧モデルでは、NADPH oxidase刺激に基づく脳内の酸化ストレス上昇による中枢性交感神経活動を介して血圧上昇を生じている可能性を示した。

このように、肥満高血圧モデルにおいて中枢性血圧調節機構として重要な視床下部における酸化ストレスレベルに注目して、交感神経系との関連を明らかにしたのは本研究がはじめてであり、肥満における血圧上昇機序転写因子の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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