学位論文要旨



No 123736
著者(漢字) 永江,玄太
著者(英字)
著者(カナ) ナガエ,ゲンタ
標題(和) 高密度タイリングアレイを用いた肝癌の網羅的メチル化解析
標題(洋)
報告番号 123736
報告番号 甲23736
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3075号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 国土,典宏
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 田中,廣壽
 東京大学 准教授 大西,真
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

DNAメチル化は、細胞分裂の際にも安定的に伝えられるエピゲノム情報であり、ヒストン修飾とともに遺伝子発現制御に重要な役割を果たしている。適切なエピゲノム情報に基づく転写制御は、個体発生・細胞分化という生理的現象に必須のシステムであり、また、このような制御機構の破綻は、癌をはじめとするさまざまな病態に関わっている。癌細胞では、ゲノム全体の低メチル化、遺伝子プロモーター領域の高メチル化、インプリンティング状態の異常など、さまざまなメチル化の異常がみられるが、プロモーター領域の高メチル化は、癌抑制遺伝子などの不適切なサイレンシングを来たす一因となっている。

そこで、癌化という病態を転写制御の異常という側面から総体的に捉えることを目的として、DNAメチル化の網羅的解析を行った。近年のマイクロアレイ技術の進歩によって、DNAメチル化やヒストン修飾などのエピゲノム情報の網羅的解析がヒトゲノムでも応用可能となってきている。本研究では、メチル化DNA免疫沈降法(MeDIP法)とタイリングマイクロアレイ解析を組み合わせたMeDIP-chip法を、癌細胞株のみならず臨床組織検体にも応用し、正常肝組織や肝硬変組織、肝癌組織の遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化状態の詳細なマッピングを行った。

2. 実験方法

癌細胞株のゲノムを用いてMeDIP-chip法によるDNAメチル化の網羅的解析の条件検討を行った。ゲノムDNA 1μgを超音波処理によって500bp程度に断片化した後に、MeDIP法によってメチル化DNA断片の濃縮を行った。免疫沈降産物(IP DNA)と対照コントロール(input DNA)の定量的PCRから算出した濃縮率により免疫沈降の効率を評価し、条件の最適化を行った。得られたIP DNAとinput DNAを用いてIVT法による線形増幅を行った。再度50~100bp程度まで断片化し、ラベリングを行い、プロモーター領域を中心に35bp間隔でプローブが設計された高密度タイリングマイクロアレイにハイブリダイゼーションさせた。IPとinputのそれぞれのアレイのプローブシグナル強度をWilcoxon順位和検定で解析し、高メチル化領域を表示させた。解析結果の信頼性は、バイサルファイトシークエンス法および質量分析器を用いたMassARRAY法の2種類の方法で行った。以上の方法を用いて、肝癌細胞株および肝癌臨床組織におけるDNAメチル化の網羅的解析を行い、正常肝組織、肝硬変組織および肝癌臨床組織、肝癌細胞株においてプロモーター領域が高メチル化状態にある遺伝子を検出した。さらに、正常組織では低メチル化を呈し、肝癌組織で高メチル化を呈する遺伝子を、肝癌特異的異常メチル化の候補遺伝子として抽出した。

3. 結果

MeDIP法の条件検討は2種類の抗体や免疫沈降時間について行い、最適の条件では20倍相当の濃縮率が得られた。この条件でMeDIPを行った数ngのIP DNAを用いて2段階のIVT法を行い、数十μgまで線形増幅させた。Input DNAについても同様の増幅を行い、これらのサンプルを用いてタイリングアレイ解析を行った。HOXAクラスター領域における9ヶ所の遺伝子プロモーター領域について、バイサルファイトシークエンス法によるメチル化状態の確認を行った。アレイ解析にて高メチル化と判定した5領域中4領域は90%以上のメチル化率を示し、残り1ヶ所は30%のメチル化率を認めた。一方、低メチル化領域と判定した4領域は、ほとんどメチル化を認めない領域であった。さらに、MassARRAY法を用いて101ヶ所のメチル化状態の確認を行った。高メチル化と判定した30領域中、70%以上のメチル化率は18ヶ所、30~70%のメチル化率は10ヶ所認め、30%未満の低メチル化領域はわずか2ヶ所であった。また、低メチル化領域と判定した71領域では、30%未満の低メチル化領域は59ヶ所であり、30~70%のメチル化率を9ヶ所認め、70%以上の高メチル領域はわずか3ヶ所であった。以上の結果より、本解析法の高い特異度と感度が確認された。

このMeDIP-chip法を用いて、肝癌細胞株および臨床組織における網羅的メチル化解析を行い、転写開始点の上流下流それぞれ1kb以内に高メチル化領域を有する遺伝子を高メチル化遺伝子として定義した。その結果、正常肝組織および肝硬変組織で2000前後、肝癌組織および肝癌細胞株では1700~6300におよぶ高メチル化遺伝子を検出した。HOXAクラスター領域をはじめとするさまざまな領域に、肝癌組織および肝癌細胞株で新規に異常メチル化を生じていることが明らかとなり、このような異常メチル化遺伝子には、すでに肝癌でも異常メチル化の報告がある、SFRPファミリー遺伝子やRASSFファミリー遺伝子、CDKN2A/p16INK4Aが含まれていた。正常肝組織では高メチル化がみられず、肝癌組織4サンプル中3サンプル以上で高メチル化を認めた遺伝子を、癌特異的異常メチル化の候補遺伝子と定義し、609遺伝子を抽出した。この609遺伝子について遺伝子機能アノテーション解析を行った結果、DNA結合、転写因子、ホメオボックスなどのキーワードが上位に挙げられた。発生初期での細胞分化に重要な役割を果たすポリコーム標的遺伝子群についてマイクロアレイデータの比較検討を行った結果、これらの遺伝子群は肝癌組織や肝癌細胞株で高率に高メチル化を呈していることが確認された。

4. 考察

本研究では、近年、有効な網羅的メチル化解析法として発展してきたMeDIP-chip法を、高密度タイリングアレイに応用することによって、全染色体にわたる遺伝子プロモーター領域に対して、1遺伝子レベルまでの高解像度な解析を可能とした。条件を最適化することによって臨床検体での応用を実現し、数μgという現実的なサンプル量での解析も可能となった。また、1kb以下の高解像度であることから、それぞれの遺伝子に対応させた解析が可能であり、さまざまな臨床サンプルでの高メチル化遺伝子の抽出を直接行うことが可能であった。これらの遺伝子群には、すでに肝癌でのメチル化の報告のある遺伝子も含まれていた。さらに、正常肝組織、肝硬変組織、肝癌組織、肝癌細胞株での高メチル化遺伝子を比較することによって、肝癌発癌過程で生じるゲノムワイドなメチル化状態の変化を明らかにし、癌化に伴って新規にメチル化を来たす遺伝子群を抽出することが可能となった。本手法によって得られたDNAメチル化状態の詳細なマッピングは、発癌過程でゲノムワイドに変化するエピゲノム状態を理解する上での重要な基礎情報となり、今後、ヒストン修飾などのエピゲノム情報とともに転写制御に関する包括的な理解を進めていくものと考えられる。また、癌特異的なメチル化遺伝子のスクリーニングに非常に有用であることから、臨床マーカーの探索などのトランスレーショナル領域へも広く活用されていくことが大いに期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、肝癌における転写制御異常の一因となっているDNAメチル化の異常を網羅的に解析するため、メチル化DNA免疫沈降法と高密度ゲノムタイリングアレイを組み合わせた網羅的メチル化解析法を開発し、これを肝癌細胞株や肝癌臨床組織に応用したものであり、下記の結果を得ている。

1.抗メチルシトシン抗体を用いたメチル化DNA免疫沈降法(MeDIP法)によって、メチル化シトシンを含むDNA断片を少なくとも20倍程度まで濃縮することが可能であった。この手法は、メチル化感受性制限酵素を用いた手法のようにメチル化シトシン周囲の配列に依存することなく濃縮することであった。また、従来の網羅的メチル化解析法では困難であった少量のゲノムDNA(1ug)からでも解析が可能であり、臨床組織検体でも応用が可能であることが示された。

2.IVT増幅法を用いることによって、メチル化DNAを濃縮したサンプルのようなGC密度が高いサンプルの場合でも数百倍以上に増幅させることができることが示された。また、この方法はPCR法のように配列に依存して増幅効率が異なることがなく、免疫沈降法後の濃縮率を維持した状態で増幅できることが示された。

3.MeDIP法によって濃縮したメチル化DNA断片をIVT法で増幅し、高密度タイリングアレイで解析することによって、ヒトの25,500遺伝子のプロモーター領域を10kbにわたって、高メチル化領域の網羅的に解析可能であることが示された。解析解像度は1kb以下であり、遺伝子構造を考慮に入れた詳細なメチル化部位の同定が可能であった。そして、このマイクロアレイ解析で示された結果は、バイサルファイトシークエンス法および質量分析器を用いたMassARRAY法と、よく一致していることが示された。

4.このMeDIP-chip法による網羅的メチル化解析を肝癌細胞株および正常肝組織、肝硬変組織、肝癌組織に応用することによって、それぞれのサンプルにおいて数千におよぶ異常メチル化候補遺伝子を新規に検出した。この異常メチル化候補遺伝子には、これまで報告されている異常メチル化遺伝子も多く含まれていた。また、発生時期の細胞分化に重要な役割を果たすポリコーム標的遺伝子群が多数含まれており、これらが終末分化した正常細胞や異常メチル化の増加した癌細胞において、DNAメチル化の標的になっていることが示された。

以上、本論文は、ヒト細胞の25,500遺伝子のプロモーター領域を10kbにわたって解析しうる網羅性と1kb以下の解析解像度を両立させた新規手法を開発、検証した。このような網羅的メチル化解析法を肝癌組織における異常メチル化領域の網羅的解析に応用したのは本研究がはじめてであり、肝癌における転写制御異常機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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