学位論文要旨



No 123737
著者(漢字) 二見,宗孔
著者(英字)
著者(カナ) フタミ,ムネヨシ
標題(和) RNA干渉技術を応用したp190BCR-ABL陽性白血病の分子標的治療に関する基礎検討
標題(洋)
報告番号 123737
報告番号 甲23737
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3076号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 伊藤,英夫
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 講師 小田原,隆
 東京大学 客員教授 渡邉,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

慢性骨髄性白血病 (Chronic myeloid leukemia; CML) およびフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病 (Philadelphia chromosome-positive acute lymphoblastic leukemia; Ph+ ALL) は染色体相互転座 t(9;22) に由来し、キメラ蛋白Bcr-Ablを産生する。Bcr-Ablは恒常的に活性化したチロシンキナーゼであり、これらの白血病の発症、維持、進行に不可欠であると考えられている。p210とp190はBcr-Ablの代表的なサブタイプであるが、p210がしばしばCML患者に認められるのに対し、p190はほぼ必ずPh+ ALL患者において認められる。 近年、Ablキナーゼ阻害剤であるimatinib、nilotinib、dasatinibなどが開発されたことによりBcr-Abl陽性の白血病に対する治療成績は改善した。しかしながらT315Iに代表される点突然変異によるチロシンキナーゼ阻害剤への耐性が解決すべき問題として残っている。

治療戦略の新しいアプローチとして、キメラ遺伝子の発現レベルを抑制する手法に大きな関心が持たれている。この手法であればimatinib耐性変異の有無に関わらずBcr-Abl陽性細胞のみを標的とし、正常細胞への影響を最小限にすることもできる。近年RNA干渉 (RNAi) を用いると効果的に遺伝子発現を抑制できることが明らかになったため、本研究ではRNAiでp190を効果的に抑制できるか、p190の発現抑制により増殖抑制や細胞死を誘導できるか、また下流のシグナル伝達経路へどのような影響を与えるかを検討した。さらにRNAiとともに、imatinibや17-allyl-amino-geldanamycin (17-AAG)といった薬剤と併用した場合の効果についても検討した。

本研究においては、まず、p190(e1a2)型のBcr-Ablを標的とした21塩基長shRNAを3種類設計し、それぞれshE1A2、shABL、shBCRと名付けた。U6プロモーター下に上記shRNAを発現するレンチウイルスベクターを作製し以後の実験に用いた。293/p190細胞に上記shRNAを遺伝子導入したところ、shE1A2、shABL、shBCRはいずれもp190の発現を完全に抑制した。また内在性のAblおよびBcrの発現はそれぞれshABL、shBCRによって抑制された。

次にp190の抑制に伴う生物学的影響を評価するためp190+、p210+、および p190-/p210-の白血病細胞株に、これらのshRNAを遺伝子導入して細胞数と生存率を経時的に測定した。p190+ Ph+ ALL由来のKOPN-30細胞はshE1A2、shABL、およびshBCRにより、時間依存性に細胞数、生存率ともに減少した。shABLやshBCRはその配列からp190だけでなくp210も発現抑制できると考えられるため、これらをp210+のCML細胞株K562細胞にも遺伝子導入した。shABL と shBCR はK562 細胞を死滅させたが、shE1A2 はshABLやshBCRほど大きな効果を認めなかった。Bcr-Abl融合部位の塩基配列がp190とp210とで異なるためと考えられた。Bcr-Ablを持たないB-ALL細胞株 NALM-6を用いた実験ではshE1A2、shABL、shBCRとも生存には影響を与えず、shABLが増殖を抑えたのみであった。

RNAiによるp190の抑制は、Ablキナーゼ阻害剤に対する耐性を克服する可能性を秘めていると考え、野生型(wt)あるいはimatinib耐性変異(Y253H)のp190で形質転換させたマウスpro-B細胞株Ba/F3-p190細胞にshRNAを遺伝子導入し、その効果を比較検討した。shE1A2、shABL、shBCRは、マウスIL-3非存在下ではBa/F3-p190wt細胞、Ba/F3-p190Y253H細胞いずれも完全に死滅させた。一方、マウスIL-3を10 ng/ml加えた条件下ではp190抑制による細胞死が軽減された。

次に、内在性のAblやBcrをノックダウンすることの正常細胞に与える影響を検討した。shBCRの遺伝子導入では明らかな変化が見られなかったが、shABLは臍帯血CD34陽性細胞のCFU-GEMMやBFU-Eに由来するコロニー形成を抑制した。このことからAblは骨髄系造血、特に赤芽球系の造血に関与している事が示唆された。

Bcr-AblはJak/Stat経路、Ras/Raf/Mek/Erk経路、PI3 kinase/Akt経路をはじめとした多数のシグナル伝達経路を活性化することが知られているが、p190による細胞増殖、アポトーシスの抑制に対しそれぞれの経路がどの程度寄与しているのかは不明であった。p190の発現抑制によって影響を受けるシグナル伝達系を明らかにするため、Ba/F3-p190wt細胞にshRNAを遺伝子導入し、各経路を担う分子の蛋白量、リン酸化状態をウエスタンブロット法で測定した。p190を標的とするshRNA (shE1A2、shABL、shBCR)はいずれもJak2のリン酸化に大きな影響を与えなかった。一方、Stat5のリン酸化はp190を標的としたこの3種類のshRNAにより顕著に抑制された。このことからp190によるStat5の活性化はJak2非依存性になされていることが示唆された。p190を標的としたshRNAはAkt、MEK1/2のリン酸化には大きな影響を与えなかった。これらの結果からp190の減少は速やかなStat5の不活性化をもたらすが、PI3K/Akt経路やRas/Raf/MEK/ERK経路に対する影響はStat5ほどには大きくないことが示唆された。

次に新規薬剤であるHsp90阻害剤17-AAGのp190、およびその下流シグナル伝達物質に与える影響を検討した。Hsp90はシャペロン蛋白で、多様なペプチドと複合体を形成しその安定化に働いている。Hsp90の選択的阻害剤である17-AAGはp190やp210の分解を促進し、p190あるいはp210陽性細胞の増殖を抑制できることが知られている。本研究では、17-AAGはp190とp145Ablの蛋白量を100-300 nM付近から濃度依存性に減少させた。比較的高濃度(1000 nM)の17-AAGを与えるとJak2とリン酸化Jak2が減少したが、Stat5のリン酸化はより低濃度(300 nM)でも抑制された。AktやMEK1/2の蛋白レベルは100-300 nMから抑制された。これらの結果から、17-AAGはp190の他にも様々なシグナル伝達分子の蛋白量を減少させることがわかった。

RNAi、17-AAG、およびimatinibはそれぞれ異なった機構でp190を阻害することから、これらの併用効果がBa/F3-p190wt細胞やBaF/3-p190Y253H細胞において見られるかを検討した。MOI=5程度の高い遺伝子導入条件ではp190を標的としたshRNA単独でも細胞を死滅させてしまうので、併用効果をみるこの実験においては弱い遺伝子導入条件(MOI=1)でshRNAを導入し、異なる濃度のimatinibあるいは17-AAGを加えて培養して細胞の増殖率を比較した。Ba/F3-p190wt細胞において、imatinibとshRNAを併用するとimatinib単独よりも増殖抑制効果が高くなった。Ba/F3-p190Y253H細胞はBa/F3-p190wtと比べてimatinibのIC50が高いため、高濃度のimatinibでなければ増殖抑制効果がない(imatinib耐性)。本研究でもBa/F3-p190Y253H細胞は単独では5 uMまでのimatinibに感受性を示さなかった。一方shRNAを併用してp190の蛋白レベルを落としてやると 1 uM 程度のimatinibでも増殖抑制効果が見られた。shRNAと17-AAGを併用した場合、増殖抑制効果の増強はBa/F3-p190wt細胞、Ba/F3-p190Y253H細胞とも同程度認められた。17-AAGとimatinibを併用した場合には、Ba/F3-p190wt細胞への相乗効果があり、Ba/F3-p190Y253H細胞においてはimatinibに対する感受性の増加が認められた。

以上まとめると、本研究により

1.RNAiを利用したp190の発現抑制は、p190陽性白血病細胞に殺細胞効果を持つ事

2.imatinib耐性細胞に対しても同等の効果を示す事

3.RNAiはp190陽性細胞のシグナル伝達経路や、正常細胞のAblやBcrの役割を解明する上で非常に有用であること

4.RNAiはp190陽性細胞の増殖抑制においてimatinibや17-AAGと併用効果がある事

以上の事が分かった。

レンチウイルスを用いたRNAiは基礎研究のみならず、将来における遺伝子治療の候補としても可能性を秘めていると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は根治が極めて困難であることが知られるp190 bcr-abl陽性白血病に対する新規の分子標的治療を開発する基礎研究として、レンチウイルスによるshRNAの遺伝子導入を用いた系にてp190 bcr-ablの発現抑制ならびにp190 bcr-abl陽性白血病に対する抗腫瘍効果の誘導を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.p190 bcr-abl mRNA上のそれぞれbcr-abl融合部位、bcr部位、abl部位を標的部位として設計した3種類のshRNAは、いずれもp190 bcr-ablの発現を抑制できることが確認された。またレンチウイルスを用いると非常に効果的に標的細胞にshRNAを遺伝子導入できることが分かった。

2.bcr-abl融合部位を標的としたshRNAは、p190 bcr-abl陽性白血病細胞株に殺細胞効果を持つことが確認された。bcr部位、abl部位を標的としたshRNAはp190 bcr-abl陽性、p210 bcr-abl陽性、両方の白血病細胞株に対し殺細胞効果を持つことが示された。bcr部位、abl部位を標的としたshRNAは正常abl、bcrの発現を抑制するものの、bcr-abl陰性白血病細胞株には殺細胞効果を及ぼさなかった。しかし、abl部位を標的としたshRNAはヒト造血前駆細胞のコロニー形成を阻害し、正常ablの発現抑制による毒性が見られた。

3.p190 bcr-ablに対するshRNA (bcr-abl融合部位、bcr部位、abl部位を標的としたshRNAいずれも)、はimatinib耐性変異型p190を有する細胞株Ba/F3-p190Y253Hにも殺細胞効果を持つことが分かった。

4.shRNAを用いたp190 bcr-ablの発現抑制により影響を受けるbcr-abl下流のシグナル伝達経路をWestern Blot法により調べた結果、Stat5に対する影響が最も大きく、PI3K/Akt経路、Ras/MAPK経路への影響は比較的少ないことが分かった。p190 bcr-ablの発現抑制によりStat5のリン酸化が抑制されたがJak2のリン酸化は阻害されず、p190 bcr-ablによる Stat5のリン酸化がJak2非依存性になされることが示唆された。

5.p190 bcr-abl陽性細胞に対し増殖抑制作用を持つ薬剤であるimatinibや17-AAGは、shRNAを併用すると効果が増強することが分かった。shRNAによりp190 bcr-ablの発現量を下とすと、imatinib耐性細胞でも高用量のimatinib (1-5 uM)に感受性を示すことがわかった。

以上、本論文はレンチウイルスを利用したshRNAの遺伝子導入がp190 bcr-abl陽性白血病に対し抗腫瘍効果を持つ事を明らかにした。本研究は、これまで根治が非常に困難だったp190 bcr-abl陽性白血病に対する分子標的治療の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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