学位論文要旨



No 123738
著者(漢字) 松原,三郎
著者(英字)
著者(カナ) マツバラ,サブロウ
標題(和) 膵嚢胞の画像的および臨床的検討 : 偶発的嚢胞と膵癌患者における嚢胞の比較
標題(洋)
報告番号 123738
報告番号 甲23738
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3077号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 国土,典宏
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 椎名,秀一郎
 東京大学 講師 桐生,茂
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

膵癌(通常型膵管癌)は極めて予後不良な疾患である。多くの症例で発見時既に進行癌で切除不能であり、さらに切除例ですら、5年生存率は10%程度である。しかし、Stage I切除例に限れば5年生存率は50%を超える。膵癌の治療成績向上のためには、早期診断・早期治療が最も重要であり、そのためには膵癌高危険群の設定および効率的なスクリーニングが必須である。多田らは、膵嚢胞患者を前向きに観察し、膵癌発生率が一般人口に比べ高率であり、膵嚢胞患者は膵癌の高危険群であることを報告した。また、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN, intraductal papillary mucinous neoplasm)に膵癌が同時性・異時性に合併するとの報告もある。

近年の画像診断の進歩に伴い、無症状の偶発的膵嚢胞が発見される機会が多くなってきた。これら偶発的嚢胞の頻度や自然経過、治療方針に関しては未だコンセンサスが得られていない。本研究では、嚢胞の描出に優れるMRIを用いて、一般人口での偶発的嚢胞の頻度を明らかにし、膵癌患者での嚢胞と比較することで膵嚢胞が膵癌のリスクファクターであるかを検証し、またどのような特徴を有する嚢胞がより膵癌のリスクが高いのかを明らかにすることを目的とした。さらに膵癌患者で、嚢胞を有する場合と有さない場合での臨床的特徴も比較検討した。

2.方法

1998年10月から2006年8月までの期間に撮像された上腹部MRIのうち、水平断および冠状断のシングルショット高速スピンエコー(SSFSE)法、magnetic resonance cholangiopancreatography (MRCP)を施行した2,720例のなかから、膵疾患の既往のある患者を除いた1,226例(非膵疾患群)のMRIを読影し、膵嚢胞の頻度および形態、大きさ、数、部位、主膵管拡張の有無などを調べた。また、当科で膵癌(IPMN由来の膵癌は除外)と診断した患者116例(膵癌群)のMRIも同様に読影し、両群の結果を比較検討し解析を行った。嚢胞は、大きさ5mm以上で、かつ水平断のSSFSE・冠状断のSSFSE・MRCPのうち少なくとも二つのシークエンスで確認できるものを対象とした。また、膵癌群の予後、病期、症状、治療法、Performance Status (PS)、腫瘍マーカー(CEA, CA19-9)を調べ、嚢胞のある患者とない患者で比較した。

3.結果

非膵疾患群1,226例のMRI検査目的は、胆管拡張/狭窄精査330例、内視鏡的乳頭バルーン拡張術後の総胆管結石再発の検討251例、肝障害/黄疸精査214例、腹部不定愁訴精査133例、胆嚢隆起性病変精査110例、スクリーニング109例、潰瘍性大腸炎患者の胆管検査(原発性硬化性胆管炎の合併チェック)79例であった。年齢は14歳から96歳で中央値61.5歳。男性686例、女性540例であった。膵癌群116例の年齢は40歳から84歳で中央値66歳。男性74例、女性42例であった。膵癌の病理学的診断が得られたのは96例(うち外科的切除を行ったのは27例)、画像診断および経過から膵癌と診断したものが20例であった。

非膵疾患群では、膵嚢胞の頻度は123/1226(10%)で、年齢に伴い頻度は上昇した。男性は686例中66例(9.6%)、女性は540例中57例(10.6%)で、嚢胞の頻度に有意差はみられなかった(P=0.59)。嚢胞の大きさは5-23mmで中央値8mmであった。年齢と嚢胞の大きさに相関はみられなかった(相関係数=0.078、P=0.41)。嚢胞の数は、単発79例(64.2%)、多発44例(35.8%)であり、年齢と嚢胞の数の間には相関はみられなかった(相関係数=0.17、P=0.06)。形態は、多房性嚢胞67例(54.5%)、単房性嚢胞56例(45.5%)であった。主膵管拡張は44例(35.8%)で認められた。膵頭部に存在する症例が63例(51.2%)であった。嚢胞形態、主膵管拡張の有無、部位に関しては年齢との関連はみられなかった。

膵癌群では、膵嚢胞の頻度は65/116(56%)。嚢胞の大きさは5-200mmで中央値11mmであった。数は、単発36例(55.4%)、多発29例(44.6%)であった。形態は、多房性嚢胞39例(60%)、単房性嚢胞26例(40%)であった。主膵管拡張は20例(30.8%)に認めた。膵頭部に存在する症例が39例(60%)であった。非膵疾患群との比較では、大きさが膵癌群で有意に大きかった(P<0.0001)が、他の因子に両群間に有意差は見られなかった。

膵癌群のうち、癌より尾側の嚢胞は、癌による仮性嚢胞/貯留嚢胞の可能性があるため、それらを除いた28例と、膵癌発生の1年以上前に施行されたCTで嚢胞が確認できる5例を合わせた、明らかに癌発生以前から嚢胞が存在していたと考えられる33例(原発性嚢胞)に限定すると、膵嚢胞の頻度は33/116(28%)であった。大きさは5-25mmで中央値11mmであった。数は、単発20例(60.6%)、多発13例(39.4%)であった。形態は、多房性嚢胞21例(63.6%)、単房性嚢胞12例(36.4%)であった。主膵管拡張は16例(48.5%)に認め、膵頭部に存在する症例が25例(75.8%)であった。非膵疾患群と比較すると、大きさ(P<0.0001)と頭部の嚢胞の頻度(P=0.012)が有意に高かった。癌に伴う仮性嚢胞/貯留嚢胞は大きなものが多く、それらを除いたために膵癌群全体の嚢胞に比較して嚢胞は小さい傾向にあった。

年齢(60歳以上)、性、嚢胞を変数として多変量解析を行った結果、嚢胞が膵癌のリスクファクターであった(オッズ比10.27、95%信頼区間6.756~15.73)。原発性嚢胞に限定した場合、年齢(オッズ比2.048、95%信頼区間1.325~3.247)と嚢胞(オッズ比2.976、95%信頼区間1.868~3.247)が有意なリスクファクターであった。さらに、嚢胞の大きさ(10mm以上vs10mm未満)、数(単発vs多発)、形態(多房性vs単房性)、部位(膵頭部vs体尾部)、主膵管拡張の有無で多変量解析を行うと、最大径(10mm以上)が有意な因子であった(オッズ比4.094、95%信頼区間1.985~8.824)。原発性嚢胞に限定した場合でも、同様に大きさが有意な因子であった(オッズ比3.769、95%信頼区間1.433~10.68)。

膵癌群で、嚢胞あり/なしに分けて生存期間を比較したが、有意差は認められなかった(50%生存期間:嚢胞あり=355日、嚢胞なし=382日、P=0.23)。また、原発性嚢胞あり/なしに分けて検討しても同様に有意差は認められなかった(50%生存期間:原発性嚢胞あり=297日、原発性嚢胞なし=378日、P=0.093)。病期、症状、治療法、PS、腫瘍マーカーに関しても、いずれの比較でも有意差は認められなかった。

4.考察

非膵疾患群での偶発的膵嚢胞の頻度は10%であり、年齢と共に増加傾向を示した。性差による違いは認めなかった。膵癌群では56%、原発性嚢胞に限定した場合は28%に嚢胞が認められた。膵癌群の嚢胞を全て含めるとオッズ比は10.27、原発性嚢胞に限定した場合は2.976であった。実際には、原発性嚢胞以外にも、膵癌発生以前から嚢胞が存在していた症例があると考えられるため、膵癌での真の嚢胞頻度は28-56%の間にあり、オッズ比も3-10の間にあると考えられる。嚢胞の画像的特徴からみたサブグループ解析では、嚢胞の大きさ(10mm以上)が有意なリスクファクターであった。

偶発的膵嚢胞の正確な診断や自然史に関しては不明な点が多いが、いくつかの報告により、悪性の割合は少なく、また経過観察で大きくなるものは2-3割程度であり、基本的には経過観察でよいとされている。しかし、嚢胞自体の悪性度が高くなくても、また10mmと小さい嚢胞であっても、嚢胞を有する膵臓は膵癌の発生母地であると考えられる。IPMNが膵癌(通常型膵管癌)のリスクであるという認識はされつつあるが、今回の検討では、IPMNらしい嚢胞、すなわち多房性で主膵管拡張を伴う嚢胞が特にリスクが高いという訳ではなかった。偶発的嚢胞全てが基本的に膵癌のリスクファクターとなると考えられた。膵嚢胞の経過を見ていく中で、そのような視点から膵全体に常に十分な注意を払う必要があり、また、膵癌早期発見のために、膵嚢胞を拾い上げ、囲い込んでいく必要があると考えられた。

一般的にIPMN由来の膵癌は通常型膵管癌に比較し予後はよいとされている。本研究では、嚢胞のある膵癌と嚢胞のない膵癌の間に、予後を含めた臨床的特徴に差はみられなかったが、IPMN由来の膵癌と考えられるものを除外したため、このような結果であったと考えられた。

5.結論

膵嚢胞を有する患者は、非特異的な小さな嚢胞であっても、膵癌の高危険群と考えられる。これら高危険群を囲い込むことで、膵癌の早期発見・治療につながり、膵癌の予後改善に寄与するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、一般人口(に近似した集団)での偶発的膵嚢胞の頻度と特徴を明らかにし、また膵嚢胞が膵癌に関連する因子であるかを明らかにするために行われた、非膵疾患患者(一般人口に近似した集団をこのように設定した)1,226例と膵癌患者114例における過去に撮像されたMRIを調べた横断的研究であり、下記の結果を得ている。

1.膵嚢胞は非膵疾患患者の10%に発見され、年齢と共に増加する傾向にあった。男女間に頻度の差は見られなかった(P=0.59)。大きさの中央値は8mm(5-23mm)で、単発が多く(64.2%)、多房性が多く(54.5%)、主膵管拡張を伴わないものが多かった(64.2%)。膵頭部に存在するものは51.2%に認められた。嚢胞の大きさ、数、形態、部位、主膵管拡張の有無と年齢の間に有意な相関は認めなかったが、嚢胞の数に関しては、年齢と共に増加する傾向が見られた。

2.膵癌群では、膵嚢胞は55.3%に認められ、非膵疾患群に比較して有意に高頻度であった(P<0.01)。年齢、性、嚢胞の有無を変数に多変量解析を行ったところ、嚢胞(オッズ比9.803, P<0.01)と年齢(60歳以上)(オッズ比1.681, P=0.033)が有意に膵癌に関連する因子であった。嚢胞の特徴に関して単変量解析を行ったところ、数、形態、主膵管拡張の有無、部位に関しては両群に差はなく、大きさ(10mm以上)のみが膵癌群で有意に高かった(P<0.01)。多変量解析では、同様に大きさのみが有意な因子であった(オッズ比3.913, P<0.01))。

3.膵癌群のうち、膵癌より頭部側に存在する嚢胞は、膵癌による膵管閉塞に伴う仮性嚢胞などの可能性が低く、膵癌発生以前から存在していたと考えられるため、原発性嚢胞と呼称した。原発性嚢胞に限定すると、膵嚢胞は膵癌群の23.7%に認められ、この場合でも非膵疾患群に比較して有意に高頻度であった(P<0.01)。多変量解析では、嚢胞(オッズ比2.265, P<0.01)と年齢(60歳以上)(オッズ比2.318, P<0.01)が有意に膵癌に関連する因子であった。嚢胞の特徴に関して単変量・多変量解析を行ったところ、単変量解析では嚢胞の大きさ(10mm以上)が有意な因子であったが(P<0.01)、多変量解析では有意ではなかった(オッズ比2.813, P=0.055)。しかしP=0.055であり、サンプルサイズが大きくなれば有意となる可能性が考えられた。

4.2.3.の結果より、膵嚢胞が膵癌に関連する因子である可能性が示唆された。また、大きい嚢胞(10mm以上)ほど膵癌に関連する可能性が高いことが推察された。

以上、本論文は一般人口(に近似した集団)での偶発的膵嚢胞の頻度と特徴を明らかにし、膵嚢胞と膵癌の関連の可能性を示唆した。膵嚢胞の特徴と膵癌の関連に関しても検討を行い、今後の膵癌診療の向上に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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