学位論文要旨



No 123739
著者(漢字) 松本,美環
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ミワ
標題(和) ApoE欠損マウスにおける経口エイコサペンタエン酸の動脈硬化抑制効果とその分子機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 123739
報告番号 甲23739
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3078号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 客員教授 山崎,力
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
内容要旨 要旨を表示する

近年n-3多価不飽和脂肪酸(n-3polyunsaturated fatty acids; n-3PUFAs)の日常的な摂取が心血管イベント発生率低下につながるというエビデンスが多く出されるようになってきた。しかしながらn-3PUFAsが動脈硬化を予防することの分子メカニズムは、詳細には解明されていない。本研究では主要なn-3PUFAsの一つであるeicosapentaenoic acid (EPA)が動脈硬化の病理メカニズムに与える影響について、ApoE欠損マウスを使用して解析した。5週齢のApoE欠損マウスにwestern-type dietを5% (wt/wt) EPA投与(EPA群, n=7)もしくは 非投与(対照群, n=5)の条件下で与え、 13 週間飼育した。肝臓抽出物の脂肪酸組成の分析ではEPA群で、n-3PUFAsの著明な上昇を認めた (n-3/n-6 ratio: 0.20 ± 0.01 vs. 2.5 ± 0.2, p<0.01)。また大動脈のEn face Sudan IV 染色、および大動脈基部のoil red O-染色から、EPAが有意に動脈硬化病変の進展を抑制することが示された。さらにEPAの抗動脈硬化作用がLDL受容体欠損マウスにおいても認められることを証明した。興味深いことにEPA群での病変は、コラーゲン含有量(19.6 ± 2.4% vs. 32.9 ± 3.9%, p<0.05)および平滑筋細胞(1.3 ± 0.2% vs. 3.6 ± 0.8%, p<0.05)の増加、浸潤マクロファージの減少(32.7 ± 4.1 vs. 14.7 ± 2.0%, p<0.05)を特徴とした。EPAの刺激前投与に、TNF-α刺激によるヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVECs)のvascular cell adhesion molecule-1(VCAM-1), intercellular adhesion molecule-1(ICAM-1)、monocyte chemoattractant protein-1(MCP-1)等の分子の発現上昇、マクロファージ様細胞の(matrix metalloproteinase-2)MMP-2 及び (matrix metalloproteinase-9)MMP-9の発現上昇を抑制する効果があることが認められた。こうしたEPAの抗炎症作用は、peroxisome proliferator-activated receptor alpha (PPARα)の発現を抑制すると減弱した。以上の結果より、EPAがその抗炎症作用を介して動脈硬化病変を縮小及び安定化させる働きがあると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、n-3系多価不飽和脂肪酸(n-3polyunsaturated fatty acids; n-3PUFAs)の主要な成分であるイコサペンタエン酸(EPA)が動脈硬化領域の大きさと質に及ぼす影響を明らかにするため、高脂血症のモデルマウスであるApoE欠損マウスとLDL受容体欠損マウスを用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.EPAによりApoE欠損マウスおよびLDL受容体欠損マウスにおいて動脈硬化性病変が有意に抑制されていた。また動脈硬化性プラークの構成成分を評価するためにApoE欠損マウスにおいて大動脈基部の横断切片による評価を行ったところ、EPA投与によりアテローマの間質中のコラーゲン量が増加することが示された。抗α-SMA抗体による免疫組織学的解析により、EPAが有意に動脈硬化性プラーク中の平滑筋細胞を増加させることが認められた。さらに抗F4/80 抗体による解析で、動脈硬化病変へのマクロファージの浸潤がEPA投与により抑制されることが確認された。以上の結果から、EPAには動脈硬化性病変部を物理的に安定させる効果があることが示唆された。

2.TNFαの刺激によりヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVECs)のVCAM-1、ICAM-1mRNAの発現が著明に上昇することが認められたが、刺激前にHUVECsをEPA処理することで、VCAM-1、ICAM-1の発現が有意に抑制されることがreal-time PCRを使った解析で明らかになった。またHUVECsによるMCP-1分泌を測定したところ、TNFα刺激前のEPA処理によって、HUVECsからのMCP-1分泌の上昇が抑制された。さらに大動脈抽出物のreal-time RT-PCR解析により、統計学的有意差はないもののin vivoにおいてEPAがMCP-1、VCAM-1、ICAM-1の発現を抑制する効果が認められた。こうした結果から、EPAが炎症細胞と血管内皮細胞の相互作用を抑制することが示唆された。さらに、経口投与したEPAがApoE欠損 マウスでのチオグコレート投与誘導性腹膜炎モデルにて腹腔内に浸潤するマクロファージを減少させる効果が認められた。これらのことから、EPAにより動脈硬化進展に関わる炎症細胞の浸潤が抑制される可能性が示された。

3.TNFαの刺激によりRAW264.7細胞でのMMP-2及びMMP-9の発現上昇が認められた。一方、TNFα刺激前のEPA投与により、RAW264.7細胞でのMMP-2及びMMP-9の発現上昇が抑えられることがreal-time PCRによる解析で明らかになった。以上の結果は、TNFα刺激前のEPA処理が、サイトカインに反応したマクロファージにおけるMMPsの発現を減弱させることを示していた。こうしたin vitroの結果と同様に、EPAの4週間投与後のApoE欠損マウスの大動脈でのMMP-2及びMMP-9の発現が抑制されることを確認した。これらの結果から、EPA投与により、マクロファージによるMMPsの産生が抑制され、プラーク破綻の回避に関与している可能性が示された。

4.マクロファージ様に分化させたTHP-1細胞をEPA処理すると、用量依存的にPPARαの発現が上昇した。EPAの抗炎症作用におけるPPARαの関与の可能性について調べるために、PPARαの発現をsmall interference RNA (siRNA)にて抑制する実験を行ったところ、スクランブルsiRNAをHUVECsに導入すると、EPAの投与によりTNFαによって誘導されるNF-κBの活性化は抑制されるが、特異的siRNAによりPPARαの発現を抑えると、EPAのNF-κB抑制効果は認められなくなった 。同様に、分化させたTHP-1 細胞において、siRNAによってPPARαの発現を抑制すると、TNFα刺激に対するMMPs発現をEPAが抑制する効果は認められなかった。これらの結果から、EPAの抗炎症作用には少なくとも一部分はPPARα依存性のNF-κBによる抑制が関係している可能性が示唆された

以上、本論文は高脂血症のモデルマウスにおいてEPAの抗動脈硬化作用には、脂質代謝改善効果以外にも抗炎症作用が寄与している可能性とその分子基盤を示したものである。本研究は、動脈硬化患者において、心疾患発症の予防として高純度EPAの使用が有用である可能性を示唆していると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク