学位論文要旨



No 123740
著者(漢字) 三谷,明久
著者(英字)
著者(カナ) ミタニ,アキヒサ
標題(和) 転写コアクチベーターTAZ欠損マウスの解析 : 末梢肺形成の異常と新たなCOPDモデルとしての可能性
標題(洋) Abnormal lung development and COPD-like phenotype in TAZ-deficient mice
報告番号 123740
報告番号 甲23740
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3079号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 准教授 中村,元直
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

転写コアクチベーターTAZ (transcriptional coactivator with PDZ-binding motif)は、転写因子のL/PPXY motifと結合するWWドメインと転写活性ドメインを有し、Runx2/Cbfa1, TTF-1/Nkx2.1, Tbx5, Pax3など様々な転写因子の活性を調節することが知られている。特に、mesenchymal stem cellにおいて、Runx2/Cbfa1やPPAR-γの転写活性を調節し、骨芽細胞への分化を促進、脂肪細胞への分化を抑制する。また、TAZのC末端に存在するPDZ-binding motifにより、TAZは核内のみならず形質膜へも局在する。このことから、TAZは形質膜のシグナルを核内へ伝達する働きを持つ可能性が考えられている。

TAZの生理学的な機能の解析のために作製したTAZ欠損マウスは、主として腎臓と肺に異常所見を認めた。腎臓においては、多発性嚢胞腎様の所見と著明な尿濃縮障害を呈した。本研究では、TAZ欠損マウスにおける肺の表現型について解析を行った。

成体のTAZ欠損マウスの肺は、過膨張所見を認め、病理標本において著明な気腔の拡大を認めた。平均肺胞径の指標であるMLI(Mean Linear Intercept)は、野生型の51.6±1.0μmに対しTAZ欠損マウスでは149.6±5.7μmと有意に増加していた。また、気管支肺胞洗浄液中の細胞数を計測すると、TAZ欠損マウスのマクロファージやリンパ球の数は、有意に大きかった。生理学的な検査では、肺エラスタンスは、野生型の15.8±0.7 cmH2O/mlに対しTAZ欠損マウスでは8.4±1.2 cmH2O/mlと有意に低下しており、圧-容量曲線を描くと、TAZ欠損マウスでは明らかに肺容量が増大していた。これらの所見は、ヒトの慢性閉塞性肺疾患(COPD)において認められる肺気腫に非常によく類似している。

TAZ欠損マウスの肺の病理所見を時系列的に解析すると、胎生期にはやや未熟な印象はあるものの野生型と大きな違いは認められなかったが、生後5日目には明らかに分岐数が減少しており、その後の生後14日目までの肺胞期において、肺胞形成が十分に行われていないことが示唆された。つまり、肺発生の過程における嚢状期から肺胞期の末梢肺の形成不全が、TAZ欠損マウスの肺気腫様の病態をもたらしていると考えられた。

TAZの正確な発現部位についての解析は、抗TAZ抗体がTAZのhomologueであるYAP (yes-associated protein)とも結合することから、困難である。TAZ欠損胎生肺の抗TAZ抗体による免疫染色では、中枢側の気管支上皮は野生型と同様の染色性を示し、末梢肺の上皮でのみ染色性の低下が認められた。YAPが気道上皮にて発現することが示されていることと併せて考えると、TAZが従来報告されているよりも末梢に限局して発現している可能性が考えられた。

先行論文において、TAZは肺上皮において転写因子TTF-1 (thyroid transcription factor-1)の転写活性を亢進することが報告されている。このことから、TAZ欠損肺におけるTTF-1の下流遺伝子(サーファクタント蛋白Cなど)の発現をreal time RT-PCRにて調べたが、予想に反して野生型のものと有意な差は認められなかった。また、α1アンチトリプシンなどの肺気腫に関連する遺伝子の発現にも大きな変化は認められなかった。一方で、Flk1やPDGF-A (platelet-derived growth factor-A)などの発現は軽度低下しており、病態への関与が考えられた。これらの結果は、TAZは上皮に発現するとされているにもかかわらず、欠損肺では血管や間質への影響がより大きい可能性を示唆している。

TAZ欠損肺の病態に関与する因子を網羅的に解析するために、胎生肺から抽出したtotal RNAを用いてマイクロアレイ解析を行った。TAZ欠損肺にて低下していた5つの遺伝子に関して解析を進めたが、特にconnective tissue growth factor (CTGF)は、肺腺癌のcell lineであるLA4細胞を用いた実験系において、TAZ siRNAによるTAZノックダウンにより発現が低下、発現ベクターを用いたTAZ過剰発現により発現が増加したことから、TAZとの密接な関連性が示唆された。抗CTGF抗体を用いたTAZ欠損肺の免疫染色では、末梢肺におけるCTGFの発現低下が示された。

CTGFは、線維芽細胞の増殖、血管新生、細胞外マトリックス沈着などに関与することが知られており、肺においては特に間質性肺炎における発現の増加が知られている。一方で、肺発生において、肺胞形成には弾性線維などの間質成分が重要であるとされる。このことから、CTGFは末梢肺の形成に重要な働きをする可能性が考えられ、TAZはCTGFの発現を調節する形で病態に関与しているのかもしれない。

ヒトCOPDにおける肺気腫は、一般的に一旦正常に形成された肺胞の破壊による病態であると考えられており、今回のTAZ欠損マウスにおける肺発生の異状による肺気腫様病態とは厳密には異なる。しかし、一方で肺の発生に関わる因子が、COPDを含む成人後に発症する肺疾患への罹患のしやすさに関与する可能性がある。

TAZへテロマウスは、TAZ mRNAの発現は野生型に比し低下しているものの、病理学的には野生型との明らかな差異は認められなかった。このことから、TAZヘテロマウスに対し、LPS刺激および短期喫煙暴露試験を施行した。サンプル数やマウスのバックグラウンドの問題はあるものの、これらの刺激によりTAZヘテロマウスの気管支肺胞洗浄液中の炎症細胞数は野生型のものに比し増加する傾向にあった。現在、TAZヘテロマウスの長期喫煙暴露試験を計画中である。

以上、本論文では、TAZ欠損マウスのホモ個体は末梢肺形成不全をきたし、これにより成体では肺気腫様の所見を認めること、ヘテロ個体ではLPS/喫煙刺激により炎症が惹起されやすい傾向があることを示した。TAZは肺発生に重要な働きをする因子であると考えられ、特にCTGFの発現の調節が大きく関わっている可能性がある。また、ホモ個体における肺気腫様病態、ヘテロ個体における炎症刺激への感受性亢進は、それぞれCOPDの異なる側面に類似しており、TAZ欠損マウスが新たなCOPDモデル動物となる可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、転写コアクチベーターTAZ (transcriptional coactivator with PDZ-binding motif)の肺の発生および肺疾患への関与について明らかにするために、TAZ欠損マウスの肺の表現型の解析を行った研究であり、以下の結果を得ている。

1.成体のTAZ欠損マウスの肺は、過膨張所見を認め、病理標本において著明な気腔の拡大を認めた。また、気管支肺胞洗浄液中のマクロファージやリンパ球の数は、有意に増加していた。生理学的な検査においても、肺エラスタンスは、TAZ欠損マウスでは有意に低下しており、圧-容量曲線では明らかに肺容量が増大していた。これらの所見より、成体のTAZ欠損マウスの肺は、ヒトの慢性閉塞性肺疾患(COPD)において認められる肺気腫に非常によく類似していることが示された。

2.TAZ欠損マウスの肺の病理所見の時系列的な解析により、肺発生の過程における嚢状期から肺胞期における末梢肺の形成不全が認められた。この発生の異常が、TAZ欠損マウスの肺気腫様の病態をもたらしていると考えられた。

3.TAZ欠損胎生肺の抗TAZ抗体による免疫染色では、中枢側の気管支上皮は野生型と同様の染色性を示し、末梢肺の上皮でのみ染色性の低下が認められた。TAZと相同性の高いYAPが気道上皮にて発現することが示されていることと併せて考えると、TAZが従来報告されているよりも末梢に限局して発現している可能性が考えられた。

4.Real time RT-PCRを用いた解析により、TAZが肺上皮において転写活性を亢進すると報告されている転写因子TTF-1 (thyroid transcription factor-1)の下流遺伝子(サーファクタント蛋白Cなど)の発現の有意な低下はなかった。また、α1アンチトリプシンなどの肺気腫に関連する遺伝子の発現にも大きな変化は認められなかった。一方で、Flk1やPDGF-A (platelet-derived growth factor-A)などの発現は軽度低下しており、病態への関与が考えられた。

5. マイクロアレイ解析にてTAZ欠損肺にて低下していた5つの遺伝子に関して解析を進めたが、特にconnective tissue growth factor (CTGF)は、肺腺癌のcell lineであるLA4細胞を用いた実験系において、TAZ siRNAによるTAZノックダウンにより発現が低下、発現ベクターを用いたTAZ過剰発現により発現が増加したことから、TAZとの密接な関連性が示唆された。抗CTGF抗体を用いたTAZ欠損肺の免疫染色においても、末梢肺におけるCTGFの発現低下が示された。

6.TAZへテロマウスは、TAZ mRNAの発現は野生型に比し低下しているものの、病理学的には野生型との明らかな差異は認められなかった。TAZヘテロマウスに対し、LPS刺激および短期喫煙暴露試験を施行したところ、サンプル数やマウスのバックグラウンドの問題はあるものの、これらの刺激によりTAZヘテロマウスの気管支肺胞洗浄液中の炎症細胞数は野生型のものに比し増加する傾向にあった。

以上、本論文では、TAZ欠損マウスのホモ個体は末梢肺形成不全をきたし、これにより成体では肺気腫様の所見を認めること、ヘテロ個体ではLPS/喫煙刺激により炎症が惹起されやすい傾向があることを示した。本研究は、これまで未知に等しかったTAZの肺発生における役割に関して重要な貢献をなすと考えられる。また、TAZ欠損マウスがCOPD病態解明のための新たなモデル動物となる可能性を示唆しており、今後のCOPD研究に貢献できると思われる。これらのことから、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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