学位論文要旨



No 123741
著者(漢字) 目黒,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) メグロ,ケンタロウ
標題(和) 大動脈平滑筋細胞における電位依存性ナトリウムチャネル(NaV1.7)の機能とその役割
標題(洋) Voltage-Gated Sodium Channel (NaV1.7) in Aortic Smooth Muscle Cells: Potentiation of Cell Migration, Endocytosis and Secretion.
報告番号 123741
報告番号 甲23741
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3080号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 准教授 宇野,漢成
 東京大学 客員准教授 本村,昇
 東京大学 講師 永田,泰自
内容要旨 要旨を表示する

電位依存性ナトリウムチャネルは一般的には神経線維、骨格筋や心筋に見られる。現在までのところ、10種類の電位依存性ナトリウムチャネルが同定されており、それぞれ発現の部位や性質が異なる事が知られている。最近では培養下での血管平滑筋や気管支平滑筋にも発現していることが報告されているが、その性質、機能及び役割は十分に解明されていない。特に血管平滑筋においては細胞の増殖、遊走、貪食及び分泌という機能が動脈硬化の進展やバルーン拡張後の内膜肥厚と関与しているといわれている。

そこで我々はまず培養ヒト大動脈平滑筋細胞における電位依存性ナトリウムチャネルの電気生理学的特徴を調べるとともに増殖、遊走、貪食及び分泌における電位依存性ナトリウムチャネルの役割を調べた。続いて再狭窄モデルとして用いられるウサギの大動脈バルーン傷害モデルを用いて電位依存性ナトリウムチャネルの生体内での内膜肥厚との関わりを調べた。

培養ヒト大動脈平滑筋細胞をパッチクランプ法にて膜電流測定を行ったところ、一過性の内向き電流がみられた。この電流は、細胞外液のナトリウムイオンを膜非透過性の陽イオンであるNMDG+に置換することにより電流が見られなくなることより、電位依存性ナトリウム電流と考えられた。この電流はテトロドトキシン(TTX)にて用量依存的に阻害され(IC50 = 17 nmol/L)、TTX感受性のナトリウム電流と考えられた。この細胞において電位依存性ナトリウムチャネルの遺伝子の発現をSCN1AからSCN9AまでRT-PCRを用いて調べたところ、SCN9Aの発現がみられた。定量的RT-PCR法にても他の電位依存性ナトリウムチャネルと比してSCN9Aの著明な発現を認めた。一方、生体内の大動脈平滑筋においてはSCN9Aの発現はほとんど見られず、培養下にSCN9Aの発現が特異的にみられると考えられた。SCN9AによりコードされたタンパクであるNaV1.7の発現は培養ヒト大動脈平滑筋細胞の免疫染色にても確かめられた。さらに、この電位依存性ナトリウムチャネルのβサブユニットはβ1サブユニットにより構成されている事が定量的RT-PCR法にて確かめられた。

そこで、我々は培養ヒト大動脈平滑筋細胞へSCN9Aに対するsiRNAを導入することで、SCN9A遺伝子の役割を調べた。SCN9A遺伝子の発現は約3分の1に減少し、パッチクランプ法にてナトリウム電流はほぼ消失する事を確かめた。

この培養ヒト大動脈平滑筋細胞で、このチャネルの細胞増殖、遊走、貪食能及びマトリックスメタロプロテアーゼ-2(MMP-2)分泌における役割について、ナトリウムチャネルを特異的にブロックするTTX及びsiRNAを用いて調べた。増殖に対しては、24時間、48時間後においてもTTX及びsiRNAにて抑制はみられず、電位依存性ナトリウムチャネルが増殖に関与している可能性は低いと考えられた。一方、8 μmサイズの穴のあるフィルタにて遊走能を調べたところ、TTX 10 μmol/L、siRNAとも約20%遊走が抑制された(それぞれp<0.05, p<0.01)。細胞の貪食能を調べるため、horse radish peroxidaseの取り込み能を調べたところ、TTX 10 μmol/Lにて約20%抑制された(p<0.01)。また、MMP-2の分泌は6時間及び12時間において有意にTTX 10μmol/Lにて抑制がみられた(それぞれp<0.01, p<0.05)。以上より、この培養ヒト大動脈平滑筋細胞に発現している電位依存性ナトリウムチャネルは細胞の遊走、貪食及びMMP-2の分泌に関与していることが確かめられた。

血管平滑筋の電位依存性ナトリウムチャネルの貪食能へのかかわりはいろいろなメカニズムが想定される。電位依存性ナトリウムチャネルにより細胞ナトリウム濃度が上昇し、ナトリウム-カルシウム交換系や水素イオンの上昇を介して細胞内カルシウム濃度を上昇させ、貪食能を賦活化させる事や、ナトリウムイオン自体がカルシウムイオン濃度の上昇を伴うことなしにAdenylate cyclaseを介して貪食能を賦活化させる事が報告されている。また、電位依存性ナトリウムチャネルの血管平滑筋細胞の遊走能へのかかわりについては、血管平滑筋細胞においてナトリウム-カルシウム交換系やカルシウムイオン濃度の上昇を介して貪食能が活性化される事が報告されている。また、細胞の貪食能は分泌能を反映することが報告されており、MMP-2や各種サイトカインの分泌を介して動脈硬化や内膜増殖を促進する可能性も考えられた。

続いて、ウサギ大動脈平滑筋細胞を用いて電位依存性ナトリウムチャネルの発現について調べた。大動脈より単離した新鮮ウサギ大動脈平滑筋細胞をパッチクランプ法にて膜電流を調べたところ、電位依存性のCa2+チャネルがみられた。この電流は、nifedipine (1 μmol/L)にてブロックされL型カルシウムチャネルであると考えられたが、電位依存性ナトリウムチャネルはみられなかった。一方、培養ウサギ大動脈平滑筋細胞では、電位依存性の一過性内向き電流がみられが、この電流は細胞外液のナトリウムをNMDG+に置換することにより電流が見られなくなることより、電位依存性ナトリウムチャネルと考えられ、また、TTX(1 μmol/L)にて完全にブロックされた。培養ウサギ大動脈平滑筋細胞にはRT-PCR及び定量的RT-PCRにてSCN9A遺伝子の発現がみられたが、生体内での新鮮な大動脈平滑筋では発現はみられなかった。さらに、SCN9AによりコードされたタンパクであるNaV1.7の発現は培養ウサギ大動脈平滑筋細胞の免疫染色にても確かめられた。

本実験及び以前の報告より、ヒト及びウサギにおいて大動脈血管平滑筋で発現しているチャネルは通常の状態ではL型カルシウムチャネルであるが、培養下においてはナトリウムチャネル、とりわけNaV1.7の発現へと変化していることが確かめられた。ラットでの報告では、培養下にてもナトリウムチャネルはみられないとの報告があり、動物の種による違いが存在する可能性があると考えられる。動脈硬化巣や血管内膜増殖時にみられる血管平滑筋細胞の形態は収縮型の血管平滑筋細胞よりは培養時の形態に近いとの報告がある。今回我々の示した培養時に出現するSCN9Aがバルーン拡張後の内膜肥厚における血管平滑筋の変化に関与していることを確かめるため、再狭窄モデルとして用いられるウサギの大動脈バルーン傷害モデルを用いて検討を行った。バルーン傷害2日後の血管においてはRT-PCRにてSCN9Aの発現が軽度みられ、定量的RT-PCRにおいて、正常大動脈に比して約6倍のSCN9A遺伝子の発現がみられた。又、NaV1.7の発現を蛍光免疫染色にて観察したところ、正常大動脈平滑筋では発現がみられず、バルーン傷害2日後には、大動脈中膜の平滑筋にNaV1.7の発現がみられた。このバルーン傷害2日後という時期には、他にVCAM-1、α4β1、NF-κBやT型カルシウムチャネルといった炎症に関与すると考えられる遺伝子の発現も見られることが報告されている事から、バルーン傷害の結果として生じる炎症や内膜増殖のプロセスの一部である可能性が考えられた。

結論として、SCN9A遺伝子は培養ヒト及びウサギ大動脈平滑筋細胞に発現していたが、生体内の大動脈平滑筋においては発現していなかった。ヒト大動脈平滑筋細胞にてSCN9AにてコードされたNav1.7は細胞の遊走、貪食及び分泌に関与したが、増殖には関与しなかった。ウサギでのバルーン傷害モデルで傷害48時間後の血管中膜の平滑筋細胞にてもSCN9Aは発現しており、これは血管中膜での細胞の遊走や貪食を介して内膜増殖に関与している可能性が考えられた。このことからナトリウムチャネルを抑制することが、内膜増殖や動脈硬化に対して治療上での標的となりうる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は大動脈平滑筋細胞に発現するナトリウムチャネルの機能と役割を明らかにするため、培養大動脈平滑筋細胞に対して電気生理学的手法を用いてそのチャネルの特徴を明らかにし、ウサギ大動脈バルーン傷害モデルを用いてナトリウムチャネルの病的意義を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

1、培養ヒト大動脈平滑筋細胞にはパッチクランプ法にて電位依存性ナトリウムチャネルが発現していた。このナトリウムチャネルはテトロドトキシン感受性(IC50 = 17 nmol/L)で、性質は神経に発現しているナトリウムチャネルと類似していた。

2、RT-PCR法及び定量的RT-PCR法にて遺伝子の発現をみたところ、SCN9A遺伝子の著明な発現がみられ、また、SCN9AにてコードされたナトリウムチャネルのタンパクであるNaV1.7の発現が免疫染色にて示されたが、一方生体内での大動脈にはSCN9A遺伝子の発現はほとんどみられなかった。

3、SCN9A遺伝子に対するsiRNAを培養ヒト大動脈平滑筋細胞に導入すると、電位依存性ナトリウムチャネルによると考えられる電流はほとんどみられなくなり、この電流はSCN9Aによるものであることが明らかとなった。

4、電位依存性ナトリウムチャネルの役割を調べるためにテトロドトキシンによる細胞の増殖、遊走、貪食及び分泌能の抑制を調べたところ、細胞の遊走、貪食及びマトリックスメタロプロテアーゼ-2(MMP-2)の分泌が抑制され、これらの役割に重要な役割を果たしている可能性が考えられた。

5、ウサギ大動脈平滑筋にても新鮮大動脈ではパッチクランプ法にてL型カルシウムチャネルが見られたのに対して、培養下では電位依存性ナトリウムチャネルによる電流がみられた。ヒトと同様にこの遺伝子はSCN9Aであり、免疫染色法にてタンパクはNaV1.7であった。

6、ウサギ大動脈バルーン傷害48時間後にRT-PCR法にてSCN9Aが通常の6倍発現しており、また、免疫染色法にてもNaV1.7の発現がみられ、電位依存性ナトリウムチャネルは培養の時のみならず、内膜肥厚のモデルであるバルーン傷害後にもみられたことより、このチャネルが病的な状態にても発現していることが示された。

以上、本論文は培養ヒト及びウサギ大動脈平滑筋細胞に電位依存性ナトリウムチャネルが発現し、遺伝子はSCN9Aであることを明らかにした。その役割は細胞の遊走、貪食及び分泌であった。また、ウサギでのバルーン傷害48時間後にもSCN9A遺伝子及びNaV1.7の発現がみられ、本研究はこれまで未知に等しかった電位依存性ナトリウムチャネルの病的意義と役割を明らかにしており、学位の授与に値するものと考えられる。

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