学位論文要旨



No 123743
著者(漢字) 山田,篤生
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,アツオ
標題(和) 大腸憩室出血の臨床的特徴に関する検討
標題(洋)
報告番号 123743
報告番号 甲23743
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3082号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 准教授 野村,幸世
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 椎名,秀一朗
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

背景・目的

大腸憩室症とは大腸の腸管壁の一部が突出し、大腸粘膜が嚢状になった状態である。本邦における大腸憩室症の有病率は13-28%と欧米と比較して少ないといわれているが、本邦においても高齢化社会を迎えさらに食生活の欧米化により大腸憩室症の頻度は増加傾向でありその合併症である大腸憩室出血や大腸憩室炎も増加してくるものと考えられる。

下部消化管出血の約40%は大腸憩室出血であるとされており、突然の鮮血便で発症し大量出血を伴って緊急の治療を必要とする場合も多い。大腸憩室出血は、憩室内腔に入り込んでいる直動脈が機械的な刺激の反復により血管内膜が肥厚脆弱化を来し憩室内腔へ破綻し出血が起きると考えられている。動脈壁脆弱性に関与する高血圧症、高脂血症、糖尿病、飲酒歴、喫煙歴などの動脈硬化関連因子と大腸憩室出血との関連が想定されるが、明確な結論は得られていない。

また、近年、非ステロイド系抗炎症薬(以下NSAIDs)は抗炎症作用や解熱・鎮痛作用を有し、高頻度に使用されている。NSAIDsの副作用として上部消化管の粘膜病変は広く知られているが、下部消化管への副作用も注目されてきており大腸憩室症にNSAIDsが投与されると憩室炎や憩室穿孔、憩室出血などの合併症を来しやすいという報告もみられる。

そこで (1) 内視鏡で発見された大腸憩室症の局在と年齢、性別の関係について検討し、日本人における大腸憩室症の臨床的特徴を明らかにする、(2) 大腸憩室出血及び非出血大腸憩室症の年齢、性別、憩室局在を比較検討し大腸憩室出血の臨床的特徴を明らかにする、(3) 大腸憩室出血と非出血大腸憩室症の併存疾患、嗜好、内服に関し比較検討し大腸憩室出血の危険因子を明らかにする、(4) 大腸憩室出血の重症化に関与する因子を明らかにするため、当科および関連施設において大腸内視鏡検査を行った患者を対象に検討を行った。

方法

1995年9月から2005年12月までの10年4か月間に、当科および関連施設において全大腸内視鏡検査を施行した重複を除いた全症例を対象とした。各症例については年齢と性別、内視鏡受診理由、内視鏡検査結果などの情報を詳細に記録した。これらの症例のうちから、大腸切除歴のある症例は今回の検討から除外した。緊急内視鏡検査を必要とした鮮血便患者に対しては症状出現から4日以内に検査を行い大腸憩室からの活動性出血を認める場合もしくは検査時に大腸内に血液がある大腸憩室症患者のうち回腸末端には血液がなくほかに出血源となるような病変がないものを大腸憩室出血とした。他の目的で大腸内視鏡検査を行った症例のうち大腸憩室症の有無については初回検査時の所見で検討し、出血歴のない大腸憩室症を非出血大腸憩室症とした。腸管の部位は、下行結腸から直腸までを左側、盲腸から横行結腸までを右側とした。憩室の局在は、左側結腸のみに認める憩室を左側型、右側結腸のみに認める憩室を右側型、左側結腸および右側結腸の両方に認める憩室を両側型とした。(1) 非出血大腸憩室症について年齢、性別と大腸憩室の局在について検討した。 (2) 大腸憩室出血症例(以下、憩室出血例)と非出血大腸憩室症例(以下、非出血憩室例)の年齢、性別、大腸憩室の局在について比較した。(3) 憩室出血例に対し年齢(±2歳)、性別、大腸憩室の分布(左側型、右側型、両側型)、施設を一致させた非出血憩室例2例を対照とし大腸憩室出血の危険因子を解析するために症例対照研究をおこなった。特に併存疾患として高血圧症、高脂血症、糖尿病、虚血性心疾患、脳血管疾患の有無を調べた。(4) 大腸憩室出血の重症化に関与する因子を検討するため、大腸憩室出血例の中で輸血を必要とした症例を重症例、輸血を必要としなかった症例を非重症例とし年齢、性別、大腸憩室の局在、併存疾患および貧血を来しうる既往症、内服薬、嗜好について比較した。

結果

(1) 性別および年齢階層別にみた大腸憩室症の有病率

憩室出血例を除く9325例中、大腸憩室症の有病率は1709例(18.3%)であった。性別で比較したところ男性21.0%、女性13.8%であった。年齢階層別に大腸憩室症の有病率を検討したところ、年齢とともに大腸憩室症の有病率は増加し50歳以上になると20%程度でほぼ一定であった。

(2) 性別および年齢階層別にみた大腸憩室症の局在別有病率

大腸憩室症の局在別有病率を性別で比較したところ男性では左側型が4.1%、右側型が12.2%、両側型が4.7%であり、女性では左側型が4.0%、右側型が6.9%、両側型2.8%であった。右側型および両側型が男性に多く(p<0.05)、左側型は性別で差はなかった。また、大腸憩室症の局在別有病率を年齢階層別で比較したところ左側型および両側型では年齢に相関し有病率の増加を認めた。右側型は40歳以上で有病率が10%以上になるが、80歳以上では減少傾向であった。

(3) 大腸憩室出血と非出血大腸憩室症の背景の比較

憩室出血例は44例であった。非出血憩室例(64.3歳)と比較して憩室出血例(67.2歳)で年齢が高い傾向であったが有意差はなかった。性別は両群に差はなかった。憩室分布に差があり(p=0.0044)、憩室出血例において両側型憩室症が多かった。憩室出血例と非出血憩室例の年齢、性、憩室分布に関する多変量解析では有意な危険因子はなかった。

(4) 大腸憩室出血の臨床所見

出血源として25例(57%)は右側憩室、11例(25%)は左側憩室であり、残りの8例(18%)は出血した憩室を同定できなかった。13例(30%)に大腸内視鏡検査時に憩室から活動性出血を認め内視鏡的に止血を行った。高度貧血のため14例(32%)に輸血を必要とした。内視鏡的止血術または保存的加療により全例止血が得られ、手術例、死亡例はなかった。

(5) 大腸憩室出血の危険因子の検討(症例対照研究)

年齢、性別、憩室分布および施設を一致させた対照群と症例対照研究により大腸憩室出血の危険因子を検討した。併存疾患の割合は高血圧症が出血群で35/44例(80%)、対照群で40/88例(45%)であり、出血群で有意に高率であった(P=0.0007)。高脂血症、糖尿病、虚血性心疾患、脳血管疾患に関して出血群および対照群の比較で明らかな差はなかった。飲酒歴、喫煙歴に関しては出血群および対照群の比較で明らかな差はなかった。内服薬に関しては非アスピリン非ステロイド系抗炎症薬(以下、NANSAIDs)が出血群で7/44例(16%)、対照群で2/88例(2%)であり、出血群で有意に高率であった(P=0.019)。低用量アスピリンは出血群で12/44例(27%)、対照群で9/88例(10%)であり、出血群で有意に高率であった(P=0.0155)。また、低用量アスピリンを除く抗凝固薬およびカルシウム拮抗薬も出血群で多い傾向であった(P<0.2)。多変量解析ではNANSAIDs, 高血圧症, 低用量アスピリンを含む抗凝固薬が有意な危険因子でありオッズ比はそれぞれ15.6, 6.6, 3.0であった。

(6) 大腸憩室出血の重症化に関与する因子の検討

輸血を必要とした重症例は14例(32%)にみられた。非重症例と比較し年齢、性別、憩室局在、併存疾患および貧血を来しうる既往症、嗜好に関しては差がなかった。内服薬に関しては、低用量アスピリンは重症例で7/14例(50%)、非重症例で5/30例(17%)であり、重症例で有意に高率であった(P=0.032)。

考察

今回の検討では大腸憩室症の有病率は1709/9325例(18.3%)であった。年齢別でみると大腸憩室症は70-79歳で22.9%、80歳以上で21.3%であり39歳以下で3.2%、40-49歳で12.7%と顕著な相違を示している。高齢者ほど大腸憩室が増加するという報告は欧米および本邦においても報告されており同様の傾向を示している。

大腸憩室症の局在を見ると、右側型大腸憩室症の有病率が左側型、両側型の大腸憩室症と比較して高かった。左側型および両側型大腸憩室症では加齢とともに有病率は増加した。一方、右側型大腸憩室症は性差があり40歳代より有病率が10%と高くその後も概ね10%程度生じた。年齢、性により大腸憩室の分布が異なっており、大腸憩室の発生の機序を考える上で重要であると考えられた。特に、左側型および両側型は年齢との関連が強く後天的要因の関与が想定され、右側型の有病率は40歳代で上昇した後、加齢との関連は少なく先天的要因の関与が想定された。

憩室出血例の大腸憩室の局在をみてみると両側型憩室症に多く、既報と同様の傾向を示していた。出血源としては右側憩室からの出血が57%と多かった。このことより下部消化管出血で大腸内視鏡を行う際に、出血源を同定するためにはできるだけ全大腸内視鏡を目指す必要がある。

NANSAIDsは抗炎症作用や解熱・鎮痛作用を有し広く高頻度に使用されているが、副作用として下部消化管への影響も注目されている。大腸憩室症における出血の危険因子を検討した結果、NANSAIDsの相対危険比は15.6と高く、大腸憩室症例に対しNANSAIDs投与には注意が必要である。

大腸憩室出血の発生機序として大腸憩室内の直動脈が破綻し出血すると考えられている。血管の破綻の一因として動脈硬化が影響しているのではないかと考えられる。本結果より高血圧症は非出血大腸憩室症と比較し大腸憩室出血に多く、憩室出血の危険因子であることが示された。しかし、他の動脈硬化関連因子である糖尿病、高脂血症は憩室出血の危険因子とはならなかった。すなわち、高血圧症が大腸憩室出血の危険因子であるが、動脈硬化を介する影響であるかどうかは今後の検討を要するものと思われた。

重症化する憩室出血症例には低用量アスピリン内服例が多くみられた。これは低用量アスピリンの抗血小板作用により、血管が破綻し出血が起きると止血が得られるまでに時間を要し出血量が多量になり注意が必要である。

まとめ

(1) 高齢になるほど大腸憩室症は増加したが、右側型憩室は40代より有病率が高く、左側型憩室および両側型憩室は年齢にほぼ比例して増加した。

(2) 大腸憩室出血は両側型大腸憩室症に多く、出血源は右側結腸憩室が多かった。

(3) 大腸憩室出血の危険因子はNANSAIDs(非アスピリン非ステロイド系抗炎症薬)、高血圧症、低用量アスピリンを含む抗凝固薬であった。

(4) 大腸憩室出血の重症例に、低用量アスピリン内服例が多かった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は大腸憩室出血の臨床的特徴を明らかにするため、大腸憩室症の有病率の検討、大腸憩室出血の危険因子に関する検討および大腸憩室出血の重症化に関与する検討を行っており、下記の結果を得ている。

1.大腸憩室症の有病率は18.3%であり男性に多く年齢とともに有病率は増加した。右側憩室症は性差があり40歳代より有病率が高く先天的要因との関連が想定され、左側型憩室および両側型憩室は年齢にほぼ比例し増加し後天的要因との関連が想定された。

2.大腸憩室出血は両側型憩室症に多く出血源は右側憩室からの出血が多く、出血源を同定するためにはできるだけ全大腸内視鏡検査を目指す必要があることが示唆された。

3.大腸憩室出血例と非出血大腸憩室例における症例対照研究において、NANSAIDs(非アスピリン非ステロイド系抗炎症薬)、高血圧症、低用量アスピリンを含む抗凝固薬は大腸憩室症における出血の独立した危険因子であることが示唆された。

4.大腸憩室出血の輸血を必要とした重症例に低用量アスピリン内服例が有意に多く低用量アスピリン内服例においては出血例が多くなることが示唆された。

以上、本論文は大腸憩室症の局在分布から右側憩室症は先天的要因との関連が、左側憩室症および両側型憩室症は後天的要因との関連が想定された。また、大腸憩室出血の危険因子として非アスピリン非ステロイド系抗炎症薬、高血圧症、低用量アスピリンを含む抗凝固薬症が示された。さらに、重症化因子として低用量アスピリン内服例では出血量が多くなることが示された。本研究は大腸憩室出血における病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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