学位論文要旨



No 123744
著者(漢字) 吉見,(山本〉真弓
著者(英字)
著者(カナ) ヨシミ,(ヤマモト)マユミ
標題(和) AML1のリン酸化修飾がT細胞分化および造血発生に及ぼす影響
標題(洋) Phosphorylation of AML1/Runx1 is Essential for Efficient T-Cell Differentiation and Early Hematopoietic Development
報告番号 123744
報告番号 甲23744
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3083号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 講師 高橋,強志
 東京大学 特任准教授 後藤,典子
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

AML1/Runx1は、ヒトの急性骨髄性白血病(AML)や骨髄異型性症候群(MDS)を最も高頻度に発症させる原因遺伝子の一つである。

近年、遺伝子改変マウスの解析を通してAML1による生物作用についても明らかになってきた。AML1欠損マウスは、胎仔肝での生体型造血の欠如によって胎生致死となり、胎生中期(12.5日)に死亡する。また、成体型造血の始原と考えられている傍大動脈臓側中胚葉(para-aortic splanchnopleura, 以下P-Sp)領域と造血支持細胞OP-9との共培養系を用いて、AML1欠損マウスで認められる成体型造血の欠如を試験管内で再現し、レトロウイルスによる遺伝子導入法を組み合わせることにより、導入遺伝子の造血能を評価することも可能となった。

また、AML1はT細胞分化においても重要な役割をしている。AML1条件的欠損マウスの生体内で認められたT細胞分化についても胎仔肝細胞及び造血支持細胞ΔOP-9との共培養によって試験管内で再現することが可能となった結果、AML1がT細胞のDNからDP期への移行およびDN期でのCD4発現の抑制にも重要であることが報告されている。

更に、白血病発症及び造血に関与する転写因子AML1は、複数のキナーゼによりリン酸化修飾され、機能調節を受けることやその分子機構についても明らかにされている。

しかしながら、これまで生体内におけるリン酸化修飾の部位、意義については依然不明であった。そこで今回我々は、過去の報告においてAML1の転写活性能に影響を及ぼすとされる4つのセリン(S)/スレオニン(T)残基(S276, S293, T300, S303)の2つ、もしくは4つをアラニン(A)に置換したリン酸化抑制変異体(AML1-2A, AML1-4A)、及びアスパラギン酸(D)に置換したリン酸化模倣変異体(AML1-4D)を作成し(図1-a)、初代培養の系を用いてAML1のリン酸化修飾による生物的影響について検証を試みた。

その結果、前述した4か所のリン酸化修飾がT細胞分化におけるDNからDP期への移行に関与する役割に影響を及ぼしていることがわかった。そして更に、5か所(S276, S293, T300, S303,S462)についても同様の実験を行ったところ、これら5か所のリン酸化修飾がAML1のT細胞分化及び造血発生における機能に重要な影響を及ぼしていることがわかった。

2.材料と方法

マウス

胎仔肝細胞及び造血支持細胞培養系(FL/ΔOP-9 Culture)に対しては、AML1 floxed/wt (以下f/+), Lck-Cre tgのオスマウスをAML1 floxed/ floxed (以下f/f)メスマウスと交配し、性交後14.5日の胎仔を実験に用いた。

傍大動脈臓側中胚葉領域と造血支持細胞培養系(P-Sp/ OP-9Culture)に対しては、AML1 wt/null (+/-)のオスマウスとメスマウスと交配し、性交後9.5日の胎仔を実験に用いた。

FL/ΔOP-9培養法

胎生14.5日の胎仔から得られた胎仔肝細胞をOP9-DL1細胞上でIL-7存在下において5日間培養する。PCRによって遺伝子型を決定し、条件的AML1欠損の細胞に対して5日目に野生型AML1あるいはそのリン酸化変異体のcDNAを組み込んだレトロウイルスを感染させ、その5日後(培養10日目)および10日後(培養15日目)に細胞を回収し、フローサイトメトリーによる解析を行った。

P-Sp/ OP-9培養法

胎生9.5日の胎仔からP-Sp領域を採取し、OP9細胞上で培養した。PCRにより遺伝子型を決定し、AML1欠損P-Spに対してAML1 あるいはそのリン酸化変異体のcDNAを組み込んだレトロウイルスを感染させた。4日後に通常の培地に交換し、血液細胞が産生されるかどうかを観察し、産生された血液細胞は14日後に回収し、フローサイトメトリーによる解析を行った。

レトロウイルスベクターとその感染方法

AML1およびAML1リン酸化変異体の cDNAはpMYsIG-/IRES-EGFPレトロウイルスベクターに挿入した。これらのレトロウイルスベクターをPlat-Eパッケージング細胞にtransfectionし、ウイルスを産生させた。ウイルスを含んだ培養上清をpolybreneと共にFL/ΔOP-9或いはP-Sp/ OP-9培養系に加え、感染すなわち遺伝子導入を行った。

3.結果

4か所のセリン/スレオニン残基におけるAML1のリン酸化は、T細胞分化におけるDNからDP期への移行に重要

まず、AML1条件的欠損マウスのFL/ΔOP-9培養系を用いて各リン酸化変異体のT細胞分化誘導能を調べた。T細胞のDNからDP期への移行に関し、AML1-4Dは野生型AML1と同程度の分化を示したのに対し、AML1-2Aでは若干の、そしてAML1-4Aでは明らかな分化能の低下を認めた。(図1-b)また、DN期でのCD4遺伝子発現に関しては、野生型AML1と比較し、AML1-4A ではわずかに発現上昇しているように見えたが、統計解析において有意差を認めなかった。(図1-c)

MEK阻害剤は、AML1依存性T細胞分化を阻害

続いて、4か所のリン酸化修飾は過去の報告において、ERK経路の関与が示唆されていたことから、MEK阻害剤がT細胞分化に及ぼす影響について調べた。その結果、MEK阻害剤は野生型AML1によるT細胞分化誘導能を抑制するが、AML1-4Dによる分化誘導能を抑制することはできないことが明らかとなった。(図2)

AML1の4か所におけるリン酸化によってAML1欠損のP-SP造血は回復可能

次に、AML1欠損マウスのP-Sp/OP-9培養系を用いて各リン酸化変異体の造血発生能を調べたところ、AML1-4Aによる血球産生の開始時期は野生型AML1やAML1-4D導入時に比べ遅延したが、最終的には造血能の回復を認め、またフローサイトメトリーにおいてCD45

陽性細胞の出現率を比較したところ差を認めなかった。

5か所のセリン/スレオニン残基におけるAML1のリン酸化は、T細胞分化及び初期造血発生に必須

これまでの結果を踏まえると、AML1-4Aの造血能は若干低下しているものの依然保持されていることが考えられた為、更に462番目のセリン残基にも注目した。AML1のC末端領域には、計11か所のセリン/スレオニン残基が存在しているが、上記4つのセリン/スレオニン残基と共に同部位はPMA刺激を加えてやるとリン酸化が亢進する部位であることが報告されている。そこで、上記4か所に加え462番目のセリンもアラニンに置換したAML1-5Aの機能を調べた。(図4-a)すると、AML1-5A はT細胞分化におけるDNからDP期への移行(図4-b)及びDN期でのCD4遺伝子発現の抑制(図4-c)、そしてP-Spによる初期造血発生(図4-d)、これらいずれの場合においても完全な機能喪失を示した。

以上の結果より、上記5か所のセリン/スレオニン残基がAML1のT細胞分化誘導能及び初期造血発生能に重要であることが明らかとなった。

4.考察

AML1のセリン/スレオニン残基を4か所或いは5か所アラニンに置換し、リン酸化抑制体としたAML1-4AやAML1-5Aでは、T細胞分化及び初期造血発生における機能低下或いは完全な機能喪失を認めた。一方、セリン/スレオニン残基をアスパラギン酸に置換し、リン酸化模倣体としたAML1-4DやAML1-5DではT細胞分化及び初期造血発生において、野生型と同程度の機能を示していた。よって今回各変異体の間で認められたT細胞分化及び造血発生における差は、AML1のリン酸化修飾による影響が示唆される。

また、MEK阻害剤を用いた実験結果より、ERKといった特定のリン酸化経路の関与も示唆された。

更に、AML1は、もともと急性骨髄性白血病の症例に合併する染色体転座、t(8;21)(q22;q22)の第21番染色体上の切断点よりクローニングされた遺伝子であるが、染色体相互転座によって再構成され、AML1/MTG(ETO)やAML1/Evi1のような融合型遺伝子形成に関与することが知られている。そして、これらの融合遺伝子は、各々t(8;21) やt(3;21) 転座に関与する白血病発症をきたすが、興味深い点として、これらの染色体再構成の際に、AML1の前述している5か所のリン酸化部位は全て喪失している。このことから、融合遺伝子による白血病発症機構に、これら5か所のリン酸化修飾の喪失が関与している可能性も示唆される。

最後に、本研究成果をまとめると、AML1の5か所(S276, S293, T300, S303, S462)におけるリン酸化修飾が協調的・相補的に働くことで、T細胞分化におけるDNからDP期への移行、或いはDN期でのCD4発現の抑制に重要な役割を担い、更にP-Spによる成体型造血初期発生にも影響を及ぼしていることが明らかとなった。

図1-a

図1-b

図1-c

図2

図3

図4-a

図4-b

図4-c

図4-d

審査要旨 要旨を表示する

本研究は造血及び白血病発症に関わる転写因子AML1/Runx1のリン酸化修飾がT細胞分化及び造血発生における役割を明らかにする為に初代培養の系を用いて実験を行い、下記の結果を得ている。

1.はじめに、AML1のリン酸化部位として過去に報告のある4つのセリン(S)・スレオニン(T)残基(S276, S293, T300, S303)に注目し、これら2つ、或いは4つをアラニン(A)に置換したリン酸化抑制変異体(AML1-2A、AML1-4A)、及びアスパラギン酸(D)に置換したリン酸化模倣変異体(AML1-4D)を作成し、機能解析を行った。

AML1条件的欠損マウスの胎仔肝細胞及び造血支持細胞培養系(FL/ΔOP-9 Culture)を用いて各リン酸化変異体のT細胞分化誘導能を調べた。T細胞のDNからDP期への移行に関し、AML1-4Dは野生型AML1と同程度の分化を示したのに対し、AML1-2Aでは若干の、そしてAML1-4Aでは明らかな分化能の低下を認めた。また、DN期でのCD4遺伝子発現に関しては、野生型AML1と比較し、AML1-4A ではわずかに発現上昇しているように見えたが、統計解析において有意差を認めなかった。以上のことからAML1の4か所のセリン/スレオニン残基におけるリン酸化修飾は、T細胞分化におけるDNからDP期への移行に重要であることが示唆された。

2.上記4か所のリン酸化修飾は過去の報告において、ERK経路の関与が示唆されていたことから、MEK阻害剤がDNからDP期への移行に及ぼす影響について調べた。その結果、MEK阻害剤は野生型AML1によるDNからDP期への移行を抑制する一方でAML1-4DによるDNからDP期への移行には影響を及ぼさないことが明らかとなった。以上よりMEK阻害剤はAML1依存性T細胞分化を阻害し、ERKといった特定のリン酸化経路の関与が考えられた。

3.続いて、AML1欠損マウスの傍大動脈臓側中胚葉領域と造血支持細胞培養系(P-Sp/ OP-9Culture)を用いて各リン酸化変異体の造血発生能について調べた。AML1-4Aによる血球産生の開始時期は野生型AML1やAML1-4D導入時に比べ遅延したが、最終的には造血能の回復を認め、またフローサイトメトリーにおいてCD45陽性細胞の出現率も比較したが差を認めなかった。よってAML1の4か所におけるリン酸化修飾によってAML1欠損のP-SP造血は回復可能であることが明らかにされた。

4.これまでの結果を踏まえると、AML1-4Aの造血能は若干低下しているものの依然保持されていることが考えられた。そこで上記4か所に加え462番目のセリン残基にも注目し、5か所のリン酸化変異体についても調べた。リン酸化抑制変異体であるAML1-5A はT細胞分化におけるDNからDP期への移行及びDN期でのCD4遺伝子発現の抑制、そしてP-Spによる初期造血発生、いずれの場合においても完全な機能喪失を示した。一方でリン酸化模倣変異体であるAML1-5Dは野生型AML1と比較し、いずれの場合にも差を認めなかった。以上の結果からAML1の5か所(S276, S293, T300, S303, S462)におけるセリン/スレオニン残基のリン酸化が協調的・相補的に働くことで、T細胞分化誘導能及び初期造血発生能に重要な役割を担っていることが明らかとなった。

以上、本論文は転写因子AML1のリン酸化修飾がT細胞分化及び造血発生には関与していることを明らかにした。これまでの報告において、AML1は、複数のキナーゼによりリン酸化修飾され、機能調節を受けることは知られていたが、生体内におけるリン酸化修飾の部位・意義については不明であった。しかしながら本研究によって初めて生物的意義が明らかにされたことは非常に意義深いもので、学位の授与に十分値するものと考えられる。

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