学位論文要旨



No 123745
著者(漢字) 湯橋,一仁
著者(英字)
著者(カナ) ユハシ,カズヒト
標題(和) C型肝炎ウイルスNS5B蛋白に高親和性結合を示す肝細胞内mRNAの同定
標題(洋)
報告番号 123745
報告番号 甲23745
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3084号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 菅原,寧彦
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

背景

C型肝炎ウイルス (hepatitis C virus:HCV) の感染者数は世界に1億7千万人以上と推定されている.HCVに感染し発症すると高率に慢性化し,肝硬変・肝細胞癌へと進展する恐れがあり,現在も新しい治療法開発の重要性は些かも薄らいではいない.

ウイルスから産生されるNS5BはRNA-dependent RNA polymerase (RdRp) 活性をもち,HCVのRNA複製において中心的な役割を果たすと考えられている.RNA増幅の詳細なメカニズムは未だ明らかにされていないが,RNAとNS5Bとの結合が最初の重要なステップとなると考えられている.近年NS5Bが幅広いRNA配列に結合する可能性が示唆されており,肝細胞内においても宿主mRNAとNS5Bとの結合が生じている可能性があると考えられる.

目的

NS5BとRNAとの結合はウイルス複製における重要な過程であり,NS5Bがどのような特徴を持つRNAと結合するかを解明することは複製のメカニズムをより詳細に検討する上で重要な意味を持つと考えられる.NS5Bが肝細胞内mRNAと結合している可能性を考え,NS5Bに高親和性結合を示す肝細胞内mRNAを同定することを目的とした.

方法

NS5Bの精製

HCV-BK (genotype 1b) のNS5B領域を大腸菌発現プラスミドに組み込み,大腸菌に導入,発現誘導後,大腸菌を破砕し,Glutathione-SepharoseTM 4BによりGST-NS5Bを回収し,さらにPoly(U)-SepharoseTM 4Bで精製した.またthrombin proteaseを用いてGSTを除去したNS5B蛋白も精製した.

3'-UTR mRNA libraryの構築とNS5Bに高親和性結合するmRNAの選別

NS5Bが結合する部位は翻訳に関与しない3'非翻訳領域 (3'-UTR) である可能性が高いと考え,ヒト肝細胞3'-UTR cDNA libraryを作製した.

HepG2細胞よりtotal RNAを抽出し,RNase T1を用いてRNAの部分的切断を行った.その後,oligo(dT) beadsによりmRNAを回収し,RT-PCRによりcDNAを合成した.polyacrylamide gelから75~150塩基のサイズのcDNAを切り出し,T7 promoterを含むvectorに組み込んだ.約10万のサイズのcDNA library plasmidをNotIで消化し,T7 RNA polymeraseを用いてin vitro transcriptionを行い,RNAを合成して3'-UTR library pool 0とした.

GSH-agaroseにGST-NS5Bを吸着させ,そこにRNAを加え,蛋白に結合したNS5Bに高親和性結合するRNAを回収した.回収したRNAはRT-PCRにより増幅し,それを鋳型としてin vitro transcriptionを行い,NS5Bに高親和性結合するpool RNAを得た.以上を1サイクルとして,pool 8までサイクルを繰り返し,NS5Bに高親和性結合するRNA poolを得た.

RNAのNS5B結合能の評価

RNA poolより単離したRNAクローンを32Pで標識し,GST-NS5Bと結合反応を行い,結合強度をdot blot法で評価した.galectin-1, mRNAとribosomal protein S4, X-linked (RPS4X), mRNAに関してはRNA gel mobility shift experimentを用いて,さらに詳細な解析を行った.それぞれの3'-UTR全長,前半部分,後半部分を合成し32Pで標識して解析した.galectin-1 3'-UTR mRNAの後半部分にはステムループ構造が存在するため,その5'端・3'端の欠失RNAも解析した.

RdRp assay

poly(C)-oligo(G)システムを用いてNS5BのRdRp活性を測定した.[3H]GTPを用いてRdRpにより生成されたRNA鎖を標識し,エタノールで沈殿させた.沈殿したRNAをグラスフィールターで捕捉し,液体シンチレーションカウンターで活性を測定した.さらにgalectin-1とRPS4Xの3'-UTR RNAのcompetitorとしての影響を,RdRp活性を測定することにより解析した.

結果

mRNA 3'-UTR libraryの作製と高親和性mRNAの選別

mRNA 3'-UTR library, pool 0の71サンプルのインサート配列は平均68.9塩基であり,poly(A)配列は平均17.2塩基であった.

pool 0からpool 8までのRNA probeを用いてNS5Bへの結合能を解析した.pool 5まではサイクルを重ねる毎に結合能が増強していることが確認された.そのため最も結合能の強いpool 5の個々のクローンを解析した.結合能の強いクローンよりgelectin-1,RPS4Xのさらなる解析を行うこととした.

NS5Bとの結合の解析

galectin-1はGSTには結合せず,NS5Bのみに結合することをgel shift assayで確認した.また,3'-UTR RNAを用いて行ったgel shiftではgalectin-1 3'-UTRの後半部分に強い結合が見られた.またRPS4Xは3'-UTR全体で強い結合が見られ,前後半に分けた配列では結合能が著しく低下した.galectin-1 3'-UTRの後半部分にはステムループ構造があるが,近傍のsingle strandを欠失させると結合が低下した.

in vitroのRdRpをRPS4Xは非常に強く抑制した.またgalectin-1も抑制は見られたが,濃度を250nMにしても70%の抑制であった.結合の強いgalectin-1後半部分もRdRp抑制は乏しかった.

考察

HCV-NS5Bと高親和性結合を示す3'-UTRを有するmRNAを同定するために3'-UTR libraryの構築とpool RNAからの選別を行った.RNaseT1によるRNAの切断処理とcDNAのサイズ分けを行うことで3'-UTRに焦点を絞ったlibraryを構築できたと考えられる.得られたクローンにおけるインサート配列は平均約70塩基であり,全体の約37%を占める75塩基以下の3'-UTRの配列は96%以上カバーしていた.短い3'-UTRのクローンでもコーディング領域は僅かしか含まれなかった (コーディング全体の1-2%).また,比較的長い3'-UTRではコーディング領域が全く含まれなかった.今回のサイズ分けはほぼ至適と考えられた.

selectionではpool毎の結合強度は2サイクル目から急速に増加し,4~5サイクル目でほぼプラトーに達した.この結果からは比較的多くの種類の肝細胞内RNAがNS5Bに結合するものと考えられた.

同定した6つ高親和性クローンの3'-UTRには共通の配列は認められず,NS5Bが多様なRNA配列を認識しうることが示唆された.同定されたクローンには短いステムと小さなループが多く見られた.強い結合が見られたgalectin-1の後半部分にもステムループ構造が存在しており,NS5Bとの結合に重要と考えられた.またsingle strand部分を欠失させることで結合が大きく低下することが認められ,single strand構造も結合に関与している可能性が示唆された.一方,RPS4Xはsingle strand構造をとることが予想された.前半部分や後半部分よりも3'-UTR全体に強い結合が見られ,分断した付近の配列が結合に関与している可能性が考えられた.分断部位の3塩基下流にはpolyadenylation signalがあり,galectin-1の後半部分で欠失させた5'端もpolyadenylation signalに一致していたことからNS5Bがpolyadenylation signal近傍の配列を認識している可能性も考えられた.

mRNAとNS5Bの結合によりRdRp活性の抑制もしくはRdRpによるmRNAの複製が起きる可能性がある.RPS4Xはin vitroでRdRp活性を強く抑制しており,発現量も多いことから抑制的に働く可能性が考えられた.galectin-1は強い結合を示したがRdRp活性の抑制は軽度であった.この2つのRNAの結合能はほぼ同等であったが,活性抑制の差違の原因の一つとして結合部位の違いが考えられる.また,RdRpによりRNAの複製が起きるとしてもRPS4Xは発現量が多いため影響は比較的少ないと考えられる.galectin-1は元々の発現量が少なく変化率が大きいと考えられる.galectin-1はT-Cellのアポトーシスを誘導することが知られており,HCVの感染したT-cell内で複製され,その発現量が増加するならば持続感染に有利に働く可能性があると考えられる.

この方法を用いて,NS5Bに結合するmRNAをさらに同定し,NS5BとmRNAの相互作用についてさらに解析したい.また,同定された遺伝子がRdRpにより複製されるか,in vivoでも結合するかは今後の重要な検討課題であり,解析を進めていきたい.

結論

1) 肝細胞内mRNA 3'非翻訳領域のcDNA libraryを構築した.

2) libraryの中からNS5Bに高親和性結合を示すmRNAを選別し,その中からgalectin-1,RPS4Xの3'-UTRを解析した.

審査要旨 要旨を表示する

本研究はC型肝炎ウイルス複製の中心となるNS5B蛋白とRNAとの結合に着目し、肝細胞内でのウイルスゲノム複製は宿主mRNAとNS5B蛋白との結合により生じる相互作用の影響を受けているのではないかとの仮説の下、NS5B蛋白に結合する肝細胞内mRNAを同定し、その3'非翻訳領域 (3'-UTR) とNS5B蛋白との結合を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.肝細胞内に存在するmRNA 3'-UTRを主体とした約10万のcDNA libraryを構築した。75塩基以下の比較的短い3'-UTRに関してはその90%以上をlibraryに含み、比較的長い3'-UTRでもその3'端に近い70塩基程度をlibraryに反映させた。

2.肝細胞内mRNA 3'-UTR libraryの中から、NS5B蛋白との親和性による選別を行い、高親和性結合を示す6つのクローンを同定した。

3.高親和性クローンの中から、galectin-1 mRNA 3'-UTR、RPS4X mRNA 3'-UTRを用いてNS5B蛋白との結合部位を解析し、ステムループ構造だけでなくシングルストランド構造も結合に関与していること、NS5B蛋白がpolyadenylation signal付近の配列を認識している可能性があることを示した。

4.細胞内での発現量の多いRPS4X mRNA 3'-UTRがin vitroでNS5B蛋白のRNA依存性RNAポリメラーゼ活性を強く抑制することを示し、細胞内でウイルスゲノム複製に抑制的に働く可能性を示唆した。

以上、本論文はC型肝炎ウイルス複製の中心であるNS5B蛋白に高親和性結合を示す肝細胞内mRNAを同定し、NS5B蛋白との結合について解析した。本研究はこれまで未知に等しかった、肝細胞内でのウイルスゲノム複製のメカニズムと宿主遺伝子との相互作用の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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