学位論文要旨



No 123746
著者(漢字) 横山,泰久
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,ヤスヒサ
標題(和) ヒト胚性幹細胞からの成熟好中球誘導およびその性状・機能解析
標題(洋)
報告番号 123746
報告番号 甲23746
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3085号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 特任准教授 後藤,典子
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

好中球は、外部異物に対する生体防御の中核を担う細胞である。その数の減少や機能異常は易感染状態につながる。これに対処するため顆粒球輸血が試みられており、いくつかの臨床試験では有効性が示唆されているが、ドナーを必要とすることによる種々の問題が生じている。そのため造血幹細胞や前駆細胞を体外で増幅し好中球特異的に分化させる試みがなされているが、得られる好中球数の不足などにより臨床応用には至っていない。

ヒト胚性幹細胞(hESC)は多分化能と半永久的増殖能を持ち、再生医療への応用が期待されている。血液細胞については、OP9細胞との共培養や胚様体(EB)形成により血液前駆細胞へ誘導可能なことがすでに示されているが、効率的な成熟血球誘導法の報告はほとんどなく、特に好中球については機能評価可能なレベルでの誘導法の報告はない。hESCから効率的に成熟好中球を誘導することが可能になれば臨床応用への可能性につながる。しかし、体外で培養された細胞の臨床応用を考える際には、その細胞のもつ性状・機能を詳細に検討することが重要である。これらの背景から、hESCからの効率的な成熟好中球誘導法を開発するとともに、その性状・機能の詳細な解析を行い、末梢血から分離した正常好中球と比較した。

II.方法

hESCであるKhES-3を未分化な状態で維持し、6日ごとに継代した。継代後6日目のKhES-3をコロニーのままはがしEBを形成し、24時間後から骨形成タンパク-4 (BMP-4)(R&D) 25 ng/mL、幹細胞因子(SCF) 50 ng/mL、Flt-3リガンド(FL) 50 ng/mL、インターロイキン(IL)-6/IL-6受容体キメラタンパク(FP6) 50 ng/mL、トロンボポイエチン(TPO) 20 ng/mLを加えた。EB形成開始時から18日間後、EBを破壊して単一細胞とし、放射線照射したOP9細胞上で約2週間培養を行った。前半7日間は100 ng/mLのSCF・FL・FP6および10 ng/mLのTPO・IL-3を加え、後半6~7日間は50 ng/mLの顆粒球刺激因子(G-CSF)を単独で加えた。このようにして得られたhESC由来成熟好中球(hESC-Neu)とデキストラン沈降法によって健常成人末梢血から分離した好中球(PB-Neu)とを、形態面および機能面から比較した。形態評価としてWright-Giemsa染色や電子顕微鏡による観察、フローサイトメトリーによる表面形質解析などを行い、機能評価としてジヒドロローダミン123(DHR)による活性酸素産生検出、ニトロブルー・テトラゾリウム(NBT)コート酵母貪食試験、修正Boyden法による走化能評価を行った。

DHRは活性酸素類である過酸化水素によってローダミンへと酸化され、蛍光を発するようになり、これをフローサイトメトリーによって検出した。

NBTコート酵母貪食試験では、NBTをコートした酵母を好中球に貪食させることで、酵母の貪食能と、それに引き続く、酵母に付着したNBTを還元する能力を同時に視覚化した。評価は、貪食率(好中球100個中、陽性酵母を1個以上持つものの割合)および貪食スコア(好中球100個中の、陽性酵母数の総和)によって行った。

修正Boyden法では、半透膜に隔てられた上層に細胞懸濁液を、下層に細胞を含まない反応液を入れると細胞が上層から下層へと遊走することを利用し、下層に走化因子を入れる場合と入れない場合とを比較して走化性を検討した。走化因子としてはfMLPを用いた。

III.結果

上記方法により、形態的に十分成熟した好中球が得られた(図1)。形態上、骨髄芽球から成熟好中球(桿状核および分葉核好中球)まで各段階の細胞が正常の生体内と同じように順にみられた。OP9細胞との共培養開始後Day 13の細胞集団では、後骨髄球以降の細胞が全体の約90%を占め、うち約80%が成熟好中球であり、高純度な成熟好中球が得られた。ミエロペルオキシダーゼ染色、アルカリフォスファターゼ染色による観察所見や、電子顕微鏡像もPB-Neuと同様であった(図2)。

表面形質解析では、CD45の発現、まだ未分化なDay 7におけるCD34・117の発現、骨髄球系マーカーであるCD33・15・11bの発現、好中球特異的マーカーであるCD16の分化進行に伴う発現率上昇、など、正常造血と同様の発現パターンがみられた。一方、一部の好中球では、通常発現を認めないCD14やCD64を発現している、あるいは本来発現しているべきCD15やCD16を発現していない、と考えられた(図3)。

DHRを用いた活性酸素産生能の評価では、hESC-NeuはPB-Neuと同等の活性酸素産生能を有し、PMA刺激に対する反応も保持していた(図4)。

NBTコート酵母による貪食・NBT還元能をみる試験では、hESC-Neuは貪食率がPB-Neuよりやや低かった。貪食する酵母数を加味した貪食スコアは同等であった(図5)。

修正Boyden法を用いた走化性の評価では、走化因子のないランダムな遊走について、hESC-NeuはG-CSF刺激を受けているにも関わらず、PB-Neu(G+)より低下しており、PB-Neu(G-)と同程度であった。走化を示した細胞数についてはhESC-NeuとPB-Neuとで同等であった(図6)。

IV.考察

今回、私はhESCからの特異的分化誘導法を開発し、詳細な機能解析を可能とした。それにより、hESC-NeuとPB-Neuとの異同が明らかとなり、体外で培養された細胞を臨床応用するにあたってはその性状・機能を十分吟味しなければならないことを再確認した。

Wright-Giemsa染色による観察や電子顕微鏡像からはhESC-Neuは十分に成熟した好中球と判断され、PB-Neuと同等であった。しかし、表面形質には差を認め、特に本来末梢血では単球・マクロファージでのみ発現するCD14や64をhESC-Neuが発現していた。健常人においても、G-CSFを投与すると末梢血にCD64やCD14が陽性の好中球が出現することが知られており、この効果は骨髄前駆細胞にG-CSFがはたらくことによる。本培養法ではDay 7の骨髄芽球・前骨髄球以降の細胞に対しG-CSFを用いて分化誘導を行っており、そのため通常とは異なる表面形質発現パターンを獲得した可能性がある。CD64は高親和性のFcγレセプターであり、健常人にG-CSFを投与した場合の検討において、CD64を発現した好中球では抗体依存性の細胞障害能が強くなることが知られている。hESC-Neuにおいてこのような現象がみられるかは今後検討しなければならない。また、顆粒球輸血の重大な副作用である輸血関連急性肺障害に、ヒト好中球抗原などが関連することが知られており、hESC-Neuにおける発現パターンも興味がもたれる。

活性酸素産生能はhESC-NeuとPB-Neuは同等であった。末梢血CD34陽性細胞から誘導した好中球では、活性酸素産生能が培養条件によって変化するとの報告があり、その系では培養の後半にG-CSFのみを加えた場合に得られる好中球は定常状態にあるとしている。hESC-Neuも後半はG-CSFのみを加えており、上記と同様に定常状態に近いと推測される。

修正Boyden法による走化能を検討した実験では、fMLPに対する走化性はhESC-NeuとPB-NeuではG-CSF刺激の有無によらず変化はなかったが、ランダムな遊走は、hESC-NeuもG-CSF刺激を受けているにもかかわらず、PB-Neu(G+)で有意に高かった。in vitroの実験において、G-CSFはランダムな遊走を上昇させることが知られている。一方、in vivoにおいてG-CSFを投与された患者から採取した好中球では、ランダムな遊走や走化性は障害されるとの報告がある。hESC-Neuでランダムな遊走が上昇も低下もせず、また走化性の障害もないのは、(1)末梢血好中球はすでに成熟した状態にあるのに対し、in vivoでの投与やhESC由来好中球ではG-CSFが前駆細胞の状態からはたらいていること、(2)in vivoの場合は最後のG-CSF投与から実験までに時間が経っているが、hESC由来好中球では実験終了までG-CSF刺激が入っていること、などが影響している可能性がある。

今回、私はhESCからの高純度な成熟好中球誘導に成功し、その機能解析を可能にした。得られたhESC-Neuは形態や機能の面でPB-Neuとほぼ同等であり、薬剤感受性試験やin vitroでの研究などでPB-Neuの代替として用いることができる可能性がある。一方で、表面形質や貪食能・遊走能などの機能の一部に、PB-Neuとは異なる面があることも明らかとなった。より効率的な増幅が可能となった場合、好中球輸血などの臨床応用の可能性も広がるが、倫理面や奇形腫の形成などhESC特有の問題、培養過程におけるOP9細胞やFBSなど異種由来成分の混入といった問題以外に、体外培養に起因すると思われる上記のような機能の相違が生体に与える影響について十分に検証されなければならない。これはhESC-Neuに限らず体外で増幅された細胞を臨床応用する場合に共通する問題と考えられ、今後の再生医療において熟慮されなければならない問題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は再生医療への応用が期待されているヒト胚性幹細胞(hESC)を用い、将来の顆粒球輸血への応用に向け、hESCから成熟好中球を効率的かつ特異的に分化誘導する方法を初めて確立したものであり、さらに得られた好中球(hESC-Neu)を正常末梢血好中球(PB-Neu)と比較することにより、性状・機能の異同を明らかにし、今後の臨床応用の可能性と課題を示したものである。本研究により、下記の結果を得ている。

1.hESCから胚様体(EB)を形成し、24時間後から骨形成タンパク-4 25 ng/mL、幹細胞因子(SCF) 50 ng/mL、Flt-3リガンド(FL) 50 ng/mL、インターロイキン(IL)-6/IL-6受容体キメラタンパク(FP6) 50 ng/mL、トロンボポイエチン(TPO) 20 ng/mL存在下に17日間(EB形成時から18日間)培養した。EBを破壊し単一細胞とし、放射線を照射したOP9細胞上でSCF・FL・FP6各100 ng/mLおよびIL-3・TPO各10 ng/mLを加え7日間培養し、さらにサイトカインを顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF) 50 ng/mL単独に変更して6~7日間培養した。この方法によって、骨髄球以降の顆粒球約90 %、顆粒球中の成熟好中球(桿状核および分葉核好中球)約80 %の、高純度な好中球集団が得られた。

2.OP9との共培養開始時をDay 0とすると、Wright-Giemsa染色による形態観察では、Day 7の細胞集団は骨髄芽球・前骨髄球からなり、以降は正常造血と同様に骨髄球・後骨髄球を経て、Day 13には桿状核好中球・分葉核好中球が大部分を占めるようになった。また、hESC-Neuのミエロペルオキシダーゼ染色陽性率は97.3±1.5 %、好中球アルカリフォスファターゼスコアは284±8.6であった。電子顕微鏡による観察では、分葉した核と大小の細胞内顆粒が観察された。これらの所見は、正常好中球と同様のものである。

3.フローサイトメトリーによる表面形質の解析では、CD34・CD117はDay7でわずかに残存し、その後発現はほぼ消失した。CD45はほぼ100 %発現していた。CD33・CD15も全経過を通じて発現し、またCD11bは分化の進行につれて発現率が上昇した。好中球特異的なCD16はDay10ごろから発現が強くなった。以上は正常造血における経過と矛盾しない結果であった。しかし、CD16はDay 13でも発現率は44.5±1.2 %であり形態による判断より低値であった。正常末梢血好中球は、CD15・CD11b陽性かつCD16陽性で、さらにCD14陰性である。hESC-NeuはCD15・CD11b陽性細胞の63.3±2.6 %がCD16陽性であった。一方、CD15・CD16陽性である成熟好中球と考えられる集団において、45.1±9.6 %の細胞がCD14陽性であり、また94.1±3.8 %の細胞がCD64陽性であった。CD14およびCD64の発現は正常末梢血好中球ではみられず、hESC-Neuは正常と異なる表面形質を獲得していることが示された。

4.hESC-NeuとPB-Neuの機能の比較を行った。hESC-Neuの培養に用いられるG-CSFの影響を考慮し、PB-NeuはG-CSFで15分間刺激したもの(PB-Neu(G+))と刺激しないもの(PB-Neu(G-))について解析した。まず、ジヒドロローダミン123を用いた好中球の活性酸素産生能測定では、hESC-Neuと、PB-Neu(G+)・(G-)に大きな差はなく、Phorbol Myrisate Acetateによる刺激への反応も正しく認められた。

5.NBTコート酵母を用いた貪食・NBT還元試験では、好中球による酵母の貪食とそれに続いて起こる殺菌(NBT還元)を同時に視覚化することに成功した。hESC-NeuはPB-Neuと比較し、貪食率はやや低下していたが、貪食・還元している酵母の数を加味して算出した貪食スコアは、PB-Neuと有意差を認めなかった。

6.修正Boyden法により、formyl-Met-Leu-Phe (fMLP)に対する走化性を検討した。fMLPを用いないランダムな遊走細胞数は、hESC-NeuはPB-Neu(G-)と同程度で、PB-Neu(G+)は他の2群より有意に高かった。fMLPに対する走化は、hESC-NeuとPB-Neu(G+)・(G-)間で有意差を認めなかった。

以上、本論文ではhESCから成熟好中球を効率的かつ特異的に分化誘導する方法を初めて確立し、その詳細な機能解析を可能とした。得られたhESC-Neuは形態や機能の面でPB-Neuとほぼ同等であり、薬剤感受性試験やin vitroでの研究などでPB-Neuの代替として用いることができる可能性があり、さらに顆粒球輸血などの臨床応用への重要な足がかりとなると考えられる。一方で、hESC-Neuは表面形質や貪食能・遊走能などの機能の一部にPB-Neuと違いがあることも示しており、体外培養細胞の臨床応用における課題も再認識された。したがって、本論文は再生医療に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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