No | 123747 | |
著者(漢字) | 吉田,成孝 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシダ,シゲタカ | |
標題(和) | アルブミンによる糸球体足細胞障害とその分子機序 | |
標題(洋) | Podocyte injury induced by albumin and its underlying mechanisms | |
報告番号 | 123747 | |
報告番号 | 甲23747 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3086号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景・目的】 蛋白尿は糸球体腎炎の主要な徴候であると同時に、腎障害進展のリスクファクターとしても重要である。のみならず、蛋白尿の存在は心血管系イベント発症の独立した危険因子であり、生命予後に大きなインパクトを持つことが近年明らかにされてきた。従って蛋白尿の発症・進展の機序を解明し、これを予防することは患者の生命予後改善はもちろんの事、逼迫する医療費の逓減にも重要な役割を果たしうる。 蛋白尿の腎障害性に関しては、従来漏出蛋白の尿細管間質に対する障害性を通して理解されてきた。即ち、糸球体から漏出したアルブミンやその結合脂質などが尿細管上皮により再吸収され、種々のサイトカインの放出やアポトーシスを引き起こし、尿細管上皮自体の障害と周囲間質の炎症性変化を惹起することが、尿蛋白による腎障害の機序と考えられてきた。 糸球体係蹄壁は3層の構造、即ち篩のような穴(fenestrae)の開いた糸球体内皮細胞、基底膜、上皮細胞から成り、これらが正常においては大きさ・荷電による濾過障壁を形成するため、一日150-180Lに達する糸球体濾過液中にはアルブミンなどの蛋白漏出は極めて少ない。この濾過障壁に破綻が生じると尿管腔に蛋白が漏出し蛋白尿となる。 腎糸球体上皮細胞(足細胞、以下ポドサイト)は糸球体基底膜の外層に位置し、細胞体から足突起と呼ばれる多数の突起を伸ばし隣接するポドサイトの足突起と相互に噛み合う形で特殊な細胞間接着装置(スリット膜)を形成し、糸球体濾過障壁において重要な構成因子と考えられている。 ポドサイトは複雑な構造を持ち高度に分化した細胞であるため、原則として分裂・増殖することができない。そのため障害により一度失われると補充されることはなく、この不可逆な変化が糸球体喪失につながる変化となることが言われている。実際に種々の臨床研究や実験モデルにおいて、糸球体中ポドサイト数の減少や尿中ポドサイト排泄が、尿蛋白の増加や腎障害の進展の予測において高い診断的価値を有することが言われている。 ポドサイトは糸球体係蹄壁の最外層であるため、その細胞体は尿管腔側に存在し、正常状態においては尿細管上皮同様蛋白に曝されない。しかるに糸球体濾過障壁の破綻により蛋白が漏出した時には、その蛋白に最初に曝される細胞となる。しかしながら漏出した蛋白が尿細管上皮同様にポドサイトに障害性を発揮するかに関しては、現在までのところ明らかとなっていない。そこで私は漏出蛋白の主要な構成因子であるアルブミンがポドサイトに過剰に暴露された際に、ポドサイトに生じる障害とその分子機序に関してin vitro・in vivoの系を用いて検討を行った。 【方法】 In vitro: Mundel等の確立したマウス培養糸球体上皮細胞を分化型で使用し、エンドトキシンフリー脱脂ウシ血清アルブミン(BSA)を負荷した。アクチン線維の再構成やアポトーシスによりその障害を評価、ウェスタンブロッティング・リアルタイムRT-PCRによりその分子機序を検討した。 In vivo: 1 g/100 g BW2日間のラット腹腔内アルブミン投与モデルを使用した。投与アルブミンの漏出・取り込みを蓄尿・免疫組織化学にて確認し、ポドサイトへの影響を、免疫組織化学・電子顕微鏡・ウェスタンブロッティングなどを用いて検討した。 【結果】 結果1. BSAはポドサイト障害を惹起する。 負荷BSAはポドサイトに取り込まれ、アクチン線維の再構成を惹起した。またアポトーシスを惹起していることがHoechst33342染色、Caspase-3, 7染色、TUNEL染色、DNA Ladderアッセイにより確認された。TUNEL陽性細胞の計数による定量で、BSAによるポドサイトのアポトーシスは時間・用量依存的に生ずることが明らかとなった。 結果2. BSAによるポドサイト障害にはTGF-β1とp38 MAPKが関与する。 通常アポトーシスを惹起する内因・外因性のアポトーシス関連蛋白の発現は、本モデルでは顕著な変化を認めなかった。一方でTGF-β1の発現とその下流であるSmad 2/3のリン酸化、及びp38 MAPKのリン酸化は、アクチン線維再構成やアポトーシスの出現に先立って有意な変化を認めた。また中和抗体によるTGF-β阻害や、SB203580によるp38 MAPKの阻害はBSAによるポドサイトのアクチン線維再構成やアポトーシスを有意に抑制した。 結果 3. ラット腹腔内アルブミン投与はポドサイト障害を惹起する。 アルブミン投与ラットは体重・血圧等の変化をきたすことなく、有意な蛋白尿増加を認め、免疫染色により投与BSAの糸球体細胞によるUptakeが確認された。ポドサイトに対する影響としては糸球体細胞のアポトーシス増加、ネフリン染色の減少を認め、電子顕微鏡による観察では足突起癒合・消失やポドサイト細胞体の空胞変性などを認めた。また糸球体分画によるウェスタンブロッティングによりTGF-β1の発現増加とp38 MAPKのリン酸化亢進も認めた。 【考察】 アルブミンの尿細管上皮への障害作用は広く研究されており、近年ポドサイトでもその取り込みとアクチン線維の再構成が示された。In vivoのアルブミン投与モデルは古くより腎障害モデルとして知られているが、ポドサイトへの影響はこれまであまり評価されていない。今回の結果はアルブミンによるポドサイト障害、なかでもアポトーシス作用をin vitroとin vivoの双方で示した点で新規の知見である。 TGF-βは腎障害において重要な障害因子として知られ、尿細管間質のみでなく、ポドサイトにおける発現上昇もいくつか報告されているが、その作用は主に炎症・線維化促進性として認識されてきた。しかし他臓器・疾患ではアポトーシスや細胞周期への影響が知られており、今回の結果はポドサイトにおいてもTGF-βがアポトーシス促進を介して障害性に働くことを示した。TGF-βに比するとp38 MAPKの腎障害へのかかわりを示した報告は少ないが、ポドサイトを含めいくつか散見される。尿細管上皮やポドサイトにおいて少数ながらTGF-βによる障害にp38 MAPKが関わっているとする報告もあり、Schiffer等はp38 MAPK阻害によりTGF-βによるアポトーシスが抑制されたと報告している。私もTGF-βがp38 MAPKのリン酸化を亢進させることと、TGF-βによるアポトーシスがSB203580で一部阻害されていることを確認しており、TGF-βがこの系の上流と考られた。 アポトーシスが腎疾患において果たす役割は種々の疾患・実験モデルで示されており、TGF-βの関連が指摘されているものもある。ポドサイト数の減少は腎障害進展に強い関連のある予測因子として臨床研究・実験モデルで注目されつつある。ポドサイトの減少は以前は主にネクローシスや基底膜から尿中への脱落によって説明されてきたが、近年はアポトーシスの存在も指摘されてきている。私のモデルにおいてはアポトーシスの関連蛋白として一般的な内因・外因性蛋白には有意な変化を認めず、TGF-βとp38 MAPKを介したアポトーシスを認めた。 上述のようにポドサイトの障害は蛋白尿の発症に重要な役割を果たす。今回私が示したように、アルブミンによるポドサイト障害が生じるとすると、尿管腔に漏出した蛋白は、アルブミンによるポドサイト傷害を介して更なる蛋白漏出を促すこととなる。すなわち、何らかの機序で一旦生じた蛋白漏出が、漏出アルブミンのポドサイトへの障害を介して維持・増強される悪循環の存在する可能性を私の結果は示していると考える。 【結論】 私はアルブミンによるポドサイト障害とそれにおけるTGF-βとp38 MAPKの関与とをin vitro・in vivoで示した。TGF-βやp38 MAPKを介したこの過程を阻害することは腎障害の維持・進展を抑制する一助となりうると思われる。 | |
審査要旨 | 本研究は腎糸球体障害時の主な漏出蛋白であるアルブミンが蛋白尿成立のために重要な役割を果たす糸球体足細胞(以下ポドサイト)に対し障害的に働くかを調べるため、マウス由来不死化培養ポドサイトを用いたin vitroの系とラットによるin vivoの系にて、それぞれ培養液中へのアルブミン添加と腹腔内アルブミン投与モデルを用いてポドサイトの障害の有無とその関連分子の解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。 1.培養液中へのアルブミン添加によりポドサイトに障害が惹起されることが、アクチン線維の再構成とアポトーシスによって示された。アポトーシスが生じていることは複数のアッセイ系で確認され、TUNELアッセイによる定量的な評価では、アルブミンに対し濃度・時間依存性にアポトーシスが惹起されることが示された。 2.添加したアルブミンに対する特異的な抗体に免疫染色により培養液に添加されたアルブミンがポドサイトに取り込まれることが示された。FITCによってラベルされたアルブミンの添加をしたポドサイトの蛍光測定によって、ポドサイトへのアルブミン取り込みが定量的に評価され、上記障害出現より充分早い時間で取り込みの飽和が見られることが示された。 3.アルブミンによるポドサイト障害に関与する分子の探索が行われた。アルブミン添加により濃度・時間依存的にTGF-βの発現が上昇することがReal Time RT-PCRによるmRNAレベルとWestern blottingによる蛋白レベルで示された。TGF-βにより活性化される代表的で特異的な蛋白であるSmad 2/3のリン酸化亢進がWestern blottingにより示され、TGF-βのシグナル亢進が確かめられた。さらにp38 MAPKのリン酸化亢進も同様にWestern blottingにより示された。 4.これら分子が実際にアルブミンによるポドサイト障害に関与していることを確かめるため、TGF-βの中和抗体とp38 MAPKの阻害剤によるシグナル抑制が試みられた。アルブミンによるアクチン線維の再構成とアポトーシスはこれら阻害剤により抑制されたことから、TGF-βとp38 MAPKが実際にアルブミンによるポドサイト障害に関与することが示された。 5.アルブミンを腹腔内投与したラットは著明な蛋白尿を来たし、投与アルブミンに特異的な抗体により、投与したアルブミンが糸球体に沈着していることが示された。一方で体重・血圧・尿量等には影響を与えないことが示された。 6.この系におけるポドサイトの障害が有無の探索が行われた。ネフリン染色の低下・糸球体内アポトーシスの増加・電子顕微鏡によるポドサイトの形態変化によりポドサイトの障害が示され、前二者に関してはスコアリングと計数により、有意な差が生じていることが示された。 7.糸球体分画mRNAによるReal Time RT-PCRとWestern blottingによりTGF-βとp38 MAPKの亢進が起きていることが示され、in vivoの系においてもin vitroと同様にこれら分子がアルブミンによるポドサイト障害に関与している可能性が示された。 以上、本論文はアルブミンがポドサイトを障害することと、その過程でTGF-βとp38 MAPKが重要な役割を果たすことを明らかにした。本研究からは蛋白漏出がポドサイトの障害を介して更なる蛋白尿を惹起する悪循環の存在が推定され、腎障害の進展の理解に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |