学位論文要旨



No 123748
著者(漢字) 李,月紅
著者(英字) Li,Yuehong
著者(カナ) リ,ゲッコウ
標題(和) アンジオテンシンIIの近位尿細管二相性作用におけるERKおよび細胞内PLA2の役割
標題(洋) Roles of ERK and group IVA cytosolic PLA2 in biphasic regulation of renal proximal transport by angiotensin II
報告番号 123748
報告番号 甲23748
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3087号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 准教授 野入,英世
 東京大学 准教授 関根,孝司
 東京大学 准教授 佐田,政隆
 東京大学 准教授 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

アンジオテンシンII (Ang II)は血圧、体液の調節機構にとって極めて重要なホルモンである。腎臓近位尿細管においてはAT1受容体を介した特徴的な二相性作用(低濃度10-10mol/Lで刺激、高濃度10-6mol/Lで抑制)を有することが知られている。しかしAng IIの近位尿細管二相性作用を生じる細胞内情報伝達機構の詳細ははっきりしていない。例えばこの二相性作用におけるcPLA2 およびERK経路の役割をめぐって議論が二つある。ひとつはAT1受容体を介してERK経路を刺激して尿細管の再吸収を亢進させるという説である。もうひとつはAT2受容体を介してPLA2/ERK経路を刺激して尿細管の再吸収を抑制させるという説である。

Ang IIの近位尿細管二相性作用におけるERKおよび細胞内PLA2の役割を明らかにするために、野生型およびAT1A、cPLA2α受容体欠損マウスから単離した尿細管を用いてAng IIのNa+-HCO3ー共輸送体(NBC1)活性に対する作用を検討し、ERK活性化は腎皮質を用いたWestern blot法により、AT1受容体亜型はRT-PCR方法を用いて解析を行った。

野生型ではAng IIの刺激と減弱作用はAT1アンタゴニストによって完全に消失し、また刺激作用のみがMEK阻害剤によって消失した。ERK活性化は低濃度Ang IIによる刺激作用には関与するが高濃度Ang IIによる抑制作用には関与しないことが示された。

またAT(1A)受容体欠損マウスでは高濃度Ang II(10(-6)mol/L)による刺激作用のみを認め、この作用はAT1アンタゴニストとMEK阻害剤によって消失した。このことはAT1Bを介したAng IIの刺激作用にもERKが関与することを示している。

一方、野生型ではAng II(10(-6) mol/L)の抑制作用はPLA2阻害剤およびP450阻害剤を加えると消失し、逆に刺激作用を示すようになった。さらにcPLA2α受容体欠損マウスでは、全ての濃度のAng IIによりNBC活性は増加した。この刺激作用はAT1 アンタゴニストおよびMEK阻害剤によって消失することを確認した。さらに近位尿細管作用ではcPLA2αの活性化がERK活性化を阻害することを確認した。

結論:低濃度Ang IIによる刺激作用にはAT1受容体を介したERKが関与する。高濃度Ang IIによる抑制作用にはAT1受容体を介したcPLA2α活性化が関与する。また、このcPLA2α経路はAng IIの亢進作用を司るERK経路を抑制する。以上の結果より、Ang IIの近位尿細管二相性作用はERKとcPLA2α経路の活性化の度合いにより決定されることが示された。

キーワード:アンジオテンシンII(Ang II)、ERK、cPLA2α、腎臓近位尿細管、Na+-HCO3ー共輸送体(NBC1)

審査要旨 要旨を表示する

アンジオテンシンII (Ang II)は血圧、体液の調節機構にとって極めて重要なホルモンである。腎臓近位尿細管においてはAT1受容体を介した特徴的な二相性作用(低濃度10(-10)mol/Lで刺激、高濃度10(-6)mol/Lで抑制)を有することが知られている。しかしAng IIの近位尿細管二相性作用を生じる細胞内情報伝達機構の詳細ははっきりしていない。本研究はAng IIの近位尿細管二相性作用(低濃度10-10mol/Lで刺激、高濃度10-6mol/Lで抑制)におけるERKおよび細胞内PLA2の役割について明らかにするため、野生型およびAT(1A)、cPLA2α受容体欠損マウスから単離した尿細管を用いてAng IIのNa+-HCO3ー共輸送体(NBC1)活性に対する作用を検討し、ERK活性化は腎皮質を用いたWestern blot法により、AT1受容体亜型はRT-PCR方法を用いて解析を行った。下記の結果を得ている。

1.野生型ではAng IIの刺激と減弱作用はAT1アンタゴニストによって完全に消失し、また刺激作用のみがMEK阻害剤によって消失した。ERK活性化は低濃度Ang IIによる刺激作用には関与するが高濃度Ang IIによる抑制作用には関与しないことが示された。

2.AT(1A)受容体欠損マウスでは高濃度Ang II(10-6mol/L)による刺激作用のみを認め、この作用はAT1アンタゴニストとMEK阻害剤によって消失した。このことはAT(1B)を介したAng IIの刺激作用にもERKが関与することを示している。

3.野生型ではAng II(10(-6) mol/L)の抑制作用はPLA2阻害剤およびP450阻害剤を加えると消失し、逆に刺激作用を示すようになった。さらにcPLA2α受容体欠損マウスでは、全ての濃度のAng IIによりNBC活性は増加した。この刺激作用はAT1 アンタゴニストおよびMEK阻害剤によって消失することを確認した。さらに近位尿細管作用ではcPLA2αの活性化がERK活性化を阻害することを確認した。

以上、本論文により、低濃度Ang IIによる刺激作用にはAT1受容体を介したERKが関与する。高濃度Ang IIによる抑制作用にはAT1受容体を介したcPLA2α活性化が関与する。また、このcPLA2α経路はAng IIの亢進作用を司るERK経路を抑制する。以上の結果より、Ang IIの近位尿細管二相性作用はERKとcPLA2α経路の活性化の度合いにより決定されることを明らかにした。本研究はこれまで詳細が不明であったAng IIの近位尿細管細胞内情報伝達機構を明らかにしたものであり、Ang IIの腎臓作用の解明ならびに、高血圧と慢性腎炎の予防と治療などにおいて重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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