学位論文要旨



No 123749
著者(漢字) 李,碩瑛
著者(英字)
著者(カナ) リ,ソギョン
標題(和) 造血器腫瘍におけるNotch遺伝子異常の解析
標題(洋) Analysis of Notch gene abnomalities in hematologic malignancies
報告番号 123749
報告番号 甲23749
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3088号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 准教授 後藤,典子
内容要旨 要旨を表示する

Notchシグナルは種々の細胞で分化、増殖、細胞の運命の決定に重要な役割を果たしている。Notch1遺伝子は正常なT細胞の初期分化に必須である。発癌遺伝子としてのNotchの役割は、t(7;9)(q34:q34.3)染色体転座を持っヒトT細胞性急性リンパ性白血病(T-cell acute lymphoblastic leukemia,T-ALL)において、Notch1遺伝子が第9染色体上の転座点に位置し、第7染色体上の転座点に位置するT細胞抗原受容体遺伝子の発現調節領域によって、恒常的活性型Notch1タンパク質が発現されることから示された(Ellisen,et al,1990)。その後マウスを用いた実験でも、t(7;9)(q34:q34.3)転座型Notch1がT-ALLを発症させることが示された(Pear,et al.1996)。しかしt(7;9)(q34:q34.3)転座は、T-ALL全体の1%未満にしか見られない希な染色体転座であり(Look,レビュー)、またこれ以外のヒト腫瘍でNotch1の構造異常を伴う染色体異常の報告もなかったことから、癌遺伝子としてのNotchの臨床的意義は長い間不明であった。t(7;9)(q34:q34.3)転座型Notch1の発見から14年を経て、Notch1タンパク質に異常活性化を伴うNotch1遺伝子の微小な変異が、小児T-ALLの50%以上で検出されることが示され、T-ALLの発症や進展にNotch1遺伝子異常が重要な役割を演ずる可能性が改めて示唆された(Weng,et al.,2004)。この微小変異とは、多数例において、Notch1タンパク質細胞外の二量体形成領域、(heterodimerization domain,HD領域)およびPEST領域(proline-glutamicacid-serine-thleonhle-rich;Notch受容体のカルボキシル末端付近に位置し、polyubiqutin化を受けてタンパク質分解に関与する領域)付近をコードする部分をシークエンスすることで発見された。この変異は次のような意義をもつと考えられる。すなわち、生理的な細胞内Notchシグナル伝達は、リガンドが結合することによりNotch受容体の細胞外部分に切断(S2 cleavae)が生じ、細胞外領域が除去されることによって、残ったNotch分子がさらに細胞膜内で切断(S3 cleavae)掛受け、細胞内領域(NICD)が細胞膜から遊離し、核内に移行して転写活性化の引き金を引く。T-ALLでは、Notch1のHDにおいてアミノ酸の置換・欠失・入を伴う変化が、またPEST領域(およびそのアミノ末端側)では、フレームシフトや点変異によって早期翻訳停止をおこす変異が検出される。安定的なヘテロ二量体形成の維持に関わっているHD領域の保存された部位において変異がおこることにより二量体形成が不安定になり、細胞外サブユニットが乖離することによりリガンド非依存的にNotch1の切断が起こる。またubiquitin ligaseの標的部位であるPEST領域の変異により、切断されたNotch1の半減期が延長する。いずれの変異でも、Notch1シグナルが生理的なレベルを超えて活性化されると推測される。

この論文で私は、日本人小児T-ALL検体を用いて既報通りNotch1遺伝子に高い頻度で変異が見出されるかを確認し、さらに成人T-ALL検体を用いてNotch1のHD領域,およびPEST領域コード配列をシークエンスした。その結果、Notch1遺伝子の活性型変異は小児T-ALLで既報通り約50%の頻度で見出された。また成人T-ALLにおいても、37%という高い頻度で見出され、Notch1変異によるNotch1シグナルの異常活性化は、小児・成人を問わず、T-ALL、における共通の分子基盤であることが示唆された。

一方、Notch受容体ファミリーの一つであるNotch2は、マウスの成熟B細胞に高発現していて脾臓の辺縁部B細胞形成に重要であることが報告されているが、Bの発症においてNotch2シグナルの異常が何らかの意義を有するかについては全く不明だった。そこで私は、ヒト成熟B細胞の腫瘍である悪性リンパ腫109例において、Notch2遺伝子のHD領域およびPEST領域をコードする配列をシークエンスした。用いた悪性リンパ腫検体は、びまん性大細胞性B細胞性リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma,DLBCL)3例,濾胞性リンパ腫(follicular lymphoma)18例,辺縁帯B細胞リンパ腫(Marginal zone B cell lymphoma)または粘膜関副ンパ組織リンパ腫(mucosa-associated lymphoid tissue lymphoma)22例である。リンパ腫の検体は診断用に生検した組織の残余であって、相当の正常細胞混入が予想され、ダイレクトシークエンス法で変異を検出する感度が低いと予想されたため、まずsingle-strand conformational polymorphism(SSCP)法により変異候補サンプルを選択し、異常バンドをゲルから切り出してDNAを抽出し、ダイレクトシークエンスを行った。その結果、109例中5例(4.6%)でアミノ酸変化を伴う変異が認められた。5例のうち1例はPEST領域をコードする配列において点変異により1アミノ酸置換を伴う変異であり、4例はPEST領域をコードする配列において一塩基の欠失またはノンセンス変異によってstop codonが生じ、PEST領域の一部または全部が切断される変異であった。

変異を認めた症例はすべてDLBCLであった。これら変異を有する症例は免疫染色で、全てCD10陰性、BCL6陽性、MUM-1陽性であった。CD10、BCL6、MUM-1の染色パターンにより、発現アレイ解析から同定されるDLBCLの2病型[濾胞中心B(GCB)様細胞DLBCLおよび活性化B(ABC)様細胞DLBCL]を推定できるとされる。これに従えば、上述のパターンはABC様細胞DLBCLの中の一部と分類される。

また高密度SNPアレイを用いてゲノムコピー数の解析を行った結果、ノンセンス変異を有する3例中2例では、Notch2のコピー数が増加しており、このうち1例では、変異アレルが高度に増幅していた。3例のうち残り1例ではNotch2の総コピー数は正常だったが、変異アレルが重複し、正常アレルが失われていた。

検出された変異の機能への影響を検討するためにNotchシグナル評価系として確立されているレポーターアッセイを行った。野生型、ノンセンス変異によるPEST領域切断型、および1アミノ酸置換型それぞれのヒトNotch2(wtN2、nsmN2、rqN2)のcDNAを作製してCHO細胞に導入後、各々の蛋白質を安定的に発現する独立した複数のクローンを樹立した。これらのレスポンダー細胞と刺激細胞[CHO細胞またはこれに全長ヒトDelta1を発現させたCHO細胞(D1/CHO細胞)]とを共培養し、Notchシグナル活性をルシフェラーゼ・アッセイにより検討した。刺激にCHO細胞を用いた場合、nsmN2およびrqN2は、wtN2に比べてそれぞれ5.2倍および3.7倍の活性を示した。刺激にD1/CHOを用いると、CHOを用いた場合と比べ、wtN2は約40倍の活性を示し、nsmN2およびrqN2は、さらにその8.1倍および3.2倍の活性を示した。

また、PEST領域における変異によりNotch2細胞内領域の半減期が実際に延長しているかを検討するために、野生型Notch2細胞内領域(wtN2ICD)発現プラスミド、およびPEST領域を欠くNotch2細胞内領域(dCN2ICD)発現プラスミドを作製し、これをCHO(r)細胞に一過性に発現させてパルスチェイス・アッセイを行った。3時間チェイスの結果、PEST領域欠失型において野生型より半減期が延長されていることが確認された。

私が行ったこれらの解析は、独立した複数の造血器腫瘍において、NotchlおよびNotch2それぞれの遺伝子異常がおこっており、その結果腫瘍細胞では生理的レベルを超えたNotchシグナルが伝達されていることを示すものであり、これらの遺伝子異常が腫瘍の発症または進展に関与していることを示唆するものである。現在、Notchシグナルが一つの治療の分子標的として注目されている。私の解析結果は、この可能性を支持するものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、造血器腫瘍において、lymphocyte developmentに非常に重要な役割を果たしているNotch遺伝子異常の有無とその意義を明かすことを目的とした。そのためにPCR-SSCP法やdirect sequencing法を用いた遺伝子変異の解析、その他種々のテクニックを駆使し、下記の結果を得ている。

1.小児T-ALLの50%以上で活性型Notch1遺伝子変異が検出されたことが報告されているが、成人T-ALLは必ずしも小児T-ALLと生物学的に同一ではないとの指摘もある。本研究で成人T-ALL検体を用いてheterodimerization(HD)領域、およびPEST領域におけるsequence配列をdirect sequenceを用いて検討した結果、37%という高い頻度で変異が見出された。同時に日本人小児T-ALLにおいても同様の解析を行い、48.5%で変異を見い出したことから、日本人小児T--ALLにおいて海外からの報告を追試し得たと言える。

2.次に、B細胞腫瘍において、マウスの脾臓辺縁部B細胞形成に重要であるNotch2遺伝子の変異の有無およびその意義を検討した。びまん性大細胞性B細胞リンパ腫(DLBCL)、濾胞性リンパ腫、辺縁帯B細胞リンパ腫または腫粘膜関連リンパ組織リンパ腫においてNotch1と同じ領域での変異の有無をPCR-SSCP方を用いてスクリーニングを行い異常なバンドの移動を認める症例に対しシークエンスを行った。その結果、109例内、5例でアミノ酸変化を伴う変異が認められた。4例ではPEST領域の一部または全部が切断される変異であり、1例ではPEST領域において1アミノ酸置換を伴う変異であった。変異の認められた症例はすべてDLBCLであり、免疫染色の結果、CD10-,BCL+,MUM1+のactivatedBcel1-likeDLBCLに分類された。

3.これらの変異Notch2の機能を検討するためにNotch感受性ルシフェラーゼアッセイを行った。野生型Notch2及び検出された各変異を安定的に発現する細胞株を樹立後、刺激細胞と共培養しルシフェララーゼ活性を測定した結果、野生型Notch2に比べて変異型Notch2で有意義に高い活性が認められ、検出された遺伝子異常が活性型Notch2変異であることが示唆された。これらのPEST領域における変異によって切断されたNotchの半減期が延長されるかを検討するために、35[S]-labeling pulse-chase assayを行った結果、変異型Notch2において半減期の延長が認められた。

4.活性型Notch2変異を伴う症例において、Affimetrix high-density oligonucleotide array(for SNP),Fluorescence in situ hybridization,Quantitative-PCRを用いてゲノムcopy数解析を行った。その結果、Noch2変異を伴う5例の内、2例でNotch2アレル総コピー数の増加を、1例でNotch2総アレル数の変化はないものの、変異アレルの重複と野生型アレルの欠失を認めた。総コピー数増加を認めた2例のうち1例では、変異を有するアレルが高度に増幅していた。

以上、本論文では造血器腫瘍においてのNotch遺伝子異常について解析を行い、T-ALLにおける活性型Notch1遺伝子変異に加えて、DLBCLにおいてNotch2遺伝子変異が存在することを明らかにした。特に、検出されたてNotch2変異が活1生型変異であり、なおかつ、Notch2変異を有する対立遺伝子のcopy数増幅を証明することによって、不明であったB細胞腫瘍の発症におけるNotch2シグナル異常の意義を明かしており、学位の授与に値するものと考えられる。

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