No | 123751 | |
著者(漢字) | 浅井,章博 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アサイ,アキヒロ | |
標題(和) | 筋ジストロフィーにおける機能的虚血の研究 | |
標題(洋) | Functional Ischemia in Muscular Dystrophy | |
報告番号 | 123751 | |
報告番号 | 甲23751 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3090号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 : 加齢による筋力の低下は高齢者にとって大きな問題であり、その予防と治療法の確立が求められている。最近の研究では、加齢にともなう骨格筋における血流調節機構の減衰が報告されている。骨格筋組織における、細動脈と微小循環系脈管の血管拡張因子や収縮因子の低下が原因だと言われている。この血流調節の変調により、筋肉の収縮時に充分な血流を循環させることが困難になり、筋組織は相対的に虚血状態にさらされることになる。この相対的虚血状態を「Functional Ischemia (機能的虚血)」と呼ぶ。Functional Ischemiaの原因因子は、EDRF (endothelium-derived relaxing factor;現在では一酸化窒素であることが分かっている) と、EDHF (endothelium-derived hyperpolarizing factor)であることが予想されている。EDHFはその実体が未解明であるが、過酸化水素(H2O2)が有力な候補として研究されている。 加齢によって起こるFunctional Ischemiaの実態と、筋組織障害そして筋力低下に至るまでの病態生理は未だ解明されていない。 今回、我々はこの疑問点を解明するために、Duchenne型筋ジストロフィー(Duchenne Muscular Dystrophy; DMD)に着目した。筋組織傷害が著明な変性疾患のうち、筋ジストロフィーは最も古くから研究され、その病態生理の解明が進められている。なかでもDMDは、3500人の男児に一人の割合で発見される非常に頻度の高い遺伝病である。 DMDはDystrophinというタンパク質の欠損により起こる疾患で、患者の骨格筋は学童期から徐々に破壊され成人までに自立歩行が困難になるほど進行する。Dystrophin欠如による、筋細胞の細胞膜の脆弱性が筋組織傷害を進行させている一因であるということのほかは、詳細な病態生理は解明されていない。 これまでの研究により、DMDは筋収縮の後にFunctional Ischemiaが起こる特徴があるとされている。さらに、DMDの研究においてはmdx というノックアウトマウス系統が確立しており、実験方法の面から今回の研究モデルとして適すると考えられた。我々はこのmdxマウスを使い、DMDのFunctional Ischemiaの原因因子といわれている一酸化窒素(Nitric Oxide; NO)と H2O2の筋組織内での動態、Functional Ischemiaと筋組織傷害の因果関係、そしてFunctional Ischemiaを改善させる薬物による治療効果を研究した。 方法 : この研究において、我々は生体顕微鏡を用いた。生体顕微鏡は外科的に露出させたマウスの骨格筋を生理的環境下で、筋細胞レベルまで詳細に、in vivo観察を可能にする装置である。われわれはこの装置をもちいて、筋組織内の細動脈を流れる赤血球量の定量、筋細胞から産生されるNOとH2O2の定量、そして様々な条件下における筋収縮後の筋細胞損傷の測定を行った。 mdxマウスのFunctional Ischemiaに対する薬理介入には、長時間作用型Phosphodiesterase-5 Inhibitor であるTadalafilを経口投与した。薬物治療に対する評価は、Evans Blue アッセイと組織学的手法を用い、筋組織損傷の進行を測定した。 結果と考察 : 生体顕微鏡を用いて筋組織内の細動脈における赤血球流束を測定し、mdxマウスの筋組織は、筋収縮後、Functional Ischemiaの状態にあることが確認された。そして、このFunctional Ischemiaは、NOドナーであるSNAP (S-nitroso-N-acetylpenicillamine) 投与によって克服された。さらに、細胞透過性cGMPアナログである、8-(4-Chlorophenylthio)-guanosine 3', 5'-cyclic monophosphate (8-CPT cGMP) の投与により同様に血流が増加することが測定された。つまりmdxマウスの筋組織中の細動脈はNOに対する反応性を保持していることが分かった。同様に、β2アゴニストであるClenbuterolによっても血流が増加したことから、mdxマウスの細動脈は血管拡張因子に対して反応性を保持していることが示された。 またmdxマウスの筋細胞は、収縮後のNOとH2O2の産生が、ワイルドタイプマウスに比べて低下していることが測定された。これにより、mdxマウスのFunctional Ischemiaは、収縮後の血管拡張因子の産生不全が原因の一つと考えられる。 そして次に、生体顕微鏡を用いて、筋細胞の形態学的変化を検知し、筋細胞のダメージを定量した。mdxマウスでは筋収縮後に、筋細胞傷害が時間とともに増加するが、SNAPの投与によりこの筋細胞傷害は軽減した。同様の結果が8-CPT cGMPの投与でも観測された。血管収縮薬であるAngiotensin-IIを8-CPT cGMPと同時に投与し、血流増加を阻害したところ、筋細胞傷害は軽減しなかったことから、この現象はFunctional Ischemia改善に特異的に起こっていると言える。Clenbuterolの投与でも同様に筋細胞ダメージは軽減した。 さらに、ワイルドタイプマウスでFunctional Ischemiaによる筋細胞傷害の状態を再構成することを試みた。ワイルドタイプマウスにL-NAME ( Nω-Nitro-L-arginine methyl ester、NO産生阻害剤)、apamin とcharybdotoxin(EDHF阻害剤)を投与し、Functional Ischemia状態にさせた上で、筋肉を収縮させた。収縮後、筋細胞のダメージは観測されなかった。上記の薬物にさらにvascular oppressionをあたえ、高度虚血の状態にしたときのみ、筋細胞は傷害された。つまりFunctional Ischemiaのみでは正常筋細胞は破壊されない事になる。この結果とmdxマウスの結果を比較すると、Functional Ischemiaのみでは筋細胞傷害は起こっておらず、更にほかのストレスが関与していることが示唆された。 そしてさらに、Functional Ischemiaに対する薬理介入として、血管拡張薬であるTadalafilを経口投与した。出生直後から投与し、生後4週まで治療したmdxマウスの横隔膜、Gluteus、Quadriceps、Gastrocnumeusは、非治療群と比較して筋組織傷害が軽減した。これによりFunctional Ischemiaに対する治療はDMDの症状を軽減させる可能性があることが示された。 結論 : mdxマウスの筋組織において、収縮後のFunctional Ischemiaは筋細胞傷害を起こす主要な原因であることが判明した。さらに注目すべき事に、phosphodiesterase-5 inhibitor (Tadalafil)はmdxマウスの筋組織傷害を軽減することが判明し、DMDの治療薬になる可能性があることが分かった。 | |
審査要旨 | 本研究は筋ジストロフィーの病態生理と発症起序において、機能的虚血がどのような役割を演じているかを明らかにするため、生体顕微鏡とノックアウトマウスを使う実験系を用いて微小循環の動態と筋細胞の損傷を定量的解析したものである。さらに、筋ジストロフィーモデルマウスにおいてPDE5阻害剤の投与による病状の進行の変化を検証した。本研究は下記の結果を得ている。 1.筋ジストロフィーのモデルマウスであるmdxマウスの骨格筋において、筋収縮刺激後に一次細動脈の血流増加が欠如していることを示した。 2.mdxマウスの骨格筋において、NOによる血管拡張能は保全されていることを示した。そして、筋収縮後の反応性NO産生が減少していることを示した。さらに、H2O2の筋収縮後の産生も減少していることを示した。 3.筋細胞死を生体顕微鏡で検出するアッセイをもちいて、mdxマウスの筋細胞死を、NO投与で防げるということを示した。さらに、Clenbuterol, cGMPなど、機能的虚血を改善する物質によっても同様に筋細胞死を減少させることができた。また、Angiotensin IIによって、cGMPの血流増加を阻害したときに、筋細胞死を防げなかったことから、mdxマウスにおいて、筋細胞死は機能的虚血が原因のひとつとして起こっているということを示した。 4.正常マウスを用いて、機能的虚血状態を作り、筋収縮を起こしたが、筋細胞死は見られなかった。機能的虚血よりも、より高度な虚血を起こしたときのみ、正常マウスでは筋細胞死がみられた。それぞれの虚血状態を定量的に比較した結果、正常マウスではmdxマウスと同じ程度の機能的虚血では筋細胞死は見られないということが判明した。これにより、mdxマウスの筋細胞死には機能的虚血以外の要因がある事が示唆された。 5.PDE5阻害剤を用いて、mdxマウスの機能的虚血状態を改善することにより筋細胞死を減少させうることを示した。胎児から投薬を始め、生後4週の段階で、非治療群と筋組織損傷の程度をEvans Blueアッセイを用いて比較し、治療群では筋組織損傷が減少していることが示された。また、組織学的な比較においても、治療群では筋の破壊・再生が減少していることが示された。 以上、本論文は筋ジストロフィーモデルのmdxマウスにおいて、機能的虚血が筋組織障害の原因のひとつであることを示し、その機能的虚血の改善により病状の進行を遅らせうることを明らかにした。今研究はこれまで不明な部分があった、筋ジストロフィーにおける機能的虚血という問題に対してひとつの有力な回答を示しうる実験であり、筋ジストロフィーの病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、今後の治療法の確立へ多大な寄与をする可能性があり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |