学位論文要旨



No 123752
著者(漢字) 神津,円
著者(英字)
著者(カナ) コウヅ,マドカ
標題(和) エストロゲン受容体β新規転写共役因子GlOT-4の同定と解析
標題(洋)
報告番号 123752
報告番号 甲23752
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3091号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 井上,聡
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 講師 久具,宏司
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

女性ホルモンのエストロゲンは、女性生殖器を始め、神経、骨、心血管系などの様々な組織において多彩な生理作用を発揮する。エストロゲンの作用は主に、細胞内にある二つのエストロゲン受容体(ER)、ERαとERβを介して発揮される。ERαとERβは生体内での発現が異なっており、in vitroの実験や、正常組織と腫瘍組織での発現量の比較などから、ERαとERβはそれぞれに特異的な機能があることが推測されている。ERαノックアウトマウスは不妊、乳腺発育不全、骨量減少などの、ERβノックアウトマウスは産仔数減少などの表現型が見られる。しかしERαとERβの特異的な機能を生み出す転写制御機構の違いについてはあまり知られていない。ERは細胞の核内に存在しており遺伝子の転写を制御する転写因子である。ERが転写制御活性を発揮するにはERと相互作用する蛋白質群の働きが必要であり、これらは転写共役因子と呼ばれる。ERαとERβに結合する転写共役因子群は一部異なることが知られているが、ERβ特異的な機能を説明しうる転写共役因子は同定されていない。本研究ではERβ特異的な機能を解明するために、ERβ転写共役因子複合体の精製を行ってERβの新たな転写共役因子を探索した。

<方法と結果>

FLAGタグを付加した全長のERα、ERβ蛋白質を安定的に発現する293F細胞株を樹立した。この細胞を大量培養して核抽出液を調製し、生化学的手法を用いたERβ相互作用因子の取得を目指した。FLAGアフィニティー精製によって、ERαとERβに結合する蛋白質群は異なることが明らかになった。ERβ相互作用因子を取得するために、FLAGアフィニティー精製後にグリセロール超遠心密度勾配法を行った。この二段階精製によって、ERβを含む蛋白質複合体が存在する核抽出液の分画を分離した。この分画に含まれる蛋白質をMALDI-TOF/MSによって同定したところ、同定した蛋白質の一つにGonadotropin-inducible transcription repressor-4(Gonadotropin -inducible ovarian transcriptional factor-4: GIOT-4)が存在した。GIOT-4は元来、ゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)依存性に卵巣で発現する因子として同定・報告された蛋白質である。卵巣ではERα、ERβが共に発現しているがERαは主に莢膜細胞内に、ERβは主に顆粒膜細胞内に、それぞれ細胞特異性を持って発現していることが知られている。顆粒膜細胞はERβを介してエストロゲンが作用する細胞であると同時にエストロゲンを産生する細胞でもある。ノックアウトマウスの研究から、ERβの機能は卵胞発育に重要だと考えられている。ゴナドトロピンによって卵巣の顆粒膜細胞で発現したGIOT-4が、卵胞発育におけるERβの機能に対して何らかの役割を有する可能性を考えて、ERβとGIOT-4の顆粒膜細胞内での作用を解析することにした。

卵巣顆粒膜細胞由来の培養細胞KGN細胞において、GIOT-4のmRNAが、ゴナドトロピンやエストロゲンによって増加することがRT-PCR法で確認された。GIOT-4の蛋白質レベルでの発現も確認しようと試みたが、GIOT-4の抗体を用いたウエスタンブロッティングでは、細胞内でのGIOT-4蛋白の発現は確認できなかった。免疫共沈降とGST pull-downの実験結果から、GIOT-4はリガンド非依存的にERに直接結合することが明らかになった。ゴナドトロピンによるGIOT-4の蛋白質レベルでの発現の確認はできなかったが、ERβとGIOT-4の結合が確認されたため、KGN細胞にゴナドトロピンを添加してERβに結合するGIOT-4蛋白の存在を調べた。ERβを免疫沈降することによって、ERβに結合するGIOT-4の蛋白質がゴナドトロピン依存的に増加することが確認できた。ERのレポーターアッセイでは、GIOT-4がERの転写活性を促進するER転写共役活性化因子であることが明らかになった。また、KGN細胞をゴナドトロピンで刺激するとERβの転写活性が上がり、GIOT-4のRNAiによるノックダウンでその効果が消失したことから、顆粒膜細胞ではゴナドトロピンがGIOT-4の発現を介してERβの転写活性を促進していると推測された。

次にGIOT-4がERβの転写共役活性化能を発揮する分子機構を考えた。ここで二段階精製後のERβを含む分画に、GIOT-4と共にBrg-1が含まれていたことに着目した。ERなどの転写因子がDNAに結合するためには、クロマチンリモデリング複合体と総称される転写共役因子複合体のグループの一つがクロマチン構造を弛緩させることが必要である。Brg-1はクロマチンリモデリング複合体の一つ、SWI/SNF複合体の構成因子である。二段階精製の結果から、GIOT-4のERβ転写共役活性化に、Brg-1 を有するSWI/SNF複合体が関与する可能性を考えた。ERとGIOT-4を細胞内で発現させて免疫共沈降実験を行ったところ、GIOT-4の存在下でBrg-1と、SWI/SNF複合体の別の構成因子Ini-1がERに強く結合することが明らかになった。KGN細胞ではゴナドトロピンやエストロゲンの刺激でBrg-1がERβに強く結合し、GIOT-4のノックダウンによってその結合が消失した。レポーターアッセイでは、Brg-1とGIOT-4が協調してERβの転写活性を促進したが、GIOT-4のノックダウンによってその効果が消失した。従って、GIOT-4はBrg-1を含むSWI/SNF複合体をERβにリクルートすることでERβの転写活性を促進しているのではないかと推測できた。

これらの因子が、遺伝子の転写が起こる時に実際に複合体を形成するのかを確認するために、ゴナドトロピンとERの両方の標的遺伝子として知られるアロマターゼとアクチビンβAの遺伝子でChIPアッセイを行った。ERβとGIOT-4をKGN細胞に発現させたところ、GIOT-4の存在によって、ERβとBrg-1の標的遺伝子のプロモーターへの結合が強くなること、ヒストンH4のアセチル化が亢進していることが分かった。ヒストンH4のアセチル化は遺伝子の転写の亢進状態を示すので、GIOT-4によってERβとSWI/SNF複合体による標的遺伝子の転写が促進される、と結論した。この実験でIni-1とGIOT-4のプロモーターへの結合は確認できなかったが、KGN細胞へのゴナドトロピン刺激によって、ERβ、Brg-1、Ini-1のプロモーターへの結合が強まり、ヒストンH4のアセチル化が亢進することが確認できた。

これまでの結果がマウスの卵巣でも再現できるか、ゴナドトロピンを投与したマウスを用いて実験した。RT-PCRで、ゴナドトロピン投与による卵巣でのGIOT-4のmRNAの増加を確認し、同時にアロマターゼとアクチビンβAのmRNAも増加することを確認した。この卵巣を用いてChIPアッセイを行った。マウスへのゴナドトロピン投与によってアロマターゼ遺伝子のプロモーターへのERβ、Brg-1の結合が強まり、遺伝子の転写が促進されることが明らかになった。

<結論>

ERβ転写共役因子複合体の精製によって、ERβの新規転写共役活性化因子GIOT-4を同定した。GIOT-4はゴナドトロピンによって卵巣で発現し、Brg-1を含むSWI/SNF複合体をERβにリクルートすることでERβの転写活性を促進し、アロマターゼやアクチビンなどの卵胞発育に重要な遺伝子の発現を促進した。またGIOT-4は自身がエストロゲンによって発現するERの標的遺伝子でもあることから、GIOT-4は卵胞発育過程の後半に見られる中枢と卵巣のポジティブフィードバック作用において重要だと考えられる。卵胞が成熟・分化して排卵するまでの過程において、GIOT-4はERβの転写共役活性化因子として作用し、ERβに卵胞発育促進の機能を発揮させるという役割を果たしているものと推測できる。

今回の実験では、マウスでのGIOT-4のノックダウンができていない。GIOT-4の生体での機能を更に調べるためには、ノックアウトマウスの作出や卵巣組織へのRNAi導入などで、卵巣組織での実験をさらに進める必要がある。また、GIOT-4はERαに対しても転写共役活性化因子であることから、卵胞発育以外の機能についても解析する価値があると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、生体内で多彩な生理機能を発揮するエストロゲンの受容体の一つ、エストロゲン受容体(ER)βについての分子機構の解明を試みたものである。ERβが転写共役因子と複合体を形成して標的遺伝子の転写を制御するという点に着目して、ERβの新たな転写共役因子を探索、同定をしており、以下のような結果を得た。

1. FLAGタグを付加した全長のERα、ERβ蛋白質を安定的に発現する293F細胞株を樹立して大量培養を行い、生化学的手法を用いてERβ相互作用因子複合体の精製を行った。ERβの新規相互作用因子としてGIOT-4を同定した。

2. GIOT-4はゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)によって卵巣で発現する蛋白質であるとされていたため、卵巣顆粒膜細胞由来であるKGN細胞を用いて、GIOT-4のmRNAがゴナドトロピンとエストロゲンによって増加することをRT-PCR法で確認した。免疫共沈降とGST pull downの実験によって、GIOT-4はリガンド非依存的にERに直接結合することが示された。

3. ERβは卵巣顆粒膜細胞内に発現し、卵胞発育に重要な機能を発揮すると考えられているため、卵巣顆粒膜細胞におけるERβとGIOT-4の作用を解析した。ERのレポーターアッセイでは、GIOT-4がERの転写活性を促進するER転写共役活性化因子であることと、KGN細胞において、ゴナドトロピンがGIOT-4の発現を介してERβの転写活性を促進しているという結果が得られた。

4. 精製の結果から、SWI/SNF複合体の構成因子であるBrg-1がERβ、GIOT-4と複合体を形成している可能性が考えられた。免疫共沈降実験を行ったところ、Brg-1と、SWI/SNF複合体の別の構成因子Ini-1がGIOT-4の存在下でERに強く結合することが明らかになった。KGN細胞ではゴナドトロピンやエストロゲンがGIOT-4を介してBrg-1をERβに強く結合させることが明らかになった。レポーターアッセイでは、Brg-1とGIOT-4が協調してERβの転写活性を促進したが、GIOT-4のノックダウンによってその効果が消失した。従って、卵巣の顆粒膜細胞に発現したGIOT-4は、Brg-1を含むSWI/SNF複合体をERβにリクルートすることによってERβの転写活性を促進しているのではないかと推測できた。

5. GIOT-4の生体内での機能をより明確にするために、ゴナドトロピンとERの両方の標的遺伝子として知られるアロマターゼとアクチビンβAの遺伝子についてChIPアッセイを行った。ERβとGIOT-4をKGN細胞に発現させると、GIOT-4の存在によって、ERβとSWI/SNF複合体によるこの二つの標的遺伝子の転写が促進される、という結果が得られた。また、KGN細胞をゴナドトロピンで刺激すると、ERβ、Brg-1、Ini-1のプロモーターへの結合が強まり転写が促進されるという同様の現象が認められた。

6.ゴナドトロピンを投与したマウスの卵巣ではGIOT-4のmRNAが増加しており、同時にアロマターゼとアクチビンβAのmRNAも増加した。この卵巣を用いてChIPアッセイを行ったところ、マウスへのゴナドトロピン投与によってアロマターゼ遺伝子のプロモーターへのERβ、Brg-1の結合が強まり、遺伝子の転写が促進されることが示された。

以上、本論文はエストロゲン受容体(ER)βの新規転写共役因子GIOT-4が、Brg-1を含むSWI/SNF複合体をERβにリクルートすることでERβの転写活性を促進し、その結果、卵胞発育に重要な遺伝子の発現を促進するという機能があることを明らかにした。

今回の研究で、卵胞が成熟・分化して排卵するまでの過程において、ゴナドトロピンとエストロゲンがERβを介して卵胞発育を促進するという生理機能の分子機構の一端が解明されており、学位の授与に値するものと考えられる。

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