学位論文要旨



No 123753
著者(漢字) 小高,哲郎
著者(英字)
著者(カナ) コダカ,テツロウ
標題(和) 膵島移植における完全フロイントアジュバントの移植膵島に対する有効性についての検討
標題(洋)
報告番号 123753
報告番号 甲23753
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3092号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 講師 高見澤,勝
 東京大学 講師 別宮,好文
内容要旨 要旨を表示する

1型糖尿病は、インスリンの絶対的な不足から慢性的な高血糖状態をきたす症候群である。原因は膵β細胞が破壊されることにあり、その多くは膵島特異的な自己反応性T細胞によると考えられる。NOD(Non-obese diabetic)マウスは1型糖尿病のモデルマウスで、自己免疫性の膵島破壊が進行して、糖尿病を発症する。発症のメカニズムの詳細は不明であるが、遺伝素因と環境要因が絡み合うことにより複雑な病態を形成していると考えられる。1型糖尿病治療に関する研究もNODマウスを用いたものが多い。その中で発症後の糖尿病NODマウスに有効性を示した治療の一つに完全フロイントアジュバント(CFA)がある。CFAは、自然免疫系及び獲得免疫系を活性化し、IFNγを産生し、Th1/Th2バランスをTh1に傾ける作用が知られている。CFAの有効性が報告されて以降、多数の施設においてNODマウスの糖尿病発症への抑制が確認され、臨床応用への期待が高まっていった。近年、CFAと脾細胞による膵島再生の可能性を報告され、様々な議論を呼んだが、CFAの移植膵島への影響についてはあまり検討されることはなかった。

本研究では、自然発症糖尿病NODマウスに対する膵島移植において、移植膵島及びレシピエント膵それぞれに対するCFAの有効性を統計学的に検討した。また、移植膵島の病理学的変化、RNA発現などから、抑制メカニズムについて考察した。

結果

(膵島移植施行群におけるCFAの有効性)

自然発症した糖尿病NODマウスに対し、膵島移植を行い、移植当日にCFAを腹腔内または皮下投与した。両投与群とも15例中4例がCFA非投与群と全く差のない早期の血糖値上昇を示したが、残りの11例については明らかに長期にわたって正常血糖値を維持したCFAの投与法ごとにそれぞれKaplan-Meier曲線を作製し、LogRank検定を行ったところ、2群の有意差は見られなかった。(χ2 = 1.145、P = 0.2346)また同様にCFA投与群とCFA非投与群を比較したところ、明らかな有意差が認められた。(χ2 = 33.28、P < 0.0001)以上より、膵島移植を施行した場合、移植後の血糖値改善にCFA投与は有意に働くと言える。

(膵島移植非施行群におけるCFAの有効性)

次にCFAによるレシピエント膵への影響を調べるために、膵島移植を行わず、CFA投与及び14日間の連日インスリン投与(1U/日皮下投与)を行い、その後の血糖値の変化を観察した(N=13)。CFA投与14日後、13例中8例は血糖値600mg/dlのままであったが、5例は血糖値の低下が見られた。その5例はその後も血糖値の下降を続け、35日目までには血糖値の正常化が見られた。一方、CFA投与を行わずに14日間の連日インスリン投与(1U/日皮下投与)を行った15例は42日目まで血糖値の改善が見られず、高血糖を維持し続けた。上記2群を比較したLogRank検定ではχ2 = 6.873、P = 0.0088で、有意差が認められた。以上より、膵島移植非施行群においても、CFAが有意に血糖値の改善に働くということが言える。

(膵島移植施行群及び非施行群における血糖値改善率の比較)

CFAの移植膵島に与える影響を評価するために、CFAを投与した膵島移植施行群(N=30)と膵島移植非施行群(N=13)について、2群間の血糖値改善率の差について検討した。連続的な比較が不可能のため、CFA投与後20日、35日の2ポイントにおける血糖値改善率を上記2x2分割表によるFisherの直接確率法で比較した。CFA投与後20日ではP = 0.00124であり明らかな有意差が認められるが、35日ではP = 0.16674で有意差が認められなかった。膵島移植施行群と非施行群の血糖改善率の差は移植膵島による血糖値改善率と考えられるから、CFA投与に伴う移植膵島の機能的意義は20日では確認できるが、35日では確認できなくなることが見出された。

(CFA投与後の移植膵島及びレシピエント膵の病理組織像)

膵島移植・CFA投与群において100日まで正常血糖を維持したマウス12例に対し、100日目で腎摘により移植膵島を除去し、その後血糖値変化を観察した。腎摘後に血糖値が上昇したのは12例中3例のみであり、他の9例は腎摘後も正常血糖値を維持し続けた。腎摘後に血糖値の上昇を来した3例では、移植膵島が大半温存されていた。一方、腎摘後も血糖値の上昇が見られなかった9例の移植膵島の残存の程度は様々であったが、移植膵島の大半が破壊・消失しているものが6例認められた。また腎摘後も血糖値の上昇が見られなかった9例では、レシピエント膵にリンパ球浸潤のない、膵島細胞の密集した正常膵島の残存が確認できた。

(CFA投与後の移植膵島のRNA発現)

移植直後に移植膵島に浸潤したリンパ球の性質を調べるため、移植後3日目の移植膵島からRNAを抽出し、RT-PCRを行った。CFA非投与群ではIL-17の発現が確認されたが、CFA投与群においてはその発現が認められなかった。またCFA投与群においては、皮下投与群では確認できなかったが、腹腔内投与群においてIDOの発現及びFoxP3の発現が認められた。

考察

本研究では、膵島移植におけるCFAの有効性を確認した上で、それが移植膵島への影響なのか、レシピエント膵への影響なのかを意識しながら、検討を進めた。まず、膵島移植におけるCFA投与群と非投与群で血糖値改善率を比較し、CFAの有効性を確認した。これは移植膵島への影響とレシピエント膵への影響の両方に起因する血糖値改善率であり、有意差は明らかであった。次にCFAのレシピエント膵への影響を調べるために、膵島移植非施行群におけるCFA投与群と非投与群の血糖値改善率を比較した。CFA投与群では有意な血糖値の改善が認められた。これはCFA投与によりレシピエント膵への回復あるいは膵島再生の可能性を示唆するものである。最後に移植膵島に対するCFAの影響を調べるため、CFA投与した場合、膵島移植施行群と非施行群における血糖値改善率に有意差が認められるかどうかを検討した。Fisherの直接確率法により検定した結果、CFA投与後20日の時点では有意差が認められたが、35日の時点では有意差が認められなくなっていた。これは、20日の時点では移植膵島による血糖値改善への影響があるが、35日にはレシピエント膵の回復の有無が血糖改善率への寄与が強くなり、移植膵島の機能的意義が確認できなくなることを意味する。CFA非投与では8日以内に移植膵島は機能廃絶されたことを考えると、CFAは移植膵島の生存を20日以上に延長したと言えるが、その有効性は移植早期に限局され、35日目には確認できなくなる、ということが統計学的に示された。以上のことから、膵島移植においてCFAの効果は、移植早期においては自己免疫反応を抑制して移植膵島による血糖値改善を促し、1か月経過した後には移植膵島の存在にかかわらずレシピエント膵からのインスリン分泌を回復させるためであると考えられる。100日目における移植膵島及びレシピエント膵の病理組織像も上記推測に当てはまるものであった。

また本研究では、膵島移植の術後において、移植膵島が自己免疫反応による破壊から免れるためには術後3日目には必ずCFAによる免疫抑制機構が働いているはずであると考え、術後3日目における移植膵島におけるRNA発現をRT-PCRにより調べた。CFA投与後3日目でIL-17の発現の抑制、IDO及びFoxp3の発現が認められたことから、移植直後にIL-17産生の抑制及びIDO及び制御性T細胞による免疫抑制機構が働いて自己免疫反応を抑制したと考えられる。以上より、CFAは短期的にIL-17の産生を抑え、IDOを発現して長期的には制御性T細胞により自己免疫反応を抑制し、移植膵島の生存とレシピエント膵の回復を促していくものと思われる。

結論:自然発症糖尿病NODマウスに対し、CFAはその投与法に関わらず膵島移植後の正常血糖値の維持に有効である。そしてその有効性は、移植早期においては自己免疫反応を抑制して移植膵島による血糖値改善を促し、1か月経過した後には移植膵島の存在にかかわらずレシピエント膵からのインスリン分泌を回復させた結果であると考えられる。移植膵島の保護としてはIL-17の抑制及びIDOの誘導、活性化T細胞の抑制にアポトーシスの誘導及び制御性T細胞の誘導などが考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は1型糖尿病の治療法として臨床応用が期待されているCFAについて、自然発症糖尿病NODマウスにおいて移植膵島及びレシピエント膵それぞれに対するCFAの有効性を統計学的に検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.膵島移植におけるCFA投与群と非投与群で血糖値改善率を比較し、CFAの有効性を確認した。これは移植膵島への影響とレシピエント膵への影響の両方に起因する血糖値改善率であり、有意差は明らかであった。

2.CFAのレシピエント膵への影響を調べるために、膵島移植非施行群におけるCFA投与群と非投与群の血糖値改善率を比較した。CFA投与群では有意な血糖値の改善が認められた。

3.移植膵島に対するCFAの影響を調べるため、CFA投与した場合、膵島移植施行群と非施行群における血糖値改善率に有意差が認められるかどうかを検討した。Fisherの直接確率法により検定した結果、CFA投与後20日の時点では有意差が認められたが、35日の時点では有意差が認められなかった。

上記1~3より、膵島移植においてCFAの効果は、移植早期においては自己免疫反応を抑制して移植膵島による血糖値改善を促し、1か月経過した後には移植膵島の存在にかかわらずレシピエント膵からのインスリン分泌を回復させるためであると考えられた。また移植早期の自己免疫抑制には、IL-17産生の抑制・IDO誘導及び制御性T細胞による免疫抑制機構が作用したと考えられた。

以上、本論文はこれまであまり検討されてこなかったCFAの移植膵島に対する有効性について統計学的に検討した初めての研究であり、1型糖尿病に対する膵島移植の研究において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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