学位論文要旨



No 123754
著者(漢字) 中澤,史子
著者(英字)
著者(カナ) ナカザワ,フミコ
標題(和) ヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸の遺伝子発現調節
標題(洋)
報告番号 123754
報告番号 甲23754
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3093号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 准教授 関根,孝司
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】家兎子宮内膜で着床期特異的にコレステロール硫酸 (CS)の含有量が増加していることが報告されている。CSがヒト子宮内膜において着床期特異的に発現することが示され、その分子学的機構の一つとしてcAMPを介したプロゲステロンの誘導作用が明らかとなっている。近年、CSがretinoid-related orphan receptors alpha (RORα) のリガンドであるという報告がある。今回私はヒト子宮内膜において着床期特異的に増加するCSに着目し、RORαを介したCSの機能を解析するために、以下の実験を用いた。

(1)ヒト子宮内膜においてRORαの発現確認とCSによるRORα下流遺伝子であるRev-erbαの遺伝子発現調節の解析。

(2)ヒト子宮内膜でROR response element (RORE) を有する候補遺伝Sulfatase1 (heparan sulfate 6-O endosulfatase) の遺伝子発現調節とその機能解析。

【方法】

BIAcore 3000を用いて、CSとその受容体であるRORαの結合性について検討した。患者の同意の下に採取したヒト子宮内膜組織を用い、月経周期に伴うRORαとRev-erbαのmRNA発現量変化、および分離培養した上皮細胞 (EECs)、間質細胞 (ESCs) のRORαとRev-erbαのmRNA発現に対するCSの作用を定量的RT-PCR法にて確認し、蛋白発現をwestern blotting法で検討した。RORα、 Rev-erbαの局在は免疫組織染色法、in situ hybridization法により確認した。RORαとそのリガンド結合領域削除変異体の発現ベクターを用いて Rev-erbα の promoter 領域に関する ルシフェラーゼアッセイ法を行った。

SULF1 の局在を in situ hybridization 法により確認し、分離培養した EECs、ESCs の SULF1 mRNA 発現に対する CS の作用を定量的 RT-PCR 法にて検討した。Wnt シグナル伝達因子 β-catenin の蛋白発現量変化と細胞内局在変化を検討するため CS を添加した ESCs の Western blotting 法、組織免疫法を行った。ESCs に CS を添加し、細胞増殖試験と Caspase 3/7活性を測定しアポトーシス誘導について検討した。

【結果】

1. CSとRORαの結合能の検討

BIAcore3000を用い、CSの結合曲線を作成し、BIAevaluation 3.0 softwareを用いてCSとRORαとの結合速度定数ka、解離速度定数kd、解離定数KDを計算し、各々 ka:7.01x103 (1/Ms) kd:7.62x10-3 (1/s) KD:1.09x10-6 (M) であった。

2. CSの受容体RORαの発現確認と下流遺伝子Rev-erbαの遺伝子発現の検討

ヒト子宮内膜におけるRORα、Rev-erbαの発現を確認するためRT-PCR法を用いて検討した。子宮内膜間質細胞ならびに上皮細胞にその発現を確認し、Western blotting法を用いてタンパク質レベルでもその発現を確認した。免疫組織染色法を用いてヒト子宮内膜月経周期におけるRORαの局在を確認したところ、各月経周期で子宮内膜間質細胞、管腔ならびに腺管上皮細胞にその発現を確認した。ヒト子宮内膜月経周期Rev-erbαの局在を確認するためin situ hybridization 法を施行した。増殖期初期ではRev-erbαは子宮内膜間質細胞、管腔ならびに腺管上皮細胞にその発現を確認した。増殖期中期、分泌期初期ならびに中期では間質細胞と腺管上皮細胞に発現していた。増殖期後期、分泌期後期では子宮内膜間質細胞にその発現が確認された。各月経周期におけるRORαならびにRev-erbαのmRNA発現量を検討したところ、RORαは分泌期中期でその発現が優位に増加していた。RORαが優位に増加していた分泌期中期では有意差を認めなかったが、分泌期初期と後期に比べてRev-erbαの発現は増加傾向にあった。

3. RORαと下流遺伝子Rev-erbαに対するCSの作用調節

分離培養した EECs、ESCsにCSを10μM添加後のRORα mRNAの発現量を検討したところ、EECsでは優位な変化がみられなかったが、ESCsでCS添加1時間後、3時間後にその発現量が優位に増加していた。 Rev-erbαについて同様な検討を行ったところ、EECsではCS添加後6時間、24時間でRev-erbα mRNAの発現量優位に減少していた。ESCsではCS添加1時間後、3時間後にその発現量が優位に増加していた。Western blotting法を用い、分離培養したESCsにCS10μM、20μMを添加後にタンパク質を抽出しRORαの発現量変化を確認したところ、発現量の増加が確認された。これらのことよりCSはRORαのリガンドとして機能するだけでなく、受容体であるRORαの転写活性を促進していることが示唆された。

4.CSによるRev-erbαのプロモーター活性調節

ルシフェラーゼアッセイ法を用い、CS添加群と、未添加群を比較した。それぞれの結果より、CS添加の有無にかかわらず、RORはRev-erbαを活性促進させることが明らかとなった。

5.SULF1の発現確認と局在の検討

in situ hybridization 法を用いてヒト子宮内膜月経周期におけるSULF1の局在を確認したところ、各月経周期で子宮内膜間質細胞、上皮細胞にその発現を確認した。月経周期におけるSULF1のmRNAの発現量変化は増殖期中期で優位に発現が増加していた。

6.SULF1に対するCSの作用とSULF1の機能

分離培養した EECs、ESCsにCSを10μM添加後のSULF1 mRNAの発現量を検討したところ、EECsでは優位な変化がみられなかったが、ESCsでCS添加3時間後、6時間後にその発現量が優位に増加していた。

ESCsにCS添加後24時間、48時間後のタンパク質を抽出しWestern Blotting法を行った。CS添加後β-cateninのタンパク質量の発現増加が認められた。ESCsにCS添加し免疫組織染色を行いβ-cateninの細胞核内への集積も確認した。

CS添加群とアポトーシスを誘導した群の細胞内代謝活性を検討し、その活性促進を確認した。CS添加によりCaspase 3/7の活性が時間依存的に促進されることが明らかとなった。

【考察】

CSは妊娠中の家兎子宮内膜で着床期特異的にCSの含有量が増加する。またCSの濃度は妊娠初期から後期にかけて徐々に高値を示し、胎盤における産生増加が示唆されているが生理的意義の解明に至っていない。私は、アフィニティセンサーで、CSとその受容体であるRORαの結合性について検討し、CSとの結合速度定数、解離速度定数、解離定数を数値化した。CSがRORαと結合することから、ヒト子宮内膜においてin vitroでCSによる遺伝子発現調節を検討した。ヒト子宮内膜間質細胞、上皮細胞でRORαの発現を確認し、Rev-erbαも同様にその発現を確認した。RORα mRNA発現量は分泌期中期に一致して発現量の増加が認められた。分泌期中期におけるRev-erbα mRNAは増加傾向であった。分離培養した EECs、ESCsにCSを添加した実験ではESCsでCSによりRORα mRNAの発現誘導が認められた。この結果よりリガンドとして機能すると報告されているCSが、その受容体であるRORαの発現を誘導している可能性が示唆された。CS添加によるRORαのタンパク質の発現量変化について検討したところ、CSはRORαのタンパク質発現量を増加させた。ルシフェラーゼアッセイ法よりRORαによりRev-erbαが誘導されていることが示された。本研究で、CSを添加したESCsにおいてRev-erbα mRNAの発現量は優位に増加することが確認されている。ヒト子宮内膜において着床期特異的に発現するCSが、子宮内膜で局所濃度が上昇し、その受容体であるRORαを誘導してRev-erbαの転写活性に関与している可能性があると考えられた。

ヒト子宮内膜でCSがRORαの発現を促進することから、RORαの下流遺伝子の可能性があるSULF1についてヒト子宮内膜で初めてその発現を確認した。CS添加したESCsではSULF1の転写活性が促進された。SULF1がWntシグナル活性化、アポトーシスの誘導などの機能を有していることから、私はCSによりヒト子宮内膜間質細胞表面のSULF1の転写が活性化し、細胞膜表面のWntが増加してWntシグナル経路が活性化するのではないかという仮説をたてた。CS添加を行ったESCsのβ-cateninのタンパク質は増加していた。本来、間質細胞質で分解されているβ-cateninがCS添加により安定的に発現していることを示した。またCS添加後、β-cateninの局在は時間経過的に間質細胞の核内に集積した。細胞増殖試験やCaspase活性の結果、CSは細胞内代謝活性を維持したまま、細胞内のCaspase活性を促進していた。この結果CSがアポトーシスの誘導をすることが明らかとなった。ヒト子宮内膜においてCSがWntシグナルの活性やアポトーシスを誘導する事を示した。アポトーシスの誘導経路に関してはSULF1を介する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

今回・ヒト子宮内膜において着床期特異的に増加するコレステロール硫酸(CS)に着目し、RORαを介したCSの機能を解析するために、ヒト子宮内膜におけるretinoid-relatedorphan receptors alpha(RORα)の発現確認とRORα下流遺伝子であるRev・erbaのCSによる遺伝子発現調節の解析を行った。また調節領域にROR response element(RORE)を有する候補遺伝子Sulfatase1(heparan sulfate 6-O endosulfatase;SULF1)のヒト子宮内膜における遺伝子発現調節とその機能解析を行い、下記の結果を得ている。

1.アフィニティセンサーによりCSとその受容体であるRORαの結合性について検討し、CSとの結合速度定数、解離速度定数、解離定数を数値化した。ヒト子宮内膜問質細胞、上皮細胞でRORαの発現を確認し、Rev-erbaも同様にその発現を確認した。RORαmRNA発現量は分泌期中期に一致して発現量の増加が認められた。分泌期中期におけるRev-erbamRNAは増加傾向であった。分離培養した上皮細胞(EECs)、間質細胞(ESCs)にCSを添加した実験ではESCsでCSによりRORαmRNAの発現誘導が認められ、RORαの蛋白質発現量を増加させることを確認した。またCSを添加したESCsにおいてRev-erbamRNAの発現量は増加することが確認された。ルシフェラーゼアッセイ法よりRORαによりRev-erbaが誘導されていることが示された。以上のことより、ヒト子宮内膜において着床期特異的に発現するCSはその受容体であるRORαを誘導することによりRev-erbaの転写活性に関与している可能性があると考えられた。

2.RORαの下流遺伝子の可能性があるSULF1について検討し、ヒト子宮内膜で初めてその発現を確認した。CS添加したESCsではSULF1の転写活性が促進された。CSによりヒト子宮内膜間質細胞表面のSULFI活性が増加し、細胞膜表面のWnt局所濃度の増加によりWntシグナル経路の活性が起こるのではないかという仮説からWntシグナル経路伝達因子Q-cateninについて検討した。CS添加を行ったESCsのβ・cateninの蛋白質は増加していた。これは本来、間質細胞質で分解されているβ・cateninがCS添加により安定的に発現していることを示した。CS添加後のβ-cateninの局在は時間経過的に間質細胞の核内集積を示した。細胞増殖試験やCaspase活性の結果、CSは細胞内代謝活性を維持したまま、細胞内のCaspase活性を促進していた。この結果CSがアポトーシスの誘導をすることが明らかとなった。ヒト子宮内膜においてWntシグナルの活性やアポトーシスを誘導する事を示した。アポトーシス誘導経路に関してはSULF1を介する可能性が示唆された。

以上、本研究では(1)ヒト子宮内膜において着床期特異的に発現するCSはRORαを誘導することによりRev-erbaの転写活性に関与している事、(2)ヒト子宮内膜においてCSはWnt/β-cateninpathwayを活性化する事、(3)CSがアポトーシスを誘導する事が明らかとなった。従来細胞膜合成成分として、あるいは細胞外での酵素活性調節因子として知られてきたCSが、細胞内情報伝達系あるいは核内受容体を介して遺伝子発現調節を行っている可能性を示した。学位の授与に値するものと考えられる。

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