学位論文要旨



No 123757
著者(漢字) 田中,裕次郎
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ユウジロウ
標題(和) 異種大型動物におけるサルES細胞移植後の長期肉眼的生着
標題(洋)
報告番号 123757
報告番号 甲23757
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3096号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 准教授 金森,豊
 東京大学 講師 大須賀,穣
 東京大学 講師 江頭,正人
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

組織および細胞移植の発展においてドナー不足が大きな障害となっている。胚性幹細胞(ES細胞)は無限増殖力と多分化能を持ち合わせており、十分な移植用組織・細胞を供給するソースとして期待されている。また、ES細胞は分化した後でも免疫原性が低く、移植した際の拒絶反応もより起こりにくいとされており、移植用組織・細胞として用いる際に有利だと考えられる。ヒトES細胞は1998年に初めて樹立が報告されたが、現在のところ、試験管内で特定の細胞に分化させる技術は未だ限られたものである。そこで、動物の生体内に未分化ヒトES細胞を移植して分化した細胞を得ることも一つの方法となりうると考えた。実際、げっ歯類や霊長類でES細胞の同種移植を行うと、移植した部位に応じた分化がみられることが過去に証明されている。このことから移植部位の微小環境がES細胞の分化に重要な役割を果たし、ヒトES細胞を特定の細胞に分化させうることが期待された。しかし、分化した細胞を得るために未分化ヒトES細胞をヒトに移植するわけにはいかないので、異種動物に移植することを考えなくてはならない。その際に、異種間移植に見られる強い免疫拒絶、および異種間の微小環境のミスマッチが大きな問題になると考えられる。

将来の臨床応用を考え、大量の移植用組織・細胞を得るためにはヒトES細胞を大動物に移植するのがよいと考えられるが、成体の異種大動物にヒトES細胞が生着したという報告はほとんどない。一方、動物胎仔は在胎早期には免疫系が未熟で移植片を拒絶できないと考えられている。ヒト造血幹細胞を異種動物胎仔へ移植すると出生時にヒト/動物造血キメラが作成されることが報告されているが、霊長類、ブタ、マウスなどと比較してヒツジでは高いキメラ率が得られており、ヒツジにはヒト幹細胞が生着しやすい環境がある可能性も示唆される。また、胎仔期の生体内の環境はサイトカインの濃度なども含めて急速な成長と発達に適した微小環境となっているとされており、移植したES細胞の増殖、分化に都合のよい環境を提供してくれる可能性もある。

ヒトES細胞を異種大動物の胎仔に移植するのにはクリアすべき倫理的な問題もあり困難であるので、この研究ではヒトES細胞と増殖、分化の条件がほぼ同じカニクイザルES細胞をヒツジ胎仔皮下に移植して、その生着および組織形成がみられるかを調べることとした。同時に移植したES細胞に対して免疫反応が起こるのか可能な限り検索した。

未分化のカニクイザルES細胞を在胎43-67日のヒツジ胎仔の皮下へ移植したところ、出生時(移植後3ヶ月)に移植部位に一致してES細胞由来の腫瘍の形成が15頭中4頭(36箇所中6箇所)でみられた。その内訳をみてみると在胎50日以前に1 x106個の細胞を移植しないと腫瘍が形成されなかったことが分かった。

生着したすべてのヒツジに対して、腫瘍(グラフト)を生後1.5ヶ月までに採取して調べたところ、いずれも3胚葉性を示し、神経上皮、軟骨、腺管上皮といった成熟した組織構造をもっていた。

グラフトの細胞は未分化性、多分化性を示すES細胞マーカーOct-3がすべて陰性であり、MHC classIの発現がみられる細胞も多数存在し、分化した細胞が得られていることが示された。

次に、ヒツジ胎仔の免疫反応を調べるためにGFPを恒常的に発現しているES細胞を1ヵ所あたり6 x 106個ずつ在胎48(<50)日および60(>50)日のヒツジ胎仔の皮下に移植して、移植後5日および2週間後における移植細胞の存在と免疫反応を組織学的に検討した。

在胎48日で移植した群では、移植5日後には移植細胞は管腔構造を形成しており、免疫細胞の浸潤はみられなかった。移植後2週間では細胞数が増え、移植細胞は多数のCD3+ CD4+ CD8- T細胞に囲まれ、少数のB細胞の浸潤はみられたが、マクロファージの浸潤はみられなかった。

在胎60日で移植した群では、移植5日後には移植細胞は管腔構造を形成しており、免疫細胞の浸潤はやはりみられなかった。ところが、移植後2週間では移植したES細胞は検出されなかった。その代わりに、T細胞、B細胞、マクロファージの浸潤している肉芽組織を認めた。このことから在胎60日で移植すると、2週間後には移植した細胞は排除されてしまうことが分かった。

生後のグラフトでは、多数のT細胞、および少数ながらB細胞・マクロファージ・好中球の浸潤が認められた。また、移植したES細胞は生後6ヶ月以上(移植後9ヶ月以上)生着が認められたが、次第に宿主由来の肉芽に置き換わっていくことが分かった。

ここで、在胎48日と60日での移植の違いとして、2週間後のマクロファージの浸潤の有無が挙げられる。成体での異種細胞の排除は初期には自然免疫(innate immunity)が関与しているとされているが、この働きの有無が胎仔においても生着が可能かを決める要因の1つになっていると考えられる。

また、生着後に次第に排除されていることから獲得免疫が働いていることが考えられた。細胞性免疫を調べるために、出生した仔ヒツジ(生後3ヶ月)に対して、リンパ球混合試験を施行した。未分化ES細胞およびグラフト細胞に対する反応はES細胞生着群においてES細胞非生着群および非移植群に比べて高く、このことはES細胞が生着したヒツジではES細胞に対する細胞性免疫が起きていることを示している。一方、ES細胞非生着群では、ES細胞に対する記憶型のT細胞が発達する前に拒絶してしまったことが示唆される。

液性免疫に関しては、在胎60日でES細胞を移植した場合には移植後2週間(day 60+14)でES細胞に対するIgMが検出された。一方、生直後の仔ヒツジではES細胞生着群すべてでES細胞に対するIgG が検出された。このことから、胎仔期からES細胞に対する液性免疫が生じていることが示された。

次に、免疫寛容が誘導されているかを調べるために、移植したのと同じ未分化ES細胞 1 x 107個をES細胞生着群および非生着群の仔ヒツジの皮下に出生後6ヶ月以上経ってから追加移植し、3ヵ月後に腫瘍の形成を調べた。ところが、いずれの仔ヒツジにおいても腫瘍の形成は認められなかった。このことから、ES細胞が長期間にわたって肉眼的に生着しているにもかかわらず、ES細胞に対する細胞性および液性免疫が働いており、免疫寛容は誘導されていなかったといえる。

それにもかかわらず、異種のヒツジという環境下でES細胞が長期間にわたって生着できたのには何らかの機構が働いていることが考えられた。在胎48日に移植したES細胞は2週間後にCD4+ T細胞に囲まれながら、ほぼ整然とした管腔構造を形成しており、この囲むように存在するT細胞は 'peri-insulitis' にみられるものに類似しているのではないかと考えた。'peri-insulitis' とは血糖が正常化したnon-obese diabetic(非肥満糖尿病)マウスにおいて、抑制性T細胞(Treg)が膵島の周囲を取り囲むように存在している現象を呼んだものである。異種移植の系でも、新生仔のブタの胸腺を移植した無胸腺マウスでは宿主のマウスTregがブタに対する免疫反応を抑制したことを示した報告がある。また、ヒト胎仔では在胎早期にはTregが高い割合で存在し、それが胎齢が進むにつれて下がり、出生時には成人の末梢血と同レベルになることが報告されている。さらに、ヒト胎仔のTregは胎児期の未発達なT細胞が自己または母由来の抗原に対して過剰な反応をするのを抑える働きをしていることがいわれている。これらのことから、在胎早期のヒツジ胎仔においてもTregが高い割合で存在し、移植後比較的初期には異種のES細胞に対する免疫反応を抑制していたという可能性は十分にある。

ヒツジにおいてTregはまだ調べられていないが、転写因子のFoxp3はTregの最も特異的なマーカーの一つと考えられており、種間で相同性が高いことが知られているのでヒツジのfoxp3に相当する配列をクローニングし、他の種の動物のFoxp3と高い相同性があることが確認した(ヒトと90%、マウスと88%、ウシと99%の相同性)。次に、ヒツジfoxp3に反応するFoxp3抗体を用いて、在胎48日に移植した細胞を移植2週間後に取り囲んでいたT細胞を染色したところ、半数以上がFoxp3陽性であることが分かった。また、出生後に採取した腫瘍にみられたT細胞のうち10-20%がFoxp3陽性であった。これらのことから、ヒツジ胎仔に移植したES細胞が長期間にわたって生着できたことにTregが関与している可能性が十分あると考えられた。

今回の研究では、ヒツジに子宮内移植(胎仔移植)した異種霊長類ES細胞が分化し、長期間肉眼的に生着しうることを示した。今後、ヒツジ体内に霊長類の組織を十分量作るためには、追加移植に成功する必要があると考えられ、生後もTregが異種免疫を抑制するように操作する、あるいはES細胞由来の造血キメラを構築し、免疫寛容を誘導するなどのさらなる工夫が必要である。

今回得られたカニクイザルの細胞は奇形種形成能を失っていると考えられ、安全性の観点からは臨床応用に一歩近づいた細胞といえる。しかしながら、得られた細胞が機能をもつようにあるいは組織として働けるようにしないと臨床応用は難しい。移植したES細胞は移植部位の影響を受けつつ分化していくことが分かっており、移植部位の工夫が何らかの役に立つ可能性はある。また、ES細胞に遺伝子導入を行ったり、移植前に初期分化させたりすることも役立つ可能性があり、今後の検討課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はヒトES細胞の異種大型動物内でのin vivo環境を利用した分化の可能性を調べるため、ヒトES細胞と性質がほぼ等しいカニクイザルES細胞をヒツジ胎仔に移植する系にて、生着の条件およびメカニズムならびにヒツジ体内でのES細胞の分化の程度の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.在胎43‐67日のヒツジ胎仔15頭36箇所へ細胞数を振って皮下に移植を行った結果より、カニクイザルES細胞のヒツジ胎仔での生着条件は在胎50日未満の胎仔に1 x 106個以上の細胞を移植することであることが示された。

2.生着した組織を組織学的に検索した結果、3胚葉性を示し、神経上皮、軟骨、腺管上皮といった成熟した組織構造をもつ部分も見られた。また、生着した組織においては未分化性を示すES細胞マーカーOct3は陰性であり、約60%の細胞においてMHC class I抗原が発現していることが示された。

3.生着条件が在胎50日未満の胎仔に移植することである理由を調べるために在胎50日未満(48日)と以降(60日)のヒツジ胎仔へそれぞれ移植を行い、移植後5日と2週間における移植細胞の存在と細胞浸潤を組織学的に検索した。移植後5日では、両者で移植細胞の存在を確認でき、細胞浸潤はみられなかった。移植後2週間では在胎48日に移植した群では移植細胞の増殖がみられたのに対し、在胎60日に移植した群では移植細胞はみられず肉芽組織のみみられた。また、移植後2週間では在胎48日に移植した群では移植部位にマクロファージの浸潤はみられず、移植細胞周囲にT細胞が多数存在したのに対し、在胎60日に移植した群では移植部位にマクロファージ、T細胞、B細胞の浸潤がみられ、免疫により排除されることが示された。

4.出生時に生着がみられたヒツジにおいて、生着組織内にも免疫細胞浸潤がみられ、生後経時的に調べたところ、次第に宿主由来の肉芽に置き換わっていくことが分かった。移植細胞に対する液性免疫および細胞性免疫をそれぞれflow cytometryおよびmixed lymphocyte reactionsを用いて調べたところ、生着がみられたヒツジにおいて両者が働いていることが示された。また、同じ移植細胞を生着がみられたヒツジに追加移植してもさらなる生着はみられず、免疫寛容は誘導されていないことが示された。

5.在胎48日に移植した群で移植後2週間において移植細胞が宿主のT細胞で取り囲まれていたことに着目し、これが抑制性T細胞(Treg)であり、移植細胞の生着に働いている可能性を考え、免疫染色を行った。まず、ヒツジのTregは研究されていないため、Tregの特異的なマーカーである転写因子Foxp3をクローニングし、種間での高いhomologyを確認した。さらに、ヒツジFoxp3を強制発現した細胞を用いてヒツジFoxp3を認識する抗体を見つけた。この抗体を用いて免疫染色を行ったところ、在胎48日に移植した群で、移植後2週間に移植細胞を取り囲んでいたT細胞の半数以上がTregであることが示された。さらに、出生時の生着組織の中に存在したT細胞の10-20%がTregであることが示された。

以上、本論文はカニクイザルES細胞のヒツジ胎仔への移植により、霊長類ES細胞が大型動物内に長期に生着しうること、および胎仔における異種ES細胞に対する免疫機構の一部を明らかにした。本研究は、今後のヒトES細胞の異種in vivo環境を用いた分化の研究の土台となると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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