学位論文要旨



No 123758
著者(漢字) 趙,琳
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,リン
標題(和) ヒト子宮内膜癌細胞株に対するGHRHアンタゴニストの細胞増殖抑制効果の作用メカニズム
標題(洋) Cellular Mechanisms of Growth Inhibition of Human Endometrial Cancer Cell Line by An Antagonist of Growth Hormone-Releasing Hormone
報告番号 123758
報告番号 甲23758
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3097号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 講師 八杉,利治
 東京大学 講師 飯島,勝矢
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 山田,芳嗣
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

子宮体癌は婦人科悪性腫瘍のなかで最も発生頻度が高いものの一つである。米国の2007年の統計では、毎年4万人が発症し7千人が死亡すると推測している。日本でも子宮頸癌に比べて子宮体癌の患者数は増加傾向にある。進行性・転移性の子宮体癌に対して現在施行されている手術、化学治療、放射線治療及びホルモン治療の効果はまだ不十分であり、さらなる新規治療法が期待されている。

最近、婦人科腫瘍に対する内分泌療法の一つとして、growth hormone-releasing hormone (GHRH) アンタゴニストが、乳癌、前立腺癌、膵臓癌、肺小細胞癌などに対して抗腫瘍効果をもつことが明らかになってきた。ペプチドアナログは従来の抗癌剤に比べて副作用が少なく、QOLの面からも今後ますます重要な位置を占めることになると期待されている。GHRH アンタゴニストの抗腫瘍作用はin vivoで下垂体からのGH 分泌と肝臓からのIGF-I分泌を抑制することによる間接作用が考えられる一方、in vitroで癌細胞の増殖を抑制するという直接作用も示されている。しかしながら、現在、直接作用のメカニズムはまだ充分に明らかにされていない。GHRHアンタゴニストの直接的抗腫瘍効果の一部として、腫瘍で産生されるGHRHと腫瘍上のGHRHレセプターの間の刺激ループをブロックすること、腫瘍からのIGF-I / IGF-IIの分泌産生を抑制することなどが報告されている。また、cAMP、PKC、MAPK、c-fos、c-junなどの細胞内情報伝達系がGHRHアンタゴニストの抗腫瘍作用に関与することも報告されている。

新規GHRHアンタゴニストMZ-5-156 [PhAc-Tyr1, D-Arg2, Phe(4-Cl)6, Abu15, Nle27]hGHRH-(1-28)Agm (註 PhAc: phenylacetyl, Phe(4-Cl): 4-chlorophenylalanine, Abu: α-aminobutyric acid, Nle: norleucine, Agm: agmatine) は共同研究者である米国マイアミ大学のAndrew V. Schally 教授(1977年度ノーベル医学生理学賞受賞)の研究室で合成された。本研究では、GHRHアンタゴニストMZ-5-156によるヒト子宮内膜癌細胞株HEC-1Aに対する直接的増殖抑制効果を検証し、さらに、その作用メカニズムについてアポトーシスの観点より検討した。

[方法と結果]

(1)GHRHおよびGHRH SV1レセプターのmRNAの発現

腫瘍GHRH レセプターは下垂体GHRH レセプターのsplice variant (SV)であり、中でもSV1は下垂体GHRH レセプターに最も構造的に類似し主要な働きをすると報告されている。子宮内膜癌細胞株HEC-1AからRNAを抽出し、 RT-PCR法にてGHRH 及びGHRH SV1レセプターのmRNAの発現を解析した。GHRH 及びGHRH SV1レセプターは、HEC-1A細胞株に発現しており、そのPCR産物はDNAシーケンサーにより同定された。

(2)癌細胞増殖抑制効果

MZ-5-156のHEC-1A細胞に対する直接的増殖抑制効果は、3-(4, 5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium, inner salt] (MTS) assayにより解析した。96ウエルプレートにHEC-1A細胞を培養しMZ-5-156を添加し48時間後、細胞生存率はMZ-5-156 10-7~10-5Mの範囲で濃度依存的に減少した。10-6Mでは対照の75.3%、10-5Mでは対照の52.1%に減少した。細胞増殖抑制効果は72時間まで持続した。すなわち、MZ-5-156はヒト子宮内膜癌細胞株HEC-1Aに対して直接的な細胞増殖抑制効果を示した。

(3)アポトーシス誘導効果

MZ-5-156がHEC-1A細胞に対してアポトーシスを誘導するか否かをHoechst 33342染色法およびフロサイトーメトリーにより検討した。Hoechst 33342染色法では、MZ-5-156 10-6Mを添加し48時間後のアポトーシス陽性率は19.4 ± 0.8 %で、対照の5.6 ± 0.5 %に対して有意に高かった。次に、HEC-1A細胞培養系にMZ-5-156 10-6Mを添加し24, 48, 72時間後に細胞を回収し70%エタノールで一晩固定した。RNase処理とpropidium iodine染色の後、フロサイトメトリーを施行した。MZ-5-156 処理48、72時間後にアポトーシス細胞の割合は15.7 ± 0.7 %、19.1 ± 0.7 %で、対照の5.2 ± 0.7 %、6.2 ± 0.7 %に対して有意に高かった。すなわち、Hoechst 33342染色法およびフロサイトーメトリーによりMZ-5-156はHEC-1A細胞に対してアポトーシスを誘導した。

(4)アポトーシス関連タンパク質の発現量の変動

HEC-1A細胞培養系において、Fas、phospho-p53 (Ser46)、p53AIP1、Bcl-2、Caspase-3, -8, -9などのアポトーシス関連タンパク質の発現量をWestern blot法にて検討した。MZ-5-156 10-6Mを添加し48時間後、phospho-p53 (Ser46)、p53AIP1、Fas発現量は対照の155.4 ± 5.2 %、133.2 ± 10.6 %、135.3 ± 9.5 %に有意に増加し、Bcl-2発現量は対照の40.0 ± 6.1 %に有意に減少した。活性型Caspase -3, -8, -9の発現量は各々対照の143.8±13.9 %、164.7±10.5 %、182.0±23.5 %に有意に増加した。

[考察]

本研究により、ヒト子宮内膜癌細胞株HEC-1AにおけるGHRH およびGHRH SV1レセプターのmRNAの発現が明らかにされた。これは、HEC-1A細胞において産生されるGHRHが局所因子としてオートクリン・パラクリン的に作用し、その増殖に関与する可能性を示している。また、GHRHアンタゴニストのMZ-5-156による直接的細胞増殖抑制効果が認められた。さらに、Hoechst 33342染色法およびフロサイトメトリーにてMZ-5-156のアポトーシス誘導効果が確認された。すなわち、MZ-5-156の癌細胞増殖抑制作用はアポトーシス誘導を介していることが示唆された。

癌抑制遺伝子であるp53は転写活性化因子として働き、その標的遺伝子の発現誘導を介して細胞周期、アポトーシス及びDNA修復を制御することが知られている。p53によるアポトーシス誘導機構には、death receptorを介する外経路とミトコンドリアを介する内経路が重要な役割を担うことが報告されている。外経路ではFasやTNFレセプターなどのdeath receptorを介してタンパク複合体 (death inducing signaling complex, DISC) が形成されCaspase-8が活性化されて、さらに下流のCaspase-3が活性化されアポトーシスを誘導する。一方、内経路ではBcl-2ファミリー分子の欠損および新規同定されたp53AIP1 (p53-regulated Apoptosis-Inducing Protein 1) の過剰発現によりミトコンドリアの膜電位低下と膜透過性亢進が生じ、ミトコンドリアから流出したシトクロムcがApaf-1と結合してCaspase-9を活性化し、続いてCaspase-3が活性化されアポトーシスを誘導する。本研究において、アポトーシス関連タンパク発現量の変動を検討した結果、phospho-p53 (Ser46)、p53AIP1、Fas、Caspase-8、-9、-3のタンパク発現量の増加およびBcl-2のタンパク発現量の減少が認められた。 すなわち、GHRHアンタゴニストMZ-5-156によるアポトーシス誘導効果においてp53依存性の外・内経路がともに機能していることが示唆された。以上より、GHRHアンタゴニストMZ-5-156は子宮内膜癌をはじめとする婦人科悪性腫瘍に対する新規ホルモン療法としての臨床応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はgrowth hormone-releasing hormone (GHRH)アンタゴニストMZ-5-156によるヒト子宮内膜癌細胞株HEC-1Aに対する直接的増殖抑制効果を検証し、さらに、その作用メカニズムについてアポトーシスの観点より検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.RT-PCR法によりヒト子宮内膜癌細胞株HEC-1AにGHRH およびGHRH レセプターSV1のmRNAの発現が確認された。さらに、そのPCR産物はDNAシーケンサーにより同定された。

2.GHRHアンタゴニストのMZ-5-156による直接的細胞増殖抑制効果は3-(4, 5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium, inner salt] (MTS) assayにより解析した。MZ-5-156はヒト子宮内膜癌細胞株HEC-1Aの細胞増殖を濃度・時間依存的に有意に抑制し、直接的な細胞増殖抑制効果を示した。

3.Hoechst 33342染色法およびフロサイトメトリーによりMZ-5-156のアポトーシス誘導効果が確認された。すなわち、MZ-5-156の細胞増殖抑制作用はアポトーシス誘導を介していることが示唆された。

4.Western blot法にてアポトーシス関連タンパク発現量の変動を検討した結果、phospho-p53 (Ser46)、p53AIP1、Fas、Caspase-8、-9、-3のタンパク発現量の増加およびBcl-2のタンパク発現量の減少が認められた。すなわち、GHRHアンタゴニストMZ-5-156によるアポトーシス誘導効果はp53依存性の外経路・内経路がともに機能していることが示唆された。

以上、本論文は、ヒト子宮内膜癌細胞株HEC-1AにおいてGHRH、GHRHレセプターSV1のmRNAの発現、およびGHRHアンタゴニストMZ-5-156によるp53依存性のアポトーシス経路を介する直接的細胞増殖抑制効果を明らかにした。本研究は、ヒト癌細胞に対するGHRHアンタゴニストの細胞増殖抑制効果の作用メカニズムの解明に重要な貢献をなし、学位の授与に値するものと考えられる。

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