学位論文要旨



No 123759
著者(漢字) 長阪,一憲
著者(英字)
著者(カナ) ナガサカ,カズノリ
標題(和) ヒトパピローマウイルス陽性子宮頸癌に対するユビキチンプロテアソームシステムを標的とした新規治療法の検討
標題(洋)
報告番号 123759
報告番号 甲23759
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3098号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 准教授 金森,豊
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 講師 百枝,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

子宮頸癌の発癌過程には、ヒトパピローマウイルス(Human Papilloma Virus 以下HPVと略)が関与することは疫学的に明らかになっている。すなわち、適切な組織採取を行えば、子宮頸癌の95-100%にHPVの感染が確認される。HPVは約6.8~8 Kbpのゲノムを持つ2本鎖DNAを有する腫瘍ウイルスである。ヒトの皮膚や粘膜などの上皮に感染する。サブタイプは100を超え、子宮頸癌ではこの内、HPV16、18、52、58、59が多く、特にHPV16は約50%、HPV18は約20%以上に同定されることが報告されている。HPVはさらに、外陰部などに発生する良性の尖形コンジローマなどの発生に関与する6、11型などのローリスクHPVと、子宮頸癌やその前癌病変である異型上皮症の発生に関連するハイリスクHPVの2種類に分類される。HPVのDNAは環状であり、遺伝子構成は遺伝子発現の調節領域であるURR (upstream regulatory region) 、ウイルスの複製に関与するearly viral geneと呼ばれるE1、E2、E4、E5、E6、E7の6遺伝子、そしてウイルスキャプシドをコードするlate viral geneと呼ばれるL1、L2に分かれている。この中で発癌過程に関与しうる機能を示すのはE6、E7であるとされる。ハイリスクHPVに感染した子宮頸部の細胞は、E6、E7癌蛋白が細胞内で過剰発現することによって、通常数年から数十年の期間を経て発癌すると考えられている。この過程でHPVのゲノムはヒトのゲノムと組み換えを起こし、E6、E7癌遺伝子とそのプロモーターであるURRを含んだ領域が組み込まれた細胞が高率に癌化能を得ることができる。ハイリスクHPVの持つE6、E7癌蛋白は、それぞれヒトの細胞周期やアポトーシスを制御する癌抑制蛋白であるp53、pRBの不活性化に加え多様な生物活性を有しており、ヒト正常細胞を単に不死化するだけでなく、悪性形質の付与にも積極的に関与していることが明らかになってきている。

ユビキチンプロテアソームシステムによる蛋白分解は80%以上の細胞内蛋白の分解に関与しており、細胞周期制御、アポトーシス制御、血管新生など癌の増殖や転移、あるいは免疫や炎症応答になどに必須な様々な局面において重要な役割を担っている。近年、このユビキチンプロテアソームシステムをウイルスが、感染と自己複製のために、このシステムを操作していることも明らかになってきている。プロテアソームはユビキチンが付加された蛋白を認識し、分解の標的とする。HPVはE6とE7が協調して永続的な感染と複製を促進するために、細胞周期制御、アポトーシス制御、増殖制御などを行う蛋白質であるp53、RB、human Scribble (以下hScrib)、hDlgなどといった鍵となる癌抑制蛋白質を、ユビキチンプロテアソームシステムを利用し、標的として分解する。

E6癌蛋白に標的とされ不活性化されるものとしては、p53の他に、hScrib、 hDlg、MAGIファミリー、MUPP1などPDZ domain含有蛋白質が報告されているが、その中でhScribとhDlgのショウジョウバエのホモログである、Scribble, Discs largeは、neoplastic tumor suppressor proteinsと呼ばれ細胞極性を決定する機能を有し、その遺伝子変異導入により個体は細胞極性の崩壊とともに増殖能を持つようになるため、癌抑制蛋白であることが証明されている。ショウジョウバエを用いた研究によると、neoplastic tumor suppressor proteins は、Scribble、Discs large 、lglなどを含め、数種類が報告されているが、多くの癌抑制蛋白と異なり、細胞構築の乱れや異常増殖能の獲得といった癌細胞特有の悪性化に重要な癌抑制蛋白とされている。hDlgはN末端に3つのPDZ domainを持ち、他にSH3、GuKというdomainを持つ蛋白構造をしている。このような構造を持つ蛋白質は、細胞増殖などの細胞外シグナルを細胞膜や細胞骨格に伝えているMAGUK (membrane-associated guanylate kinase)蛋白と呼ばれている。hDlgは、細胞膜のadherens junctionに発現し、神経芽細胞や上皮細胞においては紡錘体形成に関与し、また大腸癌で多くの変異が報告されている癌抑制蛋白である adenomatous polyposis coli (以下APC) および、APCの結合蛋白で、細胞接着に関与している蛋白であるβ-cateninと協調して、細胞構築や細胞周期制御に関与していることが証明されている。一方、hScribはLAP( leucine-rich and PDZ domain )ファミリーの蛋白とされ、16のleucine-rich repeats (LRRs)と4つのPDZ domainを持っており、hDlgと同じく細胞膜のadherence junctionに発現する。私は、hScribを発現した細胞では、細胞周期のG0/G1からS期への進行が著明に低下し、増殖が制御されていることを報告した。この研究では、細胞周期調節能および細胞増殖抑制能にhScribのどの部位が重要であるかを検討したところ、hScribがその抗腫瘍効果を示すには少なくとも、16のLeucine-rich repeatsと1番のPDZ domainを必要であり、またhScribがその抗腫瘍効果を示すのに必要なdomainに含まれる領域と結合する蛋白を検索したところ、PDZ domainに癌抑制蛋白APCが結合することが明らかになった。そのため、hScribが癌抑制蛋白の働きを持つためには、細胞の増殖抑制に重要な機能をもつAPCとPDZ domainを介して結合することが不可欠であることより、hScribはAPCと協調して細胞の増殖制御に関わることがわかった。

一方、ハイリスクE6癌蛋白質はそのC末端にhScribやhDlgの持つPDZ domainに結合するT/S-X-L/V配列(スレオニン/セリン-不特定のアミノ酸-ロイシン/バリン:以後T/S-X-L/V)を持っており、この配列はハイリスクHPV E6癌蛋白で共通に保存されており、ローリスクHPV E6癌蛋白には認められていない。ハイリスクE6癌蛋白は、PDZ domainのT/S-X-L/V配列を介してhScribやhDlgと結合し、ユビキチン化を介して分解するが、p53と同様に、細胞中のユビキチンプロテインリガーゼであるE6APとE6癌蛋白が、標的蛋白質と三量体を形成することにより起こりE6AP依存的なユビキチンプロテアソームシステムで分解していることが明らかになっている。

そこで今回、私は、子宮頸癌の発癌過程において、HPVが細胞内で感染し、重要な癌抑制蛋白を分解し発癌に関与するというメカニズムに着目し、E6癌蛋白の利用するユビキチンプロテアソームシステムをターゲットとしたHPV陽性子宮頸癌に対する抗腫瘍効果について、HPV陽性子宮頸癌細胞株であるCaSki細胞、HeLa細胞またHPV陰性子宮頸癌細胞株であるC33a細胞を用いて、ユビキチンプロテアソームシステムの蛋白分解装置であるプロテアソームをプロテアソーム阻害剤であるMG132によって不活性化し、細胞内でのp53、hDlg、hScribの蛋白発現の安定化、アポトーシス誘導能、抗腫瘍効果について検討した。まず、MG132の細胞増殖抑制効果、細胞毒性についてはMTTアッセイ法にて検討を行った。CaSki、HeLa細胞では感受性が高く、(CaSki; IC50 1.12±0.06μM, HeLa; IC50 7.43±1.24μM)、一方でHPV陰性子宮頸癌細胞株であるC33aは感受性が低かった (IC50 > 10μM)。子宮頸癌細胞内でのp53、hDlg、hScribの蛋白発現の安定化についてはウエスタンブロット法にて解析を行い、アポトーシス誘導能についてはAnnexinV染色、TUNELアッセイにて解析を行った。CaSki、HeLa細胞では、hScrib、hDlg、p53の蛋白発現の安定化がMG132添加時間および濃度依存的に観察され、CaSki細胞では98%、HeLa細胞では80%にアポトーシス誘導が観察されたが、C33a細胞では、癌抑制蛋白の発現増加は見られず、10%にのみアポトーシス誘導が観察され、HPV陽性細胞でのみ、MG132の有意な抗腫瘍効果が高く認められることがわかった。また、このアポトーシス誘導能が、細胞周期のG1期およびG2期における細胞周期停止により、引き起こされることがフローサイトメトリーを用いた解析により明らかになった。また、一般にプロテアソーム阻害剤は、NF-kBの活性化を阻害することにより、抗腫瘍効果を持つとされる。また、子宮頸癌細胞においてもNF-kBの活性化が病変の進行とともに認められるとされているが、MG132によるプロテアソームを阻害した解析では、HeLa細胞ではNF-kBの活性化阻害能を認めたが、CaSki細胞では有意なNF-kBの活性化阻害を認めることはできなかった。一方、in vivoでは、私は、まずHPV陽性細胞、陰性細胞をSCIDマウスに皮下移植して各子宮頸癌細胞の担癌ヌードマウスを作成し、それぞれのマウスにMG132の腹腔内投与を行うことで、マウス皮下の腫瘍に対する抗腫瘍効果の検討を行った。HPV陽性担癌マウスではMG132の投与により腫瘍サイズの著しい縮小効果(縮小率95%)が癌抑制蛋白の安定化とともに認められた。これらの結果からHPV陽性子宮頸癌に対し、プロテアソーム阻害剤の子宮頸癌に対する抗腫瘍効果は、HPVにより標的とされていた癌抑制蛋白を賦活化することで引き起こされていると考えられ、今後の子宮頸癌に対する臨床応用の可能性を示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、HPV陽性子宮頸癌細胞において共通して存在するE6およびE6AP依存的ユビキチンプロテアソームシステムに注目した、プロテアソーム阻害剤を用いたHPV陽性子宮頸癌に対する新規治療法の検討を行った。細胞は、HPV陽性子宮頸癌細胞株であるCaSki細胞、HeLa細胞またHPV陰性子宮頸癌細胞株であるC33a細胞を用いた。E6癌蛋白が利用する、ユビキチンプロテアソームシステム分解系の蛋白分解装置であるプロテアソームを、プロテアソーム阻害剤であるMG132によって不活性化し、E6癌蛋白に標的とされ分解を受けていた細胞内での癌抑制蛋白(p53、hDlg、hScrib)の蛋白発現の安定化、アポトーシス誘導能、抗腫瘍効果を導く仮説を立て、HPVの発癌過程で利用されるユビキチンプロテアソームシステムを標的する新規治療の臨床応用を目指した基礎的検討を行い、下記の結果を得ている。

(1)MG132の細胞増殖抑制効果、細胞毒性についてはMTTアッセイ法にて検討を行った。CaSki、HeLa細胞では感受性が高く、(CaSki; IC50 1.12±0.06μM, HeLa; IC50 7.43±1.24μM)、一方でHPV陰性子宮頸癌細胞株であるC33aは感受性が低かった (IC50 > 10μM)。

(2)MG132添加時間および濃度依存的に、HPV陽性細胞株(CaSki, HeLa) では分解されていたp53、hScrib、hDlgの蛋白発現の安定化が認められた。

(3)MG132により、HPV陽性細胞株(CaSki, HeLa)では細胞周期のG1期/G2期停止が起こり、アポトーシスが誘導された。

(4)HPV陽性子宮頸癌細胞に対するMG132の抗腫瘍効果は、他の癌種で指摘されているようなNFkBの活性化制御によるものではなく、癌抑制蛋白の発現回復による可能性が高い。

(5)HPV陽性子宮頸癌担癌マウスでのみ、 MG132腹腔内投与によるp53、hDlg、hScrib蛋白量の回復が見られ、これらの癌抑制蛋白の発現回復とともにアポトーシスが誘導される抗腫瘍効果が見られた。

以上の基礎的検討により、本研究は、現在、標準療法として使用されている化学療法では多くとも20~30%の奏効率である子宮頸癌治療において、より奏効率の高い治療法の候補として、プロテアソーム阻害剤は、新規に提唱できる可能性を秘めていると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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