No | 123760 | |
著者(漢字) | 傅,莉 | |
著者(英字) | Fu,Li | |
著者(カナ) | フ,リ | |
標題(和) | 子宮内膜症に対する直接的な治療効果を持つ薬物の開発に関する基礎研究 | |
標題(洋) | Study towards the Development of New Medical Therapies for Endometriosis | |
報告番号 | 123760 | |
報告番号 | 甲23760 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3099号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【緒言】 現在、子宮内膜症に対してはいくつかのは薬物療法がある。しかし、ほとんどの場合、副作用や治療終了後の再発が問題となっている。よって、さまざまな薬剤を組み合わせ、長期的な展望のもとに個別的な管理が必要となっている。このような背景のもと、子宮内膜症の新たな治療薬物の開発が期待されている。一方、子宮内膜症の発生機序などについては不明な点が多く、新たな子宮内膜症治療薬の開発のためには、その病態に関しての研究が必須である。 Dienogest は合成のプロゲスチン薬剤で、高度のプロゲスチン活性および抗アンドロゲン活性、わずかな抗ゴナドトロピン活性を持つ。これまでDienogestの子宮内膜症に対する治療効果が動物実験および臨床試験により報告されている。これらの作用は中枢抑制によるとされているが、子宮内膜症病変に対する直接作用の可能性も推測されている。本研究では、Dienogestによる子宮内膜症間質細胞(ESC)に対する直接的細胞増殖抑制効果を検証し、さらに、そのメカニズムについて、細胞周期の観点より検討した。 つぎに、Growth hormone releasing hormone(GHRH)に関してであるが、GHRHは中枢組織と同様に末梢組織において広く発現しており、多くの悪性腫瘍においても存在していることが近年報告されている。末梢組織におけるGHRHの生理的な作用はまだ不明で、悪性腫瘍組織においては成長因子として悪性腫瘍進展におけるGHRHの関与が示唆されている。この細胞増殖効果はSpliced variant1(SV1)という受容体を介し、cyclic AMP(cAMP)の産生を伴うことが示されている。一方、子宮内膜組織および子宮内膜癌にGHRHが発現することが報告されている。しかしながら、GHRHが子宮内膜症に関係するか否かは未だ不明である。よって、本研究では子宮内膜症における子宮内膜および子宮内膜症病変においてGHRHおよびGHRHのSV1受容体mRNAの発現を検討し、GHRHによる子宮内膜症病変の影響について、細胞増殖および細胞周期の観点より調べた。 【方法と結果】 検体の採取およびESC細胞培養に関し、東京大学倫理委員会により承認を受けている。 (一)Dienogestの子宮内膜症間質細胞(ESC)に対する直接作用についての検討 (1)細胞増殖抑制効果 DienogestのESC細胞に対する直接的細胞増殖抑制効果をみるために、DNAへの5-Bromo-2'-deoxyuridine (BrdU)取り込み法にてDNA合成能を解析した。先ず、96ウエルプレートにESC細胞を培養しDienogest を添加後、BrdUで細胞をラベリングした。次に、細胞を固定し抗BrdU抗体と反応させ、ELISA法でDinogestのDNA合成能に対する影響を検討した。Dienogestを添加し24時間培養後、ESCのDNA合成能は10-7Mと10-6Mの濃度で濃度依存的に減少した。すなわち、DienogestはESC細胞に対する直接的な細胞増殖抑制効果を示した。 (2)細胞周期のG0/G1 arrestの誘導 ESC培養系にDienogest10-6Mを添加し、24と48時間後に細胞を回収し、70%エタノールで一夜固定した。そしてRNase処理とpropidium iodine染色を施行し、フロサイトーメトリーで細胞周期の分布を解析した。Dienogest10-6M添加24時間後に、対照と比較しG0/G1期は2.0%増加した。またそれに伴いS期は7.1%とG2/M期は10.6%減少した。48時間後もこの効果が持続していた。すなわち、DienogestはESCにおいてG0/G1 arrestの誘導効果を示した。 (二)子宮内膜症の病態におけるGHRHおよびGHRHのSV1受容体の関与についての検討 (1)子宮内膜および子宮内膜症病変におけるGHRHおよびGHRHのSV1受容体mRNAの発現 20人の非子宮内膜症患者からの子宮内膜、27人の子宮内膜症患者からの子宮内膜および子宮内膜症病変を採取し、Isogenを用いたacid guanidinium-phenol-chloroform 法にてRNAを抽出し、RT-nested PCR法にてGHRHおよびGHRHのSV1受容体mRNAの発現を解析した。3種類の検体においてGHRH mRNAの発現の割合はそれぞれ25%、26%、24%で、ほぼ同程度であった。一方、SV1受容体mRNAは子宮内膜症病変に63%の割合で発現していたが、子宮内膜においては0%(子宮内膜症患者)、10%(非子宮内膜症患者)と有意に少なかった。11人の非子宮内膜症患者からの正常卵巣ではGHRH mRNAは100%で、SV1受容体mRNAは0%で発現した。PCR産物はDNAシーケンサーにより同定された。以上の検体において、全体的にSV2、SV3、SV4mRNAは発現しなかった。 (2)腹腔内骨髄由来細胞(PBMC)おけるGHRHのmRNAの発現 10人の子宮内膜症患者および6人の非子宮内膜症患者から腹水を採取し、Ficoll-Paqueを用いてPBMCを分離した。先述のように、RT-nested PCRより、PBMCにおいて、GHRH mRNAが発現を調べた。子宮内膜症患者のPBMCおよび非子宮内膜症患者のPBMC において、70%、100%の割合で発現した。 (3)hGHRH(1-29)NH2刺激によるESCでのcAMP産生 先ず、培養ESCにおけるSV1受容体mRNAの発現を解析した。SV1受容体mRNAの発現を認められたESC細胞を(3)、(4)、(5)の実験に用いた。24ウエルプレートにESCを血清不含の培養液で48時間培養した。その後、hGHRH(1-29)NH2を添加し2時間刺激した後の培養上清を回収しEIA法を行った。培養上清中のcAMPはhGHRH(1-29)NH210-9M~10-6Mの範囲で濃度依存性に増加した。 (4)hGHRH(1-29)NH2によりESCの細胞増殖亢進効果 BrdU 取り込み法を用いた細胞増殖についての検討では、hGHRH(1-29)NH2 10((-7)Mを添加し24、48時間後のESC細胞のDNA 合成能は、各々対照の20%、27%に亢進していた。また、hGHRH(1-29)NH2 10(-6)M添加では、23%と33%に亢進した。しかしながら、SV1受容体の発現が認められなかったESCでは、hGHRH(1-29)NH2による増殖亢進作用は認められなかった。 (5)hGHRH(1-29)NH2によりESCの細胞周期の促進誘導 ESCにhGHRH(1-29)NH210-6M刺激24、48時間後、上述のように、細胞を処理し、フローサイトーメトリーで細胞周期について検討した。hGHRH(1-29)NH2 10-6Mにより、S期とG2/M期細胞の割合は対照群と比較して有意に高値であった。一方、G0/G1期細胞の割合は減少していた。 【考察】 (一)Dienogestの子宮内膜症間質細胞(ESC)に対する直接作用についての検討 本研究により、ESCにおけるDienogestによる直接的な細胞増殖抑制効果が認められた。細胞周期の分析により、DienogestはG0/G1 arrestを誘導した。すなわち、DienogestのESC細胞増殖抑制作用には、G0/G1 arrestの誘導が関与していることが示唆された。また、この直接作用はDinogestの臨床治療濃度で誘導できることが示された。プロゲステロン抵抗性は子宮内膜症の病因の一つとして考えられており、子宮内膜症の治療において問題となるとされている。しかしながら、本研究ではDienogestの局所作用が示され、子宮内膜症の新たな薬物療法の選択肢となる可能性が考えられた。 (二)子宮内膜症の病態におけるGHRHおよびGHRHのSV1受容体の関与についての検討 本研究により、子宮内膜および子宮内膜症病変におけるGHRHおよびGHRHのSV1受容体のmRNAの発現が明らかにされた。また、PBMCにおいてGHRHのmRNAの発現が示された。SV1受容体の発現があるESCにおいて、GHRHによりcAMPが産生され、BrdU取り込み法とフローサイトリー法にてGHRHの直接的細胞増殖亢進や細胞周期の促進誘導作用が示された。すなわち、GHRHはESCにおける成長因子として作用する可能性が示唆された。同時に、SV1受容体の発現が子宮内膜および子宮内膜病変の間で有意差をもって、子宮内膜症病変におけて高い発現割合を認めた。子宮内膜症病変は子宮内膜よりGHRHに対して高い感受性を持つ可能性が考えられた。また、GHRHのmRNAは子宮内膜と子宮内膜症病変において発現割合が同程度に低く、PBMCにおけるGHRHのmRNAの発現が局所因子として注目された。すなわち、子宮内膜症病変および腹腔PBMC由来のGHRHが局所因子として子宮内膜症の発症、病態の進展に影響を与えている可能性がと考えられた。この結果より、GHRHアンタゴニストの子宮内膜症の局所的な治療としての可能性が推測された。 【結論】 1.DienogestのESCに対する直接的な細胞増殖抑制効果が認められた。この増殖抑制作用は、細胞周期のG0/G1 arrestの誘導によるものと考えられた。 2.子宮内膜症において、GHRHおよびGHRHのSV1受容体mRNAの発現が認められた。ESCにおけるSV1受容体を介したGHRHの作用が示唆され、GHRHによる直接的細胞増殖亢進や細胞周期の促進誘導作用が示された。子宮内膜症病変および腹腔PBMC由来のGHRHは局所因子として子宮内膜症の発症、進展に影響を与えている可能性があると考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は子宮内膜症に対する直接的な治療効果を持つ薬物の開発を目指して、(1)Dienogestの子宮内膜症間質細胞(ESC)に対する直接的細胞増殖抑制効果と、そのメカニズムについての細胞周期の観点からの検討、(2)子宮内膜および子宮内膜症病変におけるGHRHおよびGHRHのSV1受容体mRNAの発現と、GHRHがESCの細胞増殖および細胞周期に与える影響、の2項目について研究し以下の結果を得ている。 (1)DienogestのESCに対する直接作用についての検討。 1.DienogstのESCに対する直接的細胞増殖抑制効果は、DNAへの5-Bromo-2'-deoxyuridine (BrdU)取り込み法にてDNA合成能を指標として解析した。DienogestはESC細胞のDNA合成能を抑制し、直接的な細胞増殖抑制効果を示した。 2.フロサイトーメトリーで細胞周期の分布を解析した結果、DienogestはESC細胞においてG0/G1期停止を誘導した。 (2)子宮内膜症の病態におけるGHRHおよびGHRHのSV1受容体の関与についての検討。 1.RT- nested PCR法により、子宮内膜および子宮内膜症病変におけるGHRHおよびGHRHのSV1受容体mRNAの発現が明らかにされた。さらに、PCR産物はDNAシーケンサーにより同定された。非子宮内膜症患者からの子宮内膜、子宮内膜症患者からの子宮内膜および子宮内膜症病変、3種類の検体においてGHRH mRNAの発現はほぼ同程度であった。一方、SV1受容体の発現が子宮内膜および子宮内膜病変の間で有意差をもって、子宮内膜症病変におけて高い発現割合を認めた。子宮内膜症病変は子宮内膜よりGHRHに対して高い感受性を持つ可能性が考えられた。 2.先述のように、RT-nested PCRより、子宮内膜症患者のPBMCにおいて、GHRH mRNAの発現が確認され、ESCのSV1受容体に作用する局所因子として考えられた。 3.GHRHによるESCでのcAMP産生がEIA法にて確認され、ESC細胞はGHRHに対して感受性を持つことが示された。 4.BrdU取り込み法とフローサイトリー法にてGHRHの直接的細胞増殖亢進や細胞周期の促進誘導作用が示され、GHRHはESCにおける成長因子として作用する可能性が示唆された。 以上、本論文では、(1)DienogestのESCに対する直接的な細胞増殖抑制効果が示され、この増殖抑制作用は、細胞周期のG0/G1 arrestの誘導によるものと考えられた。よって、Dienogestは子宮内膜症の病巣に直接作用する新たな薬物療法として発展する可能性が考えられた。(2)子宮内膜症においてGHRHおよびGHRHのSV1受容体mRNAの発現が認められ、さらに、ESCにおけるSV1受容体を介してGHRHが作用することにより細胞増殖亢進や細胞周期の促進が惹起されることが示唆された。よって、子宮内膜症病変および腹腔PBMC由来のGHRHが局所因子として子宮内膜症の発症、進展に影響を与えている可能性が考えられた。総合すると、今回の研究より、従来のエストロゲン抑制とは違った機序での子宮内膜症治療の可能性が示された。よって本論文は学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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