学位論文要旨



No 123763
著者(漢字) 小野,恭子
著者(英字)
著者(カナ) オノ,キョウコ
標題(和) 羊膜上培養結膜上皮の自己移植による眼表面再生
標題(洋)
報告番号 123763
報告番号 甲23763
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3102号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 皮膚科教授 玉置,邦彦
 東京大学 眼科准教授 加藤,聡
 東京大学 血液准教授 千葉,滋
 東京大学 腎臓准教授 菱川,慶一
 東京大学 産婦人科講師 百枝,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

1.背景・目的

角膜輪部には角膜上皮幹細胞が存在し、角膜の透明性を維持するために、分裂再生を繰り返している。この角膜輪部が障害される難治性角結膜疾患には、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡、先天無虹彩症、角膜化学熱傷などがあり、いずれも角結膜上皮に血管侵入や瘢痕形成が見られ、重篤な視力障害を呈する。これらには従来の治療法である、ドナー角膜を用いた表層角膜移植や角膜輪部移植などの眼表面再建術が行われてきた。しかしドナー由来のallo組織を移植する方法では、術後の大量免疫抑制剤の使用はまぬがれず、またその使用にも関わらず術後拒絶反応を生じることもある。さらに慢性的にドナー角膜の不足状況は続いており、年単位での移植手術待機状況となっている。

これらの解決のために角膜上皮再生医療において、自己の培養角膜輪部上皮を移植する方法があるが、他眼が健常である必要があり、両眼が障害されている場合には、自己角膜輪部上皮は使用することができない。そこで、自己の他組織を利用して角膜上皮シートを再生する方法が考えられ、近年、自己の培養口腔粘膜上皮を用いた移植法が報告された。しかし、口腔粘膜上皮は角膜と発生が異なることと、上皮に発現するKeratinの発現パターンが異なることが報告されている。また術後長期の生着性については現時点で不明であり、移植後に角膜血管侵入を誘発する可能性もある。

本実験では、自己の他組織として、結膜が角膜上皮と連続し、また組織の構造が比較的近いことに着目した。抗炎症作用のあるキャリアとして注目されている羊膜を用いて、自己結膜上皮シートの作成を試みた。そしてこれを組織学的・免疫学的に検討し、角膜輪部不全による角膜障害モデルに移植することで、角膜上皮再生治療について検討を行った。

2.羊膜上結膜上皮培養シート移植

ヒト羊膜上で、家兎の結膜上皮を3T3線維芽細胞と共培養し、3-5層に重層化させることに成功した。重層化上皮の形態は結膜組織よりも角膜上皮に近く、基底層ではやや円形で、表層では扁平な細胞が見られた。正常結膜組織に存在するゴブレット細胞は羊膜上培養結膜上皮にはみられなかった。培養結膜上皮シートのkeratinの発現パターンを調べるために、培養結膜上皮シートと正常家兎の角膜及び結膜を採取して、蛍光免疫染色を行った。羊膜上培養結膜上皮シートにはkeratin 3、12の発現が見られ正常角膜のkeratinの発現パターンに類似していた。

また家兎にて、結膜からの血管侵入および結膜組織による角膜被覆が生じた角膜上皮障害モデルを作成して、培養した結膜シートを移植して、羊膜のみ移植した群・移植しなかった群とをスコア化して経時的に観察・比較した。すべての観察時点において、培養結膜シートを移植した群は、羊膜のみ移植した群および移植しなかった群よりも有意に、血管新生が抑制され、角膜透明性が保たれた。

羊膜上培養自己結膜上皮シート移植後2ヶ月目に、組織学的検討をするために、眼球を摘出し、羊膜のみ移植した群、移植しなかった群と比較した。結膜シート移植群では4-5層からなる角膜上皮層が均一な厚さで形成され、ゴブレット細胞や明らかな炎症細胞の浸潤は認められなかった。

3.考察

今回の検討から、羊膜上培養結膜上皮シートの自己移植をすることにより、術後の角膜血管新生が抑制され、術後の角膜透明性が得られた。一方、コントロールの羊膜のみを移植した群と術後無治療にした群とでは、血管新生が見られ、上皮欠損を伴った角膜混濁が残存した。したがって、羊膜上培養結膜上皮シートの自己移植は角膜輪部不全による角膜混濁に対する新たな治療になりうると考えられる。両眼性に角膜輪部上皮障害がある患者では自己組織を用いた角膜輪部移植や、羊膜上培養角膜上皮シートの移植は不可能であり、今回検討したような、角膜以外の上皮組織を培養し、角膜上皮の代用として移植する方法が有効であると考えられた。

これまでに、角膜以外の組織を用いて眼表面を再建する方法として、培養口腔粘膜上皮の移植が試みられているが、長期的な術後成績については未だ検討されていない。更に、結膜上皮は、角膜と隣接しており、遺伝子発現パターンは結膜上皮の方が口腔粘膜上皮よりも角膜に近いことが予想される。今回の検討では、培養結膜上皮シートは移植後正常ヒト角膜と同様のkeratinの発現パターンを示すことが明らかとなり、今後、臨床応用を行う上で有利であることが予測される。口腔粘膜上皮よりも長期的な生着性が良好であるか、検討をする余地がある。

本研究では,結膜上皮を健常眼より採取した。角膜輪部機能不全のある患者では、結膜も障害されていることが多く、また重症のStevens-Johnson症候群や眼類天疱瘡のように、眼瞼結膜と眼球結膜が癒着した瞼球癒着症を生じている症例では、健常な結膜上皮を採取することは困難である。更に角膜輪部機能不全は比較的高齢者に多く見られるため、若年者と違い、健常な結膜上皮を採取し培養することは困難である。したがって、培養結膜上皮シート移植の適応は比較的制限があり、先天無虹彩症、Stevens-Johnson症候群、角膜化学外傷などにより角膜輪部が中等度に障害された若年者が好適応症例となる。

現在、すでに東京大学倫理委員会の承認を得て、臨床的に羊膜上培養結膜上皮シート移植が始まっており、口腔粘膜上皮を用いた場合と比較しても、術後の透明性は良好で視力改善もみている。さらに臨床応用に際して、培養時に、マウス3T3線維芽細胞やウシ血清を用いない方法が開発され、より安全な培養方法に改善されてきている。今後は特に次の二点について検討する必要がある。まず,第一に術後長期経過を観察する必要がある。口腔粘膜上皮移植では長期的に徐々に角膜混濁を生じうるとの報告がされている。結膜上皮は角膜上皮よりも血管新生の促進作用が強く、培養結膜上皮移植後、徐々に角膜血管新生が生じる可能性がある。第二に結膜上皮は組織幹細胞を含んだ場所から採取する必要がある。今回の検討では結膜上皮組織は結膜円蓋部および球結膜より採取した。結膜円蓋部、球結膜,結膜上皮粘膜移行部は結膜上皮組織幹細胞が存在していることが示唆されており、これらのどの部位に多く組織幹細胞が局在しているか更に検討をした上で、結膜上皮を採取する部位を選択する必要がある。

以上まとめると、家兎の角膜輪部不全による角膜障害モデルに対し、羊膜上培養結膜上皮の自己移植による眼表面再建を施行したところ、少なくとも2ヶ月間は角膜透明性を維持するのに有効であった。患者由来の細胞を用いる移植医療は、ドナー細胞が患者自身の細胞であるため、免疫反応や未知の感染症を防ぐという点で有利である。今後,長期的な術後経過を検討する必要があるが、両眼性角膜輪部不全の患者に対する眼表面再建治療の一つの選択肢になりうると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は結膜上皮細胞を培養し、作成した角膜輪部機能不全モデルに移植をし、角膜の透明性に働くかを試みた研究であり、下記の結果を得ている。

1.家兎の結膜より、結膜上皮細胞を培養することに成功した。

2.培養した羊膜上培養結膜を組織学的に解析したところ、羊膜上培養結膜上皮シートでは羊膜上で上皮細胞が3~5層に重層化しており、正常結膜組織に存在するゴブレット細胞は羊膜上培養結膜上皮細胞中には見られず、重層化上皮の形態は結膜組織よりも角膜上皮に近かった。

3.羊膜上培養結膜上皮細胞(培養4週間目)のkeratinの発現パターンを正常角膜および正常結膜と比較した。角膜は角膜に特異的とされるK3およびK12に陽性で、結膜は結膜に特異的なK4およびK13に陽性であった。羊膜上培養結膜上皮はK3、K12、K4およびK13に陽性であったが、移植後はK3、K12に陽性で角膜のkeratinの発現パターンに類似していた。

4.羊膜上培養結膜上皮シート移植角膜は透明性を維持し、血管侵入も抑制され、眼表面再生に結膜が利用可能であることを証明した。

以上、本研究は両眼性難治性角膜疾患において、角膜輪部上皮に代替する組織として結膜が利用可能であるという新たな可能性を示唆する研究である。すでに東京大学の倫理委員会を経て臨床的にも治療が始まっており、学位の授与に値するものと考えられる。

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