学位論文要旨



No 123764
著者(漢字) 石浦,信子
著者(英字)
著者(カナ) イシウラ,ノブコ
標題(和) B細胞におけるCD19シグナル伝達機構の解析
標題(洋)
報告番号 123764
報告番号 甲23764
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3103号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 准教授 武内,巧
 東京大学 講師 門野,岳史
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
内容要旨 要旨を表示する

リンパ球の細胞膜上には、共受容体とよばれる分子があり、抗原受容体からのシグナルを増強あるいは減弱させて細胞内へと伝達し、シグナルの強さを制御する。CD19はB細胞特異的な共受容体で、抗原受容体刺激が加わると、その細胞内領域を介してシグナルを増強させる働きを持つ。CD19欠損マウスのB細胞は、B細胞受容体(BCR)刺激に対する反応が低く、免疫応答が弱い。ヒトにおいてもCD19遺伝子の異常による免疫不全の症例が報告されている。一方、CD19を過剰発現させたトランスジェニックマウスのB細胞では、BCR刺激に対する反応が増強し、自己抗体の産生がみられる。CD19は、細胞内領域に9つのチロシン基を有する。BCRが刺激されると、CD19のチロシン基がリン酸化され、そこにLynをはじめとするSrcファミリータンパクチロシンキナーゼ(PTK)が動員される。続いてPTKが種々のタンパクをチロシンリン酸化し、リン酸化カスケードを介して細胞内へとシグナルが伝わっていく。CD19の9つのチロシン基のうち、CD19-Y513とCD19-Y482は、その部分に変異が入るとCD19欠損マウスと同程度に免疫応答が低下することから、CD19の中心的役割を果たしていることが示唆されている。またCD19-Y513とCD19-Y391は、Lynの重要な基質であることが報告されている。

そこで今回、これらの3つのリン酸化チロシン基(CD19-pY(513)、CD19-pY(482)、CD19-pY(391))に対する特異抗体を用いて、様々な刺激により生じるCD19のリン酸化パターンを解析した。

CD19-pY513抗体はCell Signaling Technology社より購入した。CD19-pY(482)抗体とCD19-pY(391)抗体は作成した。まず2つのリン酸化チロシン基を含む部分のペプチドと、チロシン基のリン酸化されていないペプチドをそれぞれ合成した。合成したリン酸化ペプチドをウサギに5回免疫し、血清を採取した。プロテインAセファロースコラムを用いて、血清中のIgG分画を抽出した。リン酸化ペプチドを結合させたセファロースコラムに、血清IgG分画液を流し、リン酸化ペプチドと反応する抗体を分離した。この抽出した抗体を、今度はリン酸化されていないペプチドを結合させたセファロースコラムに流し、リン酸化チロシン基以外の配列に反応する抗体を除去した。こうしてCD19-pY482抗体とCD19-pY391抗体を得た。それぞれの抗体が各リン酸化ペプチドに特異的、かつ濃度依存的に反応することをELISA法およびslot blot法により確認した。

次にこれらのCD19リン酸化チロシン特異抗体を用いてCD19のリン酸化パターンを解析した。まずマウスの脾臓よりB細胞を抽出し、F(ab')2抗マウスIgM抗体で刺激をし、様々な時間反応させた後、Western blotting法にて各CD19チロシン基のリン酸化の強さを定量した。Y(513)はBCR刺激後速やかにリン酸化され、Y391はY513と比べて、リン酸化の進行はややゆるやかであった。Y(482)は他の2つのチロシン基よりリン酸化が遅く、かつすぐにリン酸化が解除され、リン酸化状態は一過性であった。したがって、CD19のこれら3つのチロシン基は、BCR刺激後同時にリン酸化されるのではなく、異なるスピードでリン酸化されていくことが示された。次にマウスB細胞系列のA20細胞を、F(ab')2抗マウスIgG抗体で刺激し、上述と同様免疫ブロットを施行した。A20細胞でも、マウス脾B細胞の場合と同様の経時的推移がみられた。Y(513)のリン酸化が最も速く、Y482のリン酸化が最も緩徐であった。さらに、リン酸化がピークに達した後、Y(482)は速やかにリン酸化が解除され、刺激600秒後には刺激前の状態に戻る一方、Y(513)とY(391)は、刺激600秒後でも刺激前の約2倍程度までリン酸化が残ることが示された。

SrcファミリーPTKsの活性を阻害するPP2で前処置してからBCR刺激すると、3つのチロシン基全てが全くリン酸化されなかった。一方、Sykの阻害剤であるpiceatannolで前処置してからBCR刺激した場合、チロシンリン酸化はほとんど障害されなかった。したがってSrcファミリーPTKsは、BCR刺激によるCD19のチロシンリン酸化において、不可欠であることが示された。

BCRのアイソタイプが異なると、そのシグナルも異なることが報告されている。B細胞の系列は同じK46細胞で、抗原受容体としてそれぞれIgM、IgG2aのみを表出するようにトランスフェクトしたK46μmλ、K46γ2amλ細胞を用いて、IgM型抗原受容体、IgG型抗原受容体を刺激した。これらの細胞の抗原を認識する可変領域は同一で、いずれもニトロフェノール(NP)のみを認識するように設計されている。NP12-BSAで刺激すると、K46γ2amλ細胞のCD19-Y(513)は、K46μmλ細胞のCD19-Y(513)よりも速くチロシンリン酸化された。またK46γ2amλ細胞のCD19-Y482とCD19-Y391は、K46μmλ細胞のそれよりも強くリン酸化されることが示された。このことから、IgG-BCR刺激ではIgM-BCR刺激よりも速やかにCD19-Y(513)のチロシンリン酸化がおこり、CD19-Y(482)とCD19-Y(391)はより強くリン酸化されることがいえた。

lipid raftsは、コレステロールやスフィンゴ脂質が豊富な細胞膜上の微小環境であり、細胞表面からのシグナル伝達において重要な役割を担う。抗原が結合してBCRが架橋されると、BCRはlipid raftsに移動することが知られており、この領域にはSrcファミリーキナーゼが恒常的に存在しているため、効率よくリン酸化カスケードが進行していく。CD19のチロシンリン酸化と細胞膜上の局在につき検討した。無刺激あるいはBCR刺激したA20細胞を溶解し、ショ糖濃度勾配遠心した。そして濃度勾配にしたがって分画をとりだすと、lipid raftsは不溶成分であり、分画4-5に集められる一方、細胞膜のrafts外のものは可溶成分であり、分画10-12に集められる。分画ごとに、各CD19チロシン基のリン酸化の強さを定量した。無刺激の状態のA20細胞ではチロシンリン酸化はほとんど検出されないが、発色の際に長く露光していると、リン酸化Y(513)が不溶分画に検出された。このことから、細胞膜上のCD19のうち一部はlipid raftsに存在し、わずかであるが、Y(513)が恒常的にリン酸化されているものと考えられる。BCR刺激がおこると、リン酸化Y513はほとんどがlipid rafts内で検出されるのに対し、Y(482)とY(391)のリン酸化は、一部はlipid rafts内で検出されるものの、主としてlipid rafts外で検出された。したがって、A20細胞において、Y513とY(482)、Y(391)のリン酸化がおこる分布が異なることが示された。また、NP12-BSAで刺激した、K46μmλ細胞もK46γ2amλ細胞でも、リン酸化Y513の割合は、lipid rafts内が多く、リン酸化Y(482)とY(391)はlipid rafts外の割合が多い傾向がみられた。従って、BCR刺激によるCD19のチロシンリン酸化はlipid rafts内でも外でも生じるが、そのリン酸化過程は異なる可能性が指摘できる。

T細胞依存性の反応において、B細胞表面のCD40と活性化T細胞上のCD40リガンドとの結合が、B細胞の生存、活性化、分化に重要である。そこでB細胞の抗原受容体とCD40を同時に刺激した際の、CD19のリン酸化パターンを解析した。抗CD40抗体刺激単独ではCD19のいずれのチロシンもリン酸化されなかった。抗IgG抗体単独刺激と比較して、抗CD40抗体と抗IgG抗体で共刺激すると3つのチロシン基はいずれも有意に強いリン酸化がみられた。さらに抗IgG抗体単独刺激では600秒後には、CD19のチロシンリン酸化が減弱するのに対し、抗CD40抗体と抗IgG抗体の共刺激後は、リン酸化が遷延することが示された。こうした共刺激後のリン酸化の増強は、PP2の前処置によりみられなくなるが、piceatannolの前処置ではほとんど影響がないことから、BCRとCD40の共刺激によるCD19のチロシンリン酸化の増強、遷延は、SrcファミリーPTKs、特にLynによるものと考えられる。共刺激でCD19のチロシンリン酸化が増強、遷延し、それによりLynがより多く、かつ長く動員されると予想され、そのためにB細胞内へと活性化シグナルがより増強されて伝わっていくものと考えられる。

B細胞はリポ多糖類(LPS)による刺激でも活性化し、増殖やIgM産生をおこすことが知られる。B細胞上のLPSの受容体としてはToll-like receptor 4 (TLR4)とRP105(CD180)が知られており、LPS刺激は、BCRを介さない。3種類のCD19リン酸化特異抗体を用いて、LPS刺激後のCD19チロシンリン酸化パターンを検討したところ、BCR刺激と異なり、3つのチロシン基ともかなり緩徐にリン酸化が始まり、同じような推移で進行し、かなり遷延してリン酸化がみられることが示された。

以上よりCD19のチロシンリン酸化パターンは、様々な刺激に対して異なる。CD19のチロシンリン酸化パターンの多様性は、外界刺激に対する反応を質的、量的に変えていると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、免疫システムにおいて重要な役割を担うB細胞の機能を調整するCD19分子に注目し、そのシグナル伝達機構を解析したものである。CD19の細胞内領域の9つのチロシン基のうち、CD19の働きにおいて特に重要とされる、Y(513)、Y(482)およびY(391)の3つのリン酸化チロシンに対する特異抗体を用いて、様々な刺激により生じるCD19のリン酸化パターンを解析し、下記の結果を得ている。

1.リン酸化チロシン基を含む部分のペプチドを合成し、ウサギに5回免疫した後、採取した血清よりCD19-pY(482)抗体とCD19-pY(391)抗体を得た。これら2種の抗体と、購入したCD19-pY(513)抗体を、それぞれELISA法およびslot blot法にて解析し、各リン酸化ペプチドに特異的、かつ濃度依存的に反応することを確認した。

2.これらのCD19リン酸化チロシン特異抗体を用いて、B細胞受容体(BCR)刺激後のCD19のリン酸化パターンをWestern blotting法にて解析した。マウス脾B細胞をF(ab')2抗マウスIgM抗体で刺激した場合も、マウスB細胞系列A20細胞をF(ab')2抗マウスIgG抗体で刺激した場合も、Y(513)はBCR刺激後速やかにリン酸化され、Y(391)はY(513)と比べて、リン酸化の進行はやや緩徐であった。Y482は他の2つのチロシン基よりリン酸化が遅く、かつすぐにリン酸化が解除され、リン酸化状態は一過性であった。したがって、CD19のこれら3つのチロシン基は、BCR刺激後同時にリン酸化されるのではなく、異なるスピードでリン酸化されていくことが示された。

3.Srcファミリーチロシンキナーゼの活性を阻害するPP2で前処置してからBCR刺激すると、3つのチロシン基とも全くリン酸化されなかった。一方、Sykの阻害剤であるpiceatannolで前処置してからBCR刺激した場合、チロシンリン酸化はほとんど障害されなかった。BCR刺激によるCD19のチロシンリン酸化において、Srcファミリーチロシンキナーゼが、不可欠であることが示された。

4.BCR刺激において、BCRのアイソタイプによってCD19のチロシンリン酸化パターンが異なることが明らかになった。B細胞系列K46細胞で、抗原受容体としてそれぞれIgM、IgG2aのみを表出するようにトランスフェクトしたK46μmλ、K46γ2amλ細胞を用いて、IgM型抗原受容体、IgG型抗原受容体を刺激した。これらの細胞の抗原を認識する可変領域は同一で、いずれもニトロフェノール(NP)のみを認識するように設計されている。NP12-BSAで刺激すると、K46γ2amλ細胞のCD19-Y(513)は、K46μmλ細胞のCD19-Y(513)よりも速くチロシンリン酸化され、K46γ2amλ細胞のCD19-Y(482)とCD19-Y(391)は、K46μmλ細胞のそれよりも強くリン酸化されることが示された。このことから、IgG-BCR刺激ではIgM-BCR刺激よりも速やかにCD19-Y(513)のチロシンリン酸化がおこり、CD19-Y(482)とCD19-Y(391)はより強くリン酸化されることが示された。

5.lipid raftsは、コレステロールやスフィンゴ脂質が豊富な細胞膜上の微小環境であり、細胞表面からのシグナル伝達において重要な役割を担う。CD19のチロシンリン酸化と細胞膜上の局在につき検討した。細胞膜上のCD19のうち一部はlipid raftsに存在し、わずかであるが、Y(513)が恒常的にリン酸化されていることが示された。BCR刺激がおこると、CD19のいずれのチロシンもリン酸化されるが、リン酸化Y(513)はほとんどがlipid rafts内で検出されるのに対し、Y(482)とY(391)のリン酸化は、一部はlipid rafts内で検出されるものの、主としてlipid rafts外で検出された。したがって、BCR刺激によるCD19のチロシンリン酸化はlipid rafts内でも外でも生じているが、そのリン酸化過程は異なる可能性が考えられた。

6.抗CD40抗体刺激単独ではCD19のいずれのチロシンもリン酸化されなかった。BCR単独刺激と比較して、CD40とBCRを共刺激すると3つのチロシン基はいずれも有意に強いリン酸化がみられ、さらにリン酸化が遷延することが示された。こうした共刺激後のリン酸化の増強は、PP2の前処置によりみられなくなるが、piceatannolの前処置ではほとんど影響がないことから、BCRとCD40の共刺激によるCD19のチロシンリン酸化の増強、遷延は、Srcファミリーチロシンキナーゼによることが示された。

7.LPS刺激後のCD19チロシンリン酸化パターンを検討したところ、BCR刺激と異なり、3つのチロシン基ともかなり緩徐にリン酸化が始まり、同じような推移で進行し、かつ遷延してリン酸化がみられることが示された。

以上、本論文は、マウスB細胞において、CD19のチロシンリン酸化パターンが刺激の種類によって異なることを明らかにした。CD19のチロシンリン酸化パターンの多様性は、外界刺激に対するB細胞の反応を質的、量的に変えていると考えられ、B細胞の機能解析に貢献するといえる。またこれまで一定の見解が得られていない、B細胞上のCD19の分布や、lipid rafts内外でのCD19のリン酸化パターンに関しても新しい知見を示し、学位の授与に値するものと考えられる。

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