学位論文要旨



No 123765
著者(漢字) 井川,和代
著者(英字)
著者(カナ) イガワ,カズヨ
標題(和) インクジェットプリンターを用いた新規高機能型人工骨の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 123765
報告番号 甲23765
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3104号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 講師 大西,五三男
 東京大学 講師 森,良之
内容要旨 要旨を表示する

【緒論】

高齢化社会において骨の加齢性疾患は社会的に大きな問題であり、骨再生医学に期待が高まっている。骨欠損の対処法として患者本人から自家骨を採取して補填する再建する自家骨移植方法がゴールドスタンダードであり、様々な症例において実施されてきた。しかし自家骨を採取する際の外科手術に伴う健常部への侵襲、疼痛、二次感染や採骨量の制限など大きな障壁となり、自家骨に替わる材料の開発が進められてきた。欧米では同種骨が用いられているが日本国内では入手の困難性や感染等への危惧もあり普及していない。このような状況下で人工骨材料への社会的期待は高く、開発が進められてきた。

人工骨の材料として現在までに、セラミックス、高分子化合物、金属などが用いられてきたが、1980年代になると骨塩に近い組成であるハイドロキシアパタイトを中心としたリン酸カルシウム系材料が生体親和性に優れ、骨伝導能を有するなどの理由から注目を集め、幅広く臨床応用されるようになった。初期は非吸収性緻密体のブロックや顆粒が開発され、近年は多孔体のような高機能を付与した材料や生体に吸収され骨に置換する材料や自己硬化型のペースト人工骨などが実用化されるようになってきた。しかしながらこれまでの人工骨は三次元的な形態の自由度、精度は満足のいくものではなかった。そのため、形態適合性や操作性、その結果として治癒が犠牲になっていた。

一方、コンピュータ技術の進展により立体的構造物を作製する技術が飛躍的に発展した。その一つである三次元積層造形法は、1980年代に登場した新しい成型の手法であり、ある構造物のComputed Tomography (CT)画像等から得られた三次元Computer Aided Designデータを基に、これをきわめて薄くスライスした平板としてデータ化し、それを積み上げることにより立体構造物を造形する技術である。この方法では、三次元構造物を正確かつ大量に造形できることなどの理由から、様々な工業製品等の設計や試作品などに幅広く用いられている。三次元積層造形法の1つであるインクジェット技術は、高速、高精度にインクを打ち出し、高解像度に対象物を印刷することが可能であり、近年バイオテクノロジーや医療分野での応用が期待されている。そこで、3Dインクジェットプリンターを用いることで、CT画像をもとに骨欠損部位に一致した形状の人工骨の作製を可能とし、新生骨の形成が有利となるような内部構造をデザインすることで、自家骨への置換を促進し、理想的な人工骨が作製できると考えた。

そこで、本研究ではインクジェット技術を用い、骨欠損部の最適な形状をもつ人工骨を作製し、さらに骨再生を誘導する高機能型人工骨を開発した。

【結果】

石膏を用いたインクジェットモデルの作製と評価

まず初めに、切削・穿孔可能な骨の強度に近い実物大立体モデルを作製するために、石膏の改良と後処理の改良を行った。まず石膏にポリビニルアルコールを混合することで、切削、穿孔、オートクレーブ滅菌が可能となり、手術室に持ち込みシミュレーションできるようになった。多孔質あるいは親水性の表面をもった物質に対し、接着作用をもつポリビニルアルコールは石膏の硬化時架橋を形成して、力学的強度の向上をもたらしたと考えられた。しかしながら操作性において強度の改善が必要と考え、後処理で含浸することで、この問題を解決することにした。ポリビニルアルコール5%配合石膏を用いた三次元モデルに、ポリメチルシロキサン・有機チタン・イソプロピルアルコールを成分とするSPK962を含浸する後処理工程を加えることで、更に高強度でオートクレーブ滅菌可能なモデルを作製することができた。ポリメチルシロキサンは、表面張力が低く、石膏モデルの表面に対して薄く、均一な被膜を形成するため、精度を保持しながら強度が改善したと考えられた。以上の改良を行った上で、インクジェットモデルと光造形モデルを比較したところ、インクジェットモデルでは、切削・穿孔・オートクレーブ滅菌可能であり、モデル作製にかかる時間が短く、安価であった。これらの利点から、インクジェットモデルは手術シミュレーションモデルとして優れているだけでなく、患者や家族への治療説明、教育現場での活用も可能であることが示唆された。

リン酸カルシウムを用いたカスタムメイド人工骨の作製と評価

3Dインクジェットプリンターを用いて石膏製の実物大立体モデルを作製し、その優れた寸法精度に関して確認できた。そこでまず、3Dインクジェットプリンターを用いてα型リン酸三カルシウム(αTCP)の粉体を直接造形するために搭載する粉体と液の検討を行った。3Dインクジェットプリンターで使用可能な粉体の条件は0.1mmの薄層にスプレッドできることだが、αTCPの粒径が大きくても(50μm)、粒径が小さくても(1μm)スプレッドができないことがわかった。粒径が小さいものを多く配合することで、比表面積が大きくなり曲げ強度が上昇すると考え、粒径10μmの粉体に粒径1μm粉体を混合したが、特に改善が認められなかった。3Dインクジェットプリンターから噴射する硬化液の条件は、にじみを防ぎ精度をだすために、粘性をもつことである。増粘剤であるコンドロイチン硫酸ナトリウムは5%以上では粘性が高すぎて噴射することができず、3%以下では充分な強度と精度が得られなかった。4%が噴射可能であり強度と精度を保つのに最適であった。また、硬化促進剤であるコハク酸とpH調整剤であるコハク酸二ナトリウムの比率を最適化することで、力学的強度の向上をはかることができた。以上の結果から、3Dインクジェットプリンターを用いた人工骨の作製材料は、粒径10μmのαTCP粉体、コンドロイチン硫酸ナトリウム4%、コハク酸‐コハク酸二ナトリウム12%(pH5)、生理食塩水84%の硬化液に決定した。我々は更に作製した人工骨を生体に応用するにあたり力学的強度と精度の検討を行った。積層方向の力学的強度に対する影響を調べたところ、積層方向が曲げ方向に対して垂直になるように設計すると力学的強度が最大となることがわかった。長期の力学的強度に関しては、180日間室温で保管しても強度に影響せず、180日間擬似体液中に保存しても初期強度と比較して変化はなかった。各工程における形状精度を検討したところ、造形直後の寸法変化は1%程度認められたが、後処理ではほとんど変化がなかった。これに対し、一般的にリン酸カルシウムの強度をあげるために用いられている焼結を行うと10%以上の収縮がみられた。つぎに、3Dインクジェットプリンター人工骨をビーグル犬の頭蓋骨欠損モデルに移植して、安全性と有効性を評価した。移植時に本人工骨は骨欠損部位にほぼ完全に合致する形態を有していた。移植後に重篤な副作用は認められず、CTを用いて放射線学的に評価したところ、6ヶ月の時間経過にともなって人工骨と母骨の癒合がみられ、6ヶ月後に安楽死させ行った組織学的な評価から、細胞や血管侵入を促す連通孔内部に骨再生がみとめられた。以上より3Dインクジェットプリンターを用いて、αTCP粉体を焼結することなく水和硬化反応のみで積層造形することで、高精度の三次元形状を有する人工骨の作製に成功した。

生理活性物質放出型リン酸カルシウム人工骨の開発

生体適合性・安全性に優れたαTCPを用いて、三次元形態を忠実に再現する人工骨の開発を行った。しかし、骨の無機成分に近いリン酸カルシウム人工骨は骨伝導能を有するが積極的な骨誘導能を有さない。そこで、3Dインクジェットプリンターを用いて、骨誘導能を有する生理活性物質である塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を望みの位置に配置して積極的な骨誘導能をもつ人工骨を作製することを検討した。

リン酸カルシウムは担持力が強すぎるため、生理的pHでは吸着したタンパク質をほとんど放出しないことが報告されている。リン酸カルシウムはクロマトグラフィー吸着体として利用されており、このような非特異的吸着を抑制するためにアミノ酸や多糖類などで処理することが行われている。この原理を利用して、αTCP人工骨をアミノ酸であるセリンを用いて処理することで、タンパク質であるbFGFの放出を促進することができた。マウスの頭蓋骨欠損モデルに移植したところ、同量のbFGFを添加した場合、セリン表面修飾型αTCP人工骨の方が表面修飾しない人工骨を移植した場合よりも骨再生能が高かった。このことから、表面修飾することでbFGFの放出を高めることができ、機能的にも経済的にも優れていることが考えられた。以上より3Dインクジェットプリンターの余剰のインクヘッドを用いて、表面修飾のためのセリン水溶液とbFGF水溶液を噴射し、高機能型人工骨を作製することに成功した。

【結語】

インクジェットプリンターの技術を用いて、骨欠損部位に一致した形状をもつ生体吸収性人工骨の作製に成功し、動物における安全性と骨再生促進する知見を得た。さらに、生理活性物質を放出する高機能型人工骨の作製に成功した。これらの知見は今後の骨再生医療の発展に寄与するものであると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はリン酸カルシウムと硬化液の最適化を行い、最適化された材料を基にインクジェットプリンターを用いて人工骨を作製し、さらに生理活性物質を搭載することで骨再生を誘導する高機能型人工骨の開発を目指して行われたものであり、下記の結果を得ている。

1.石膏を用いたインクジェットモデルの作製と評価

まず、滅菌・切削・オートクレーブ穿孔可能な手術シミュレーションモデルをインクジェットプリンターで作製するために、石膏と後処理の改良を行った。石膏に5%ポリビニルアルコールを混合することで切削・穿孔・オートクレーブ滅菌可能となった。さらに、後処理でポリメチルシロキサン主成分液に含浸することで強度が改善された。以上の改良を行い、インクジェットモデルを光造形モデルと比較したところ、インクジェットモデルでは石膏・穿孔・オートクレーブ滅菌可能であり、モデル作製にかかる時間は短く、安価であり手術シミュレーションモデルとして優れていることが示された。

2.リン酸カルシウムを用いたカスタムメイド人工骨の作製と評価

次に、インクジェットプリンターを用いてα型リン酸三カルシウム(αTCP)粉体と硬化液の検討を行ったところ、粉体として直径10μmのαTCP、硬化液として4%コンドロイチン硫酸ナトリウム、pH 5のコハクーコハク二酸ナトリウム緩衝液が最適であった。最適化された人工骨にマクロ連通孔を付与してビーグル犬の頭蓋骨欠損モデルに移植したところ、移植に伴う重篤な副作用は認められず、術後6ヶ月においてマクロ連通孔内に骨癒合と骨侵入が見られた。以上より、インクジェットプリンターを用いて作製した高精度の三次元形状を有するカスタムメイド人工骨の有効性が示された。

3.生理活性物質徐放型リン酸カルシウム人工骨の開発

さらに、インクジェットプリンターから生理活性物質である塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を噴射して骨誘導能をもつ人工骨を作製するための基礎検討を行った。αTCP人工骨をセリンで表面修飾することによりbFGFの放出効果が得られ、マウス頭蓋骨欠損モデルの移植試験においてもセリン表面修飾型αTCP人工骨の方が、修飾しない場合よりも有意な骨再生が誘導されることがわかった。

以上、本論文は人工骨材料の最適化後、インクジェットプリンターを用いてカスタムメイド人工骨を作製し、その骨再生への有効性を示した。さらにインクジェットプリンターからbFGFを噴射た機能型人工骨を作製に関しては、従来に報告がなく、本研究が最初の試みである。本研究は今後の骨再生医療の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク