学位論文要旨



No 123767
著者(漢字) 干,爾康
著者(英字) Yu,Erkang
著者(カナ) ウ,ジコウ
標題(和) 立位における姿勢制御特性の評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 123767
報告番号 甲23767
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3106号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 関根,孝司
 東京大学 講師 竹下,克志
 東京大学 講師 岩崎,真一
内容要旨 要旨を表示する

I 本研究の背景、目的と構成

ヒトに特有の二足直立姿勢は、その高い重心位置と狭い支持面のため本質的に不安定であり、ヒトは常に転倒の危険にさらされている。転倒予防のリハビリテーションには、バランス訓練のプログラムが多く含まれている。これらのプログラムの有効性を確認するには、まず姿勢やバランス能力を評価することが大切である。立位姿勢時の姿勢制御は中枢神経系の身体バランス調節の結果を反映すると考えられており、バランス能力の評価として用いられることが多い。そこで本研究は、両脚立位姿勢における制御特性を適切に評価する指標について検討し、より簡便な評価法を確立し、その結果をリハビリテーションにおけるバランス訓練の評価に結びつけることを課題としている。そのため、以下の二部に分けて本研究を行った。第一部は静止立位時の制御特性の評価についての研究であり、第二部は静止立位時の身体動揺から微小外乱適用時の応答を予測する研究である。

II 方法と結果

1 第一部

静止立位時の制御特性の評価についての研究(COM加速度による若年者、高齢者、脳卒中患者の評価)

背景と目的:静止立位時の姿勢制御メカニズムを研究する際には、足圧中心(COP)と質量重心(COM)の鉛直方向投影の位置差を代表するパラメータ―COP-COMが、姿勢制御システムの状況を最もよく把握するとして提唱されている。多くの研究から、COP-COMを用いた姿勢評価が加齢や疾病による姿勢制御への影響を識別できることが証明された。しかしCOMの計測には煩雑な計測および計算が必要となるため、COP-COMは容易に得られない。一方、質量重心加速度(Center of Mass Acceleration、CMA)は床反力データから直接計算することができる値である。静止立位時の姿勢制御を1リンク逆振り子モデルとしたとき、CMAはCOP-COMと理論的に比例する。これまでCMAを用いた研究では、健常若年者、健常高齢者を対象に、姿勢制御の特徴を適切に評価することが示された。CMAがCOP-COMの代わりに姿勢制御の評価に用いることができるかに際し、実際にCMAとCOP-COM間にどのような関係があるのかを調べる必要がある。高齢者や脳卒中などの患者に関して、姿勢制御特徴の変化によってCMAとCOP-COMはどの様な関係になっているのかは不明点が多い。したがって、この研究の目的は、1)静止立位時のCMAとCOP-COMは、脳卒中片麻痺患者においても、前後・左右両方向に関して相関関係を有すること、2)CMAを用いることで、健常高齢者および脳卒中片麻痺患者の立位姿勢制御の差異を適切に評価することが可能であることの2つの仮説を確かめることにより、立位姿勢制御特徴の評価においてCMAはCOP-COMを代用することができるか否かを検証することである。

対象者:脳卒中患者12名(年齢65±8歳)、健常高齢者22名(年齢67±5歳)、健常若年者25名(年齢27±5歳)。三群間には身長、体重の有意差はなかった。脳卒中患者群と健常高齢者群との間には年齢差はなかったものの、両群とも健常若年者群よりも有意差に年齢が高かった。

実験の観察指標:床反力計を用いて、対象者の静止立位時の床反力データを記録し、COP-COM、CMAの時系列データを算出した。姿勢制御は前後方向と左右方向に分けて、各方向のCOP-COM、CMAの標準偏差(SD)で評価した。

結果:三群において、前後と左右方向にかかわらず、CMAとCOP-COMのSDは高い相関関係を示した。群間の比較では、前後方向において、健常高齢者群と脳卒中患者群の間にはCMAとCOP-COMのSDの有意差がそれぞれなかったものの、両群ともに健常若年者より有意に大きかった。左右方向において、健常高齢者群と健常若年者群の間にはCMAとCOP-COMのSDの有意な差がそれぞれなかったものの、両群ともに脳卒中患者群より有意に小さかった。

考察と結論:今回の研究では、すべての対象者において、CMAとCOP-COMに高い相関関係が見られ、1リンク逆振り子理論に一致していることが明らかになった。特にこの関係は脳卒中患者の左右方向でも同様であった。また本研究は、CMAがCOP-COMと同様に加齢や脳卒中の姿勢制御への影響を識別することができることを証明した。CMAは床反力計のみで測定できること、その算出もより容易であることから、姿勢制御の評価にCOP-COMの代わりに簡便に用いることができる。

2 第二部

静止立位時の身体動揺から微小外乱適用時の応答を予測する(CMAとCOPの時系列変動による予測の比較)

背景と目的:静止立位時の姿勢制御特徴の評価においては、第一部の研究でCMAの有効性と簡便性が示された。しかし、立位時に不意の外乱を加えた際の立位姿勢維持に関して、CMAは姿勢制御特徴の変化を有効に予測できるか否かは未知である。本研究はCMAの微小外乱適用時の静止立位姿勢制御特徴における評価について分析することを目的にした。

COPを用いた先行研究では静止立位時の身体動揺はブラウン運動のように確率規則に従い、搖動散逸定理に基づくpinned-polymer modelで人体の姿勢制御システムを近似できることを示した。そしてこのモデルを用いた研究により、静止立位時の身体動揺の分析から外乱後の応答反応を予測することが可能であることを示唆した。本研究では独自に作成した外乱装置により後方・前方・側方の3方向から微小外乱を加え、静止立位時のCOPとCMAの時系列変動により、後方・前方・側方より瞬間的微小外乱をCOM近似位置から加えた際の身体動揺特徴を予測することができるか否か、また閉眼、開眼の条件に関係するか否か、CMAがCOPに比べてより予測できるか否か、について検証した。

対象者:健常若年者11名(年齢30±4歳、範囲20歳~39歳)。

実験手順と観察指標:ステッピングモーターを用いた外乱適用システムを使用して、後方・前方・側方の3方向から開眼・閉眼条件で静止立位時の対象者に微小瞬間外乱を加え、CMAとCOPの時系列データを計算して、外乱応答曲線を求めた。一方、静止立位時のCMAとCOPの時系列データから、線形応答理論により外乱応答変数を計算して、予測曲線を算出し、実際の外乱応答曲線との適合性をχ二乗法を用いて評価した。

結果:対象者11名について、分析したデータの大多数は適合性がよかった。CMAが全対象者・全条件において統計的によい適合性を示した一方で、COPにおける側方方向閉眼時外乱応答の予測に関しては2名の対象者において適合性がよくなかった。

考察と結論:CMAを用いた静止立位時身体動揺からの微小外乱時の応答予測は、視覚条件や外乱方向に関わらず適用しうる。また、この予測法において、CMAはCOPに比べてより安定した予測が可能である。その他、外乱実験を行わずに静止立位時の動揺特徴から姿勢制御能力が評価される可能性をより堅固かつ広範囲に提示した。

III 研究のまとめ

1 静止立位時の姿勢制御について、CMAとCOP-COMの関係を検討した。さらに、CMAを用いて、健常若年者、健常高齢者、脳卒中患者の姿勢制御特徴を比較した。その結果、CMAがCOP-COMと同様に姿勢制御の特徴変化を適切に抽出しうることが示された。CMAはCOP-COMに比べて測定・算出が容易であり、臨床現場への応用に関してより有用であると考えられる。

2 静止立位時の身体動揺特徴と微小外乱適用時の身体応答の関連性について、健常若年者を対象に複数の外乱方向および視覚条件を用いて検討を行った。その結果、後方・前方・側方の3方向および開・閉眼条件全てにおいてほぼ同様のレベルで静止立位時動揺からの外乱応答予測が可能であることが示された。加えて、CMAはCOPに比べてより安定した予測結果を算出しうることが示唆される。

3 これらの結果から、CMAは従来姿勢制御の評価指標として主に用いられてきた指標(COP、COP-COM)に比べて簡便性と的確性があり、臨床的な応用への有用性が高いと考えられる。

IV 今後の展望

静止立位姿勢制御特徴の評価において、CMAを用いてより多様な疾患の姿勢制御障害を評価し、臨床用の機能的バランス評価スケールとの関連性を検討し、的確にCMAの有効性を確立することが必要である。今後は対象者を増やし、臨床バランス評価スケールとともに、CMAの姿勢制御評価への応用研究を試みようと考えている。立位姿勢時の微小外乱適用に関する評価において、外乱実験を行わずに静止立位時の動揺特徴からCMAを用いて予測する可能性を示したが、今後の課題は、安全性対策を講じて、さらに健常高齢者、バランス障害をもつ種々の患者に同様の手法を用いることにより、評価法としての適用範囲を明らかにすることである。

本研究の結果に加えて、上記の1、2が実現されることにより、立位姿勢制御の評価がより簡便に行われ、リハビリテーションにおけるバランス訓練の評価に寄与できることが期待される。CMAを用いて、静止立位時の姿勢制御特徴を評価することで、転倒の危険性を予測し、転倒予防や転倒後機能回復のリハビリテーションプログラムの検証に活かすことができる。特に、高齢者、脳卒中後、他の運動障害疾患などの転倒リスクが大きい人に対して、簡便かつ安全適切な姿勢制御評価方法を提供し、転倒予防対策の開発やその有効性の検証を行なうことができる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、リハビリテーションにおけるバランス訓練の評価に結びつけることを課題として、両脚立位姿勢における制御特性を適切に評価する指標について検討し、より簡便な評価法の確立することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1 静止立位時の姿勢制御について、健常若年者、健常高齢者、脳卒中患者を対象に、身体重心加速度(CMA)と従来姿勢制御評価に用いた足圧中心(COP)と身体重心(COM)の水平面上の軸における投射位置との間の位置差(COP-COM)の間の関係を検討した。さらに、CMAを用いて、上述の3群において姿勢制御特徴を比較した。その結果、CMAとCOP-COMの間に1リンク逆振り子モデル通り高い相関関係があり、CMAがCOP-COMと同様に姿勢制御の特徴変化を適切に抽出しうることが示された。

2 静止立位の微小外乱適用時の姿勢制御について、健常若年者を対象に複数の外乱方向および異なる視覚条件を用いて、CMAとCOP時系列変動による静止立位時の身体動揺特徴と微小外乱適用時の身体応答の関連性を検討した。その結果、CMAは検討した後方・前方・側方の3方向および開眼・閉眼条件全てにおいてほぼ同様のレベルで静止立位時動揺からの外乱応答予測が可能であり、COPに比べてより安定した予測結果を算出しうることが示された。

以上、本論文は静止立位時のCMAによる姿勢制御評価と静止立位時のCMA時系列変動から微小外乱適用時の身体応答特徴の予測を検討した結果から、CMAは従来姿勢制御の評価指標として主に用いられてきた指標(COP-COM、COP)に比べて簡便性と的確性があり、臨床的な応用への有用性が高いことを明らかにした。CMAを用いて、静止立位時の姿勢制御特徴を評価することで、転倒の危険性を予測し、転倒予防や転倒後機能回復のリハビリテーションプログラムの検証に活かすことができる。特に、高齢者、脳卒中後、他の運動障害疾患などの転倒リスクが大きい人に対して、簡便かつ安全適切な姿勢制御評価方法を提供し、転倒予防対策の開発やその有効性検証をより簡便に行なうことができる。

本研究はより簡便に姿勢制御の評価を行い、リハビリテーションにおけるバランス訓練の評価に寄与できることが期待され、とりわけ転倒予防や転倒のリハビリテーション対策の特定に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク