学位論文要旨



No 123771
著者(漢字) 川﨑,洋介
著者(英字)
著者(カナ) カワサキ,ヨウスケ
標題(和) Cyclic GMP-dependent protein kinase type II (cGKII) による軟骨細胞肥大分化制御
標題(洋)
報告番号 123771
報告番号 甲23771
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3110号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 講師 引地,尚子
 東京大学 講師 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

骨形成の様式には膜性骨化と軟骨内骨化の2種類がある。膜性骨化は頭蓋骨や鎖骨の大部分にみられ、軟骨を経由することなく未分化間葉系細胞が直接骨芽細胞に分化して骨組織を形成する。一方、軟骨内骨化は脊椎や四肢の長管骨など骨格の大部分で認められる。この過程の特徴は軟骨の型がまず形成され、次いで骨に置換されるという点にあり、異なる種類の細胞の増殖と分化が時間的、空間的に厳密に制御されている。骨成長を担う軟骨成長板では軟骨細胞はまず増殖し、その後増殖を止めて前肥大軟骨細胞となる。前肥大軟骨細胞は肥大軟骨細胞となり特徴的な細胞外基質やサイトカインを産生し、やがて細胞死を起こす。肥大軟骨細胞は骨形成において中心的な役割を果たすことが知られている。

自然発症の小人症ラットKomeda miniature rat Ishikawaは軟骨細胞の肥大分化障害により四肢短縮を呈する。筑田らはPositional candidate cloning法を用いて遺伝子上の原因部位を絞込み、cGKII遺伝子のキナーゼ領域を欠失した機能喪失変異が原因であることを突き止めた。

cGKは線虫からヒトまで良く保存されているセリン/スレオニンキナーゼであり、cGMP結合領域、キナーゼ領域など共通の構造を有する。cGKにはtype Iとtype IIの2種類のアイソフォームが存在する。cGKIは主に平滑筋細胞、血小板、小脳細胞に発現し、血管収縮、血小板活性化、シナプス可塑性に重要な役割を果たす。一方、cGKIIは主に腸管粘膜、腎傍糸球体細胞、軟骨細胞に発現し、小腸におけるCl-Na輸送、腎臓におけるレニン分泌、骨格成長に重要な役割を果たす。cGKII遺伝子欠損 (cGKII-/-) マウスは軟骨内骨化障害による小人症を呈することなどから、cGKIIは軟骨内骨化の制御に重要な役割を果たすと考えられている。

軟骨分化におけるcGKII上流の分子としてはC型ナトリウム利尿ペプチド (CNP) およびグアニル酸シクラーゼ-B (GC-B) が知られている。CNPは膜結合型受容体であるGC-Bを介して細胞内cGMP濃度を増加させる。GC-Bは、小人症を呈するヒト疾患Acromesomelic dysplasia type Maroteauxの原因遺伝子である。また、CNP遺伝子欠損マウス、GC-B遺伝子欠損マウスはcGKII遺伝子欠損マウスと同様に軟骨内骨化障害による小人症を呈する。このように軟骨内骨化におけるcGKII上流の分子メカニズムについては理解が進んでいるが、下流の分子メカニズムについてはほとんど解明されていない。

本研究は軟骨細胞肥大分化におけるcGKIIの下流の分子メカニズムを明らかにすることを目的とした。まずセリン/スレオニンキナーゼのリン酸化標的分子のスクリーニングシステムを用いた実験で、cGKIIの標的分子のスクリーニングを行った結果、8つの候補分子が同定された。各候補分子について軟骨細胞肥大分化のマーカーであるX型コラーゲンのプロモーターに対する活性をルシフェラーゼレポータージーンアッセイにより検討した結果、Glycogen synthase kinase-3β (GSK-3β) がその活性を有意に抑制し、軟骨細胞肥大分化に関与することが示唆された。更にIn vitro kinase assayによりリコンビナントcGKIIがリコンビナントGSK-3βをSer9でリン酸化することが確認された。マウス軟骨成長板の免疫染色により、GSK-3βはcGKIIと共に前肥大細胞層に優位に局在がみられた。これより軟骨成長板の前肥大細胞層においてcGKIIがGSK-3βと相互作用していることが示唆された。

GSK-3βは、元来、糖代謝にかかわるセリン/スレオニン キナーゼとして同定されたが、現在では、腫瘍形成、細胞生存や器官形成といった多くの異なった生物学的過程に関与することが知られている。通常GSK-3βは活性型で存在し、Ser9がリン酸化されることにより活性が抑制される。このため、cGKIIがGSK-3βのSer9をリン酸化することにより、活性型で存在するGSK-3βを抑制すると考えられた。GSK-3βの軟骨細胞肥大分化との関連を検討すると、軟骨細胞株ATDC5細胞にcGKIIを過剰発現した場合も、GSK-3β活性阻害剤であるLiClを添加した場合も、X型コラーゲンの発現は誘導されたが、恒常活性変異型GSK-3βをcGKIIと共発現させると、この肥大分化は抑制された。このことから、cGKII由来の軟骨細胞肥大分化にGSK-3βが抑制的に働くことが示唆された。

GSK-3βホモ遺伝子欠損 (GSK-3β-/-) マウスは胎生致死で、軟骨内骨化に関する情報は得られない。一方、GSK-3βヘテロ遺伝子欠損 (GSK-3β+/-) マウスは正常に発育し、軟骨内骨化に明らかな異常は認められなかった。cGKIIがGSK-3βの機能を制御するということが生理的なものであるかを検討するために、cGKII遺伝子欠損マウスとGSK-3β遺伝子欠損マウスを掛け合わせて複合遺伝子欠損マウス (cGKII-/-;GSK-3β+/-) を作出し解析した。その結果、GSK-3β遺伝子の対立遺伝子の1つを欠失させることでcGKII-/-マウスでみられた軟骨細胞肥大分化障害が有意に回復した。これよりcGKIIとGSK-3βは遺伝学的に相互作用があることが示唆された。

Sox9は軟骨分化に欠かせない転写因子として知られており、軟骨細胞の肥大分化を抑制することが知られている。cGKIIはSox9の核内への移行を抑制することで、Sox9による軟骨肥大分化抑制を減弱し、この作用にはcGKIIのキナーゼ活性が不可欠である。一方、cGKIIによるSox9の核内移行抑制は、cGKIIによりリン酸化されないSox9遺伝子変異体に対しても同様に見られる。これよりcGKIIによるSox9の直接のリン酸化がSox9の細胞内局在を制御するわけではなく、Sox9の細胞内局在を制御するcGKII下流の分子が存在すると考えられている。そこでcGKIIによるSox9の細胞内局在の制御にGSK-3βが関与するかを検討した。その結果、cGKIIはGFP-Sox9の核内移行を抑制し、これはGSK-3β阻害剤であるLiClを添加しても恒常活性変異型GSK-3βを導入しても影響を受けなかった。このことからcGKIIによるSox9の核内移行の抑制にGSK-3βは関与せず、軟骨肥大分化制御においてcGKII/GSK-3β経路はcGKII/Sox9経路とは独立していることが示唆された。

GSK-3βは様々なシグナル伝達経路に関与していることが知られており、この中でも軟骨細胞肥大分化との関連が指摘されている古典的Wntシグナルに重要な分子である。古典的Wntシグナルを活性化すると軟骨細胞の肥大分化が促進し、古典的Wntシグナルの主要なエフェクター分子であるβ-cateninの軟骨特異的遺伝子欠損マウスでは軟骨細胞の肥大分化が遅延することが報告されている。そこで本研究では古典的Wntシグナルに注目し、cGKII/GSK-3β経路との関連について検討した。古典的Wntシグナル活性化の指標であるTOPflashをcGKIIと共導入し、ルシフェラーゼ活性を測定すると、cGKIIを導入しなかった対照群に比べ活性上昇を認め、この上昇は恒常活性型GSK-3βの導入により抑制された。また、軟骨細胞株ATDC5細胞にWT-cGKIIとcGKIIのキナーゼ領域を欠失したΔkinase-cGKIIを安定導入しcGMP刺激を加えると、WT-cGKII導入群でβ-cateninの集積がより強く誘導された。これより、cGKIIは古典的Wntシグナルを活性化し、これはGSK-3βを介することが示唆された。また、野生型マウスの軟骨成長板ではβ-cateninはcGKIIおよびGSK-3βと同様に前肥大細胞層に優位に局在がみられ、cGKII-/-マウスの軟骨成長板ではその染色性が低下していた。これより軟骨成長板においてβ-cateninはcGKIIおよびGSK-3βと相互作用し、生体内においてcGKIIにより細胞内のβ-cateninの発現が調節されていることが示唆された。

次に、軟骨細胞肥大分化制御に関わる主要な転写因子Runx2およびFibroblast Growth Factor (FGF) シグナル伝達経路とcGKIIの関連について検討したが、明らかな関連は認められなかった。

以上のことから、生体内でcGKIIがGSK-3βをリン酸化・不活化することで軟骨細胞肥大分化を制御していることが示唆された。またこのcGKII/GSK-3β経路は古典的Wntシグナルとクロストークしており、既知のcGKII/Sox9経路とは独立していると考えられた。

本研究により、軟骨細胞の肥大分化を制御するcGKIIに関わる新たな分子ネットワークとその相互作用が明らかとなった。(1)cGKII/GSK-3β/古典的Wntシグナル伝達経路および(2)cGKII/Sox9経路の2つの経路を基軸としたcGKIIシグナルの分子メカニズムについて今後の研究の発展に期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、軟骨内骨化において重要な役割を演じていると考えられるcGKIIの軟骨肥大分化における分子メカニズムを明らかにするために、cGKIIのリン酸化標的分子のスクリーニングを行い、候補分子に関するin vitroおよび遺伝子欠損マウスを用いたin vivoの発現、機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 軟骨細胞肥大分化に関わるcGKIIのリン酸化標的分子を検索するためにスクリーニングを行ったところ、8つの候補分子が同定された。これらについて軟骨細胞株ATDC5細胞における発現をRT-PCR法により解析したところ、すべての候補分子が発現していた。軟骨細胞肥大分化への作用を検討するために、COL10プロモータールシフェラーゼレポーターベクターと共に各候補分子の発現ベクターを導入し、ルシフェラーゼ活性を測定したところ、GSK-3βがルシフェラーゼ活性を有意に抑制した。リコンビナントcGKIIとリコンビナントGSK-3βまたはATDC5細胞の全細胞溶解液を反応させ、ウェスタンブロット法で解析したところ、GSK-3β Ser9がリン酸化された。また、マウス軟骨成長板においてGSK-3βはcGKIIと同様に前肥大軟骨細胞層に優位に局在がみられ、cGKIIと相互作用していることが示唆された。

2. 軟骨細胞肥大分化に対するGSK-3βの作用を検討するために、GSK-3β活性阻害剤であるLiCl存在下でATDC5細胞を三次元培養し、リアルタイムRT-PCRによる解析を行った。その結果、LiClを加えると、加えない場合に比べて軟骨細胞肥大分化マーカーが強く誘導された。また、野生型マウスに比べGSK-3βヘテロ遺伝子欠損 (GSK-3β+/-) マウスの培養軟骨細胞において、肥大分化マーカーであるX型コラーゲンのmRNAが有意に上昇した。レトロウイルスベクターを用いてATDC5細胞に恒常活性変異型cGKIIを導入すると肥大分化マーカーの上昇を認め、恒常活性変異型GSK-3βを共導入すると、この上昇は抑制された。これより、cGKII依存性の軟骨細胞肥大分化にGSK-3βが抑制的に働くことが明らかとなった。

3. cGKII遺伝子欠損 (cGKII-/-) マウスでは軟骨内骨化障害による軟骨成長板の増高を認め、2~3週齢で野生型マウスとの差が最も大きく、8週齢ではほとんど差はなくなった。また、cGKII-/-マウスの軟骨成長板では、BrdU陽性細胞とX型コラーゲンmRNA発現細胞が混在してみられる中間層が存在した。中間層は、野生型マウスの肥大軟骨細胞層に比べ、X型コラーゲンの発現量が低下している傾向がみられた。一方、GSK-3β+/-マウスは正常に発育し、軟骨内骨化は正常であった。cGKII遺伝子欠損マウスとGSK-3β遺伝子欠損マウスを掛け合わせ、cGKII-/-; GSK-3β+/-マウスを作出し解析した。その結果、各マウス間で、膜性骨化の指標は有意な差を認めなかったが、軟骨内骨化の指標である長管骨長やCalvarial lengthは、野生型マウスと比べcGKII-/-マウスで有意に減少し、cGKII-/-;GSK-3β+/-マウスではその減少が回復していた。3週齢cGKII-/-;GSK-3β+/-マウスの軟骨成長板を解析したところ、cGKII-/-マウスでみられた軟骨成長板の増高が約70%回復していた。これらの知見はGSK-3β遺伝子の対立遺伝子の1つを欠失させることで、cGKII-/-マウスでみられた軟骨細胞肥大分化障害が有意に回復することを示しており、cGKIIとGSK-3βは遺伝学的に相互作用があることが明らかとなった。

4. cGKIIはSox9の核内移行を抑制することで、軟骨細胞肥大分化を制御することが報告されている。このcGKII/Sox9経路にGSK-3βが関与するかを検討した。cGKIIはGFP-Sox9の核内移行を抑制し、これはGSK-3β阻害剤であるLiClを添加しても恒常活性変異型GSK-3βを導入しても影響を受けなかった。これよりGSK-3βはcGKII/Sox9経路とは独立していることが示唆された。

5. cGKIIシグナルと古典的Wntシグナルの関連について検討するために、TOPflashをcGKIIと共導入し、ルシフェラーゼ活性を測定すると活性上昇を認め、この上昇は恒常活性型GSK-3βの導入により抑制された。また、ATDC5細胞にcGKIIのキナーゼ領域を欠損したΔkinase-cGKIIとWT-cGKIIを安定導入しcGMP刺激を加えると、WT-cGKII導入群でβ-cateninの集積がより強く誘導された。これよりin vitroで、cGKIIは古典的Wntシグナルを活性化し、これはGSK-3βを介していることが明らかとなった。また、野生型マウスの軟骨成長板では、β-cateninはcGKIIおよびGSK-3βと同様に前肥大細胞層から肥大細胞層に優位に局在がみられ、cGKII-/-マウスではその染色性が低下していた。これより生体内においてcGKIIにより細胞内のβ-cateninの発現が調節されていることが示唆された。

6. 野生型マウスではRunx2は肥大細胞層に優位に局在がみられ、cGKII-/-マウスでは中間層に優位に局在がみられた。また、ATDC5細胞においてcGKIIを強制発現してもRunx2の発現量は変化しなかった。これより、Runx2の発現制御にcGKIIは関与しないことが明らかとなった。更に、HeLa細胞にGFP-Runx2を導入したところ、cGKIIの強制発現の有無に関わらずGFP-Runx2は核内に優位に局在した。これより、Runx2の細胞内局在制御にcGKIIは関与しないことが明らかとなった。

7. ATDC5細胞にcGKIIを導入し、FGF-2による刺激を加えて、MAPK/STATシグナルの変化を観察した。その結果、FGF-2はErk1/2を最も強くリン酸化したが、cGKIIを強制発現してもMAPK/STATシグナルは変化しなかった。これより軟骨ではcGKIIはFGFシグナルおよびMAPK/STATシグナル伝達経路には関与しないことが示唆された。

本論文は、cGKIIのリン酸化標的分子としてGSK-3βを同定し、cGKIIがGSK-3βをリン酸化することで軟骨細胞肥大分化を制御していることを明らかにした。更にこのcGKII/GSK-3β経路は既知のcGKII/Sox9経路とは独立しており、古典的Wntシグナルとクロストークしていることを解明した。この知見は軟骨分化シグナルネットワークを解明する手がかりになり、さらに軟骨分化の異常が引き起こす骨系統疾患などを含む様々な疾患の病態生理の理解と将来の治療法の開発に役立つことが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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