学位論文要旨



No 123772
著者(漢字) 河村,直洋
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,ナオヒロ
標題(和) Akt1による骨代謝調節機構
標題(洋)
報告番号 123772
報告番号 甲23772
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3111号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 講師 引地,尚子
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 竹下,克志
内容要旨 要旨を表示する

骨格は胎生期の発達期間を通して、種々の遺伝子が時間的・空間的に複雑かつ精密に制御される下で形成される。間葉系細胞が凝集して骨格の原基となり、骨格のパターニングが決定された後には、そこに骨組織を形成する骨芽細胞が出現してくる。骨芽細胞は分化するにつれて骨組織特有の細胞外基質を細胞の周囲に形成し、さらにそこにリン酸カルシウムが沈着することにより骨は形成される。このようにして形成された骨はやがて破骨細胞により吸収され、さらに引き続いて骨芽細胞により新たに骨が形成されるサイクルを繰り返しながら、恒常的にリモデリングされている。そして、この骨形成と骨吸収のバランスにより骨量は維持されている。

骨形成はbone morphogenetic proteins (BMPs)、Wnt、Hedgehog (Hh)、インスリン、Insulin-like growth factor-I (IGF-I)といったホルモンや成長因子などの液性因子や、骨芽細胞におけるRunx2やOsterixといった細胞特異的に作用する転写因子などにより複雑に制御されていることが知られている

インスリンは、血糖調節因子である以外に、IGF-Iと共に同化作用を示す骨代謝調節因子として知られており、ヒトにおいてもI型糖尿病患者では骨粗鬆症を合併することが多く、II型糖尿病患者においても、インスリン分泌が亢進傾向の初期から中期では骨量の増加を示し、インスリン分泌が枯渇する末期では骨量が減少することが報告されている。一方、IGF-Iにも骨形成促進能があることが知られている。先天性のIGF-I欠乏疾患であるLaron症候群では著しい骨量減少が認められ、マウスおよびヒトにおいては血中IGF-I濃度と骨密度の間の正相関も認められている。

セリン/スレオニンキナーゼであるAkt (Protein kinase B)は、インスリンやIGF-Iをはじめとする、さまざまな成長因子による刺激の細胞内シグナル伝達を担う以外にも、腫瘍形成、細胞生存、糖代謝、細胞分化などの多種多様な生物的過程に関与している。

AktにはAkt1 (PKBα), Akt2 (PKBβ), Akt3 (PKBγ)といった3種類のアイソフォームがあり、哺乳類においてAkt1とAkt2はユビキタスに発現がみられるが、特にAkt2は肝臓、脂肪、筋肉などのインスリン標的組織において優位に発現している。これらアイソフォームの構造は類似しており、生体内では冗長性をもってお互いの機能を補完しあっていると考えられている。

Akt1ノックアウト (Akt1-/-)マウスは胎生時より胎盤の発達不全をともなう成長の遅延があり、精巣や胸線でアポトーシスが亢進しているが、糖代謝に異常はない。一方、Akt2ノックアウトマウスは高血糖・高インスリン血症・耐糖能異常を呈し、さらに軽度の成長遅延がみられる。そして、Akt1およびAkt2のダブルノックアウト(Akt1/Akt2 DKO)の新生仔では著明な成長障害とともに、骨形成が著明に障害される。しかし、Akt1/Akt2 DKOマウスは生後間もなく死亡することもあり、骨格系に関する詳細な検討はされていなかった。

骨形成作用を持つインスリン/IGF-Iシグナルを細胞内で促進的に伝達するAktは、生体内で骨量を正に制御している可能性があると考えられた。そこで、Aktの骨代謝調節における生理的な役割を解明し、その分子メカニズムを明らかにすることを本研究の目的とした。

骨組織を構成する骨芽細胞や破骨細胞ではAkt1の発現が最も優位であったことより、我々は致死性のないAkt1-/-マウスの骨格系に関する表現型を検討した。その結果、Akt1-/-マウスには明らかな骨格パターニングの異常はなかったが、単純X線写真、DEXA、CTなどによる骨の放射線学的解析や組織学的解析により、海綿骨と皮質骨ともに骨量が減少していることがわかった。一方、成長板における軟骨分化は正常であった。さらに、骨組織形態計測によりAkt1-/-マウスでは骨芽細胞数の減少とともに骨形成が低下していることがわかった。また脛骨組織切片のTUNEL染色によりAkt1-/-マウスでは骨芽細胞のアポトーシスが亢進していた。

骨芽細胞の数を左右する因子としては、細胞増殖や生存/アポトーシスが考えられる。骨芽細胞は骨梁上で骨を形成した後に、一部は骨に埋没して骨細胞として生存し続けるが、多くの骨芽細胞はそれまでにアポトーシスにより細胞死に至ると考えられている。Aktは多種の細胞において細胞の生存に深く関わっている分子として知られていることより、骨芽細胞の生存/アポトーシスにおけるAkt1の機能をin vitroの系で詳細に検討した。その結果、Akt1シグナルは、転写因子FoxO3aをリン酸化してその核内局在を阻害することにより、ミトコンドリア経路のアポトーシス促進因子であるBimの転写・発現を抑制することによって、アポトーシス抑制的に作用していることが明らかとなった。

また、Akt1-/-骨芽細胞では分化および石灰化が障害されていたので、骨芽細胞分化に必須の転写因子Runx2の作用に対して、Akt1がどのように関与しているかについて、in vitroの系で検討した。その結果、Akt1シグナルは間接的にRunx2のDNA結合を促進することにより、Runx2を介する骨芽細胞分化と石灰化を促進する作用を持つことが示された。

最後に、骨吸収を担う破骨細胞の分化・生存におけるAkt1の役割を検討したところ、破骨細胞前駆細胞・破骨細胞においてはAkt1がcell-autonomousに分化と生存に促進的に働くことが明らかとなった。また、破骨細胞の形成を支持する骨芽細胞においてはAkt1がreceptor activator of nuclear factor-κB ligand (RANKL)の発現を促す作用を持っていることが示唆された。これらより、Akt1シグナルは骨組織での生理的骨吸収に対して促進的な作用を持つものと考えられた。

以上より、Akt1シグナルは、骨芽細胞においてはFoxO3a/Bim経路を介したアポトーシスを抑制することによる生存促進、Runx2の転写活性を促進することによる分化促進、RANKL発現を介した破骨細胞分化の支持に働き、破骨細胞においてはcell-autonomousに分化・生存促進に働くことにより、骨形成と骨吸収を促進しながら骨量・骨代謝回転の維持していることが明らかとなった。

Akt1はさまざまな細胞外シグナルを多種多様な下流分子に伝達する多機能なキナーゼであることが、これまでに多くの細胞種で明らかとされている。本研究により、Akt1は骨組織においても骨芽細胞や破骨細胞の分化・生存を促進し、骨形成と骨吸収を正に制御しながら骨量を維持する重要な役割をはたしていることが明らかとなった。

Akt1は生体内ではユビキタスに発現しており、その機能も多彩であることから、骨粗鬆症をはじめとする骨疾患の治療標的分子とはなり難いことが予想されるが、Akt1に関連する分子ネットワークの検索がさらに進められることにより、骨代謝調節の分子メカニズムが解明されていき、骨疾患のより良い治療へと繋がっていくことを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、骨形成作用を持つインスリン/IGF-Iシグナルを細胞内で促進的に伝達するAktの骨代謝調節における生理的な役割を解明し、その分子メカニズムを明らかにすることを目的とし、Akt1ホモノックアウトマウスの解析を行い、さらにin vitroにおいてその機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.まず、骨組織を構成する骨芽細胞や破骨細胞ではAkt1の発現が最も優位であったことより、Akt1-/-マウスの骨格系に関する表現型を検討した結果、Akt1-/-マウスには明らかな骨格パターニングの異常はなかったが、単純X線写真、DEXA、CTなどによる骨の放射線学的解析や組織学的解析により、海綿骨と皮質骨ともに骨量が減少していることがわかった。一方、成長板における軟骨分化は正常であった。さらに、骨組織形態計測によりAkt1-/-マウスでは骨芽細胞数の減少とともに骨形成が低下していることがわかった。また脛骨組織切片のTUNEL染色によりAkt1-/-マウスでは骨芽細胞のアポトーシスが亢進していた。

2.Aktは多種の細胞において細胞の生存に深く関わっている分子として知られていることより、骨芽細胞の生存/アポトーシスにおけるAkt1の機能をin vitroの系で詳細に検討した。その結果、Akt1シグナルは、転写因子FoxO3aをリン酸化してその核内局在を阻害することにより、ミトコンドリア経路のアポトーシス促進因子であるBimの転写・発現を抑制することによって、アポトーシス抑制的に作用していることが明らかとなった。

また、Akt1-/-骨芽細胞では分化および石灰化が障害されていたので、骨芽細胞分化に必須の転写因子Runx2の作用に対して、Akt1がどのように関与しているかについて、in vitroの系で検討した。その結果、Akt1シグナルは間接的にRunx2のDNA結合を促進することにより、Runx2を介する骨芽細胞分化と石灰化を促進する作用を持つことが示された。

3.最後に、骨吸収を担う破骨細胞の分化・生存におけるAkt1の役割を検討したところ、破骨細胞前駆細胞・破骨細胞においてはAkt1が細胞自律的に分化と生存に促進的に働くことが明らかとなった。また、破骨細胞の形成を支持する骨芽細胞においてはAkt1がreceptor activator of nuclear factor-κB ligand (RANKL)の発現を促す作用を持っていることが示唆された。これらより、Akt1シグナルは骨組織での生理的骨吸収に対して促進的な作用を持つものと考えられた。

これらの結果より、Akt1シグナルは、骨芽細胞においてはFoxO3a/Bim経路を介したアポトーシスを抑制することによる生存促進、Runx2の転写活性を促進することによる分化促進、RANKL発現を介した破骨細胞分化の支持に働き、破骨細胞においては細胞自律的に分化・生存促進に働くことにより、骨形成と骨吸収を促進しながら骨量・骨代謝回転の維持していることが明らかとなった。

以上、本論文はAkt1の骨代謝系における調節機構をさまざまな側面から解析し、骨代謝の複雑な系の一端を明らかにした。これは骨代謝調節における多様な分子ネットワークの解明に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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