学位論文要旨



No 123774
著者(漢字) 佐野,厚
著者(英字)
著者(カナ) サノ,アツシ
標題(和) 癌のプロモーター領域の定量的メチル化解析によるプロファイリングと肺癌の分類への応用
標題(洋)
報告番号 123774
報告番号 甲23774
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3113号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 准教授 千葉,滋
 東京大学 准教授 野村,幸世
 東京大学 講師 太田,聡
内容要旨 要旨を表示する

遺伝子のプロモーター領域のCpGアイランドの異常メチル化は癌に特徴的な変化であり,異常メチル化と組織型・進行度・予後などの相関が報告されている.異常メチル化の検出には, bisulfite処理によって非メチル化シトシンをチミンに変換した後にPCRを用いる方法が従来より行われていた.MS-PCRでは,CpGサイトを含む位置にプライマーを作成し,PCRでの増幅の有無でメチル化を検出した.簡便で感度の高い方法であるが,定性的な解析であり,特異度に劣る方法であった.

MethyLightをはじめとしたreal-time PCRによるメチル化定量法は,CpGサイトを含むプライマーでPCRを行いTaqMan probeによるreal-time PCRを行い定量を行う方法である.対照遺伝子と比較した定量的なデータが得られるが,probeの特異性が不十分であり,擬陽性の起こりうるシステムであった.

今回,我々が採用したQuantitative Analysis of Methylated Alleles (QAMA)は,bisulfite処理したDNAをCpGサイトを含まないプライマーでreal-time PCRを行い, 別の蛍光色素を結合したTaqMan MGB probeを2種類用いてメチル化DNAと非メチル化DNAの割合を定量する方法である.1つのプライマーセットでメチル化・非メチル化DNAを同時に増幅するため,正確な定量データが得られる.また,TaqMan MGB probeは非常に特異性が高く,未反応のシトシンの影響をほとんど受けない.QAMAは従来の方法の欠点を改善したメチル化定量法であり,我々はこの方法を多数遺伝子による癌のプロファイリングに応用した.

Minor Groove Binder (MGB)は3つのアミノ酸からなる分子で,プローブの3'端にMGBを付けることにより,DNA同士の結合の特異性を向上させる.これにより,1チューブ内で2本のプローブを用いて反応させても,交差反応のほとんど見られない系を作ることが可能になった.

メチル化DNAに対応するプローブにはVIC,非メチル化DNAに対応するプローブにはFAMの蛍光色素でラベルされている.消光物質によってプローブに結合した蛍光色素は光を発しないが,PCRの際にTaq DNA polymeraseによって蛍光物質がDNAから離されると蛍光を発する.

メチル化・非メチル化DNAそれぞれに違ったプローブが結合するため,2種類の波長の蛍光強度を測定することによって,それぞれのDNAの割合が定量できる.

QAMAのプライマー・プローブ作成の条件は以下の通りである.

(1) プライマーはメチル化・非メチル化DNAを同時に増幅するため,CpGサイトを含まない(もしくは5'端付近に1つしか含まない)位置に設計する.

(2) メチル化・非メチル化DNAでPCR効率をなるべく同じにするため,PCR産物はできるだけ短くなるようにプライマーを設計する.

(3) プローブの位置は,癌で特異的にメチル化を受けるような部位を選択する.

(4) プローブサイトには3~4のCpGサイトを含む.

さらに,我々はより感度・特異度を増すため,以下の新しいプライマー・プローブ設計基準を加えた.

(5) 未反応シトシンの多いDNAを増幅しないため,プライマーの3'端はなるべくnon-CpGのシトシンとした.

(6) MGBによる特異性の改善の効果は3'端で大きいため,プローブの3'端付近に多くのCpGを含むようにした.

(7) 未反応シトシンの影響を避けるため,プローブの5'端はnon-CpGのチミンにならないようにした.

非小細胞肺癌について,メチル化の変化と組織型・喫煙歴・悪性度・再発率などとの相関のある10遺伝子について,QAMAのプライマー・プローブセットを確立した.それぞれについて正常細胞(白血球もしくは気道上皮)でメチル化がなく,癌でメチル化の報告のある部位をターゲットとしてプライマー・プローブを設計.正常細胞とSssI methylaseで処理した完全メチル化DNAをbisulfite処理後にサブクローニングし,様々な割合で混合したプラスミドをテンプレートとして予備実験を行ったところ,交差反応はなく正確に定量できる系であることを確認した.

次に,原発性肺癌切除例90例について10遺伝子のプロモーターのメチル化定量を行った.研究計画について東京大学医学系研究科・医学部倫理委員会で承認を受けた後,インフォームドコンセントを患者より得て,原発性肺癌切除例の切除肺癌組織の一部を採取した.クラスター解析により分類を行ったところ,グループにより組織型・喫煙歴・EGFR遺伝子変異について異なった傾向を示した.

近年,分子標的薬イレッサなどの奏功率と相関の見られるEGFR遺伝子変異とDNAのメチル化についても関連を調べた.EGFR遺伝子変異について,従来のダイレクトシークケンス法に加えて,正常アリルを制限酵素で切断して感度を高める方法を用いて,高感度に変異を検出した.この結果とメチル化の比較を行ったところ,p16のメチル化とEGFR遺伝子変異は同時に存在する症例がなく排他的であった.他の遺伝子のメチル化とEGFR遺伝子変異には特に関連が見られなかった.

今回の対象のうち、4例は2病変を持つ症例であった。うち3例は同一組織型の2病変であったが、3例中1例は組織型は同一であるがメチル化プロフィールが異なるため、同時多発肺癌であると診断した。残りの2例は組織型およびメチル化プロフィール共に同一の2病変であったため、単一の肺癌と肺内転移であると診断した。メチル化パターンによる診断と病理学的診断が異なった場合にどちらが正確であるかを検証することは難しい.今後は多数の症例を集めると共に,予後を追跡してメチル化パターンによる診断の正確性を検証していく.

今回,肺癌の多数遺伝子のプロモーター領域のメチル化解析に,最新の定量法であるQAMAを採用した.QAMAでは特異性の高いTaqMan MGB probeとメチル化の有無に影響されないプライマー設計を採用した.TaqMan MGB probeはMGBにより非常に高い特異性を示し,1塩基のミスマッチでも識別する.そのためメチル化プローブと非メチル化プローブの交差反応が見られず,またbisulfite処理の未反応シトシンにより結果が左右されることもほとんどない.これにより,1チューブ内で2種類の蛍光プローブを用いた反応が可能となり,より正確な定量が行えるようになった.

こういった従来のメチル化定量法の欠点を改善したQAMAに,さらに我々はプライマー・プローブ設計の工夫を追加し,より正確な定量が行えるようにした.この定量系を10遺伝子で構築し,多数遺伝子のメチル化定量を行った.これにより,従来から発現プロフィールの解析で行われていたように,メチル化プロフィールについてクラスター解析を行い分類することを可能にした.さらに,この解析からEGFR遺伝子変異とメチル化の関連の解析や,多発肺癌と肺癌肺内転移との鑑別への臨床応用が可能であることを示した.

MS-PCRの報告以後,bisulfite処理後のPCRを基本とした方法でメチル化解析が行われ,近年はMethyLightをはじめとしたreal-time PCRを用いた定量的メチル化解析が行われている.さらにそれを発展させたQAMAは,簡便な方法でありながら,高い特異性・定量性を示し,多数遺伝子にも応用可能な方法であり,今後の定量的メチル解析の主流となり得る手法である.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は癌に特異的に起こるCpGアイランドの過剰メチル化について、定量的解析を行い、その解析を肺癌切除組織に対しておこなったものであり、下記の結果を得ている。

1.特異性の高いTaqMan MGBを採用し、メチル化DNA・非メチル化DNAに対応した2つのプローブを作成した。CpGアイランドについて解析に適切なCpGの部分を実験および過去の文献を参考に検討し、決定した。解析方法はQAMAを採用し、10の肺癌でメチル化の変化の起こる遺伝子について、プライマーおよびプローブを作成した。

2.QAMAの特異性・感度はすぐれたものであるが、さらに我々は特異度・感度を高める工夫を行った。そうして作成されたプライマーおよびプローブはゲノム中の1%のメチル化DNAを検出し得る感度を持ち、メチル化DNAを含まないゲノムからは偽陽性も起こさない高い特異度を持つ系であることを確認した。

3.肺癌の切除例90例に対してこの方法を用いて10遺伝子についてメチル化解析を行ったところ、6のグループに分類され、このグループ間で異なった臨床的背景を持つグループに分類された。

4.定量的メチル化解析のよるデータと、EGFR遺伝子変異について比較を行ったところ、p16異常メチル化とEGFR遺伝子変異が排他的であるという過去の報告の追試が確認された。また、他の遺伝子の異常メチル化とEGFR遺伝子変異の間には関係がないとの結果が得られた。

5.肺癌切除例の中には4例の2病変を持つ症例が含まれた。この4例の2病変についてメチル化パターンを比較したところ、2例で同じパターン、2例で異なったパターンであった。よって同じメチル化パターンの2例は単一の肺癌の肺内転移、異なったメチル化パターンの2例は同時多発肺癌と、メチル化パターンからは診断された。

以上、本論文は癌におけるメチル化解析において、高い特異度と感度を持ち合わせるQAMAを初めて多数遺伝子に応用し、肺癌切除検体の解析へと応用し、メチル化パターンによる癌の臨床応用についてを報告したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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