学位論文要旨



No 123775
著者(漢字) 鈴木,小織
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,サオリ
標題(和) BH3-onlyタンパクNoxaの機能とその臨床応用法の検討
標題(洋)
報告番号 123775
報告番号 甲23775
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3114号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山岨,達也
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 宮澤,恵二
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 講師 福原,浩
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、BH3-onlyタンパクでありp53介在性アポトーシス誘導の実行因子であるNoxaとPumaの作用について解析したもので、これにより、細胞に発現させた場合Pumaはどの細胞に対しても強力にアポトーシスを誘導するのに対し、Noxaはがんの形質をそなえた細胞にのみアポトーシス誘導することが明らかとなった。このことから、Noxaがある種のがんにおいては遺伝子治療の対象として有用である可能性が示唆された。

培養細胞に対するNoxaおよびPumaのアポトーシス誘導

まずNIH3T3細胞にレトロウイルスベクターを用いてNoxaないしPumaを発現させると、Pumaはいずれの細胞にもアポトーシスを誘導したが、Noxaは発現させるだけではアポトーシスを起こさず、がん遺伝子E1Aを発現させた3T3細胞(E1A-3T3細胞)にのみアポトーシスを誘導した。

次にp53介在性アポトーシス経路において観察されるBaxの多量体化および活性化について検討したところ、E1A-3T3細胞ではこれらがNoxaの発現がなくとも生じており、Noxaの発現により増強されることが明らかとなった。一方、PumaはE1A発現の有無に関らず細胞内のBaxの多量体化・活性化をもたらし、強力にアポトーシスを誘導することが示唆された。

培養細胞に対するPumaの強力なアポトーシス誘導のメカニズム

前述のPumaによるアポトーシス誘導は、カルシウムキレート剤およびカルパイン阻害剤添加により抑制をうけることが判明した。細胞内カルシウム濃度は主に小胞体(ER)から放出されるカルシウムイオンにより調節されていることが知られているため、ER上でカルシウムの放出に関与する二つの受容体(イノシトール3リン酸受容体(InsP3R)、リアノジン受容体)の阻害剤を負荷してPumaによるアポトーシス誘導を検討したところ、InsP3R阻害剤によってのみアポトーシスが一部阻害された。このため、ERよりInsP3Rを介して放出されるカルシウムイオンがカルパインを活性化することが示唆された。さらにカルパインはcaspase-12を活性化することが知られており、このcaspase-12がERを介したアポトーシス誘導を担うという報告がある。実際、本実験でもPumaの発現によりcaspase-12の活性化が見られた。

以上より、ある種の細胞ではPumaがER上のInsP3Rからのカルシウム放出を促し、さらにカルパイン活性化、caspase-12活性化を通じてBaxの多量体化・活性化を強力に引き起こすという今まで未知であった経路を用いてアポトーシスを誘導する可能性が示唆された。

ヒト細胞に対するNoxaないしPuma発現によるアポトーシス誘導

E1A-3T3細胞とNIH3T3細胞をそれぞれがんの形質をもつ細胞と正常細胞のモデルのひとつとみなし、Noxaの選択的なアポトーシス誘導能が実際ヒトがん細胞にも起こりうるかどうかにつき検討した。

乳がん細胞株6種と正常乳腺上皮細胞、正常乳腺細胞株の計8種の細胞にアデノウイルスベクターを用いてNoxa、Pumaを発現させコントロールと比較したところ、コントロールベクターそのものに感受性を示した乳がん細胞株2種を除き、残り6種全部にPumaはアポトーシスを誘導したのに対しNoxaは4種類の乳がん細胞株にのみアポトーシスを誘導することが判明した。

同様に、ヒト線維肉腫とヒト線維芽細胞の比較でも、Pumaはいずれに対しても、Noxaは前者のみにアポトーシスを誘導した。

このNoxaに対する感受性の違いは、細胞内のNoxa発現量には左右されず、また各種Bcl-2 familyタンパクの発現量にもNoxa感受性を説明できるような明らかな特徴は見られなかった。

担がんマウスの作製とNoxaまたはPuma遺伝子導入、p53遺伝子導入との比較

In vitroにてNoxaががん細胞にのみアポトーシスを誘導することが判明したため、次にin vivoでのNoxa発現がもたらす腫瘍への効果につき検討した。

Noxa感受性である乳がん細胞株のひとつ、HBC4細胞をヌードマウスの左右背部に皮下移植して担がんマウスを作製した。腫瘍が直径6mmを越えたところで、担がんマウスを3群((1)Noxa投与群、(2)Puma投与群(3)p53投与群)に分け、1×108pfu/100μLPBSずつNoxa・Puma・p53発現アデノウイルスベクターとコントロールベクターを左右それぞれに腫瘍内注射した。投与は、3日毎に計5回行い、さらに約10日間経過観察した。

その結果、Noxa投与群とPuma投与群ではいずれもコントロールと比較して有意な腫瘍の退縮が観察された(いずれもp<0.005)。p53投与群では、コントロールと比べp53投与側で腫瘍体積比の変化に有意差がみられたものの(p<0.05)、NoxaやPumaを投与したものよりその差が小さかった。また、最初の約2週間はコントロールと同様に腫瘍が増大し、それ以降は腫瘍の成長が抑制されていた。

これらの腫瘍組織につき組織免疫学的検索を行ったところ、NoxaまたはPumaを発現させた腫瘍の組織では、アデノウイルスベクターが感染した細胞の大部分がアポトーシスを起こしている(それぞれ81.0%、92.6%)ことが判明したが、p53を投与した腫瘍組織では、必ずしもp53が発現してもアポトーシスを生じていない(アポトーシスを生じている細胞は49.6%)ことが明らかとなった。

以上より、NoxaおよびPumaはp53と比較してより効率よくin vivoにおいてがん細胞にアポトーシスを誘導させることが判明した。

In vivoにおけるNoxaの正常細胞に対するアポトーシス誘導

HBC4細胞で作製されたマウス皮下腫瘍は被膜に覆われており、腫瘍内投与したアデノウイルスベクターが被膜外に漏れ出すことがなかったことから、周囲正常組織への影響を調べるため、担がんさせていないヌードマウスの乳腺組織近傍に各アデノウイルスベクターを皮下注射して、NoxaおよびPuma発現による影響を検討した。

その結果、Pumaは皮下組織に顕著にアポトーシスを誘導する(感染細胞の74.2%)のに対し、Noxaはほとんどアポトーシスを誘導しない(アポトーシスを生じた細胞は感染細胞の3.5%)ことが明らかとなった。これは、in vitroで得られたNoxaのがん細胞特異的なアポトーシス誘導の結果と一致すると考えられた。

ミトコンドリアを介したアポトーシス誘導に対するNoxaの腫瘍特異的機構

以上より、ヒト由来細胞においてもNoxaががん細胞に選択的にアポトーシスを誘導することが示唆されたため、そのメカニズムについて検討した。

前述のNIH3T3細胞とE1A-3T3細胞に関する考察から、がんの形質をもつ細胞ではBaxの多量体化と活性化があらかじめ生じている可能性が見出されていた。このため、乳がん細胞株と乳腺上皮細胞(株)においても同様の現象が観察されるか調べた。

その結果、Noxaに感受性を示した乳がん細胞株のうち2種では、E1A-3T3細胞と同様にBaxの多量体化と活性化がNoxaの発現が無くともいくらか生じており、Noxaの発現がこれらを増強させることが判明した。しかし、このメカニズムに合致しない乳がん細胞株も例外として存在し、また正常乳腺上皮細胞株ではNoxaに非感受性であるにも関らずBaxの多量体化・活性化がNoxaの発現により観察されたことから、必ずしもBaxの活性化の量だけではNoxaに対する感受性が説明できない細胞種の存在も示唆された。

本研究から、まずNIH3T3細胞において、活性化したp53の下流で働くBH3-onlyタンパクのなかでも、ERのInsP3Rを介したカルシウムの放出を促すことによりカルパイン、次いでCaspase-12が活性化され、Baxの多量体化・活性化を増幅して強力にアポトーシスを誘導するPumaと違い、Noxaはある種の細胞において、もともといくらか生じているBaxの多量体化・活性化を増強させることによりゆるやかに細胞にアポトーシスを誘導させることが見出された。実際、E1A-3T3細胞および複数の乳がん細胞株においてこのBaxの活性化があらかじめ生じており、がんの形質を獲得する過程にある細胞が、変異した自分自身をアポトーシスに向かわせるような正常の反応を示そうとしているように思われた。この残存する生理的な排除機構を促進させるように働くのがNoxaであり、Pumaの誘導するアポトーシスとの違いであると考えられた。

しかしながら、細胞のBaxの活性化の量に依存してNoxa感受性が規定されるという仮説では反応が説明できないがん細胞も存在し、またNoxa非感受性である正常細胞でもNoxaの発現によりBaxの活性化が観察されたため、Noxaが誘導するアポトーシスががん化した細胞の別の側面にも働きかけている可能性も示唆され、今後の更なる研究を要すると思われた。

さらなるメカニズムの解析など課題となる部分も多いが、Noxaが腫瘍細胞のみに選択的にアポトーシスを誘導させうることが明らかとなり、その効果がp53よりも効率的で、Pumaと比較して正常細胞へ影響を及ぼさないと考えられることから、Noxaががんの遺伝子治療のよい対象となる可能性が見出された。がん細胞に残存する正常な生体防御反応、すなわちがん細胞特有の弱点を突くというNoxaの性質を生かすためどのような遺伝子治療のベクターが望ましいか、についても今後検討すべき課題と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はBH3-onlyタンパクNoxaの腫瘍特異的なアポトーシス誘導作用を、同じくBH3-onlyタンパクPumaのアポトーシス誘導と比較することによりin vitro、in vivoにおいての解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.NIH3T3細胞を用いた解析から、Noxaはがん遺伝子E1Aを共発現させた細胞にのみアポトーシスを誘導することが明らかとなり、E1A発現3T3細胞でpro-apoptoticタンパクBaxの活性化が生じているため、Noxaの発現がさらにBax活性化をもたらしアポトーシスを誘導するというアポトーシス機構の存在が示唆された。一方PumaはE1Aの有無に関らずアポトーシスを誘導すること、そのPumaの強力なアポトーシス誘導では細胞内カルシウム濃度上昇・カルパイン活性化・カスペース12活性化を伴いpro-apoptoticタンパクを活性化する、今まで未知であった経路をとることが示された。

2.NoxaおよびPumaを発現させるアデノウイルスベクターを作製して、ヒト乳がん細胞株、ヒト線維肉腫細胞株とそれらに対応するヒト正常細胞にNoxaやPumaを発現させ、各々のアポトーシス誘導について解析したところ、Pumaはどの細胞にもアポトーシスを誘導するが、Noxaはがん細胞株にアポトーシスを誘導し、正常乳腺細胞株および正常線維芽細胞には細胞死を生じさせないことが示された。

3.ヒト乳がん細胞株のひとつであるHBC4細胞やヒト線維肉腫細胞株HT1080をヌードマウスに移植して担がんさせ、そのがん組織に上記のNoxa・Puma発現アデノウイルスベクターないしp53発現アデノウイルスベクターを腫瘍内注射して、その効果についてコントロールベクターを投与した場合と比較したところ、NoxaおよびPumaを発現させた場合はいずれもHBC4由来腫瘍の退縮やHT1080由来腫瘍の増大抑制が観察された。また、腫瘍抑制効果はp53よりもNoxaやPumaを発現させた場合のほうがより効率的であることが示された。

4.ヌードマウスの皮下組織に直接NoxaないしPuma発現アデノウイルスベクターを注射してその影響を比較したところ、Noxaを発現させた皮下組織にはアポトーシスを生じた細胞がほとんど観察されなかったが、Pumaを発現させた場合は著明なアポトーシス誘導が生じていることが示された。

5.Noxaに感受性を示したヒト乳腺細胞株のいくつかは、もともとBaxの活性化が生じていることが示された。従って、E1A発現NIH3T3細胞と同様に、さらにNoxaが発現してBax活性化が増強されることにより、アポトーシスが誘導されることが明らかとなった。但し、このメカニズムではNoxaへの感受性が説明できないがん細胞株も例外として存在したこと、およびNoxaが発現すると非感受性である正常細胞でもBax活性化がみられたことから、他のメカニズムの存在も示唆された。

以上、本論文は、今まで未知であったBH3-onlyタンパクの機能を解明したとともに、その腫瘍特異性から、Noxaは今までにない遺伝子治療の対象分子として臨床面においても重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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