No | 123777 | |
著者(漢字) | 高橋,秀徳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカハシ,ヒデノリ | |
標題(和) | 血管内皮増殖因子およびその受容体を対象とした脈絡膜新生血管の新規治療法に関する基礎的検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123777 | |
報告番号 | 甲23777 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3116号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 加齢黄斑変性(Age-related Macular Degeneration, AMD)とは AMDは先進国の失明原因第一位である。網膜の視野中心にあたる黄斑に変性を来たすため視力低下を来す。脈絡膜新生血管(Choroidal NeoVascularization, CNV)を原因とした滲出性AMDは、急激で強い視力低下を来し予後が悪い。CNVの発生・伸展には血管内皮増殖因子(Vascular Endothelial Growth Factor、VEGF)の関与が大きいとされる。新規治療法の探索が長年行われ、網膜光凝固、経瞳孔温熱療法、光線力学的療法、坑VEGF抗体硝子体投与などが開発されたが、未だに視機能を完全に回復する療法はなく、今後更に有効な治療法の開発が望まれる。 マウスレーザー誘発CNVモデル 眼底にレーザーを照射すると、透明な前眼部・中間透光体・網膜は通過し、色素のある網膜色素上皮(Retinal Pigment Epithelium、RPE)に吸収される。強いレーザーを照射することでRPEを障害し、CNVを誘発する。 我々も本方法を導入したが、詳細は後述するが既報の条件では照射強度が強すぎてRPE破壊以外の脈絡膜熱障害が起きること、実際に破壊されるRPEの面積がばらつくことを発見したので、検討の上条件を変更した。 更にスクリーニングに用いやすいように短い日数で検討できないか検討した。 1.VEGF受容体2(VEGF Receptor 2、VEGFR2)選択的阻害薬のスクリーニング VEGFR2阻害薬は多数開発されており、その強い血管新生阻害作用から抗ガン剤としてガンの栄養血管抑制に用いられている。しかしその多くはチロシンキナーゼ一般に対して阻害作用があるため、全身副作用としての体重減少を来す用量と新生血管抑制用量が近い。そのような薬剤をAMDを初めとする慢性疾患に応用することは困難であり、我々は中外製薬でスクリーニングされた新規VEGFR2選択的阻害薬をマウスCNVモデルを用いて検討し、CNVに特に抑制効果を持つ化合物をスクリーニングし、その効果を検討した。 2.VEGFR1に対するsiRNA療法の検討 VEGFR1もVEGFR2同様血管新生及び血管透過性亢進に関与する。また、siRNA(short intestinal RNA)は20塩基対ほどのRNAであり、細胞に導入することで相補的なmRNAを阻害し特定の遺伝子をknock downすることができる。siRNAはRNA分解酵素存在下ではきわめて容易に分解され、血中半減期は約5分であり、病変に到達しない。そこで、協和発酵工業のWrapped Liposome(WL)というリポソーム製剤を用いた。これはsiRNA等の薬剤を内包することができ、血中半減期が長くCNVの様な血管漏出部位に集積する。まず実際に集積するかマウスCNVモデルで検討し、VEGFR1 siRNAをWLに内包してその有用性を検討した。 3.VEGFR2由来ペプチドによる免疫療法の検討 VEGFR2は主に新生血管部位の血管内皮に発現する。VEGFR2を対象とした免疫により、細胞障害性Tリンパ球(CTL)を誘導し、新生血管を抑制することがマウス腫瘍モデル報告されている。同モデルではヒトHLA-A*0201を発現しヒトとCTLレパートリーが71%共通なA2Kbトランスジェニックマウスを用い、最も新生血管抑制効果の強いペプチドがスクリーニングされている。そこで我々は同ペプチドを用い、同マウス(医科学研究所細胞臓器工学田原秀晃博士より贈与)を用いてCNV抑制効果を検討した。 方法 マウスレーザー誘発CNVモデルの検討 CNV作成方法 7週齢♂のC57BL/6j mouseを用いた。全身麻酔し、トロピカミドを点眼し散瞳させ、細隙灯顕微鏡(TOPCON SL7F)で観察し、半導体レーザー(NIDEK NC3200)で眼底視神経乳頭から1mmの網膜色素上皮に両眼3カ所ずつ照射し、CNVを誘発した。 CNVはフルオレセイン眼底造影(FA)で検討した。トロピカミドで散瞳し、フルオレセインを7mg/kg投与した。眼底カメラ(TOPCON TRC-50IX)で450nm励起光を用い470nmで撮影した。画像はレーザー非照射部位の網膜毛細血管領域の輝度を0、網膜大血管の最大輝度を1、と規定し、レーザー照射によるCNVの蛍光漏出部位の輝度を合計して蛍光漏出指数とした。 また、CNV膜(CNV membrane、CNVM)面積は10%FITC conjugated lectinで灌流染色し、脈絡膜伸展標本を作製して面積を測定した。体積を測る際は眼球をカルノア固定し、35μmおきにパラフィン切片を作成し、ヘマトキシリンエオジン染色後光学顕微鏡(OLYMPUS BX50)とCCD(OLYMPUS MP500)で撮影した。CNVM面積を測定し、合計することで体積を求めた。 蛍光漏出指数・面積・体積は対数変換の上枝分れ分散分析で統計解析を行った。 照射径の検討 直径の設定を75, 200, 500, 990 umの4通りにおいて、照射時間を最短の20msecに設定し、照射眼底に泡が発生することを指標として、各群10匹のマウスを用いて様々な照射強度に設定し、レーザー照射した。脈絡膜伸展標本を作製してRPEの欠損面積を測定した。 照射強度の検討 次に100発照射しても泡発生を一つも失敗しないように照射強度を十分に上げた。直径75um, 照射強度200mW, 照射時間50msecの条件と直径200um, 照射強度200mW, 照射時間20msecの条件でレーザー照射を行い、脈絡膜伸展標本でRPEの欠損面積を測定した。 理論的検討 レーザー照射装置のメーカーであるNIDEKより設定直径75μmと200μmにおけるレーザー焦点面、およびその前後±1mm以内における0.1mm刻みのレーザー照射強度分布を取り寄せ、マウス眼底におけるレーザー照射強度分布を検討した。 レーザー照射後FAを行うまでの日数の検討 レーザー照射翌日より連日FAを行い、蛍光漏出量を半定量した。さらに照射8時間後、3日後、7日後に同一個体30匹でFAを行い、各日程間のデータの相関係数を計算した。レーザー照射3日後の網脈絡膜切片を血管内皮特異的なCD31で免疫染色した。 1.VEGFR2選択的阻害薬のスクリーニング 中外製薬でスクリーニングされたVEGFR2選択的阻害薬6種をマウスCNVモデルで検討した。蛍光漏出指数からもっとも抑制率の高い化合物を選択し、更に低い用量を含めて各群10匹で同様に検討した。 2.VEGFR1に対するsiRNA療法の検討 CNV集積の検討 蛍光付加siRNAを内包したWLを静注し、眼底カメラで蛍光撮影し、CNV部位の各画素の輝度を合計した。 VEGFR1 siRNA/WLのマウスCNVモデルにおける検討 VEGFR1のsiRNAはすでにin vitro 及びin vivo でのknock down効果が報告されているものを、マウス脳血管内皮細胞(EOMA)を用いてin vitroでのknock down効果を確認して用いた。 1.コントロール群(生理食塩水静注) 2.VEGFR1 siRNA群 3.VEGFR1 siRNA/WL群 各群マウスを6匹ずつ用いた。CNVをレーザーで誘発し、3日連続静注した。レーザー照射3日後にFAを施行し、CNVM面積を求めた。 3.VEGFR2由来ペプチドによる免疫療法の検討 マウス1匹20gあたりPBS200ulにペプチド100ugを溶解し、アジュバンド 100ul: SIGMA FREUND'S ADJUVANT INCOMPLETE F5506を用いてエマルジョン(IFA)を作成した。 マウスは各群15匹用いた。 1.PBS(10ml/kg)接種群 2.IFA(10ml/kg)接種群 3.ペプチド(5mg/kg)とIFA(10ml/kg)の懸濁接種群 生後7-10週に右腋下に注射し、10日後に左腋下注。20日後にレーザー照射し、23日後にFAを施行し、24日後に脈絡膜伸展標本を作製した。一部は凍結切片を作成し、CD31, VEGFR2, CD4, CD8で免疫染色を行った。 結果 マウスレーザー誘発CNVモデル 照射径の検討 RPEの欠損直径は設定値75μmで約116μm、設定値200μmで169μmであった。泡が発生する照射強度と、伸展標本におけるRPE欠損面積は良く比例した。 照射強度の検討 直径75um, 照射強度200mW, 照射時間50msecではRPEの欠損円の直径は平均168mm, 標準偏差41mmであった。一方直径200um, 照射強度200mW, 照射時間20msecでは平均169um, 標準偏差17umとばらつきが小さかった。 理論的検討 収束光である直径75μm設定の時はピントがずれた時拡散した光線で広い範囲のRPE破壊されるされるのに対し、平行光に近い直径200μm設定の時は多少ピントがずれてもほぼ同じ直径でRPEが破壊されることが分かった。 レーザー照射後フルオレセイン眼底造影を行うまでの日数の検討 レーザー照射後蛍光漏出指数は2日目でピークを迎え、その後急速に減少した。照射4日後が照射翌日と同等だった。 レーザー照射8時間後と3日後の相関係数は0.15と相関がなかったのに対し、3日後と7日後の間には0.57と強い相関が認められた。 レーザー照射3日後の網脈絡膜切片にて、RPEより上にCD31染色像が認めらた。 1.VEGFR2選択的阻害薬のスクリーニング 6化合物を体重減少しない濃度とその半分の濃度で投与したところ、2化合物がFAにて特に有効であった。 更に半分の濃度で投与したところ、総合的に#0451でもっとも強い抑制効果がみられた。 #0451は分子量490、化学構造上ジフェニルウレアの特徴を有し、VEGFR2のIC50は0.0026ときわめて小さかった(中外製薬提供データ)。 FAは体重抑制濃度の1/8の濃度でも抑制が認められ、体積も用量依存に減少した。 2.VEGFR1に対するsiRNA療法の検討 CNV集積の検討 1時間後から蛍光が見られ、8から24時間後に掛けてプラトーに達し、3日後まで蛍光が検出できた。 VEGFR1 siRNA/WLのマウスCNVモデルにおける検討 VEGFR1 siRNA/WL投与群は生食静注に比べて40%抑制された(p=0.005)。siRNA単独静注群と比べても抑制傾向にあった(p=0.06)が、siRNA単独静注群は生食静注群に対し特に有意な差はなかった(p=0.2)。 3.VEGFR2由来ペプチドによる免疫療法の検討 ペプチド群はPBS群に比べ、蛍光漏出指数が18%抑制(p<0.05)、面積は20%抑制(p<0.05)された。 CNVM中にCD31陽性細胞とVEGFR2陽性細胞が認められた。ヒトVEGFR2免疫群のCNVM中にCD4, CD8陽性細胞が多く観察された。 結論 マウスレーザー誘発CNVモデル 照射径と照射強度 既報に近い直径75um, 照射強度200mW, 照射時間50msecの条件よりも、直径200um, 照射強度200mW, 照射時間20msecの方が照射強度半分以下で同等の直径のRPEをばらつき少なく破壊できる。 レーザー照射後フルオレセイン眼底造影を行うまでの日数の検討 CNVは3日目で評価しても既報に多い7日目に相関するデータが得られる。CNVは3日目でも認められる。 1.VEGFR2選択的阻害薬のスクリーニング #0451はCNV内服治療に有用である可能性がある。 2.VEGFR1に対するsiRNA療法の検討 WLは全身投与によりCNVに集積し、VEGFR1 siRNAがマウスCNVを抑制する。同療法はCNV治療に有用である可能性がある。 3.VEGFR2由来ペプチドによる免疫療法の検討 マウスCNVM中にVEGFR2は発現しており、VEGFR2に対する免疫によりCTLが誘導されCNVを抑制すると考えられた。ヒトにおいても今回使用したペプチドが有効である可能性がある。 まとめ マウスレーザー誘発CNVモデルを精度良く作成する条件を発見した。スクリーニング用に短期間で評価が可能であることも発見した。同条件にて各種新規治療法を検討し、VEGF関連因子を対象としたCNV新規治療法を3つ開発した。今後ヒトへの応用を目指し、改良を重ねる必要がある。 | |
審査要旨 | 本研究は先進国の失明原因第一位である加齢黄斑変性に対し、疾患の原因である脈絡膜新生血管(CNV)の新規治療法を開発するため、マウスCNVモデルの精度を高め、改良を加えた同モデルにおいて3種の新規治療法の基礎的検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.レーザー誘発マウスCNVモデルはCNVの新規治療法開発に汎用されているが、発生するCNVのばらつきが大きいことが指摘されていた。レーザー照射直後のマウス脈絡膜を仔細に検討し、照射するレーザーの空間強度分布を計算して対比させることにより、ばらつきの少ないレーザー照射の条件を見いだした。また、照射後1ヶ月にわたってマウス蛍光眼底造影を定量化し、従来よりも早期に検討しても同様の結果が得られることを確認し、スクリーニングに用いやすい簡便な系を確立した。 2.CNVには血管内皮増殖因子(VEGF)の系が重要な働きをする。VEGF受容体2の阻害薬は多数開発され癌の新生血管に対する治験段階に達しているが、マウスCNVモデルにおいて検討した報告によれば体重減少を来す用量とCNVを抑制する用量が近く、加齢黄斑変性のごとき慢性疾患への応用は困難であった。今回中外製薬において合成されたVEGF受容体2への選択性が特に高い化合物を6種、マウスCNVモデルにおいて内服で検討し、体重減少の1/16の濃度までCNV蛍光漏出を抑制する化合物#0451が得られた。内服であってもVEGF受容体2選択性を上げることでCNV抑制能を保ったまま副作用を減弱させ得ることが示されたので、薬剤を病変に集中させるドラッグデリバリーシステムと組み合わせることで更に臨床応用に近づけると考えられた。 3.Short intestinal RNA(siRNA)は特定の遺伝子をknock downすることができるが、易分解性で全身投与には修飾が必要である。Wrapped Liposome(WL)はsiRNAを安定的に内包し、血管漏出部位に集積する性質を持つ。蛍光付加siRNAをWLに内包し、マウスCNVモデルに静脈投与したところ、CNVへの強い集積及び滞留を認めた。VEGF受容体1は下流の機能解析が進んでおらず、CNVモデルにおいて促進的に作用するのか未だ確定的ではなかったが、このVEGF受容体1を対象とするsiRNAをWLに内包し、マウスCNVモデルに静脈投与したところ、有意な抑制効果が認められた。siRNA内包WLの静脈投与はCNVの治療に有用と考えられ、VEGF受容体1以外の因子について更なる検討が必要と考えられる。 4.抗VEGF抗体硝子体投与は加齢黄斑変性に対し臨床応用されているが、繰り返し投与が必要で細菌感染や網膜剥離のリスクが指摘されている。VEGF受容体2に対する免疫療法はマウス腫瘍モデルにおいて有意な腫瘍抑制が認められ、新生血管に主に発現するVEGF受容体2に対し細胞障害性Tリンパ球を誘導され、新生血管を障害することが報告されている。免疫は一度確立すれば年余にわたり効果を発現すると考えられ、加齢黄斑変性に応用できれば眼内への繰り返し侵襲を避けられると期待される。今回ヒトに近い免疫応答をするマウスにCNVモデルを作成し、ヒトVEGF受容体2由来ペプチド:配列VIAMFFWLLの免疫により細胞障害性Tリンパ球の誘導と、CNVの抑制を認めた。従って、今回使用したペプチドがヒトCNVにおいても有用である可能性が示唆された。 以上、本論文はマウスCNVモデルを改良し、同モデルにおいて新規治療法を3種検討してその有用性を明らかにした。本研究は未だ改良の余地のある加齢黄斑変性治療に新規治療手段を提案するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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