No | 123778 | |
著者(漢字) | 田中,庸子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タナカ,ヨウコ | |
標題(和) | インプラント型再生軟骨の足場素材として用いる生分解性ポリマー多孔体の構造と組成の検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123778 | |
報告番号 | 甲23778 | |
学位授与日 | 2008.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3117号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 目的 軟骨においては、既に再生医療の臨床応用が試みられ、そのなかでも現実的な医療として自家軟骨細胞移植が普及している。しかし、現在の方法では治療できる欠損の大きさも、適応できる疾患も限定的である。軟骨再生医療の適応を拡大するためには、力学的強度を有し、三次元形態を呈するインプラント型の再生軟骨を開発する必要があり、そのためには足場素材の根本的な改良が不可欠である。一般に、再生軟骨用の足場素材はハイドロゲルと多孔体の2種類に大別される。ハイドロゲル型足場素材は、孤立的に細胞外基質中に存在する軟骨細胞に対して、特異的な3次元環境を再現できる点で有利である。しかし、ハイドロゲル自体は力学的強度を欠き、3次元形態を付与することは出来ない。一方、多孔体は、剛性があるため、再生組織に対する力学的強度の付加や3次元形状の付与が可能である。しかし、多孔体に細胞を投与する場合、細胞は大きな気孔の内壁に付着するのみで理想的な3次元環境に収まることができないという問題点がある。そこで著者らは、ハイドロゲルと多孔体型足場素材との併用を試み、その先行研究として、各種ハイドロゲルを比較、検討した。その結果、ゲル化力が強いため軟骨細胞の保持能が高く、軟骨基質であるII型コラーゲンやプテオグリカンの発現・産生を促進し、かつ既に組織補填用の医療用具として臨床で使用されているアテロコラーゲンを第一選択とした。 著者は、インプラント型再生軟骨を作製するためは、アテロコラーゲンハイドロゲルと併用する多孔体の構造と組成を決定することが重要であると考えた。そのため、本研究では、アテロコラーゲンと併用する多孔体の条件として、1.三次元形状を付与でき、かつ生体内でも形状が維持できる力学的強度を有すること、2.軟骨細胞・アテロコラーゲン混和物を速やかに浸透させ、保持できること、3.軟骨細胞に対して適合性があること、4.激しい組織反応を惹起しないこと、5.生分解を受け、適切に吸収されること、を勘案し、これらの条件にかなう多孔体足場素材の作製する目的で、多孔体の構造と組成を検討した。 方法 ヒト耳介軟骨より単離した軟骨細胞を実験に供した。脱分化した軟骨細胞(第3継代)を1%アテロペプチドコラーゲン溶液と107-108細胞/mLの密度で混和し、多孔体型足場素材に投与し、37℃、2時間の保温で足場素材内にゲル化させ、インプラント型再生軟骨を作製した後にヌードマウスの背部皮下に移植した。 多孔体の構造に関しては、代表的な生分解性ポリマーであるpoly-L-lactide(PLLA)を用いて、一般的な多孔体の製造法であるSugar-leaching method(SLM)法および3次元造形法の一つであるFused deposition modeling(FDM)法を用いて、異なる気孔径、気孔率を有する様々な構造を持つ8種類の多孔体(SLM法P、A、B、C、DおよびFDM法1.0 mm、1.5 mm、2.0 mm)を作製した。これらの多孔体を用いて、アテロコラーゲンとの親和性、力学的特性、および多孔体を用いて作製した再生軟骨の軟骨特性などを評価した。 さらに、構造が決定された後に、多孔体の組成を検討した。素材としてPLLA(MW:200,000)、poly(D-lactide)(PDLA MW:200,000)、poly(L-lalctide-co-e- caprolactone) (P(LA/CL) 50:50 MW:200,000)、 poly(L-lalctide-co-glycolide) (PLGA 30:70(MW:100,000(L)、MW:200,000(H))の5種類を検討の対象とし、これらの多孔体のアテロコラーゲンとの親和性、力学的特性、および多孔体を用いて作製した再生軟骨の軟骨特性などを評価し、さらに再生軟骨におけるポリマーの吸収を組織反応(マクロファージの局在)という観点から検索した。 結果と考察 まず、多孔体の構造について検討した。それぞれの平均気孔径および気孔率を測定したところ、SLM法P(平均気孔径1.0 mm/気孔率80%)、A(0.3 mm/90%)、B(0.3 mm/5%)、C(0.6 mm/90%)、D(0.6 mm/95%)と、FDM法開口径(気孔径)1 mm(気孔率85%)、1.5 mm(気孔率88%)、2.0 mm(気孔率90%)であった。各種多孔体の力学的特性を計測すると、圧迫強度は同じ製法で作られた足場素材同士を比べると、高気孔率で低値を示し、特に、FDM法開口径2 mmでは、その傾向が著しかった。弾性定数の計測では、同様の製法の中では気孔径(開口径)が大きいほど、低い弾性定数を示した。細胞を投与する際に混和するアテロコラーゲンとの親和性に関しては、各種多孔体に1% アテロコラーゲン溶液を浸透させ1 cm3あたりの吸収量を計測したところ、製法が同じであれば気孔率の高い方が高い吸収性を示す傾向が見られ、特にSLM法Bで高値であった。再生軟骨の軟骨特性を、ヌードマウス皮下移植60日後の再生軟骨で評価すると、ヌードマウス体表の肉眼所見では、SLM法およびFDM法の再生軟骨はいずれも、ブロック型をした多孔体の3次元形状をほぼ維持されていたが、気孔径の大きいSLM法C、DおよびFDM法1.5 mm、2 mmのものでは体表部からPLLA多孔体の骨格・格子部が突出し、透見されるものもあった。一方、多孔体を使用しないcontrolでは、投与時の大きさが大幅に縮小していた。摘出した再生軟骨の色調、表面形状に関しては、SLM法ではBで滑沢、白色を示しており、生理的な軟骨組織に類似した所見を示していた。一方、その他のSLM法多孔体は血性色調が強く、またC、DではPLLA骨格部が再生組織から著明に浮き出ていた。FDM法多孔体でも、PLLA格子部が露見され、特に開口径が1.5 mm、2 mmのものでは格子の間には陥凹があり、移植60日での体表所見での凹凸に一致していた。多孔体を使用しないcontrolでは、滑沢白色のペレット状の再生軟骨が回収された。組織学的に観察すると、いずれの多孔体でもPLLAの骨格・格子部分の間に、トルイジンブルー染色による異染性を示す領域が島状に認められ、軟骨基質プロテオグリカンの集積が示唆された。特にSLM法B、FDM法1.5 mmに広範にトルイジンブルー異染性領域が観察された。生化学的にも両者に、軟骨基質であるII型コラーゲン、プロテオグリカン(GAG)の集積が見られ、優れた軟骨再生を示した。しかし、肉眼所見の結果ではFDM法1.5 mmの格子構造が皮膚を刺激するなどの為害性を示す懸念があったため、多孔体の製法および構造としてはSLM法Bを第一選択と考えた。 多孔体の構造に続いて、組成について検討した。SLB法B多孔体と同じ構造(気孔径0.3 mm、気孔率95%)の多孔体を作製した。多孔体の骨格構造に若干の形態の相違はあるものの、いずれも平均気孔径0.3 mm、気孔率95%で、ほぼ同様な構造であった。力学的特性では、PLLAおよびPLGAで圧迫強度や弾性定数が高値の傾向を示した。アテロコラーゲンとの親和性はすべてのポリマーでほぼ同様の値を示した。再生軟骨の軟骨特性を、ヌードマウス皮下移植60日後の再生軟骨で評価すると、PLLA、PLA/CL、PDLAではおおむね多孔体のブロック形状を維持していたが、PLGAは分子量によらずサイズの縮小が見られた。一方、PLGAを用いた再生軟骨は滑沢、白色で血性色調が他のものに比べて低く、組織学的にもプロテログリカンの集積を示すトルイジンブルー異染性が密に見られ、異染性領域が他のポリマーに比べ広範に連続して観察された。また、PLLA、PLA/CL、PDLAで見られるポリマー遺残物も、PLGAをもちいた再生軟骨では見られなかった。軟骨基質であるII型コラーゲンおよびGAGの含有量は、PLLAおよびPLGAで増加が著しく、PLA/CLおよびPDLAに比べ有意に高い傾向が見られた。 これらの再生軟骨において、組織反応の主体をなすマクロファージの免疫染色を行ったところ、いずれのポリマーを使った再生軟骨においても、再生軟骨領域にはマクロファージの局在は見られず、その周囲に存在する非軟骨性の結合組織に局在が見られた。マクロファージ数を形態計測学的に評価すると、PLGAは分子量に関わらず、PLLA、PLA/CL、PLDAなどの他のポリマーに比べ、マクロファージ数が有意に減少していた。PLGAを用いた再生軟骨では、ポリマーが迅速に分解され、マクロファージの増加が抑制される。そのため、炎症性サイトカインの分泌や組織反応と、それに伴う軟骨に対するカタボリックな作用が抑制されるため、良好な軟骨再生が得られたものと推測された。 以上の結果から、現時点で最も推奨される多孔体は、PLGA製のSLM法Bの多孔体と思われた。一方、現状の方法で作製する再生軟骨が生体内で成熟するにおおよそ2ヶ月かかる。PLGAの分解期間は2週間程度であるため分解が早急すぎ、3次元形態の保持という点では、若干不利な点がある。しかし、他のポリマーは半年以上かかるため緩徐過ぎ組織反応が潜延する。今後は、これらのポリマー同士の配合を検討し、さらに理想的な生分解性ポリマー多孔体を作製してゆく必要がある。また理想的な足場素材を評価する上でも、移植後の再生軟骨の3次元形状の経時的変化を追跡し、3次元形態維持に関する知見を蓄積してゆく必要があると思われる。 | |
審査要旨 | 本研究は臨床に応用可能なインプラント型再生軟骨の足場素材として用いる生分解性ポリマー多孔体の開発をすることを目的として、異なる製法にて作製した多孔体を用い、それらの構造や組成について検討することにより、3次元形状と力学的強度を有し、自己組織性に優れた多孔体の構造と組成の決定を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. 代表的な生分解性ポリマーであるpoly-L-lactide(PLLA)を用いて、一般的な多孔体の製造法であるSugar-leaching method(SLM)法および3次元造形法の一つであるFused deposition modeling(FDM)法を用いて、異なる気孔径、気孔率を有する様々な構造を持つ8種類の多孔体(SLM法P、A、B、C、DおよびFDM法1.0 mm、1.5 mm、2.0 mm)を作製した。これらの多孔体を用いて、アテロコラーゲンとの親和性、および力学的特性を評価したところ、圧迫強度は同じ製法で作られた足場素材同士を比べると、高気孔率で低値を示した。弾性定数の計測では、同様の製法の中では気孔径(開口径)が大きいほど、低い弾性定数を示した。細胞を投与する際に混和するアテロコラーゲンとの親和性に関しては、製法が同じであれば気孔率の高い方が高い吸収性を示す傾向が見られ、特にSLM法Bで良好であった。 再生軟骨の軟骨特性を、ヌードマウス皮下移植60日後の再生軟骨で評価すると、ヌードマウス体表の肉眼所見では、SLM法およびFDM法の再生軟骨はいずれも、ブロック型をした多孔体の3次元形状をほぼ維持されていた。一方、多孔体を使用しないcontrolでは、投与時の大きさが大幅に縮小していた。摘出した再生軟骨の色調、表面形状に関しては、SLM法ではBで滑沢、白色を示しており、生理的な軟骨組織に類似した所見を示していた。組織学的に観察すると、いずれの多孔体でもPLLAの骨格・格子部分の間に、トルイジンブルー染色による異染性を示す領域が島状に認められ、軟骨基質プロテオグリカンの集積が示唆された。特にSLM法B、FDM法1.5 mmに広範にトルイジンブルー異染性領域が観察された。生化学的にも両者に、軟骨基質であるII型コラーゲン、プロテオグリカン(GAG)の集積が見られ、優れた軟骨再生を示した。しかし、肉眼所見の結果ではFDM法1.5 mmの格子構造が皮膚を刺激するなどの為害性を示す懸念があったため、多孔体の製法および構造としてはSLM法Bを第一選択と考えた。 2. SLM法B多孔体と同じ構造(気孔径0.3 mm、気孔率95%)の多孔体をpoly(D-lactide) (PDLA MW:200,000)、poly(L-lalctide-co-e-caprolactone) (P(LA/CL) 50:50 MW:200,000)、poly(L-lalctide-co-glycolide)(PLGA30:70 (MW:100,000(L)、MW:200,000(H))の5種類を検討の対象とし作製した。多孔体の骨格構造に若干の形態の相違はあるものの、いずれも平均気孔径0.3 mm、気孔率95%で、ほぼ同様な構造であった。力学的特性では、PLLAおよびPLGAで圧迫強度や弾性定数が高値の傾向を示した。アテロコラーゲンとの親和性はすべてのポリマーでほぼ同様の値を示した。再生軟骨の軟骨特性を、ヌードマウス皮下移植60日後の再生軟骨で評価すると、PLLA、PLA/CL、PDLAではおおむね多孔体のブロック形状を維持していたが、PLGAは分子量によらずサイズの縮小が見られものの、PLGAを用いた再生軟骨は滑沢、白色で血性色調が他のものに比べて低く、組織学的にもプロテログリカンの集積を示すトルイジンブルー異染性が密に見られ、異染性領域が他のポリマーに比べ広範に連続して観察された。また、PLLA、PLA/CL、PDLAで見られるポリマー遺残物も、PLGAをもちいた再生軟骨では見られなかった。軟骨基質であるII型コラーゲンおよびGAGの含有量は、PLLAおよびPLGAで増加が著しく、PLA/CLおよびPDLAに比べ有意に高い傾向が見られた。したがって組成を比較においてPLGAを用いた多孔体で良好であると考えられた。 3. 組織反応の主体をなすマクロファージの免疫染色を行ったところ、いずれのポリマーを使った再生軟骨においても、再生軟骨領域にはマクロファージの局在は見られず、その周囲に存在する非軟骨性の結合組織に局在が見られた。マクロファージ数を形態計測学的に評価すると、PLGAは分子量に関わらず、PLLA、PLA/CL、PLDAなどの他のポリマーに比べ、マクロファージ数が有意に減少していた。PLGAを用いた再生軟骨では、ポリマーが迅速に吸収されることにより、マクロファージの増加が抑制され、炎症性サイトカインの分泌や組織反応と、それに伴う軟骨に対するカタボリックな作用が抑制されるため、良好な軟骨再生が得られたものと推測された。 以上、本論文は、軟骨再生医療の適応を拡大する上で必要なインプラント型再生軟骨を作製するための足場素材について、構造と素材という点から検討を加え、最適化を図った。本研究は、系統的に検討されていなかった軟骨再生用の足場素材に科学的な洞察をあたえ、軟骨再生医療学の発展に貴重な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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