学位論文要旨



No 123780
著者(漢字) 遠間,真希子
著者(英字)
著者(カナ) トオマ,マキコ
標題(和) マウス形質細胞様樹状細胞におけるLy49Qの役割とリガンド同定
標題(洋) Identification of the Ligand and characterization of Ly49Q on mouse plasmacytoid dendritic cells
報告番号 123780
報告番号 甲23780
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3119号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 講師 榎本,裕
 東京大学 講師 伊藤,健
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

樹状細胞は生体内では稀少ながらも免疫監視細胞、免疫反応のイニシエーターとして重要な役割を演ずることが近年報告されている。樹状細胞にはいくつかのサブセットが存在し、その中にplasmacytoid dendritic cell (pDC)、別名Interferon-producing cellとも呼ばれる一群が存在する。pDCは樹状細胞に属しているが樹状はもたず、マウス,ヒトでその存在が確認されている。その機能は、ウイルス等の感染を初期にToll-like receptor(TLR)を介して探知し、大量の1型Interferon (IFN)を産生することであり、IFNを産生することでinnate immunityを活性化すると同時に獲得免疫にも影響を及ぼし、感染防御に重要な役割を果たしている。

Ly49Qは当初、mouse pDC特異的に発現する受容体として報告された。Ly49QはNK 細胞のreceptorとして知られるLy49familyに属する膜蛋白である。Ly49 family receptorはNKまたはNKT細胞に発現し、細胞外領域にC-typeレクチンドメインを含むTypeII膜蛋白でNK細胞の活性化を司る受容体であり、細胞内領域のモチーフにより活性化型と抑制型の2つのサブクラスに分けられることが報告されている。抑制型レセプターは細胞内チロシンホスファターゼであるSHP-1またはSHP-2によって脱リン酸化されるimmunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif (ITIM)を細胞内にもち、抑制シグナルを伝達する。活性化型レセプターは細胞内領域にITIMを持たず、代わりに膜領域に荷電残基を持ち、DAP12に代表されるimmunoreceptor tyrosine-based activation motif (ITAM)を持つアダプタータンパク質との結合を介してNK細胞に活性化シグナルを送る。NK細胞の細胞障害活性やサイトカイン産生といった重要な細胞機能は、これら受容体に対するリガンド刺激のバランスによって制御されていると考えられている。Ly49Qは細胞内領域にITIMをもつことから抑制型レセプターであることが予測され、pDCの活性制御に関与する可能性が高いと考えられる。

pDCにおけるLy49Qの役割については、1)骨髄にはLy49Q+と-のpDCが存在するが、2)末梢リンパ組織ではLy49Q+pDCしか存在しないことなどから3)pDCの成熟のマーカーになることが報告されている。pDCにおけるLy49Qの役割を明らかにすること、そしてそのリガンドを検索することは、pDCの生体内での機能解明の大きな一助となると考え、本研究を行った。

[方法、結果]

pDCの発達、成熟におけるTypeIIFNの役割

pDCは骨髄にて発生成熟すると考えられている。pDCの成熟に関与する分子を同定するため、FMS-like tyrosine kinase 3 ligand(Flt3L)を添加し誘導した培養骨髄中のpDCを分離し、種々のサイトカイン添加下にLy49Q発現の有無を観察した。その結果、培養液中にIFNαを添加するとLy49Qの発現が抑制されたため、1型IFNがpDCの成熟にnegativeに作用する可能性が示唆された。さらにC57BL/6マウスと比較し骨髄でのLy49Q-pDCの発現頻度が高いBALB/cマウスでは、Flt3L存在下に培養した骨髄細胞において、C57BL/6のそれと比較しより多くの1型IFNを産生していることがRT-PCRにて確認された。以上の事実からも1型IFNがLy49Qの獲得に関与している事が推測された。

次に、IFN産生を誘導するTLR3のアゴニストであるpoly(I:C)をBALB/c野生型マウス生体内に注射し、pDCでのLy49Q発現頻度を観察した。この結果、野生型マウス骨髄ではLy49Q-pDCの存在率が有意に上昇し、末梢リンパ器官ではLy49Q-pDCの出現が認められた。この現象はIFNAR-/-マウスでは観察されなかった。これらの結果は、1型IFNが生体内においてもpDCの成熟を制御し、かつpDCの末梢リンパ組織への分布にも関与する可能性を示している。

通常状態において、もう一つの樹状細胞の主要なサブセットであるconventional DC(cDC)とpDCは異なるlineageより分化すると考えられていたが、ウイルス感染時など生体内に1型IFN産生が高い状態となっている時、骨髄中に存在するpDC (CD11b-CD11c+B220+)の一部がcDC (CD11b+CD11c+B220-)に逆分化するという事実をZunigaらが報告した(Zuniga E I et al., 2004)。そこで我々は、彼等が報告した可逆性をもつpDCとはLy49Q-分画に存在するのではないかと考え、PBSもしくはPoly(I:C)を投与した野生型BALB/cマウスの骨髄からLy49Q-とLy49Q+pDCを単離し、Flt3L存在下に4日間培養し、pDCの細胞表面マーカーの発現を分析した。この結果、Poly(I:C)投与マウスから単離したLy49Q-pDCのみがcDCへ分化した。この変化はPBS投与群、またはIFNAR-/-マウスにPBSもしくはPoly(I:C)を投与した群のpDCでは認められなかった。以上のデータより、骨髄中に存在するLy49Q-pDC は可塑性を持つ未熟なpDCであり、1型IFNはpDCからcDCへの可逆性を調節する重要な役割を演じていることが推測された。

上記結果をまとめると、Ly49Qの発現の有無によってpDCの成熟段階が規定され、 かつ1型IFNはpDCの成熟を調整している可能性が示唆された。

Ly49Qリガンドの同定と機能解析

次に、成熟したpDCに発現するLy49Qの下流のシグナルを解析をするため、このレセプターに対するリガンド検索を、expression cloningを用いて行った。Ly49 familyは通常Homodimerとして細胞膜表面に発現していることから、リガンド検索にはLy49Qの細胞外領域とhuman IgGのFc部分と融合させ、Ly49Qの細胞外領域をダイマーとして発現するfusion蛋白(Ly49Q-Fc)を用いた。fusion蛋白の結合する細胞をリガンド発現細胞と考え、フローサイトメトリーを用いて陽性細胞を検索した。この結果、TLR9のアゴニストであるCpG-ODN1668(CpGB)にて刺激したC57BL/6マウス脾細胞中、特にB細胞においてLy49Q-Fc陽性細胞が認められた。そこで、CpGBにて刺激したC57BL/6脾臓細胞よりcDNAライブラリーを作成し、Ba/F3細胞にretro virus vectorを用いて導入し、 Ly49Q-Fc陽性細胞をセルソーターにて単離した。ソーターにて単離したクローンのcDNAの塩基配列を解析したところ、Ly49Qのリガンドは全長1,581bpであり、370個のアミノ酸からなるMHCクラスIのH-2Kbであることが確認された。単離したLy49Q-Fc陽性細胞を数種類の抗MHCクラスI抗体にて染色したところ、抗-H-2Kb抗体のみが陽性であった。また抗Ly49Q抗体および抗H-2Kb抗体は、リガンド陽性細胞へのLy49Q-Fcの結合をほぼ完全に抑制した。これらの結果より、Ly49QのリガンドはMHCクラスIのH-2Kbであると考えられた。

H-2Kbは通常ほぼすべての体細胞に発現しているにも関わらず、Ly49Q-FcはCpGB刺激したB細胞群にしか反応しなかった。そこで、H-2Kbの発現レベルや発現形態によってLy49Q-Fcの結合性が左右されるか否かを判定するため、以下の実験をおこなった。まず各種サイトカイン,TLRアゴニストにて脾細胞を刺激し、H-2Kbの発現レベルとLy49Q-Fcの結合性を比較した。H-2Kbの発現レベルとLy49Q-Fcの反応性は正比例しており、Ly49QとH-2Kbが結合するためにはH-2Kbの高い発現が不可欠であることが予測された。次にH-2Kbの発現形態がLy49Q-Fcの結合性に影響するか否かを観察するため、B細胞を抗H-2Kb抗体、Ly49Q-Fcにて二重染色し、蛍光顕微鏡下に観察した。resting B 細胞ではH-2Kbが細胞表面にdiffuseに発現しており、Ly49Q-Fcの結合は認められなかった。一方、CpGBにて刺激したB細胞では、H-2Kbは全体の発現が上昇しているだけでなく一部clusteringを形成し、そのclusteringを起こした部分にLy49Q-Fcが結合している様子が観察された。

次にこれらclusteringしたH-2Kbのみがリガンドとして機能し、Ly49Qにシグナルを伝達できるかを調べるため、Ly49Q下流で活性化することが予測されているSHP-1のリクルートメントを、免疫沈降実験を用いて確認した。まずCHO-K1細胞にLy49Qを発現させたcell lineを作成し、Ly49Q-Fc陽性細胞であるCpGB刺激したB細胞もしくはLy49Q-Fc陰性細胞であるresting B細胞とco-cultureし、SHP-1がリクルートされるか否かを免疫沈降実験によって観察した。この結果、CpGB刺激したB細胞とco-cultureした時にのみ、SHP-1のリクルートメントが認められた。以上の結果より、通常体細胞に発現するMHC class Iではなく、何らかの刺激によりclusteringしたH-2KbのみがリガンドとしてLy49Qと結合し、シグナルを伝達できるということが証明された。以上の事実は、MHC class IがリガンドとしてLy49Qレセプターに結合しそのシグナルを伝達するためには、発現のみではなくその発現形態も重要であることを示した新しい知見である。

[結語]

以上、本研究においてLy49QはpDCの分化段階を示す良いマーカーであり、pDCの分化、成熟、末梢での分布には1型IFNが関与することを明らかにした。また、pDCに発現しているLy49Qにシグナルを伝達するリガンドは、通常のclass Iではなく、clusteringをおこしたclass Iに限定され、リガンドの発現形式がレセプターへの結合および刺激を左右する可能性があるという興味深い事実を発見した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、マウス形質細胞様樹状細胞に特異的に発現しているLy49Qという分子を用いて、形質細胞様樹状細胞(pDC)のBiologyを調べた研究であり、以下の結果を得ている。

1、 pDCの成熟に関与する分子を同定するため、FMS-like tyrosine kinase 3 ligand(Flt3L)を添加し誘導した培養骨髄中のpDCを分離し、種々のサイカイン添加下にLy49Q発現の有無を観察した。その結果、培養液中にIFNαを添加するとLy49Qの発現が抑制されたため、1型IFNがpDCの成熟にnegativeに作用する可能性が示唆された。

2、 IFN産生を誘導するTLR3のアゴニストであるpoly(I:C)をBALB/c野生型マウス生体内に注射し、pDCでのLy49Q発現頻度を観察した。この結果、野生型マウス骨髄ではLy49Q-pDCの存在率が有意に上昇し、末梢リンパ器官ではLy49Q-pDCの出現が認められた。この現象はIFNAR-/-マウスでは観察されなかった。これらの結果は、1型IFNが生体内においてもpDCの成熟を制御し、かつpDCの末梢リンパ組織への分布にも関与する可能性を示している。

3、 PBSもしくはPoly(I:C)を投与した野生型BALB/cマウスの骨髄からLy49Q-とLy49Q+pDCを単離し、Flt3L存在下に4日間培養し、pDCの細胞表面マーカーの発現を分析した。この結果、Poly(I:C)投与マウスから単離したLy49Q-pDCのみがcDCへ分化した。この変化はPBS投与群、またはIFNAR-/-マウスにPBSもしくはPoly(I:C)を投与した群のpDCでは認められなかった。以上のデータより、骨髄中に存在するLy49Q-pDC は可塑性を持つ未熟なpDCであり、1型IFNはpDCからcDCへの可逆性を調節する重要な役割を演じていることが推測された。

4、 成熟したpDCに発現するLy49Qの下流のシグナルを解析をするため、このレセプターに対するリガンド検索を、expression cloningを用いて行った。Ly49Q-Fcfusion蛋白の結合する細胞をリガンド発現細胞と考え、フローサイトメトリーを用いて陽性細胞を検索したところ、CpG-ODN1668(CpGB)にて刺激したB細胞においてLy49Q-Fc陽性細胞が認められた。CpGBにて刺激したC57BL/6脾臓細胞よりcDNAライブラリーを作成し、Ba/F3細胞にretro virus vectorを用いて導入し、 Ly49Q-Fc陽性細胞をセルソーターにて単離、クローンのcDNAの塩基配列を解析したところ、Ly49QのリガンドはMHCクラスIのH-2Kbであることが確認された。

5、 H-2Kbの発現レベルや発現形態によってLy49Q-Fcの結合性が左右されるか否かを判定するため、各種サイトカイン,TLRアゴニストにて脾細胞を刺激し、H-2Kbの発現レベルとLy49Q-Fcの結合性を比較した。H-2Kbの発現レベルとLy49Q-Fcの反応性は正比例しており、Ly49QとH-2Kbが結合するためにはH-2Kbの高い発現が不可欠であることが予測された。次にH-2Kbの発現形態がLy49Q-Fcの結合性に影響するか否かを観察するため、B細胞を抗H-2Kb抗体、Ly49Q-Fcにて二重染色し、蛍光顕微鏡下に観察した。resting B 細胞ではH-2Kbが細胞表面にdiffuseに発現しており、Ly49Q-Fcの結合は認められなかった。一方、CpGBにて刺激したB細胞では、H-2Kbは全体の発現が上昇しているだけでなく一部clusteringを形成し、そのclusteringを起こした部分にLy49Q-Fcが結合している様子が観察された。

以上、本論文はマウス形質細胞様樹状細胞において、Ly49Qの発現の有無によって形質細胞様樹状細胞の成熟段階が規定され、 かつ1型インターフェロンは形質細胞様樹状細胞の成熟を調整しているということ、かつLy49QのリガンドはMHCクラスIのH-2Kbであり、リガンドとして機能するためにはその発現形態が重要であるということを明らかにした。前者は形質細胞様樹状細胞の発達機構の一部を明らかにし、後者は今後形質細胞様樹状細胞の機能を解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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