学位論文要旨



No 123785
著者(漢字) 安井,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ヤスイ,タクヤ
標題(和) 言語と音楽についての脳磁図研究 : 記憶した歌の歌詞と旋律における予期しないエラー認知に関わる半球優位性の差異
標題(洋) Language and Music: Differential Hemispheric Dominance in Detecting Unexpected Errors in the Lyrics and Melody of Memorized Songs
報告番号 123785
報告番号 甲23785
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3124号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 准教授 鈴木,光也
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 准教授 青木,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

脳の神経活動では電流が軸索に流れるが、それによって生じる磁場を頭皮においてとらえたものが脳磁図である。この脳磁気は非常に小さいもので、地磁気の10億分の1程度であり、これまでは検出が困難であった。超伝導量子干渉素子の発明以来、この微弱な脳磁気の測定が可能となった。頭皮における脳磁気の分布から逆計算を行って、活動源を求めることができる。

脳磁図の特徴として、時間分解能が優れており、空間分解能もこれまで使われていた脳波より格段にすぐれている。一方、頭皮と垂直な方向に向かっている活動源などは磁気の方向が頭皮と平行なため検出困難なことや、脳の深部の活動の検出も難しいといった欠点がある。今回の実験では、早い時間帯といった短い範囲の時間に注目していることや、半球有意差を調べるために、空間解像度も必要であり、脳磁図を使用して行った。

今回の研究では、側頭葉聴覚野において、従来の単純な刺激反復中の低頻度刺激によって誘発されるミスマッチ陰性電位(MMNm)とは性質の異なった電位(M140/M130)を見いだし、歌における歌詞(Lyrics)又は旋律(Melody)の予期しないエラーにより引き起こされたと考えられた。この電位は、刺激そのものの変化で自動的に引き起こされるものではなく、記憶に基づいた予期照合エラーによって引き起こされているもので、どの成分のエラーかにより大脳聴覚野の半球優位性が変化していることがわかった。それにより、聴覚野の半球優位性がどのように変化が生じるのかということの一端を明らかにした。

これまでの研究においては言語と音楽では異なった刺激が使用されており、報告されていた優位半球の左右差は、音の特徴の違いに基づいて引き起こされていた可能性が排除できておらず、見いだされた側頭葉におけるMMNm等の左右差と、記憶などの高次機能との関連もはっきりしていなかった。そこで今回の研究では、一つの刺激音で言語、音楽両方の要素を同時にもつ歌を使用し、それぞれの要素を変化させ、双方を比較して行った。さらにそれに基づいて、半球優位性に記憶がどのように関わっているかということを調べた。

まず実験1ではなじみのある曲を使用し、歌詞(Lyrics)と、旋律(Melody)中のエラーの数を答えてもらうタスク(Lyrics taskとMelody task)を行い、この歌詞と旋律エラーによって起こされる反応を調べた。この実験では音の特徴・内容のみで正解とエラーに分類することはできず、歌の記憶に基づいて判断する必要がある。歌詞エラー(Lyrics deviant)により誘発された反応(M140)の双極子は140msの潜時をもち、強度は左半球で有意に大きい(P = 0.025)という結果を示した。一方、旋律エラー(Melody deviant)に対する反応(M130)の双極子は130msの潜時をもち右半球で大きい(P = 0.011)という異なった結果を示した。どちらの双極子も聴覚野の前端付近に局在していた。

実験1でみられた反応の潜時等はMMNmと近く、MMNmとの違いがあるかを調べる為、実験2ではなじみのある曲で、単一語音または単一音程に置換して行ない、その中で語音または音程の異なった音(低頻度刺激)を提示して、それにより引き起こされる反応(MMNm)を調べた。この実験では、低頻度刺激の認知には曲の記憶を必要とせず、それ以前の音と異なるかどうかのモニターのみで可能な構造とした。その結果、音素・音程の低頻度刺激(Syllable oddballとPitch oddball)によって引き起こされた反応(MMNm)は統計的に左半球優位性を示した(P = 0.016)。さらに実験1と2の比較では、双極子の潜時(P = 0.033)や、座標(P = 0.0032-0.064)が統計的に異なっており、M140とM130は頻回刺激の中で引き起こされたMMNmとは異なった性質を持つことが示唆された。実験1ではエラー認知には曲についての記憶が必要であり、実験2では必要ではない。そのためM140,M130は記憶と関連していることが示唆される。

実験3では被検者に新たに曲を記憶させて行い、旋律エラー(Melody deviant)の数を数えるタスクを行った。呈示された曲の3音目までが記憶と一致している群(Expected note condition)と、違っている群(Unexpected note condition)の間で、刺激の違いをコントロールするため、オリジナル(Original song)と、オリジナルの3音目を変更した旋律(modified song)を、それぞれ別の曲として覚えてもらい、オリジナルの曲で、エラーが3音目にある場合にはmodified songと同じ旋律となり、modified songで3音目にエラーがある場合にはオリジナルと同じ旋律になるようにして行った。この実験により右半球優位なM130は覚えた曲からの変化(予期しない音)で引き起こされるのか、記憶と関係なく、オリジナルの曲の音からの変化(1、2音目から3音目の間の不自然な音の変化)で引き起こされるのかを観察した。その結果、M130の右半球優位性は、呈示音が予期されたものと異なった場合(3音目にエラーがある場合、unexpected note)にのみ認められ(P = 0.039)、音の不自然な変化によって引き起こされたわけではなかった(P = 0.6)。またこの実験では旋律だけに注意が必要なタスクですが、M130の右半球優位性は予期した音と違った場合のみ見られており、旋律にたいする選択的な注意によって引き起こされたわけでないことも明らかになった。

実験3におけるM130は実験1で見られたM130と、潜時、双極子強度、座標とも一致しており、実験1で見られたM130も同様に記憶した曲に基づいて予期した音と異なっていた音(予期しない旋律エラー)によって引き起こされたことが示唆される。歌詞についても、同様に記憶、文法、意味などの間違いに基づいた予期というトップダウンの情報との違いによって引き起こされていると推測される。以上の結果から、観察されたM140/M130の半球優位性の違いは、音記憶に基づいた予期の違い反映しているものといえる。 また双極子は一次聴覚野の前方にある、一次感覚野からの入力をうけるmedial area(MA)に由来していると考えられ、M140/M130はボトムアップの情報と、トップダウンの情報の照合に関係した反応ではないかと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は中枢における言語と音楽の聴覚情報処理において、記憶が関与する処理において、半球優位性がみられるかどうか、どの段階から関与しているかどうか、側頭葉のどの場所が関与しているかどうかということを明らかにするために、脳活動によって生じる磁場を利用した脳磁図を用いて研究を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.エラーの呈示後に130msから140msに潜時をもつM130/M130という陰性波を発見した。これらの反応は従来の単純な刺激反復中の低頻度刺激によって誘発されるミスマッチ陰性電位(MMNm)とは半球優位性・潜時・活動源いずれも異なったものであった。これから従来のMMNmとは性質が異なるもので、記憶と関連した新たな反応であることが示された。

2.これまでの研究では、記憶との照合に関する反応は潜時の長いものしか知られていなかった。今回は記憶との照合による反応が130ms-140msと、潜時の早い反応もみつかり、記憶がより早い段階から中枢における音情報処理に関与していることが示された。

3.これまでの研究では、刺激が異なるため、音の性質のコントロールができていなかった。今回は音のもつ性質を同一として行い、歌詞エラー(Lyrics deviant)によって誘発されるM140では左半球優位、旋律エラー(Melody deviant)では右半球優位という結果が得られた。このことから記憶と呈示音の照合の段階では言語と音楽の要素では半球優位性が異なることが示された。

4.今回発見されたM140/M130は一次聴覚野の前方にある低次聴覚野と高次聴覚野との間をMedial Area(MA)という領域に由来する反応と考えられた。今回の結果から、MAは一次聴覚野からは呈示音の音情報というボトムアップの情報、高次聴覚野からは音の記憶に基づいたトップダウンの予期情報を受け取り、その照合を行っているものと考えられた。

以上、本論文は記憶に基づいた新たな側頭葉由来の反応を発見し、早期の記憶に関連した脳活動を明らかにした。本研究は側頭葉における各領域の音情報処理における役割の解明に貢献をなし、ひいてはリハビリ・人工内耳における装用耳の決定の際の判断にも貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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