学位論文要旨



No 123786
著者(漢字) 山内,治雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤマウチ,ハルオ
標題(和) 若年者への同種血管移植後グラフト石灰化促進の機序に関する基礎的検討
標題(洋)
報告番号 123786
報告番号 甲23786
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3125号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 准教授 村上,新
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
内容要旨 要旨を表示する

【序論】同種組織片(ホモグラフト)は心臓血管外科手術において世界的に使用され、本邦でも頻度は増している。その特徴として、他の人工弁・血管に比べ組織適合性、術後抗凝固療法の回避、抗感染性等の利点を有する一方、長期耐久性に問題を残している。また、種々の先天性心奇形の血行再建手術において有効な補填組織となるが、若年者への移植後は早期から石灰化を伴うグラフト変性や機能不全が問題であり、その機序や有効な治療法は未だ不明である。本研究では若年者への移植後ホモグラフト石灰化の促進機序に関して、移植後グラフト石灰化に影響するドナー、レシピエントの年齢因子(実験1)、若年者への大動脈移植後グラフト石灰化促進の機序(実験2)、ラット大動脈中膜平滑筋細胞(RAOSMCs)のTNF-α刺激、高リン刺激に対する反応(実験3)、体内リン量変化が術後グラフト石灰化に及ぼす影響(実験4)、同種異型移植に伴う免疫応答がグラフト石灰化に与える影響(実験5)について検討した。

【実験1の方法と結果】Lewisラットを用い、ドナーの下行大動脈をレシピエントの腹部皮下に移植した(同種同系移植)。生後3週をjuvenile(J)、10週をadult(A)と定義し、adultからadultへ移植(A-A群)し、以下A-J群、J-A群、J-J群を作成し、7、14、28、56日後に各々グラフトを摘出した。移植前のA、JグラフトをPreope群とした(各群n=6)。J-J群は移植7日後からグラフト中膜の著明な石灰化が出現し、A-J群も軽度石灰化が出現したが、Preope群、A-A群、J-A群に石灰化はなかった(von Kossa染色)。グラフト中カルシウム(Ca)量(原子吸光度法)は、Preope群で有意差はなく、レシピエント年齢の比較では、A-J群はA-A群に比べ、J-J群はJ-A群に比べ有意に増加した(p<0.05)。一方、ドナー年齢の比較では、A-A群とJ-A群間で差はなく、J-J群はA-J群の1.5~1.8倍の高値を示したが有意差はなかった。従って、移植後グラフト石灰化には、Juvenileレシピエントが主要な促進因子となり、Juvenileドナーは付加的効果を持つと考えられた。

【実験2の方法と結果】同種同系移植モデルを実験1と同様にAdult-Adult間(A群)、Juvenile-Juvenile間(J群)で作成し、移植後7、14、28日後に採血、グラフト摘出を行った。血中無機リン(Pi)は移植前後を通しJ群がA群に比べ高値であった(p<0.05)のに対し、血中Ca、血中1,25(OH)2Vitamin D3は両群間で差はなかった。グラフト中Ca量はJ群で有意に増加し(p<0.05)、組織中Pi量も同様の結果を示した(p<0.01)。透過型電子顕微鏡(TEM)では、年齢に関わらず移植後は中膜細胞のアクチン線維の退縮、粗面小胞体の発達、基質小胞の分泌像が観察され、J群では基質小胞内と細胞外基質で石灰化を伴った。免疫組織染色では、年齢に関わらずPreope群に比べ移植後に中膜のα-SMAの発現は減少し、マクロファージ(CD68)、骨マーカー(Runx2、osteopontin)の発現は、J群の石灰化部位で濃く発現し、J群の非石灰化中膜、Adult群中膜では薄く発現した。遺伝子発現の比較(realtime RT-PCR法)では、Preope群に比べ炎症性マーカー(TNF-α、IL-6)は3~5倍に増加し、筋原性マーカー(α-SMA、SM22)は10~20%に減少し、骨原性マーカー(BMP2、Runx2, osteocalcin, osteopontin)は各々4倍、7倍、3倍、14倍に増加した。III型ナトリウム・リン共輸送体(PiT-1)の発現も移植後5~6倍に増加した。いずれも移植前後で有意変化を示したが、年齢差は小さく同様の推移を示した。さらに、石灰化抑制因子であるピロリン酸の生成酵素Enpp1と輸送体Ankの発現は移植後に10~15倍に増加した一方、ピロリン酸のグラフト中含有量は、移植前後の差と年齢差はなかった。従って、年齢を問わず移植刺激による非特異的炎症が中膜細胞の骨芽細胞様形質転換を惹起し、グラフトへのPi取り込みはPiT-1を介して増加し、ピロリン酸は移植後に代謝亢進するが組織中濃度は一定であり、これらはJ群の石灰化促進に直接寄与しないと推察され、J群特有の高リン血症が細胞外基質へのリン酸カルシウム沈着を促進する可能性が疑われた。

【実験3の方法と結果】RAOSMCsをTNF-α(50ng/ml)投与群{TNFα(+)群}と非投与群{TNFα(-)群}に分け低リン(Pi;1.5mM)培地で7日培養後、α-SMAとRunx2、α-SMAとosteocalcinの組み合わせで細胞二重蛍光免疫染色を行った。TNFα(+)群は(-)群に比べα-SMA発現が減少し、Runx2、osteocalcin発現が増加した。一方、RAOSMCsにTNF-αを0.1~100ng/mlで加え7日培養後のrealtime RT-PCRの結果、TNF-α濃度依存性にα-SMA、SM22の減少、Runx2、osteocalcinの増加を有意に認めた。また、TNFα(+)群、(-)群に、低リン(Pi;1.5mM、LP群)、高リン(Pi;4.5mM、HP群)を組み合わせ計4群とし14日培養の結果、TNFα-HP群のみで細胞石灰化が出現し(von Kossa染色)、TNFα(-)両群に比べTNFα(+)両群ではアクチン線維の減退、粗面小胞体の発達を認め、さらにTNFα-HP群では基質石灰化を伴った(TEM)。また、TNFα(-)群、(+)群に培地中Pi濃度を1.5~4.5mMと変化させた後のCa定量(OCPC法)の結果、TNFα(+)群は(-)群に比べPi濃度依存性にCa量が有意増加した(p<0.0001)。一方、α-SMA、Runx2、osteocalcinの発現量はPi濃度による有意差はなかった(realtime RT-PCR)。従って、TNF-α刺激によりRAOSMCsの骨芽細胞様形質転換が惹起され、さらにPi負荷が加わると石灰化が促進されることから、移植後グラフト石灰化には中膜平滑筋細胞に対する炎症刺激と高リン血症が重要な役割を持つと考えられる。

【実験4の方法と結果】標準食(NP; Pi 0.9%)、低リン食(LP; Pi 0.2%)、高リン食(HP; Pi 2.0%)を準備した。Juvenile群移植モデルを実験2と同様に作成し、ドナーにNP、レシピエントにNPまたはLPを与えた(NP群、LP群)。また、NP群のうち移植時からPit-1抑制薬であるphosphonoformic acid (PFA; 30mg/kg/day)をosmotic infusion pumpを用いて投与した群も比較した(NP+PFA群)。移植14日後、採血しグラフトを摘出した。血中Pi濃度は、NP群に比べLP群は有意に低値となり、NP+PFA群は有意差がなかった。NP群グラフトは著明な中膜石灰化が出現したが、LP群、NP+PFA群では石灰化は著減した(Von Kossa染色)。グラフト中Ca量(原子吸光度法)はNP群に比べ、LP群(p<0.005)、NP+PFA群(p<0.05)共に有意に低値となった。グラフト中Pi量も同様の結果を示した(p<0.01)。α-SMA、CD68、Runx2、osteocalcinは各群の発現が同程度で(免疫組織染色)、TNF-α、Pit-1、Runx2、osteocalcinの発現は各群間で有意差はなかった(realtime RT-PCR)。一方、Adult群にHP食またはNP食を与え移植14日後にグラフトを摘出した結果、HP群は中膜一部に石灰化が出現し(von Kossa染色)、NP群に比べグラフト中Ca量、Pi量は有意に高値を示した(p<0.005)。従って、組織中Pi濃度がグラフト石灰化の決定因子で、血中Pi濃度とPiT-1を介した組織中Pi取り込みが影響すると考えられる。

【実験5の方法と結果】Brown NorwayからLewisへ皮下移植を行いAllo群とした。対照にLewis間移植(Syn)群を用いた。Juvenile移植の検討では、Syn群にはNP食、Allo群にはNPまたはLP食を与え、移植14日後に各グラフトを摘出した。Syn群、Allo-NP群ではグラフト中膜石灰化を認めたが、Allo-LP群では石灰化は出現しなかった(Von Kossa染色)。移植前に比べSyn群、Allo群は同等にグラフト中Caが増加した(p<0.0005)が、Allo-LP群では移植前と同レベルに抑制された(p<0.0005)。Adult移植の検討では、Adult-Allo群はAdult-Syn群に比べグラフト中膜に僅かに石灰化が出現し、グラフト中Ca量が有意に増加した(p<0.05)。また、年齢を問わずAllo群はSyn群に比べ、CD68陽性細胞がより増加し、α-SMA発現はより減退した(免疫染色)。従って、Adult群では免疫応答がグラフト石灰化の軽度促進作用を示したが、Juvenile群でのグラフト石灰化促進は無機リンが強く関与し免疫応答の影響は小さいと考えられた。

【結語】本研究から、若年者への同種血管移植後グラフト石灰化促進には免疫応答の影響は小さく、石灰化促進の決定因子は高リン血症である。また、移植に伴う炎症性サイトカイン(TNF-α)刺激によるグラフト中膜平滑筋細胞の骨芽細胞様形質転換が前提となる。石灰化予防としてリン抑制治療が有効と考えられる。 (4,000字)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は若年者への同種組織片(ホモグラフト)移植後の石灰化促進の機序を明らかにするため、ラット大動脈皮下移植モデル及びラット大動脈平滑筋細胞(RAOSMCs)培養系を用いて石灰化の定性定量解析、及び炎症性・筋原性・骨原性各遺伝子の発現解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.同種同系ラット(Lewis-Lewis間)大動脈皮下移植の結果、Adult(生後10週)に比べJuvenile(生後3週)がレシピエントの場合、移植後グラフト中膜弾性版に沿って石灰化が出現し、特にドナー、レシピエント両方がJuvenileの場合に石灰化は著明となった。移植後グラフト石灰化には、Juvenileレシピエントが主要な促進因子となり、Juvenileドナーは付加的効果を持つことが示された。

2.移植前後の血漿検査の結果、JuvenileはAdultに比べ血中無機リン(Pi)濃度が高く、血中カルシウム(Ca)、1,25(OH)2Vitamin D3に差はなかった。グラフト中Pi量はCa量と同様にJuvenile移植前後で増加した。透過型電子顕微鏡(TEM)では移植後グラフトの中膜平滑筋細胞の収縮型から分泌型への形質転換が両年齢で示され、免疫組織染色では移植後グラフトは、中膜の筋原性タンパク(α-SMA)発現が減少し、マクロファージ(CD68)、骨原性タンパク(Runx2、osteopontin)の新たな発現が見られ、Juvenile移植後の石灰沈着部位で著明であった。一方、realtime RT-PCR法では、移植前後で筋原性遺伝子(α-SMA、SM22)は減少し、炎症性(TNF-α、IL-6)、骨原性(BMP2、Runx2, osteocalcin, osteopontin)、III型ナトリウム・リン共輸送体(PiT-1)の各遺伝子発現は増加したが、いずれも年齢差はなかった。さらに、組織中の石灰化抑制因子であるピロリン酸の含有量は、移植前後、年齢によって差はなかった。年齢を問わず移植刺激による非特異的炎症が中膜細胞の骨芽細胞様形質転換を惹起し、グラフトへのPi取り込みはPiT-1を介して増加し、ピロリン酸の組織中濃度は一定であり、これらはjuvenile移植後のグラフト石灰化促進に直接寄与しないと推察された。若年齢特有の高Pi血症が細胞外基質へのリン酸カルシウム沈着に直接作用する可能性が疑われた。

3.RAOSMCsをTNF-α投与下で培養した結果、細胞形態が収縮型から分泌型へ変化し、α-SMA発現が減少し、Runx2、osteocalcin発現が増加した。また、TNF-α刺激にPi刺激を加えると、両刺激が併存したRAOSMCsのみで石灰化が出現し、細胞中Ca量が増加した。一方、Piはα-SMA、Runx2、osteocalcin発現量に変化を及ぼさなかった。TNF-α刺激によりRAOSMCsの骨芽細胞様形質転換が惹起され、さらにPi負荷が加わると石灰化が促進されることから、移植後グラフト石灰化には中膜平滑筋細胞に対する炎症刺激と高Pi血症の併存が重要な役割を持つと考えられた。

4.ラット大動脈皮下移植モデルにPi調整食を組み合わせて、グラフト石灰化を検討した結果、低Pi食はJuvenileラットの血中Pi濃度、移植後グラフト中Ca、Pi量を低下させ石灰化を抑制した。Pit-1抑制効果を持つphosphonoformic acid(PFA)投与後も同様のグラフト石灰化抑制効果が認められたが、血中Pi濃度の変化はなかった。グラフト中α-SMA、Runx2、osteocalcin発現はPi抑制による影響がなかった。一方、Adultラットに高Pi食を与えると、移植後グラフトのCa、Pi量が増加しグラフト石灰化が出現した。組織中Pi濃度がグラフト石灰化の決定因子で、血中Pi濃度とPiT-1を介した組織中Pi取り込みが影響すると考えられた。

5.移植後グラフト石灰化に及ぼす免疫応答の影響を、同種異系ラット(Brown Norway - Lewis間)大動脈皮下移植(allo移植)を用いてLewis間移植(syn移植)と比べた結果、Juvenileラットでは、allo移植後はsyn移植後と同等に石灰化が出現し、allo移植に低Pi食を組み合わせると移植後グラフト石灰化は抑制された。一方、Adultラットでは、allo移植後はsyn移植後と異なり、僅かにグラフト中膜石灰化が出現した。免疫応答(拒絶反応)は、Adult群ではグラフト石灰化の軽度促進作用を示したが、Juvenile群ではグラフト石灰化促進はPiが強く関与し免疫応答の影響は小さいと考えられた。

以上、本論文はラット大動脈皮下移植モデル及びRAOSMCs培養系において、若年齢での同種血管移植後グラフト石灰化促進には免疫応答の影響は小さく、移植に伴う炎症性刺激によるグラフト中膜平滑筋細胞の骨芽細胞様形質転換が深くかかわり、高Pi血症が石灰化促進の決定因子となり、Pi抑制治療がグラフト石灰化予防に有効であることを明らかにした。本研究は、今まで心臓血管ホモグラフト移植後のグラフト不全の要因として考えられながら未解明に等しかった、若年齢による移植後グラフト石灰化促進の機序の解明、及び将来のグラフト生存率延長に向けた治療法の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク