学位論文要旨



No 123787
著者(漢字) 米山,さとみ
著者(英字)
著者(カナ) ヨネヤマ,サトミ
標題(和) 大腸癌に対する新生血管内皮細胞を標的とした免疫療法の開発
標題(洋)
報告番号 123787
報告番号 甲23787
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3126号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 客員准教援 垣見,和宏
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

悪性腫瘍に対して、外科治療を中心に、放射線療法、化学療法が施行されているが、転移性・再発性腫瘍に対しては、著効を示すに至らず、未だ十分でない。一方、第四の治療法として免疫療法が期待されている。免疫療法は、古くから注目されており、様々な方法で実施されてきた。近年では、lymphokine-activated killer(LAK)細胞など、体外で活性化した免疫細胞を注入する方法や免疫賦活剤の投与などが積極的に実施された。さらに、最も強力な抗原提示細胞である樹状細胞(dendritic cells, DCs)が発見されて以来、樹状細胞ワクチン療法に注目が集まった。何れも腫瘍細胞を標的とした治療法であるが、臨床応用を含む研究が進むにつれ、腫瘍細胞がescapeする機序などがあることによる限界が認められている。

悪性腫瘍の増殖・進展に血管新生の誘導は必須である。近年では、腫瘍血管を標的とした治療法、つまり、抗血管新生療法が注目されている。癌治療の標的を腫瘍細胞そのものから腫瘍血管内皮細胞に移行する利点として、次のことが考えられる。すなわち、1)内皮細胞は血管内腔を覆って存在するため、免疫細胞、抗体、薬剤などが容易に到達できること(デリバリーが容易)、2)腫瘍細胞と比較し、内皮細胞の数は明らかに少ないため、少量の治療薬、抗体、細胞で十分な効果が期待できること、3)一部の内皮細胞が傷害を受けることで凝固系が活性化し、血管内に血栓形成を生じ、効果の増強が期待できること、4)内皮細胞は正常細胞であるため、腫瘍細胞のように遺伝子変異を繰り返して治療耐性を獲得することは稀と考えられること、5)臓器毎に内皮細胞の性質が大きく異なることはなく、広い応用性が期待される利点もある。腫瘍血管内皮細胞には、正常血管内皮細胞に発現しない、または低発現する抗原系が存在することが最近明らかにされており、正常血管に影響を及ぼすことなく、腫瘍血管を標的とすることが可能と考えられる。抗血管新生療法のアプローチとして、薬剤、抗体療法などがあるが、我々の研究グループでは細胞性免疫を利用した腫瘍血管を標的とする免疫療法について、研究が進められてきた。

2000年にWeiらは、動物実験モデルにおいて、異種の内皮細胞ワクチンが抗腫瘍効果を示したのに対し、同種の内皮細胞ワクチンは無効であったことを報告した。しかし、我々の研究グループが内皮細胞ワクチンの抗腫瘍効果について検討したところ、同種の内皮細胞ワクチンの方がより強い抗腫瘍効果を示すことが判明した。この結果を基に、東京大学医学部倫理委員会の承認の後、内皮細胞ワクチンを用いた癌免疫療法の臨床研究が開始されている。内皮細胞ワクチンの投与により、細胞性及び液性免疫の誘導を確認しているが、臨床効果に関しては、脳腫瘍患者の一部に明らかな効果を認めている一方、その他の癌腫では一部にstable diseaseを得ている現状に留まっている。

これまでに、内皮細胞ワクチンは、一部の癌腫に抗腫瘍効果を有することが明らかとなっている。しかし、内皮細胞を用いた樹状細胞ワクチンの効果については、いまだ報告がなく、一定の見解が得られていない状況である。そこで、本研究では、内皮細胞ワクチンの抗腫瘍効果を増強するために、血管内皮細胞の抽出抗原を提示した樹状細胞をワクチンとして用い、樹状細胞ワクチンの抗腫瘍効果、及びその免疫機序を明らかにすることを目的とした。そのため、内皮細胞ワクチンとして用いているヒト臍帯静脈内皮細胞(human umbilical vein endothelial cells, HUVECs)及びマウス内皮細胞(hepatic sinusoidal endothelial cells, HSE)の抽出抗原を提示した樹状細胞ワクチンを作製し、抗腫瘍効果について検討した。

方法・結果

1)マウス樹状細胞ワクチンの抗腫瘍効果

Balb/cマウスの単球をGM-CSF存在下に培養し、樹状細胞への分化を誘導した。投与ワクチンの種類により、Balb/cマウスを次の5群に分けた。(1)同種(マウス)内皮細胞であるHSE抽出抗原提示樹状細胞ワクチン投与群(HSE-DC)、(2)異種(ヒト)内皮細胞であるHUVEC抽出抗原提示樹状細胞ワクチン投与群(HUVEC-DC)、(3)マウス線維芽細胞である3T3抽出抗原提示樹状細胞ワクチン投与群(3T3-DC、コントロール1)、(4)抗原提示しない樹状細胞ワクチン投与群(DC、コントロール2)、(5)PBSのみ投与群(PBS、コントロール3)である。ワクチンの投与は、予防プロトコール(ワクチンを予め投与したマウスに大腸癌細胞(Colon26)を移植する)または治療プロトコール(Colon26を移植した後にワクチンを投与する)に従って実験を行った。予防プロトコールは、皮下腫瘍移植モデルにて検討したが、HUVEC-DC群、HSE-DC群で、腫瘍形成及び腫瘍の増大が抑制された。治療的プロトコールは、Colon 26の肺転移モデルにて検討したが、予防プロトコールと同様、HUVEC-DC群、HSE-DC群で転移抑制が見られた。抗腫瘍効果が抗新生血管作用によるものであることを確認するため、腫瘍内の血管密度を免疫組織学的に検討した結果、HUVEC-DC群、HSE-DC群の新生血管密度は減少していた。また、抗腫瘍効果の免疫機序を検討したところ、HUVEC-DC群、HSE-DC群で強い内皮細胞に対して細胞傷害活性を示すT細胞の誘導が確認された。さらに、HUVEC-DC群、HSE-DC群で、内皮細胞の膜蛋白に反応性を示す抗体を認め、内皮細胞に対する補体依存性の細胞傷害活性を確認した。これらの液性及び細胞性免疫は、大腸癌に対して細胞傷害活性を示さなかったことから、内皮細胞に対する免疫と考えられた。また、非特異的免疫に関与するNK細胞について検討したところ、HUVEC-DC群、及びHSE-DC群のNK細胞は、内皮細胞に対する強い細胞傷害活性を示した。DC群のNK細胞も同様であったが、その効果は弱かった。

以上の結果より、内皮細胞-樹状細胞ワクチンは、内皮細胞を傷害する細胞性及び液性免疫を誘導し、また、NK細胞を活性化させることにより、大腸癌の増殖、転移を抑制することが確認された。

2)ヒト樹状細胞ワクチンの抗血管新生療法

動物実験により内皮細胞-樹状細胞ワクチンの有効性が示されたことから、臨床応用に重要と考えられる、ヒト樹状細胞の内皮細胞抗原提示能について検討を加えた。ヒト末梢血より分離した単球を、GM-CSF及びIL-4存在下に培養し、未熟型樹状細胞へと分化させた。樹状細胞に同種血管内皮細胞(HUVEC)の抽出抗原を添加し、樹状細胞の変化について検討を行った。内皮細胞抽出抗原を提示した樹状細胞(HUVEC-DC)の表面抗原を解析したところ、抗原提示しない樹状細胞(DC)に比べ、HLA-DR、CD1a、CD40、CD80、CD83、CD86の発現増加を認めた。また、抗原提示能をMLR法にて検討したところ、HUVEC-DCはアロリンパ球の増殖を強く誘導した。

次に細胞性免疫の誘導について検討を行った。HUVEC-DC群のT細胞は内皮細胞を傷害したが、DC群のT細胞は内皮細胞、大腸癌のいずれに対しても細胞傷害活性を示さなかった。また、HUVEC-DC群のCD8+ T細胞の割合は、DC群よりも増加していた。さらに、HUVEC-DC群のCD8+ 細胞が産生するサイトカインを測定すると、IFN-α、TNF-β、IL-2、IL-6の産生が増加していた。また、マウスモデルと同様に、NK細胞の活性を調べると、HUVEC-DC群のNK細胞は、内皮細胞及び大腸癌細胞に対してより強い細胞傷害活性を示した。NK細胞の表面抗原であるCD56も高発現し、NK細胞の活性化が確認された。以上より、マウスと同様、ヒト樹状細胞は同種内皮細胞抗原を提示し、内皮細胞を傷害するT細胞を誘導すること、また、NK細胞の活性化による直接的な抗腫瘍効果を得ることが確認できた。

考察

本研究では、マウスモデルにおいて、内皮細胞抽出抗原を提示した樹状細胞ワクチンが、内皮細胞を傷害するT細胞及び特異的な抗体産生を誘導し、また、NK細胞を活性化することにより、大腸癌の皮下腫瘍や肺転移形成に対して抑制的に作用することを確認した。本治療で標的とした内皮細胞は、腫瘍細胞と異なり免疫原性の低下や、抗原提示の欠失等が引き起こされる可能性は低く、治療耐性を生じることは稀と考えられている。そして、樹状細胞に提示する抗原として、細胞全抽出蛋白を使用していることから、ヒトへの応用の際にHLA拘束性の問題を考慮する必要はなく、効率よく抗原提示されることが期待できる。また、現在知られている最も強力な抗原提示細胞である樹状細胞と組み合わせることによって、より効果の高い抗血管新生療法の開発が可能になると考えられる。動物実験モデルにおいて内皮細胞-樹状細胞ワクチンの有効性を検討した後、ヒト樹状細胞も同様に同種内皮細胞抗原を提示し、内皮細胞を傷害するT細胞を誘導し得ることを確認した。以上の結果を基に、抗血管新生療法として現在実施している内皮細胞ワクチンの治療成績向上のために、樹状細胞による抗原提示の効率を高め、より強力な癌免疫療法の開発、臨床応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、癌の増殖・転移に必要不可欠である新生血管を標的とした免疫療法の開発を目的とし、まず最初にマウスの大腸癌モデルを用いて検討を行った。すなわち、腫瘍血管内皮細胞を標的とした樹状細胞ワクチンを作製し、同ワクチン投与による抗腫瘍効果の有無、及びその免疫機序の解析を行った。次いで、ヒト内皮細胞-樹状細胞ワクチンを作製し、in vitroにて抗腫瘍効果の機序を検討した。それぞれの検討において、下記の結果を得ている。

1.マウス大腸癌移植モデルを作製し、投与するワクチンの種類によって次の5群に分けて検討した。すなわち、(1)同種(マウス)内皮細胞であるHSEの抽出抗原を提示した樹状細胞ワクチン投与群(HSE-DC)、(2)異種(ヒト)内皮細胞であるHUVECの抽出抗原を提示した樹状細胞ワクチン投与群(HUVEC-DC)、(3)マウス線維芽細胞である3T3の抽出抗原を提示した樹状細胞ワクチン投与群(3T3-DC、コントロール1)、(4)抗原提示しない樹状細胞ワクチン投与群(DC、コントロール2)、(5)PBSのみ投与群(PBS、コントロール3)とした。また、それぞれのワクチンの投与時期によって、予防プロトコール(ワクチンを投与した後に大腸癌細胞(Colon-26)をマウスに移植)、または、治療プロトコール(Colon-26をマウスに移植した後にワクチンを投与)に従ってワクチンを投与し、抗腫瘍効果を検討した。予防プロトコールは、マウス皮下腫瘍モデルで検討したが、HSE-DC群、HUVEC-DC群において、マウス大腸癌の皮下腫瘍形成及び皮下腫瘍の増大が有意に抑制された。一方、治療プロトコールは、大腸癌肺転移モデルにおいて検討したが、予防プロトコールと同様、HSE-DC群、HUVEC-DC群において、肺転移の抑制が認められた。

2.マウス大腸癌移植モデルにおける内皮細胞―樹状細胞ワクチンの抗腫瘍効果の機序を解明するため、細胞性免疫の誘導について、マウス脾細胞より分離したT細胞による細胞傷害活性を検討した。HSE-DC群、HUVEC-DC群マウス由来のT細胞は、それぞれの内皮細胞に対して強い細胞傷害活性を示したが、Colon-26に対する細胞傷害活性は認めなかった。

3.同マウスモデルにおいて、内皮細胞-樹状細胞ワクチンによる液性免疫の誘導を検討するため、マウス血清中の抗体を解析した。HSE-DC群、HUVEC-DC群のマウス血清中に、内皮細胞の膜蛋白に反応性を示す抗体を認めた。また、内皮細胞に対する補体依存性の強い細胞傷害活性を示したが、Colon-26に対する細胞傷害活性は認めなかった。

4.次いで、初期免疫に関与するNK細胞について検討したところ、HSE-DC群、HUVEC-DC群のNK細胞は、内皮細胞に対して強い細胞傷害活性を示した。DC群のNK細胞も同様であったが、その効果は弱かった。

5.上記、内皮細胞―樹状細胞ワクチン投与によって誘導された免疫が抗新生血管作用を発揮するかについて検討した。腫瘍組織を摘出し、腫瘍組織内の血管密度を免疫組織学的に検討した結果、HSE-DC群、HUVEC-DC群マウスの腫瘍組織内の新生血管密度は減少していた。

6.次に、ヒト樹状細胞の内皮細胞抗原提示能について検討した。同種内皮細胞(HUVEC)抽出抗原を提示させた樹状細胞(HUVEC-DC)の表面抗原を解析したところ、抗原提示しない樹状細胞(DC)に比べ、HLA-DR、CD1a、CD40、CD80、CD83、CD86の発現増加を認めた。また、抗原提示能をMLR法にて検討したところ、HUVEC-DCはアロリンパ球の増殖を強く誘導した。

7.内皮細胞-樹状細胞ワクチンによる細胞性免疫の誘導について、in vitroにて解析した。内皮細胞―樹状細胞ワクチンとヒト末梢血由来の単核球を共培養して得たT細胞の細胞傷害活性を検討した。内皮細胞抗原提示樹状細胞(HUVEC-DC群)が誘導したT細胞は、同種内皮細胞に対して強い細胞傷害活性を示したが、Colon-26に対する細胞傷害活性を認めなかった。また、DCのみ(DC群)にて誘導されたT細胞は、内皮細胞、大腸癌のいずれに対しても細胞傷害活性を示さなかった。さらに、HUVEC-DC群のCD8+ T細胞の割合は、DC群よりも増加していた。

8.HUVEC-DC群のCD8+ T細胞が産生するサイトカインを測定すると、IFN-y、TNF-α、IL-2、IL-6の産生が増加していた。主にType1サイトカインの産生を誘導することから、細胞傷害活性の結果と同様、細胞性免疫が主に誘導されていると考えられた。

9.NK細胞の活性を検討したところ、HUVEC-DC群のNK細胞は、DC群に比較し、内皮細胞及び大腸癌細胞に対してより強い細胞傷害活性を示した。また、NK細胞の表面抗原であるCD56も高発現しており、NK細胞の活性化が確認された。

以上、本論文はマウスモデルにおいて、内皮細胞抽出抗原を提示した樹状細胞ワクチンが、内皮細胞を傷害するT細胞及び特異的な抗体産生を誘導し、また、NK細胞を活性化することにより、大腸癌の皮下腫瘍増殖や肺転移形成に対して抑制的に作用することを確認した。また、ヒト樹状細胞もマウス同様に同種内皮細胞抗原を提示し、内皮細胞を傷害するT細胞を誘導し得ることを確認した。本研究は、最も強力な抗原提示細胞である樹状細胞を用いて、腫瘍の増殖・転移に必須とされる新生血管を標的とした免疫療法の開発に関する研究であり、本分野において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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