学位論文要旨



No 123791
著者(漢字) 三條,真紀子
著者(英字)
著者(カナ) サンジョウ,マキコ
標題(和) 終末期のがん患者を介護した遺族による介護経験の評価とホスピス・緩和ケア病棟への入院を検討する家族に対する望ましいケアのあり方に関する研究
標題(洋)
報告番号 123791
報告番号 甲23791
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3130号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 精神保健学教授 川上,憲人
 東京大学 家族看護学准教授 上別府,圭子
 東京大学 生物統計学准教授 松山,裕
 東京大学 放射線治療学准教授 中川,恵一
 東京大学 地域医療連携部講師 長野,宏一朗
内容要旨 要旨を表示する

1緒言

近年がん医療の体制整備における緩和ケアの重要性が指摘され、現在わが国では緩和ケアを専門とした医療者による専門的緩和ケアサービスが緩和ケア病棟、一般病棟における緩和ケアチーム、在宅緩和ケア施設の3つの形態により提供されており、その中でも家族へのケアは重要なものと位置づけられている。

終末期がん患者を介護した家族の経験を、介護による負担感(介護負担感)と介護を通じて得た肯定感(介護肯定感)という両側面から把握することは、今後の家族ケアの向上のために重要であるがわが国ではこれまで取り組まれてこなかった。また、介護経験の評価と医療者から受けたケアへの評価の関連を検討することは、生前からの家族ケアを考える上で有用であると考えられる。

わが国においては専門的緩和ケアサービスの利用を検討する時期の家族ケアの指針は存在せず、この時期の医療者のケアの実態も明らかではない。専門的緩和ケアサービスの利用検討時に家族が受けた1青報提供に対する評価および家族のつらさを、専門的緩和ケアサービスの利用を検討した時期に受けたケアに対する評価を示すものとしてとらえ、実際に専門的緩和ケアサービスを利用した時期に受けたケアに対する評価とあわせて介護経験の評価との関連を検討することは、終末期に受けたケアが介護経験の評価に与える影響をより包括的にとらえることを可能とし、終末期を通したケアのあり方を考える上で有用である。

また、専門的緩和ケアサービスの利用検討時に家族が受けた1青報提供に対する評価および家族のつらさの関連要因は十分検討されておらず、これらの検討を行うことはこの時期の家族の負担を軽減するために重要である。そこで本研究ではよ終末期がん患者を介護する家族へのよりよい支援を検討するために、以下の目的で調査を実施した。

1)終末期がん患者の家族の介護経験を、負担感・肯定感の両側面から評価する尺度を開発する。

2)専門的緩和ケアサービスを受けた終末期がん患者の家族の介護経験の評価の実態を明らかにする。

3)介護経験の評価と実際に受けた専門的緩和ケアサービスに対する評価との関連を検討する。

4)緩和ケア病棟への入院を検討する時期の家族の状況や1青報提供、ケアの実態を明らかにする。

5)緩和ケア病棟への入院を検討する時期に家族が受けた情報提供に対する評価と家族のつらさを明らかにする。

6)緩和ケア病棟への入院を検討する時期に家族が受けた情報提供に対する評価および家族のつらさの関連要因を検討する。

7)介護経験の評価と、入院検討時の家族のつらさ、および1青報提供量と医師からの説明時期に対する評価との関連を検討する。

本研究では、各目的を明らかにするための対象が異なるため、

目的1)を「研究1介護経験尺度の開発」

目的2)、3)を「研究2介護経験の評価の実態と実際に受けた専門的緩和ケアサービスに対する評価との関連の検討」

目的4)-7)を「研究3緩和ケア病棟への入院を検討する家族への情報提供と家族のつらさ、およびその関連要因の検討」として構成した。

II 研究1介護経験尺度の開発

終末期の介護経験を負担感・肯定感の両側面から評価する尺度の開発を目的とし、地域がん診療連携拠点病院2病院を利用した終末期がん患者の遺族を対象に、自記式質問紙調査を行った。対象者には、介護経験の評価と尺度の併存妥当性、既知グループ妥当性、弁別腰当性を検討するための項目への回答を依頼し、再テスト信頼性の検討も行った。298名(有効回答率63%)から回答を得、以下の知見を得た。

介護肯定感を評価する「統制感」「他者への感謝「人生の意味と目的」「優先順位の再構成」の4ドメインと、介護負担感を評価する「負担感」の計5ドメインから構成され妥当性、信頼性を有する介護経験尺度が開発された。弁別妥当性の検討の結果、介護肯定感は従来の適応の概念と異なるものを測定している可能性が示され、家族や遺族のアウトカム指標として介護肯定感を測定する有用性が示唆された。

III 研究2 介護経験の評価の実態と実際に受けた専門的緩和ケアサービスに対する評価との関連の検討

終末期がん患者の家族の介護経験の評価の実態を明らかにし、実際に受けた専門的緩和ケアサービスに対する評価との関連を検討することを目的とし、緩和ケア病棟100施設と在宅緩和ケア施設14施設を利用した終末期がん患者の遺族に対する自記式質問紙調査を行った。対象者には、介護経験の評価尺度と実際に受けた専門的緩和ケアサービスに対する評価に関する回答を依頼した。それぞれ5168名(有効回答率65%)、290名(有効回答率65%)から回答を得、以下の知見を得た。

1.緩和ケア病棟もしくは在宅緩和ケア施設を利用して専門的緩和ケアサービスを受けた対象者の60-90%が介護肯定感を有していた。対象者は「他者への感謝」を最も多く認識し、「統制感1を認識するものは最も少なく、介護肯定感の中では、統制感の獲得が最も難しいことが示唆された。

2.その一方で、対象者の30-60%が負担を感じていたことが示され、なかでも精神的な負担を感じていた対象者は60%と多かった。

3.介護肯定感、介護負担感ともに、緩和ケア病棟遺族と在宅緩和ケア遺族で評価に違いはなかった。

4.介護肯定感、介護負担感ともに、実際に受けた専門的緩和ケアサービスに対する評価の影響はほとんどなく、家族が介護肯定感を獲得し、介護負担感を軽減するためには、その目的に特化した介入が必要である可能性が示唆された。

5.今後は、ソーシャルサポートや介護者の用いるストレス対処行動など、家族のアウトカムに影響を与える専門的緩和ケアサービス以外の要因との関連を検討し、介護肯定感の獲得および介護負担感の軽減に影響する要因を明らかにすることが必要である。

IV 研究3 緩和ケア病棟への入院を検討する家族への情報提供と家族のつらさ、およびその関連要因の検討

終末期に緩和ケア病棟への入院を検討する家族の状況や情報提供に対する評価と家族のつらさ、そしてその関連要因の検討を目的とし、全国の緩和ケア病棟96施設を利用した終末期がん患者の遺族に対する自記式質問紙調査を行った。また、介護経験の評価とこの時期の情報提供に対する評価や家族のつらさとの関連に関してもあわせて検討を行った。本研究は研究2の対象者の一部に実施され本研究の対象者には、研究2の実施時にあわせて緩和ケア病棟検討時のつらさ、入院険討時に受けた情報提供に対する評価、つらさや情報提供に対する評価の関連要因への回答を依頼した。450名(有効回答率69%)から回答を得、以下の知見を得た。

1.緩和ケア病棟を利用した遺族の半数は、緩和ケア病棟の入院検討時に緩和ケア病棟への入院以外に選択肢がなかったと回答し、緩和ケア病棟以外の医療サービスについて十分1青報を得ていなかった。療養場所の検討時に、患者と家族が利用可能な地域の医療資源に関する情報提供をすすめていくことの必要性が示唆された。

2.緩和ケア病棟に関する説明は、医師がきっかけをつくったことにより行われたものが64%である一方で、医師から緩和ケア病棟に関する情報が得られたものは54%、緩和ケア病棟スタッフから情報を得たものは34%であり、医療スタッフからの情報提供は少なかった。

3.緩和ケア病棟を利用した遺族の半数は、入院険討時に緩和ケア病棟について得た情報量は十分であり、医師から説明を受けた時期についても適切であると評価した。

4.入院検討に得た情報量不十分であったという評価の関連要因は、緩和ケア病棟を利用したことのない患者や家族から情報を得ていたこと、緩和ケア病棟での医師の数や医師の診察頻度を知らなかったことであった。医療スタッフの配置も含めた正確な情報提供をしていくことが重要である。

5.医師からの説明時期が遅かったという評価の関連要因は、医師の説明が患者や家族が今後の選択肢について質問して初めて行なわれたこと、入院検討時に考える時間の余裕がなかったこと、緩和ケア病棟入院の待機期間の見通しがたたなかったことが関連しており、早期からの病気に関する医師一患者、家族間での話し合いや、緩和ケア病棟の待機期間に関する説明が必要であることが示唆された。

6.対象者の41%は、緩和ケア病棟への入院を検討することがつらかったと回答した。

7.入院を検討する時期の家族のつらさの内容として、「治療を続けたかった」慣れた環境で過ごしたかった」「患者に希望をもたせたかった」「気持ちがついていかなかった」「見放されたと感じた」という気持ちが示され、見放されたと感じた気持ちは、入院検討時の全般的なつらさと最も強く関連していた。

8.入院検討時のつらさには、考える時間の余裕がなかったことと、入院検討時に得た情報が不十分であったと評価することが関連しており、医師からの説明後に、家族が十分に考えて決断することができる時間を確保すること、緩和ケア病棟に関する情報を十分に提供することが推奨される。

9.緩和ケア病棟への入院を検討する時期の家族が受けた情報提供の評価や全般的なつらさが、介護肯定感、介護負担感に与える影響を検討しだ結果、影響はほとんどないことが示された。研究2において示されたように、家族の介護肯定感を増し、介護負担感を軽減するためには、その目的に特化した介入が必要である可能性が再確認された。

10.今後は、緩和ケア病棟を利用しなかった遺族、在宅緩和ケアサービスを利用した遺族を対象とした調査を行い、終末期に患者と家族が負担を感じることの少ない療養環境の整備のために、改善策を検討していくことが重要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、終末期がん患者を介護する家族へのよりよい支援を検討する目的で、専門的緩和ケアサービスを利用したがん患者の遺族に対し自記式郵送質問紙調査をおこなった。本研究において、介護経験の評価とその関連要因を検討し、緩和ケア病棟への入院を検討する時期の家族への望ましい情報提供とケアのあり方を検討することで、以下の知見を得ている。

1.終末期がん患者の家族の介護経験を、負担感・肯定感の両側面から評価する尺度を開発した。

2. 緩和ケア病棟もしくは在宅緩和ケア施設を利用して専門的緩和ケアサービスを受けた対象者の60-90%が介護肯定感を有していた。また、介護肯定感の中では、統制感の獲得が最も難しいことが示唆された。

3.その一方で、対象者の30-60%が負担を感じ、なかでも精神的な負担を感じていた対象者は60%と多かった。

4.介護肯定感、介護負担感ともに、実際に受けた専門的緩和ケアサービスに対する評価の影響はほとんどなく、家族が介護肯定感を獲得し、介護負担感を軽減するためには、その目的に特化した介入が必要である可能性が示唆された。

5.緩和ケア病棟を利用した遺族の半数は、入院検討時に緩和ケア病棟について得た情報量は十分であり、医師からの説明時期についても適切であると評価した。

6.情報量が不十分という評価の関連要因は、緩和ケア病棟を利用したことのない患者や家族から情報を得たこと、緩和ケア病棟での医師の数や診察頻度を知らなかったことであった。説明時期が遅かったという評価の関連要因は、医師の説明が患者や家族が今後の選択肢について質問して初めて行なわれたこと、入院検討時に考える時間の余裕がなかったこと、緩和ケア病棟入院の待機期間の見通しがたたなかったことが関連していた。医療スタッフの配置も含めた正確な情報提供と、早期からの病気に関する医師-患者、家族間での話し合いや、緩和ケア病棟の待機期間に関する説明が必要であることが示唆された。

7.緩和ケア病棟を利用した遺族の41%は、緩和ケア病棟への入院を検討することがつらかったと回答した。入院を検討する時期の家族のつらさの内容として、「治療を続けたかった」「慣れた環境で過ごしたかった」「患者に希望をもたせたかった」「気持ちがついていかなかった」「見放されたと感じた」という気持ちが抽出され、見放されたと感じた気持ちは、入院検討時の全般的なつらさと最も強く関連していた。

8.入院検討時のつらさには、考える時間の余裕がなかったことと、入院検討時に得た情報が不十分であったと評価することが関連しており、医師からの説明後に、家族が十分に考えて決断することができる時間を確保すること、緩和ケア病棟に関する情報を十分に提供することが推奨された。

以上、本論文では、終末期がん患者の介護者の介護負担感、介護肯定感をわが国ではじめて明らかにし、また緩和ケア病棟利用検討時の家族への望ましい情報提供およびケアに関する示唆を得た。よって、本論文は、終末期がん患者の家族ケアに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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