学位論文要旨



No 123792
著者(漢字) 田中,司朗
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,シロウ
標題(和) Principal Stratificationを用いた代替エンドポイントの評価 : 進行性前立腺癌試験データへの適用
標題(洋)
報告番号 123792
報告番号 甲23792
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3131号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 臨床情報工学分野教授 小山,博史
 東京大学 看護管理学/看護体系機能学教授 菅田,勝也
 東京大学 老年看護学/創傷看護学教授 真田,弘美
 東京大学 緩和ケア看護学講師 宮下,光令
 東京大学 臨床疫学・経済学准教授 福田,敬
内容要旨 要旨を表示する

1背景と目的

癌や心疾患など致死的疾患の検証的試験では,真のエンドポイントの測定はコスト・時間の観点から難しく,測定の簡便性と臨床的適切性はしばしば矛盾する.代替エンドポイントは,この矛盾を解決するための妥協として広く用いられているが,その利用には功罪がある.患者にとっては,有望な医薬品の早期入手,製薬会社にとっては経済的利益などが良い側面である.一方,代替エンドポイント利用の代償は,医薬品の評価に伴う不確実性である.代替エンドポイントの利用が不適切な医薬品評価に繋がった事例が多々経験され,代替エンドポイントの妥当性を評価する必要が認められるようになってきた.

一方,統計的方法論の観点からは,Prentice基準や,Freedmanのproportion of treatment effect Explained,メタアナリシスアプローチなどの提案があるが,決定版といえるものはない.本論文では,このような現状を鑑み,因果推論に基づく代替性評価へのアプローチを行う.FrangakisとRubin(2002)は,principalstrati丘cationという因果推論の新しい枠組みを提案し,代替エンドポイントの評価への応用を指摘した.しかし,principalstrati丘cationの実装のためには,パラメータ推定などの解決すべき課題がいくつかあり,応用例は見当たらない.そこで本論文では,principalstratificationに基づく代替エンドポイント評価のための統計手法を提案する,また,提案する手法を進行性前立腺癌試験データに適用し,PSAの代替性評価を行う.

2 Principal Stratificationを用いた代替エンドポイントの評価

n人の患者が,試験治療群と対照群にランダムに割りつけられる臨床試験を考える.Riを対象者i=1,...,nの治療変数とする(試験治療群なら1,対照群なら0).観察される(打ち切りを伴う)生存時間を穿bsとする.代替エンドポイントの候補となる変数は,反応有りならぼ1,無ければ0となる二値変数32bsとする.また,Stable Unit Treatment Value Assumption,一致性の仮定,ランダム化の仮定の下で,Neyman-Pearsonの潜在結果変数を定義する.すなわち,Ti(r)を対象者iがRi=rで指示される治療薬を与えられたときの生存時間,Si(r)を対象者2が凡=rで指示される治療薬を与えられたときの代替エンドポイントの候補となる変数とする(γ∈{0,1}).

FrangakisとRubinは,ベクトルSi=(Si(0),Si(1))に基づく層別をPrincipal stratificationと呼んだ40.試験治療と対照治療の間に,代替エンドポイントの候補となる変数への効果に順序性がある状況とする.この下で,Siに,3!0)≦3!1)という単調性の仮定を置く。この仮定の下で,全対象者は以下の三つのbasic principal strataに分類される.

1)Always Responder(AR)={i|Si=(1,1)}

2)Partial Respollder(PR)={i|Si=(0,1)}

3)Never Responder(NR)={i|Si=(0,0)}

本論文では,理想の代替エンドポイントの定義をARuNRにおけるTi(0)とTi(1)の比較に差が無いような変数とし,これをprincipal surrogateと呼ぶ.

また,Si(0)≠Si(1)となるサブグループにおけるTi(1)のTi(0)に対するハザード比をAssociative Effect(AE),Si(0)=Si(1)となるサブグループにおけるTi(1)のTi(0)に対するハザード比をDisspcoativ,Effect(DE)と定義する.principal stratumの定義に用いた潜在結果変数はランダム化と独立と考えられるため,これらの群間比較のパラメータはランダム化に基づく因果効果として解釈出来る.上の三つのbasic principal strataを考えた場合,DEは,治療により代替エンドポイントに変化がないサブグループ(ARUNR)内での群間比較のパラメータである.この比較が等しくない場合,代替エンドポイントに関係しない作用機序による治療効果があると考えられる.一方,AEは,治療によって代替エンドポイントが改善したサブグループ(PR群)内での群間比較に相当し,群間差が大きい方が代替エンドポイントとして望ましい,Proportion Extrapolable(PE)は,真のエンドポイントへの治療効果のうち,外挿可能な部分の割合を表す指標である.PEは,AR群の割合PoiとT年生存関S(T)に基づいて,以下のように定義される.

3 進行性前立腺癌試験データ

本論文の適用事例は,非ステロイド性抗アンドロゲン剤と黄体形成ホルモン放出ホルモンアゴニスト(LHRHA)併用による効果及び安全性を検討する目的で行われた進行性前立腺癌試験のデータである.試験デザインは,多施設共同ランダム化第皿相試験であった.主な適格基準は,病理組識学的な前立腺癌の確認,ステージD,未治療,測定可能または評価可能病変の存在,20歳以上85歳以下,performance statusが0から3などであった.

提案する手法の適用では,LHRHA単独療法群(以下LHRHA群),LHRHAと非ステロイド性抗アンドロゲン剤の併用群(以下CAB群)の二群比較の検討を行うこととする.また,登録された前立腺患者167人の内,Full AnalysisSetの基準を満たし,かつ治療後にPSAの測定があった156人を解析対象とする,真のエンドポイントは,原病死までの生存時間と再燃までの生存時間の二つを検討する.代替エンドポイントは,治療後のPSAを二値分類したものとし,これを治療後PSA反応と呼ぶことにする.分類の定義は,常に1がPSAが低下する方向で0がその逆とし,以下の四通りについて検討する。

PSA正常化:PSA Nadirが4ng/ml以下であること

PSA正常持続:治療後のPSAプロファイルに2回連続4ng/ml以下があること

PSA90%減少:治療後のPSAプロファイルに2回連続べ一スラインの10%以下があること

PSA急減:PSAVelocityが,一日当たり一0.05以下であること

ただし,PSANadirは,治療後PSA値の最低値とする.PSA Velocityは,治療後90日以内に対数PSAが低下する勾配を単回帰により推定したものとする.

表1に,進行性前立腺癌試験の患者背景を,表2に,治療後PSAプロファイルの要約を示す.主な試験結果は,CAB療法はLHRHA単剤に比べ,原病死までの時間と再燃までの時間の両方を有意に延長したというものであった(ハザード比はそれぞれ0.56,0.52).表3,4に,提案した手法の適用結果を示す.PSA正常化について原病死への代替性を示唆する結果が得られた(AE=0.28,DE=0.86).PSAの測定誤差の影響が小さいと思われるPSA正常持続についても近い結果であった(AE=0.34,DE=0.73),PSA90%減少,PSA急減の代替性は見られなかった.特にPSA急減の結果はAEがDEより大きく不自然であった,再燃に関する結果では,やはりPSA正常化とPSA正常持続について代替性が示唆される結果であった.

4 結論

principal stratificationに基づく代替エンドポイント評価のための統計手法を提案し,進行性前立腺癌試験データへの適用を行った.その結果,治療後PSAが原病死の代替エンドポイントとなり得ることが示唆され,特にPSA正常化に基づく分類(最低値が4ng/m1以下かどうか)が有用であることが明らかになった.

表1.進行性前立腺癌試験データの患者背景

PS:PerformanceStatus,EOD:ExtentofDisease*平均±sD,t度(%),§一人が欠測

表2.治療後PSAプロファイルの要約

*平均±四分位範囲,平均は対数値の最小二乗平均を変換し推定,o内は,測定がなされた人C/全体と予定の前後3日以内だった人数/測定がなされた人数†頻度(%)

表3.PSA代替性評価の結果(原病死)

AE:Associative Effect,DE:Dissociative Effect PE:Proportion of Extrapolable *ハザード比(95%信頼区間),CABが良いとくlO内はPRの割合又はNR,ARの割合

AE:Associative Effect,DE:Dissociative Effect PE:Proportion of Extrapolable *ハザード比(95%信頼区間),CABが良いとく10内はPRの割合又はNR,ARの割合

表4.PSA代替性評価の結果(再燃)

AE:Associative Effect,DE:Dissociative Effect PE:Proportion of Extrapolable *ハザード比(95%信頼区間),CABが良いとくlO内はPRの割合又はNR,ARの割合

AE:Associative Effect,DE:Dissociative Effect PE:Proportion of Extrapolable *ハザード比(95%信頼区間),CABが良いとく10内はPRの割合又はNR,ARの割合

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、代替エンドポイント評価のための統計的方法論として、principal stratificationに基づく新規手法を提案し、提案手法の進行性前立腺癌試験データへの適用を行ったものである。論文の要点は、下記の通りである。

1.理想の代替エンドポイントの定義(principal surrogate)を、以下のように定式化した。Stable Unit Treatment Value Assumption、一致性の仮定、ランダム化の仮定の下で、Si=(Si(0), Si(1))の各要素を、対象者iが対象治療/試験治療を与えられたときの代替エンドポイントの候補となる変数の潜在的な値(Neyman-Pearsonの潜在結果変数)変数とする。Si=(Si(0), Si(1))に基づく層別をprincipal stratificationと呼ぶ。試験治療と対照治療の間に、代替エンドポイントの候補となる変数への効果に順序性がある状況とし、Si(0) <Si(1)という単調性の仮定を置く。この仮定の下で、全対象者はAlways Responder (AR) = {i|Si=(1, 1)}、Partial Responder (PR) = {i|Si=(0, 1)}、Never Responder (NR) = {i|Si=(0, 0)}の三つのbasic principal strataに分類される。principal surrogate は、ARとNRにおいて生存の治療群間の比較に差が無いような変数とする。

2.治療群間の比較のパラメータは、比例ハザードモデルの下で、Associative Effect (AE)とDissociative Effect (DE)という二つのハザード比として定義される。principal surrogateはAEとDEによって評価される。これらの未知パラメータを推定する方法として、確定的アニーリングEMアルゴリズムを提案し、得られた推定量の漸近分布を示した。また、外挿可能性の指標Proportion of Extrapolableや単調性の仮定に関する感度解析などの付随的な方法論を示した。

3.提案する手法を進行性前立腺癌試験データに適用した結果、PSA正常化について原病死への代替性を示唆する結果が得られた(AE=0.28, DE=0.86)。PSAの測定誤差の影響が小さいと思われるPSA正常持続についても近い結果であった(AE=0.34, DE=0.73)・PSA90%減少, PSA急減の代替性は見られなかった. 特にPSA急減の結果はAEがDEより大きく不自然であった。単調性の仮定に関する感度解析を行った結果、CAB療法がLHRHA単剤に比べPSAに悪影響があるような患者が10%より少ないという現実的なシナリオの下では、PSAの代替性評価の結果はそれほど影響を受けないと考えられた。

以上、本論文はprincipal stratificationに基づく代替エンドポイント評価のための統計手法を提案し、進行性前立腺癌試験データへの適用を行った。その結果、治療後PSAが原病死の代替エンドポイントとなり得ることが示唆され、特にPSA正常化に基づく分類(最低値が4ng/ml以下かどうか)が有用であることが明らかになった。本研究で得られた知見は、その問題が指摘されながらも広く利用されてきた代替エンドポイントによる医薬品評価に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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